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第11回みんな集まれ! ふれあい鉄道フェスティバル(E6系オープン戦) [汽車旅2011番外編]

◆4年ぶりの雨天開催

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2011年11月19日(土曜日)12時19分、JR東日本東北本線尾久へ。この日はあいにくの雨だ。『みんな集まれ! ふれあい鉄道フェスティバル』が雨の開催となったのは2007年以来4年ぶりである。前回開催時はホームでサプライズがあったため、“今回もそうなのでは?”と思い、上野発の普通電車籠原行きは211系3000番代15号車に乗ったが、雨のせいかE231系近郊形タイプ付属編成を使った乗務員訓練(上野運転区指導)のみ。奥には急速に増備が進むE233系3000番代(近郊形タイプ)が、後部標識灯(尾灯)を輝かせている。この増備により、211系の廃車が進むことになるのだろうが、昭和61年(1986年)に登場してまだ25年しか経過していない。長寿命が特徴の軽量ステンレス車体なのだが……

尾久で下車し、タイムカプセル平成ロード(尾久駅地下通路)を通ると、尾久車両センターに到着。前回は晴天だったため、来場者が多かったが、今回は少ない。『みんな集まれ! ふれあい鉄道フェスティバル』は同センターの非電化エリアで行なうため、展示する電車、電気機関車などはディーゼル機関車の手により所定の位置まで運んでいることが想像できる。簡潔に書けば手間隙をかけたイベントなのだ。たとえ大粒の雨が降っても開催を延期することが難しい。

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出入り口付近では、伊豆急行を含めた12駅の入場券を1セット1,630円にまとめた「特急〈踊り子〉運転開始30周年記念入場券」を発売していた。特急〈踊り子〉は、特急〈あまぎ〉と急行〈伊豆〉を統合した列車で、グリーンの斜めストライプ、普通電車運用も兼ねた185系を起用した(特急〈踊り子〉が誕生した当時は、183系1000番代も充当していた)。

185系は昭和56年(1981年)3月に急行〈伊豆〉で“先行デビュー”し、同年10月1日(木曜日)、満を持してエル特急(現・特急)〈踊り子〉が首都圏と伊豆地方の新しい架け橋となるが、153系急行形電車との併結を可能にすることや、先述した普通電車運用も行なうため、特急形電車では異例の最高速度110㎞/hに抑えられた。普通車の座席は簡易リクライニングシートではなく、近郊形の117系で採用された転換クロスシートで、急行なみの停車駅と、新快速なみの設備で特急料金を払う“あべこべ”ぶりが特徴だった。

昭和57年(1982年)4月20日(火曜日)、国鉄は5年連続で運賃や料金を値上げしたが、在来線特急料金についてはA・B制を導入。性能や設備面で特急と急行の中間に位置したようなエル特急〈踊り子〉は、廉価な後者(B特急料金)を採用した。

現在は、“群馬特急”で活躍する185系200番代ともどもリニューアルが完了し、普通車はリクライニングシートに取替え、現代特急形車両本来のレベルに引き上げた。

185系は登場から30年たっても、現在まで廃車が1両もない。100両以上新製して30年間廃車が1両もないのは、東武鉄道8000系以来ではないかと思う(ちなみに、8000系は衝突事故で1両が大破し、代替車を新製したが、公式記録は修理扱いである)。

近い将来は伊豆方面や群馬方面に仕様変更した、E259系1000番代(仮称)を投入するのではないかと思われるが、2013年以降になるだろう。当方の浅はかな考えだが、2012年は東北・上越新幹線が開業30周年を迎えるため、〈新幹線リレー〉が蘇るのではないかと思うからだ(実際、2002年の両線の開業25周年時では、〈新幹線リレー〉を運転している)。

◆E657系見たさに雨天の“強行来訪”

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Aゾーンでは例年通りのマジックボーイ体験乗車コーナーだが、雨天のため“運転見合わせ”で、エンジン音がむなしく響く。のちに中止が決まる。


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Gゾーンは例年通り、E655系『和(Nagomi)』を展示しているが、ちょうど1号車連結器の引き出し実演が作業員3人がかりで行なわれていた。E655系がお召し列車で運行する際、連結器を格納して運転するため、引き出しの仕方がかなり大掛かりである。E655系は1号車に発電用のディーゼルエンジンを搭載しているため、先頭車の連結器を見るとディーゼル機関車以外の併結を想定していないようだ。ちなみに、この年も発電用のディーゼルエンジンが鳴り響いた

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E655系が登場した当初、廉価版の量産車が出てくるのではないかと思っていたが、E26系と同様、1編成のみになる可能性が高い。

