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2003年の汽車旅8-前編-(東海道新幹線100系フォーエヴァーTHE LAST RUN) [汽車旅2003]

2003年9月16日(火曜日)7時20分、JR東海の東海道新幹線東京16・17番線にあがる。

 

16番線の1~5号車の自由席のりばでは早くも列ができていた。JR東海の社員は『ひかり309号x号車自由席最前列』というプラカードを持っている。ホーム前寄りではロープが張られ、事故防止に努める。

平成11年(1999年)9月18日(土曜日)、東海道新幹線0系フォーエヴァーの時も警備会社を派遣するほどで、1,200人の大観衆となり、ホームはモミクチャ!! 自由席利用客では事前に係員がホーム下の階段で整理するなど、すざましかった。だから、100系も間違いないだろうと思い、2003年7月27日(日曜日)に〈こだま428号〉東京行きに乗って、ルポをつづった(「2003年の汽車旅5-3・最終回」参照)。 

こっちの予想を下回るかのように、100系の東海道新幹線定期運行千秋楽は意外と少なかったし、数日前に臨時〈ひかり〉で運行した時も首をかしげるほど、多くなかった。そして、この日の見送りはたった300人しか集結していない(新聞発表による)。平日ということもあろうが、0系より人気がないのであろうか? それとも、JR西日本山陽新幹線では2階建て車両抜きでも健在であるから、わざわざ行く必要もないのだろうか?

16号車寄りではセレモニー会場となり、準備はさほどあわただしくもなく、7時40分を過ぎると、報道カメラマンが入場。脚立を使い、ナイスショットを目指すが、お客には脚立撮影を遠慮してもらうよう、放送しているしているのがげせない。こういうのは公平に脚立の使用は御遠慮願うべきだろう。

〈ひかり143号〉岡山行きが発車すると、2003年10月1日(水曜日)にオープンする品川に備え、準備を進めていた乗車口案内表示器に「調整中」の紙がついにはがされた。本格稼動最初の便は100系の臨時〈ひかり309号〉新大阪行きで、最後の旅立ちを飾ることになった。ちなみにホームの発車案内表示も『ザ・ベストテン』方式のアレから、LEDにチェンジ。定番の緑とオレンジは使わず、白、青、赤、黄の4色を使い、明るく、見ていて新鮮である。

報道陣は取材合戦をくり広げ、フジテレビのリポーターがレールファン数人にインタビュー。私に出番は回ってこなかったが、出てもギャラをくれるワケではないから、まぁーいいか。

JR東海の社員がグリーンのロープを持ってきた。安全サクがあるのに、必要なさそうに思えるが、念のため。東海道新幹線0系フォーエヴァーのようなロングサイズではなく、安全サクと安全サクのあいだに張るだけのショートサイズだった。

8時05分、臨時〈ひかり309号〉新大阪行きが入線した。先頭車の鼻の部分(連結器カバー)は惜別のヘッドマークをかかげ、一部の車両にはステッカーを貼っていたが、東海道新幹線0系フォーエヴァーのような押し合いヘシ合いもなく、みんなは自分の思うがままにアングルを決めて、シャッターを切る。

天気が曇っており、私のカメラはナイスショットとはいかないようだが、撮影に想いを込める。山陽新幹線で続投すると言えども、2階建て車両やオリジナルカラーは見納めだ。JR西日本は塗色を変えて、〈こだま〉のイメージチェンジをはかるという(2006年12月3日現在、JR西日本100系シリーズの新塗装化が完了している)。

当初、臨時〈ひかり309号〉新大阪行きに乗るつもりはなかった。先ほども述べたが、2003年7月27日(日曜日)に〈こだま428号〉東京行きに乗って、2階建てグリーン車で締めくくったから、満足感はあった(「2003年の汽車旅5-3・最終回」参照)。 ところが、予期せぬ展開が待ち受けていた。

