2006年の汽車旅9-2 [汽車旅2006]
オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。
厄神で第3セクター、三木鉄道三木線に乗り換えるが、階段を登ると、ちょっと意外といえる光景があった。
それは厄神の改札に三木鉄道の制服を着た女性係員がいたことである。JR西日本加古川線のワンマンカーはすべてのドアが開くため、運賃箱で運賃収受を行なうことはない。
三木行き(ミキ300-104:ワンマン)が入線。お客はお年寄りを中心に立客が出るほど盛況しており、多くは加古川線に乗り換え。厄神では普通電車加古川行きワンマンカー、普通電車西脇市行きワンマンカーと接続。乗り継ぎは充実しているものの、三木行き(ワンマン)に乗り換えた人は10人ほどで、私を含め、レールファンは3人いた。すでに2代目車両へチェンジしたとはいえ、三木鉄道の存続が危ぶまれており、気になるところ。
フリー百科事典『Wikipedia』によると、2006年1月に行なわれた三木市長選挙で、市の財政再建のため、「三木鉄道の廃止」を公約のひとつに掲げた薮本吉秀氏が当選し、合わせて三木鉄道の社長に就任。2006年度中に廃止の方針を正式決定したいと表明しているという。鉄道の廃止を公約に掲げるとはくだらない。それに1票を投じた三木市民は三木鉄道に乗る気がないということなのだろうか? 加古川線に短時間で乗り換えられるダイヤにして、利便性を高めているというのに。
車内はボックスシート&ロングシートのセミクロスシートで、ドアチャイムはJR東日本701系ワンマンカーと同じ音。また、厄神寄りには乗車駅証明書発行機があり、厄神からの乗車を証明するものである。つまり、始発の厄神は整理券の発行はないということになる。
ボックスシートに陣取り、10時55分に発車。加古川線と別れ、まっすぐ進む。すでに加古川線とはレールがつながっておらず、さびしいものを感じる。ちなみに三木鉄道は昭和60年(1985年)4月1日(月曜日)、国鉄の赤字ローカル線で、廃線に選定された三木線を継承して、再スタートを切っている。
田舎道を進み、国包(Kunikane)は乗降ゼロで、誰も立ち上がらないと見た運転士はドアさえも開けなかった。また、途中の駅でよく見かけたのは「乗っチャオ!」というフレーズのついた時刻表で、印象に残るが、三木市長兼三木鉄道社長は“やめチャオ!”と考えているのだから、見ていて悲しい。腹立たしくも感じる。
ほどなくして宗佐(Sohsa)に到着し、発車すると右へカーブ。すると、もう下石野へ。まっすぐ行けば石野はすぐそこ。厄神を出発して、まだ2.6キロである。
石野を発車し、進行方向右側に一般道路。出だしはよかったものの、中盤からバテバテで、西這田(West-Hohda)へ。三木線ではもっとも駅間距離が長いところである。
別所を発車すると、再び一般道路へ。シルバーのクルマを追跡するも、追いつかず、高木へ。意外と区間利用が多く、お年寄りが中心だった。三木鉄道は大切な足なのだ。
高木を発車すると、あっというまに11時08分、終点三木1番線に到着し、全線完乗達成!! 向かいの2番線では“同僚”が休んでいた。ちなみに途中駅に行き違い設備はなく、運転士はタブレットを駅員に渡していた。今やなつかしの道具だが、三木鉄道は近代的な設備投資ができないことを物語る光景である。

レールファンは思い思いにシャッターを切り、下車。黒塗りのタクシー3台が乗り継ぎ客を待つものの、誰も利用しなかった。
地図を見ると、思いがけないことに神戸電鉄粟生線(Ao Line)に三木駅があることを知る。どうやら、三木鉄道の存続が危ういのは、そのせいらしい。

さっそく、神戸電鉄粟生線三木駅へ向かうが、途中、三木福井郵便局を見つけるも、土曜日で旅行貯金ができない。残念無念。
神戸電鉄粟生線三木駅に到着。自動改札がありながら、無人駅。また、単線ではあるが、行き違い設備があるものの、乗り間違えた時の融通がきかない難点がある。つまり、自動改札は粟生方面と新開地方面に分かれているということだ(画像の駅舎は粟生方面の自動改札とホームがある)。