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Cゾーンへ移動すると、なんとEF81形3重連を展示!! 上野寄りからEF81 82北斗星仕様、EF81 85標準色、EF81 92カシオペアカラーの順で、JR東日本所属のEF81形は思ったより廃車が進んでいないようだ。

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その近くには2012年3月3日(土曜日)に臨時特急〈復興いわきフラガール号〉(上野―いわき間)でデビューするE657系を展示(2012年3月17日から特急〈スーパーひたち〉〈フレッシュひたち〉で、本格的な活躍を開始する予定)。実はE657系をナマで見るのが初めて。この車両が見たいため、にズブ濡れになることを承知で行った。

偕楽園の白梅をイメージしたというピンクっぽい白を基調に、側窓下に紅梅を表す濃いピンクの帯を入れ、裾部とスカートをグレーにしている。10両固定編成のため、側扉付近に大型の号車ステッカーを貼付している。




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気になるのは、すべてのモハE657形の台車にIDカードを差し込み口のようなものがあること。鉄道誌でも取り上げておらず、謎になりそう。

余談だが、2012年秋には上野―勝田・いわき間の特急をE657系に統一する。当初、E653系は同時期に、いわき―仙台間の特急に転用する方針だったが、東北地方太平洋沖地震と東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で、不通区間の完全復旧までに相当な時間がかかる模様だ。2012年度以降の651系については現時点不明だが、波動用転用(ただし、当初から交流60ヘルツ区間の乗り入れに対応していない)や、特急〈いなほ〉転用などが考えられる。


◆改善されたDゾーン

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休憩用車両の旧型客車2両を過ぎたところに、209系2000・2100番代(前者先頭車、後者中間車)4両車を展示。休憩用車両にあてている。一部の側窓を少し開けており、換気をしている。さいわい雨が車内に侵入することはない。

強い雨なので車内へ避難。この車両は2011年に秋田総合車両センターで改造されたが、クハ208・209の車号はいずれも2001だった。ちなみに、2000番代は空気式ドアエンジン、2100番代は電気式ドアエンジンである。

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寝台特急〈カシオペア〉予備電源車のカヤ27-501を撮影したあと、Dゾーンへ。新旧の電気機関車4両をそろえた。このイベントの目玉といえるかもしれない。

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EF510形500番代ブラザーズのカシオペアカラーは「がんばろう日本! がんばろう東北!」、ブルートレインカラーは「つなげよう、日本。」で、いずれもJR東日本新幹線の車体側面に貼付しているステッカーをヘッドマーク化させた。

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EF81形北斗星仕様は寝台特急〈ゆうづる〉、EF65形1000番代は寝台特急〈あけぼの〉を掲出。前者はすでに消滅し、後者は過去の牽引機なので、懐かしさがこみ上げる。

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そのウラを見ると、EF65形1000番代は臨時寝台特急〈北斗星トマムスキー〉を掲出。かつて横浜―新得間、『夢空間』を連結して運行した夜行列車として話題となった。EF81形北斗星仕様は寝台特急〈はくつる〉で、寝台特急〈ゆうづる〉とともに、上野―青森間の夜を支えた。両者とも、すでに列車の運行を終えているが、魂と歴史はいつまでも心の片隅に残ることだろう。

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EF510形500番代ブラザーズは、普段の姿で通した。その姿はもちろんいいのだが、趣味的な視点ならば、現在は新幹線で活躍する〈さくら〉〈はやぶさ〉の寝台特急時代のヘッドマークを掲出したほうが面白かったと思う(〈みずほ〉も望むレールファンもいると思う)。

さて、前回のDゾーンは家族連れの行動にあきれ、怒るレールファンが多く、係員があわててパイロンと柵を用意したが、今回は最初から立ち入り禁止ゾーンを設定しており、レールファンは思い通りのアングルでストレスもなく撮影していた。

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大宮寄りの立ち入り禁止ゾーンには、入換用のディーゼル機関車、DE11形1000番代を展示。数が少ないため、「希少形式」といえる。


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最後は転車台へ行き、お召し列車装飾と臨時寝台特急〈エルム〉のヘッドマークをそれぞれ掲げたDD51形842号機の回転で締めくくろう

◆E6系オープン戦

翌11月20日(日曜日)13時15分頃、JR東日本大宮に到着。この日は東北・上越新幹線16番線で、E6系の展示及び車内見学が行なわれている。車内見学は応募して当選した人のみ車内に入ることが許されており、15・16番線は通行規制をしいている。