それはホームに日室啓祐氏(Keisuke Himuro)と黄昏急行さん(Tasogare Express)がいたからだ。私と同じ汽車旅好きだが、形態が大きく異なるため、今まで3人いっしょに旅をすることはなかった。そして、あれよあれよの展開で私も乗ることになった。どうも指定席に余席があるらしく、みどりの窓口へ急行したら、あった。3人掛けの中央席だったけど…

こうして、3人そろって初めての汽車旅となった。この日にふさわしいだろう。ちなみに東京発の〈ひかり〉に乗るのは平成2年(1990年)7月以来、13年ぶり。この時も100系で、まさに全盛期。“〈ひかり〉は100系はなきゃイヤ!!”と思いを抱くようになるが、平成3年(1991年)以降、100系〈ひかり〉に乗ったのは今回を含めて、わずか4回のみ。“もっと乗りたかった”のが正直なところである。ちなみにここ数年、東海道新幹線は上りの利用が多い。これは青春18きっぷを使い切ったからというのが理由である。

8時30分、静かに滑り出した。どこの新幹線もいつもそうで、いつのまにか発車する。完全機密構造の新幹線だから味わえる独特の旅立ちであろう。16号車指定席寄りで行なわれた式典の様子はわからないし、先頭1号車自由席ではおそらく、“「タイフォン」という名の雄叫び”をあげたに違いない。

仕方なく12号車指定席(126-274:女性車掌も乗務)、3人がけの中央席に坐るが、窓側・通路側は誰も坐ってこない。驚くことに日室氏と黄昏さんは席別々であることが発覚。たまたま両サイドに誰も坐っていない私の3人掛けに移動となった(窓側は黄昏さん、中央席は日室氏、通路側は私が坐る)。途中から乗ってきたら、元の席に戻ればいいさ(この日の車掌はベテランの男性で、フレキシブルに対応していた)。ちなみに“2階建てグリーン車じゃなきゃ、100系に乗った気がしない”というこだわりを持っている人もいるようだが、私は“乗れれば御の字”というほうである。

車内をまわってみると、グリーン車は満席。カフェテリアも営業しており、この日で最後のせいか、早くも“買い物客”でごったがえしている。まるで、このあとに見た阪神タイガースの優勝セールを見ているようだ。また、グリーン車のシートサービス(パーサーに食事セットをオーダーすると、持ってきてくれる)も行なわれていた。〈こだま〉では“ないないづくし”に泣かされたが、〈ひかり〉は違っていた。途中停車駅も名古屋と京都にしぼっており、全盛期の“夢の超特急”をほうふつさせる(もちろん、〈のぞみ〉に抜かれることもない)。まさに最後の運転にふさわしい舞台が整ったカタチとなり、喜ばない人間は誰もいないだろう。また、追い抜く〈こだま〉はすべて300系。〈のぞみ〉登場以来、300系に抜かれっぱなしだっただけに、気分爽快!! スッキリする。

気になるのはグリーン車とグリーン個室だけが満席だったこと。ほかは空席がチラホラあったのだ。指定席の場合、きっぷだけ購入して満足し、乗らないというレールファンとして、失格の行為をする心ない人間がいるということで、乗れなかった人は腹立たしく思うだろう。自由席は以外にも誰も坐っていない席があった。たまたま乗ったというような、お客もいるようである。

新幹線は速い。いつも青春18きっぷで移動しているせいか、新幹線は格段に速い!! 感覚がマヒしそうだ。車中は移動以外、雑談に花を咲かせており、原稿にならないものの、補充撮影が思う存分できた(画像の公衆電話で、左側は普通車、右側は2階建てグリーン車。但し、左側は2003年9月15日に撮影)。

「ただいま、三河安城を10時11分45秒、定刻通りに通過しております」

車掌長が気合いの入った放送を流す。そういえばこの日、自動放送は1度も流さなかった。最後とあってか、サービス精神旺盛である。“こんな新幹線、今まで乗ったことがない”という気分だ。車掌長も100系が東海道新幹線から姿を消すことを惜しんでいるようで、レールファンと共に消えてしまうことを心から悲しんでいる。