日中の電車は15分おきに発車するので、1時間に1本の三木鉄道より利便性がいいことは確か。また、交通量が比較的多い一般道路沿いにあるので、立地条件もよく、“うるおい”を感じる。
粟生線電車の到着シーンは見なかったが、今回は加古川線に乗り換えられる他社線に乗るプラスアルファがテーマであるので、粟生線の乗車はのちほど。
そのあと、散策をしたが、三木鉄道三木線三木駅への道を間違えるヘマをして、あやうく乗り遅れになりそうだったが、12時37分発の厄神行き(ミキ300-104:ワンマン)に乗れた。
車両形式がミキ300形なので、“「ミキティー」と名づけてはいかがかな?”と思いつつ、12時50分、終点厄神に到着。すぐさま、加古川線12時53分発の普通電車西脇市行きワンマンカー(1号車クモハ125-12)に乗り換え。転換クロスシートは満席だったため、仕方なく、ロングシートに坐った。
粟生1番のりばに到着し、第3セクター、北条鉄道(Hohjoh Railway)北条線の北条町行きワンマンカー(フラワ2000-1)に乗り換える。1番のりばの向かい側が北条鉄道のホームなのに3番のりばとなっているのが不可解で、隣りのホームだと加古川線厄神・加古川方面は2番のりば、向かいの神戸電鉄粟生線は4番のりばとなっている。ちなみに1番のりばと3番のりばは段差があるが、加古川線電化の時にホームをかさ上げしたものと思われる。
13時10分に発車し、網引(Abiki)は昭和20年(1945年)3月に列車転覆事故が起きたところだという。当時、第2次世界大戦の真っ只中で、戦闘機にやられたのだろうか? ちなみに北条鉄道は三木鉄道と同じ昭和60年(1985年)4月1日(月曜日)、国鉄の赤字ローカル線で、廃線に選定された北条線を継承して、再スタートを切っている。
車窓は三木鉄道と同様、のどかな田舎。違うのは車内における携帯電話の見解で、北条鉄道は“優先席付近では電源OFF、それ以外はマナーモードで通話は御遠慮下さい”という、全国的に普及してしまった甘ったれの案内だが、三木鉄道は特に規定がなく、利用客の良心を信じているようだ(厄神行きでは通話しているオッサンがいて、迷惑だった)。
三木鉄道と北条鉄道は車両形式名は違っても、同じメーカーなので、フェイスや車内設備は同一だが、大きく違っていたのは次の通り。
①北条鉄道車は乗車駅証明書発行機がない。
②運賃表のデザインが違う。
この2点である。②は北条鉄道のほうが充実しており、面白かったのは駅に到着する時、「ここは、x」と案内していること。たいていは「まもなく」だから、斬新かつ新鮮だ。

ラストスパートはかけず、ノコノコと進み、13時32分、終点北条町に到着し、全線完乗を達成!! 三木鉄道と同様、行き違い設備のある駅がないため、運転士は駅員にタブレットを渡した。ちなみに法華口(Hokkeguchi)は行き違い設備を復活させるらしい。これは国鉄時代に設けていたものの、赤字転落が原因なのか撤去されたが、ホームは残されたため。

北条町で下車すると、初代車両、フラワ1985形の台車がアクリルのケースに入れて、展示していた。ちなみにフラワ1985-1は北条町の車両基地で大切に保管されている。
第3セクター鉄道の多くは路線バスと同じボディーを採用したが、鋼体が丈夫とは言えず、マイカー並みの寿命、すなわち、短命となったため、現在は鉄道の鋼製車体を採用して長寿命化をはかっている。
昼食後、加西郵便局へ。土曜日ではあるが、郵便車が数台止まっていれば、中にお客もいる。時間外窓口、ゆうゆう窓口が営業しているからで、女性係員に旅行貯金を交渉。快諾していただき、ATMで預金(貯金)したあと、局名印を押してもらい、旅行貯金が成立した。フレキシブルな対応をしていただいた女性局員に感謝、感謝。
北条町駅へ戻り、15時42分発の粟生行きワンマンカーを待つが、留置線にはフラワ2000-2が“お昼寝”をしているが、クリスマスムードたっぷり。平成元年(1989年)から毎年12月は『サンタ列車』を運行。保育園や幼稚園、子育て会等の支援により、好評だという。
『サンタ列車』は車内をクリスマスツリー、モール、横断幕などで飾りつけ、“「サンタクロース」という名の添乗員”と歌って踊り、プレゼントももらえるとのこと。乗車区間は北条町-粟生-北条町である。
2006年は12月10日(日曜日)から12月23日(土曜日・天皇誕生日)までのお昼の時間帯に運行しているが、事前に北条町駅へ申し込まないと乗れないことになっている。