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隣の17・18番線へ足を運ぶと、16番線にE6系が止まっている。まるで外国の高級スポーツカーを思わせるような前頭部で、車両が在来線規格のため、11・17号車の客室部分がかなり短い。そのため、E6系はE3系6両編成の〈こまち〉と定員を合わせるため、1両増結した7両編成である。

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E6系は2010年に登場し、車体色は飛運ホワイト(JR東日本新幹線カラーの定番色)と茜色をベースに、アローシルバーを添えた。茜色は女性の「秋田小町」、アローシルバーはお米の「あきたこまち」をそれぞれイメージしているのではないかと思う。E6系は“速い、快適”に加え、“秋田県”を強調した車両だと断言したい(車体側面を見ると、JR九州800系に似ている)。ちょうど17番線に東北新幹線〈はやて27号・こまち27号〉新青森・秋田行きが到着。〈こまち27号〉のE3系とE6系が顔を合わせた。“身長差”が歴然としている。

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東北新幹線〈はやて27号・こまち27号〉新青森・秋田行きが発車したあと、ホーム仙台寄り先端へ。前部標識灯を眺めると、まるでライフルの口径に見える。高輝度放電灯の光がビームになって、ずいぶん先まで伸びるのではないかと思わせるほど(実際そうでないことぐらいわかっているけど)。

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15時00分に車内見学会が終わり、先頭17号車の後部標識灯が前部標識灯に変わった。回送電車として、那須塩原方面へ向かうのだ(仙台の新幹線車両基地に戻ったものと思われる)。





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15時26分、0系から続く警笛が高らかに鳴り響き、
E6系が発車した。その後、17番線に〈Maxやまびこ143号・つばさ143号〉仙台・山形行きが到着。〈つばさ143号〉山形行きはE3系1000番代だった。

★備考

①eyeVio「第8・10・11回みんな集まれ! ふれあい鉄道フェスティバル THE MOVIE」 



②岸田法眼のRailway Voice.「第11回みんな集まれ! ふれあい鉄道フェスティバル Voice Version.」 

★おまけ

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E233系3000番代

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EF81形カシオペアカラー

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旧型客車




関東鉄道水海道車両基地イベント2011 [汽車旅2011番外編]

◆関東鉄道の無料シャトルバスが大忙し

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2011年11月3日(木曜日・文化の日)10時59分、関東鉄道常総線の各駅停車水海道行きワンマン列車は、終点水海道2番線に到着した。3番線の外側に1両はバラスト山盛りの貨車が休んでおり、出番を待っている状態だ。

水海道は複線区間の終点で、取手―水海道間は首都圏とみなしても差しさわりがなく、首都圏新都市鉄道常磐新線(以下、「つくばエクスプレス」)の開業により、守谷乗換えで都心へはかなり近くなったが、取手―守谷間の乗車率が下がってしまった。つくばエクスプレス経由のほうが、交通費が安くなる場合があることも、乗車率が下がった一因といえる。

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さて、水海道2・3番線から改札へは構内踏切を渡る。ローカル線の雰囲気を実感するが、階段の上り下りが必須の跨線橋を渡るよりも早く行けるし、車椅子利用客にとっては負担が軽減されるメリットがある。

構内踏切が続いているのは、各駅停車は取手―水海道間の区間運転があること、水海道以北は列車の運転本数が少ないことから、大幅な改良工事をする必用がないと判断しているものと思われる。駅舎も昔ながらの風情を漂わせるが、改札はICカードに対応するため自動化されている。SuicaやPASMOなどのユーザーにとっては、ありがたいことである。

下車し、ホームの取手寄りにある自由通路を渡り終えると、11時04分に先ほどまで乗車した2番線から電気笛の雄叫びをあげ、回送が発車。水海道車両基地に戻る。

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3番線側の自由通路付近に、自社水海道営業所が運行する無料シャトルバスのりばがあり、11時06分に入線。すぐには発車せず、一旦エンジンを切り、11時15分の発車を待つ。

その後、常総線は快速下館行きワンマン列車がたった1両で到着。無料シャトルバスは若干の立客が発生し、11時15分に発車。65㎞/h前後で飛ばす自動車が多いものの、無料シャトルバスは50~60㎞/hで安全運転をする。

ポリテクセンター入口交差点で、対向車線から別の無料シャトルバスが左折する。これは「第7回つくばエクスプレスまつり」の会場である、つくばエクスプレス総合基地から水海道車両基地に向かうのだ。両社のイベントは同日開催を基本にしており、“両方行けることがウリ”である。

私が乗っている無料シャトルバスが同交差点で右折し、信号機がない突き当たり交差点の手前で止まる。つくばエクスプレス総合基地からの無料シャトルバスが先に終点水海道車両基地に到着したため、下車完了待ちなのだ(満員御礼の状態だった)。これは右折左折どちらも道幅が大変狭い公道だからである。さいわい大型車通行禁止の標識は見当たらなかった。