舘ひろしなら、こう言うだろう。

「♪泣かないでぇー♪」

臨時〈ひかり309号〉新大阪行きは舘ひろしの地元、名古屋に到着。天気は日本晴れで、先頭車では2分停車中にちゃっかりホームで式典を行なっていた。東京と同様にレールファンの数はまばらである。

JR西日本の在来線留置線で、汽車旅に欠かせない221系を横目に米原を通過。車販のアイスコーヒーでノドをうるおす(カラオケでは最高89点の記録を持つ)。この日は車販陣が車内をよくまわっている。

京都に到着し、次は終点新大阪となってしまった。なんだか、こみあげてくるものが出そうになる。

京都を発車すると、阪急電鉄京都本線の特急河原町行き(ロングシート車両)とすれ違い、大阪車両所を通過した時である。

「♪ミファソド、ラソファソ…♪(ちなみにこのチャイムのミは♭で鳴らすことになっている)」

チャイムが鳴ってしまった。とうとう新大阪に着いてしまう。時計よ、1秒も動かないでくれ!! 時を止めてくれ!!

その願いはかなうはずもない。時は過去に戻ることもない。

「終点新大阪11時23分15秒、定刻の到着です」

と車掌長は万感の思いと心を込めて、一語一句ていねいに、寸分の狂いもなく(一時期、いたる鉄道の車掌は駅名を間違えることが多かった)、アナウンスし、臨時〈ひかり309号〉は定刻通り、終点新大阪23番線に到着した。

[画像上段はドコモのケータイP2102V、下段はフイルムの一眼レフカメラで撮影。迷ったあげく、すべて掲載することに決めた]

黄昏さんは所用で離脱し、私と日室氏の2人で1号車自由席寄りで開催する引退セレモニーを見届ける。そこには須田寛JR東海会長(のちに相談役となる)がいて、国鉄時代は常務理事を務めていたこともあってか、100系誕生のウラ話などを披露し、締めくくった。

余力を残した感じで、東海道新幹線から姿を消さなければならなかったように私は思うが、100系は大阪車両所へ回送した。その姿を見た私はこの歌詞を思い出す(舘ひろし with THE COLTSの『CRY OUT~泣いていいよ~』より)。

「♪CRY OUT BABY,CRY 泣いていいよ 踊る君 泣いていいよ

CRY OUT BABY,CRY 見せていいよ 誰も知らない 涙を♪」

2階建て車両はなくなっても、山陽新幹線では“まだまだ”活躍する。

★臨時〈ひかり309号〉新大阪行き編成表(アンダーラインは筆者が乗車した車両)

 1号車123-55  :自由席(禁煙車)
 2号車126-271:自由席(禁煙車)
 3号車125-217:自由席
 4号車126-272:自由席
 5号車125-218:自由席(禁煙車)
 6号車126-273:指定席(禁煙車)
 7号車125-555:指定席(禁煙車)
 8号車148-49  :1階カフェテリア、2階グリーン車(禁煙車)
 9号車149-149:1階グリーン個室、2階グリーン車(禁煙車)
10号車116-55  :グリーン車
11号車125-755:指定席(禁煙車)
12号車126-274:指定席(禁煙車)
13号車125-219:指定席(禁煙車)
14号車126-275:指定席
15号車125-220:指定席
16号車124-55  :指定席


★過去の「東海道新幹線100系フォーエヴァー」一覧

東海道新幹線100系フォーエヴァー①はこちらにクリックして下さい。

東海道新幹線100系フォーエヴァー②はこちらにクリックして下さい。

東海道新幹線100系フォーエヴァー③はこちらにクリックして下さい。

東海道新幹線100系フォーエヴァー④はこちらにクリックして下さい。

まだまだ山陽新幹線0系はこちらにクリックして下さい。


★補足トリビア

東海道新幹線100系の終電となった臨時〈ひかり309号〉新大阪行きは東京の見送りが300人、乗客が900人(指定席券は完売だったそうだが…)。

余談だが、平成11年(1999年)9月18日(土曜日)に東海道新幹線0系の終電となった〈こだま473号〉名古屋行きは東京の見送りが1,200人、乗客は1,500人(乗車率110パーセント)である。