粟生行きワンマンカー(フラワ2000-1)に乗り、終点で神戸電鉄粟生線に乗り換えるが、JR西日本管理駅で駅員はいるのに改札はないも同然。神戸電鉄は係員無配置ながら、加古川線2番のりばに券売機と自動改札があり、モニターで管理している。
1300系の普通電車新開地行き(1356:ワンマン運転。携帯電話電源OFF車両)が入線。乗った時、車掌は乗務しておらず、ワンマン運転であることに気づいた。ちなみに先頭車は携帯電話電源OFF車両、前から3両目は女性専用車で、早朝を除く平日終日は男子禁制となっている(4両編成でない場合は対象外)。
どうやら、関西私鉄のワンマンカーは車内に運賃箱や整理券発行機を設けず、無人駅でも券売機と自動改札を設けている(2006年1月に乗った南海電気鉄道高野線橋本-極楽橋間もそうだった)。

16時15分、普通電車新開地行き(ワンマン運転)は発車すると、左へ曲がり、加古川線と別れ、加古川をくぐる。カーブが多く、単線である。
小野は折り返しの普通電車新開地行き(ワンマン運転)が止まっている。粟生線の小野-鈴蘭台間の昼間は15分おきなのに対し、粟生-小野間は30分おきのダイヤとなっている。
発車すると、下り坂から登り坂へ変化。神戸電鉄は勾配が多いのが特長で、また、関西私鉄では珍しい1067ミリの狭軌である。
樫山で神戸電鉄のエース、5000系の準急粟生行き(ワンマン運転)と行き違う。車内は阪急電鉄と錯覚するほどの木目調で、乗車している1300系もそんな感じだが、5000系ほど強烈ではない。

昼間に寄った三木へ。3000系の普通電車小野行き(ワンマン運転)と行き違うが、ボディーの汚れがひどい。また、ホームと電車のあいだが広く離れているほどのカーブとなっているため、運転士はモニター3つで監視しなければならないほど。
三木上の丸を発車すると、登り坂。左へカーブすると、恵比須。駅名にちなんでか、自動改札を出ると、えびす様の石像が町を彩る。
車窓はにぎやかな町を走り、志染(Shijimi)では5000系の準急粟生行き(ワンマン運転)と行き違い。ちなみに神戸電鉄の種別は上位順に特快速(Special Rapid Express)、快速(Rapid Express)、急行、準急、普通となっている。
16時45分を過ぎると、だんだん暗くなってゆき、緑が丘を発車すると下り坂のオンパレード。そりゃそうだろう、数分前に宅地を見下ろしていたのだから。
押部谷で3000系の準急小野行き(ワンマン運転)と行き違い、ここから複線。
JR西日本関西本線及び、片町線と同名の木津を発車し、神戸電鉄の車庫を過ぎると、山道へ入り、単線に戻って藍那(Aina)へ。
複線に戻るも、険しい道は続く。それは“イバラの道”でもある。そして、またも単線へ。
西鈴蘭台から乗車客が急増し、山道を下りに下って、鈴蘭台に到着。粟生線全線完乗と共に神戸電鉄完全制覇を達成した。ちなみに神戸電鉄は2001年10月6日(土曜日)以来の利用である。
有馬線の準急新開地行き(5016:携帯電話電源OFF車両。ワンマン運転)に乗り換えるが、“秘境駅”として、名高かった菊水山(Kikusuiyama)がなくなり、ドア上の案内表示板はシールを貼って隠していた。
湊川から神戸高速鉄道南北線に入るが、次は終点新開地。それも目と鼻の先にある。距離はわずか400メートルで終点新開地に到着した。ここは阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道の車両が乗り入れる東西線乗り換え駅だが、レールの幅が違うため、直通運転はできない。