余談だが、常総線はJR東日本水戸線と線路がつながっているため、新車を搬入する際は、下館経由で水海道車両基地に向かう(備考③④参照)。なので、トラックで運搬することはない。


◆キハ350形フォーエヴァー

11時26分、終点水海道車両基地に到着。今回のイベントに来訪するのは初めてである。

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本部で案内図等をいただき、直進すると2011年10月10日(月曜日・体育の日)で営業運転を終了したキハ350形をギャラリー、弁当販売、休憩所として開放していた。日本の鉄道車両では貴重な外吊り式側扉が特徴な車両で、昭和61年(1981年)から平成4年(1992年)にかけて、筑波鉄道、国鉄、JR九州、JR東日本で活躍したキハ35系が関東鉄道に移籍した。

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さて、車内へ入ると、2両ともヘッドマークや思い出ギャラリーを掲示(一部は“上塗り”をして再利用していた)。キハ3511が模型の展示、前部標識灯のデザインがブタの鼻に似ているとかで、「豚めし」という特製弁当(包装紙が2種類あり、いずれも1個800円)、キハ350形最後の乗務行程表(2種類あり、いずれも1部800円)、キハ350形とキハ100形のキーホルダー(1個500円)をそれぞれ販売している。売れゆきは順調で、車内にテーブルを設置しているため、ロングシートとの組み合わせによる“簡易食堂車”となっている。“ツウ”な男性2人は、各車の車端部に向き固定のクロスシートがあり、そこで食事をとって旅情を思い出しながら味わっているかのようだ。クロスシートの向かい側は立客スペースになっているが、かつてトイレを設置していたところだ(関東鉄道移籍時に撤去した)。



キハ350形展示車両編成表
方向号車車両番号禁煙備考
水海道寄りなしキハ3511なし
取手寄りなしキハ358なし

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午後に入ると、キハ3511のディーゼルエンジンが作動し、前部標識灯が点灯。再び息を吹き返した。車両自体は現役復帰に“意欲的”だが、今後はイベント用に残すのか、廃車になるのかが気になるところだ。ちなみに、リーフレットのウラには「キハ350(片運転台)が8両在籍しています」と明記していた。

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余談だが、キハ3511の前側には、軌道自転車体験コーナーで、レールの上に枕木を置き、“境界線”にしていた。


◆キハ100形に乗る

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キハ350形の車内見学を終え、前方へ進むと朱色塗装のキハ100形を展示。キハ100形はキハ350形を両運転台に改造し、整理券発行機、運賃箱、運賃表をそれぞれ設置した車両で、水海道―下館間のワンマン列車用として現在も活躍を続けている。今回は展示及び乗車会(〈鉄道の日記念号〉と名づけている)が行なわれる。ちなみに、2010年開催時は新鋭のキハ5000形が乗車会の大役を務めた。




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キハ100形の向かい側から電気笛の雄叫びが間近で聞こえた。キハ2300形がゆっくりと進んでいるのだ。ロープ柵もない状況の中で進んでいるが、間近で列車が近づくことに迫力を覚える。運転士は慎重に進み、前方に展示しているキハ5000形に連結することなく、止まる。この車両は「チビッ子トレイン」と銘打ち、ミニゲーム、塗り絵大会、車掌体験ができる。水海道寄り先頭車のキハ2301を見ると、なんと“人面車”となっており、連結器に綱を取りつけている。これは11時30分に1回目の綱引き大会が行なわれたからだ。車両が超低速移動したところを見ると、1回目は参加者たちが勝利した模様。



“人面車”に衝撃を受けたあと、キハ100形にディーゼルエンジンが作動し、11時50分頃に乗車会が始まった模様。事前の整理券配布がなく、定員になり次第、受付を終了する方式だ。係員が硬券の乗車証明書を手渡したあと、別の係員がそれに改札鋏を入れて、昔の雰囲気を再現する。

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キハ100形に乗り込むが、ロングシートはすでに満席。取手寄りの立席スペースに陣取る(運賃箱、運賃表などがある関係で座席を撤去したため)。運賃表には「下館行」を表示し、“旅情”をかきたてる。このまま下館まで乗りたい気分になるが、関東鉄道ホームページによると、水海道―下館間1日2往復運転している。乗車計画を立てる方は事前に同社ホームページでダイヤを調べておきたい。


キハ101形乗車会編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
工場棟付近⇔折り返し地点なしキハ101なし