また、0系は昭和39年(1964年)から平成11年(1999年)まで、約9億6000万キロ(地球と月を1091回往復したことに相当)走ったのに対し、国鉄及びJR東海産の100系57編成は約2億8000万キロ(地球7,000周分に相当)しか走っていない。

東京寄り16号車の式典では葛西社長(のちに会長へ)、新大阪寄り1号車の式典では須田会長(のちに相談役へ)がアイサツするなど、演出もたくみ?!

なお、補足トリビアの大半は交通新聞によるものです。

★備考

オーミヤの鉄道日誌「あの素晴らしいチャイムをもう一度」はこちらにクリック!!

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ヒロクン

早速僕のブログ訪問下さってありがとうございました。コメントも入れてくださってありがとうございました。
早速東海道線110系のフォーエバーを読ませていただきました。
読んでてラストを飾るにふさわしい情景と人々の惜別の想いが心に染み渡り素晴らしいレポートを私たちに伝えてくださったと同時に歴史的瞬間に立ち会われたとことをうらやましく思いました。
110系の2階建てが去ってもうJR東海は投入しないのでしょうか、TGVでさへ最近は2階建てがあるようですし、東北新幹線もMAXやまびこで2階建てを走らせていますし、どうなのでしょうか。
イラストの113系僕がこんなCG書ければいいのですが3Dソフトはあってもなかなか難しく鉄道模型シュミレーションの静止画を利用しています。たしかに113系のとまってるホームにキハ110がいるのは、常磐線が湘南カラーで水郡線がキハ110系なら可能ですが、このレイアウトでは山岳と都会の鉄道でキハ110は山岳・渓谷を走行し、外郭を都会にして113系が走るレイアウトの想定になっています。
また長文になりましてごめんなさい、ありがとうございました。
by ヒロクン (2006-12-03 10:47) 

岸田法眼

どうもありがとうございます。また、お褒めのお言葉をいただき、恐縮です。長文のコメント、かまいませんよ。

書いている通り、当初、100系の臨時<ひかり309号>新大阪行きに乗るつもりはなく、まさに“本能”が働いた“衝動買い”です。あの時、知人がいなかったら、ホームの見送りで満足していたでしょう。

100系の2階建て車両は“ショーアップ”的な要素があり、JR東日本のMaxは通勤輸送に主眼を置いている違いがあります。また、JR東海は300系以降、“東海道新幹線定員1323人”というのが原則だそうで、100系のような“例外”は認めない方針だそうです。お客が多いのは確かですが、フレキシビリティーがないのが残念ですね。

100系の記事はこれで終わりではありませんが、次の掲載はいつになるのか未定です。

私は声を大にして言います。

100系は永久に不滅です。そして、世界最高の新幹線です!!
by 岸田法眼 (2006-12-03 14:41) 

オーミヤ

ええ・・・。16両1323人でなければ列車の入線を許さないそうですね。そうだとあまりにも無機質過ぎて面白くないと思うのですがね・・・。100系も短命でしたよね、1985年に食堂車を連れてX編成が登場しカフェテリアを連れたG編成、2階建て車4両連結V編成なども登場したのに18年で東海道区間から引退し同時に2階建て車も引退するのはどうかとも思っておるのですがね。

第三者の私が口を挟むのもどうかと思いますが貴方はひかり309号に乗って正解だったと思いますよ。最後の乗車がこだま、つまり各駅停車では100系本来の持ち味を体感せずに終えてしまうところだったでしょうし最後の「ひかり」運用でしたから。