余談だが、神戸高速鉄道は“メトロこうべ”というサブネームを持っているが、利用客に浸透しているのかどうかは不明。
新開地で下車し、1キロ歩いてJR西日本山陽本線兵庫へ。各駅停車JR東西線経由松井山手行き(①モハ207-1503:平日初電から9時00分まで及び、17時00分から21時00分までは女性専用車。兵庫-神戸間乗車。②クハ206-109:弱冷車。神戸-元町間乗車)へ。
神戸で東海道本線に戻り、次の元町で下車した。ちなみに神戸高速鉄道東西線でも元町へ行けたが、うっかり忘れて、新開地で下車した時に気づいたのだった。
★備考
①「タブレット」について、くわしくお知りになりたい方はこちらにクリックして下さい。
②「第3セクター鉄道」について、くわしくお知りになりたい方はこちらにクリックして下さい。
③北条鉄道ホームページ…http://thomas.dip.jp/hojo/
④三木鉄道にはホームページがなく、三木市ホームページの“ワンコーナー扱い”という冷遇ぶりである。
⑤神戸電鉄ホームページ…http://www.shintetsu.co.jp/
⑥神戸高速鉄道について、くわしくお知りになりたい方はこちらにクリックして下さい。
⑦『秘境駅へ行こう!』ホームページ(フリー百科事典『Wikipedia』にも紹介されている)…http://hp1.cyberstation.ne.jp/hikyoueki/
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仕事で三木へ行ってきました。 神戸電鉄は前にも乗ったけど、新開地から40分あまりの時間、 少しも寝てなんかいられない。 びんみんさんのブログの記事のコメントに書いた、かわいい丸窓のある蔵がたくさんあるし、 木々の間を曲がりながら続いている単線の線路を見ているだけでも楽しい。 この辺り…[続く]
廃止を公約に掲げた三木市長が社長を務める三木鉄道。 着々と「廃止」に向けた既成事実の積み上げが続いている。 「三木鉄道「経営継続は困難」破たん状態」(神戸新聞、11/30) 要旨について触れるまでもないが、三木鉄道に関する個別外部監査の結果は「経営の継続は困難と予測され、事業廃止も視…[続く]
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三木鉄道、北条鉄道は第3セクター鉄道のハシリでしたね。神戸電鉄も含めて、ワンセットで乗れるのに一度も乗ったことがありません。お蔭様で三鉄道の旅が出来ました。
早く行かないと無くなっちゃうし、私のほうも70歳も近く一人旅が難しい年齢になるので、来年辺りには何とかせねば・・・・・。
by む~さん (2006-12-23 06:24)
三木駅、小さいですが凄く重厚な雰囲気があります・・・。でもこういう駅も元の路線が廃線となってしまえば消えてしまうのですね。寂しい。単行ディーゼルカーも珍しいのに。
by オーミヤ (2006-12-23 22:46)
む~さん、どうもありがとうございます。
第3セクター鉄道は三陸鉄道を皮切りに1990年までに国鉄及びJRの赤字ローカル線を継承していきましたが、少子高齢化や鉄道存続に対する情熱の衰えがここ数年、浮き彫りになっているような気がします。
実は加古川線電化初日と2006年3月もそのようなことをしようかと考えていたので、“3度目の正直”で実現しました。
by 岸田法眼 (2006-12-24 00:46)
オーミヤさん、どうもありがとうございます。
三木鉄道は存続すべきですよ。ただ、施設の老朽化が進んでいるような気もするのです。車両はすでに2代目になっていますが、これは“続ける証”のはず。再考してもらいたいと思っています。
最近、鹿島鉄道が存続する情熱はあっても、資金の面でやりくりがつかず、また、新しい事業者を募集しても、貴志川線みたいに手を差し伸べるところがなく、存続を断念したのは残念です。
ローカル線は少子高齢化等のあおりを受けている“被害者”でもあります。また、住宅の都心回帰現象も追い討ちをかけているようなものですね。
by 岸田法眼 (2006-12-24 00:53)