余談ですが、私は「ミ、ミファソド、ラ、ソファソ・・・」のチャイムが好きです。
by オーミヤ (2006-12-03 19:16) 

岸田法眼

オーミヤさん、ありがとうございます。確かに臨時<ひかり309号>新大阪行きに乗れてよかったですよ。

東海道新幹線1323人の定義ですが、<のぞみ>はもう全車指定席ではないから、崩してもよさそうな気がします。しかし、2003年の新幹線利用客は品川開設の影響で、増加したと聞いています。これだと“ゆとり”がますます失われそうですね。0系<こだま>の時は2&2シートという指定席がウリだったのに、残念です。

今のJR東海のチャイムはなじめないんですよね。JR西日本のヤツは車両にマッチしている印象を受けますが…
by 岸田法眼 (2006-12-03 19:30) 

ヒロクン

お世話になります、いつも沢山の写真ととても見やすい大きな文字で大変読みやすく新幹線100系レポートは秀逸でした。
僕のブログを見てくれる方に紹介したいと思いマイフレンドの項目にリンク貼らせていただきました。今後ともどうぞよろしくお願いします。
by ヒロクン (2006-12-09 22:17) 

岸田法眼

ヒロクンさん、どうもありがとうございます。

当ブログは最初、ケータイからの更新をメインとしており、字の小ささがネックでしたが、パソコンを購入してから改善。ほかの記事も順次、フォントの拡大や画像の掲載を行なう予定です。

こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
by 岸田法眼 (2006-12-09 23:42) 

クキ

こんばんは。
先日は私のブログへtbをしていただき、ありがとうございました。
私も、100系は最高に大好きな車両でした。 残念ながら、このさよならの日には行かれなかったのですが、その前日の9月15日に、新大阪から東京まで100系に乗りました。
今でもあの時の感動と、寂しさをはっきりと覚えています。

もうすぐ、JR西に残っている0系も引退という話を聞きました。
なんだか悲しいですね。
by クキ (2007-01-27 01:35) 

岸田法眼

クキさん、どうもありがとうございます。

100系は新幹線№1車両ですよ。夏からフォーエヴァーの日まで、東京駅に通って、撮影をしていました。これ以上の名車は出てこないでしょうねぇー。

0系は「2006年引退」という説は1999年からありました。とうとう、その日が来たのですね。「43年間、御苦労さまでした」とねぎらいの言葉をかけ、一部は廃車せず、世界遺産登録の申請をお願いしたいところです。

またのお越しをお待ちしております。
by 岸田法眼 (2007-01-27 02:15) 

ヒロクン

100系新幹線は国鉄の永久不滅車ですね。
ダブルデッカー車は今でもJR東日本の東北新幹線に走行していますが新しく東海道、山陽線でも装い新たに再び登場しないものでしょうか。
まもなくオープンするさいたま市旧大宮工場用地に建設される車両で展示してほしいですね。
僕は私鉄は阪急電鉄が好きですが、今回阪急電車の風景ということで鉄道模型VRMで梅田ー十三間の3複線橋梁と西宮北口の平面交差をグラフィックで表したのでよろしければどうぞ。
今回新しいURLに変更になりました。ヒロクンをクリックしていただければつながります。もっと全面的なブログの更新したいと思っています。
by ヒロクン (2007-03-13 21:03) 

岸田法眼

ヒロクンさん、どうもありがとうございます。

そうですね、100系は不朽の名作ですよ。2階建てのない100系は違和感はあるものの、<こだま>では需要は低いので致し方のないところです。

100系の2階建て車両は浜松工場で保存されていると聞いたことがあります。夏にイベントを行なっているので、機会があれば、ぜひ行きたいと思います。

そして、ブログのほう、行きましたよ。充実していますね。こちらも頑張らず、マイペースでやります。
by 岸田法眼 (2007-03-13 23:06) 

HIRO

こんにちは、ヒロクン改めHIROです。100系新幹線いつ見てもすばらしいですね。
100系走行音は独特の音で僕は最近の甲高い音はあまり好きではありません。
今度できる大宮鉄道博物館に展示されるといいですね。
普段はその雄姿を僕はビデオで眺めています。
このほど、久しぶりに相鉄に乗車、ブログに掲載しましたのでお暇なときに遊びに来てください。
相鉄90周年を記念して車輌のデザインを統一するそうで、今のうちに相鉄を撮っておかねばと思いました。
by HIRO (2007-04-22 21:56) 

岸田法眼

HIROさん、どうもありがとうございます。

相鉄はE231系モデルの10000系で話題を振りまきましたが、今度はE233系モデルなのでしょうか。

相鉄は今世紀になってからまだ利用しておりませんが、乗っておきたいところですね。
by 岸田法眼 (2007-04-22 22:05) 

NO NAME

こんにちは、いつもお世話になります。ヒロクン改めHIROです。
100系新幹線、いつ見ても岸田方眼さまのブログはすばらしいです。
僕も100系こそ不滅の二度と出ない新幹線と思っています。
僕はあの走行音がたまらなく好きで雑誌鉄道FANで知ったCDを買って夜寝ながら聞くことがあるのですよ。
JR西日本の新大阪ー博多間はテイチクでDVDで出ているのですが100系新幹線東京ー新大阪間のDVDはないですね。
東日本で東北・上越新幹線にダブルデッカー車が走っていますがぜんぜん趣が違いますね。
僕のブログで唯一の思い出の写真、東急東横線横浜ー桜木町間が廃止された日を写真とよもに掲載していますのでよろしければ見てください。
by NO NAME (2007-05-27 22:17) 

HIRO

すいません、名前もURLも書かずにうっかり送信を押してしまいました。
ところで僕は家に子供が来たり、地域で集会があったときは小さい子に鉄道の物まねをして聞かせると子供は喜んでくれますが、いい気になって続けると大人たちからは「バッカじゃないの」という目で見られます。
でも小さい子に喜んでもらえればと思っています。
もちろん100系新幹線も含めてです(笑)
by HIRO (2007-05-27 22:23) 

岸田法眼

HIROさん、どうもありがとうございます。

100系に関する記事は今後、ないと思いますが、歴代の新幹線ではいい車両でしょうね。今度のN700系はビジネス色が濃いと思います。乗ったことはないので、なんともいえませんが、イマイチでしょうね。
by 岸田法眼 (2007-05-27 22:26) 

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100系フォーエバー(ブログ 2007-08-30 13:43)

http://blog.so-net.ne.jp/railway583/2006-12-03 岐阜羽島の構造だが 確かにひかり、こだまを2本待避させて のぞみが通過するシーンがあれば面白いけど ないだろうな 雪対策用、始発列車の設定のためにあういう構造にしているんだろう。 雪対策が一…[続く]

100系(クキの かっこ悪くてカッコイイ車両  2007-01-19 00:35)

100系は1985年~2003年まで東海道新幹線を走り、その後、0系と共に山陽新幹線を今でも走っています。100系は色と形が最高です。100系は2000年まで、食堂車を連結していました。また、2003年まで、個室(1~4人用)も連結していました。

夢の2階建て新幹線、100系。(まめ写真館 2007-01-10 21:28)

0系だけで運転されていた東海道・山陽新幹線に、「次世代の新幹線」として100系が登場したのは昭和60年。当時小学生だった私にとって、2階建てのグリーン車と食堂車を挟んだ100系は衝撃的でした。しかし、その後すぐに、高速化に重点を置いた車体の300系に切り替わり、500系、700系と発…[続く]

100系(バス好き学生の気まぐれブログ 2007-01-08 00:58)

===== 100系 編成:P10 =====  この編成は山陽本線内用に短編成化した100系のP編成です。私はここ数年新幹線に乗っていなかったのですが、久しぶりに新幹線のホームに立つとだいぶん寂しくなりました。  どうやらこのP編成は博多〜岡山間のみの運用のようです。...

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