国鉄型外吊り側扉気動車に乗るのは、平成11年(1999年)1月4日(月曜日)のJR西日本山陽本線支線(和田岬線)以来、12年ぶり2回目。車両基地イベントの体験乗車をするのが初めてなので、ドキドキする。

「ハイ、お待たせしました。発車いたしまーす」

水海道寄りに乗務する男性運転士の放送が終わったあと、外にいる係員が笛を吹き、ドアチャイムが鳴動し、外吊り側扉が閉まる。安全を確認するブザーが鳴ると、取手寄りに乗務する男性運転士が警笛を高らかに鳴らし、定刻どおり12時00分に発車。往復500メートルという短い乗車距離だが、進行方向右側に立っている側、坐っている側にとっては、イベントの立ち入り禁止エリアに留置している車両を間近で見ることができる“特典”がある。タダで乗れるのだから、“坐らなくてよかった”と思う人が多いだろう。

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1分ほどで折り返し地点へ到着。前後に運転士が2人乗務しているため、移動することなく1分後に発車。“沿線”ではキハ100形の勇姿を撮影するレールファンでにぎわう。“撮りたいし、乗りたい派”にとっては一挙両得の乗車会である。





12時03分、起点に戻り乗車会終了。折り返し、12時20分発となるが、こちらも盛況で発車した。

◆キハ5001の悲劇

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昼食後、展示車両の撮影を行なう。左側から順にお伝えしよう。

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1つ目はDD502で、車齢55年のロッド式ディーゼル機関車だ。同機は常総線の貨物列車として活躍していたが、昭和49年(1974年)で運行を終えた。その後は取手―水海道間の複線化工事で大いに役立ったものの、現在はイベントや新車搬入時しか出番がないという。ちなみに、キハ5000形の搬入時はキハ2100形が牽引した。

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2つ目はキハ0形。国鉄キハ10・20系の車体更新車で、機関、変速機、台車などを流用した。当時は非冷房だったが、現在は新型機関の更新とともに冷房化改造を受けた。ちなみに、キハ0形の車号に「キハ007」がある。

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3つ目はキハ2100形。関東鉄道近代化の先陣を切った車両だ。ホワイトボディーに、ブルーとレッドの帯を巻き、キハ5000形が登場するまで“標準色”となった。この車両ではディーゼルエンジンの性能をアップさせ、省エネにもつなげている。キハ2100形は2両編成で、現在は取手―水海道間を中心に運転されている。

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最後はキハ5000形。2009年に登場した若手で、ブルーとレッドの帯を踏襲しつつ、ボディーカラーを青味がかかったホワイトに改めた。ディーゼルエンジンは微粒子状物質、窒素酸化物、ハイドロカーボン、騒音をそれぞれ削減し、燃費を向上している。







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撮影後、工場棟では検査中のキハ2100形を使ったクレーン吊り上げを実施。このプログラムはどこでも人気があり、多くのギャラリーが固唾を呑んで見守った。

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クレーン吊り上げが終了し、水海道車両基地を出る。公道を歩き、留置しているキハ300形、キハ350形をそれぞれ眺める。キハ301はボロボロで、物置と化していた。

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踏切を渡ると、キハ350形4両(スカイブルーと自社色)を留置。公道からでも撮影できるところへ置いているのは、ファンサービスの一環ではないかと思えてくる。少し先にはキハ5001が留置されているが、貫通扉と助手席側の窓がそれぞれ破損。助手席側の灯具類やスカートも哀れな姿だ。これは前日の2011年11月2日(水曜日)、南石下―石下間の踏切で、快速下館行きワンマン列車とトラックが衝突する事故が発生(一時、水海道―下妻間の運転を見合わせた)。キハ5001が被害にあい、運行不能に陥った。1日も早い復旧を願っている。


◆第7回つくばエクスプレスまつり

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水海道車両基地へ戻り、ここから無料シャトルバスつくばエクスプレス車両基地行きに乗る。座席はほとんど埋まっていたため、私は立つことを選択する。

水海道駅行きの無料シャトルバスが満員御礼の乗車率で発車。ほどなくして、つくばエクスプレス車両基地行きも13時40分に発車。水海道車両基地―つくばエクスプレス車両基地間の所要時間は20分となっているが、信号運がよかったこともあり、予定より9分早い13時51分に到着した。

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適当に歩き、検車庫事務所へ。ここは電車の床下見学が行なわれており、TX-2000系第11編成がモデルとなる。方向LEDが社名の「首都圏新都市鉄道」を表示している。その左側にTX-2000系第6編成があり、「つくばエクスプレス」を表示。普段お目にかかれないので、“トクした気分”と思う人が多いだろう。

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鉄道模型展示・プラレールコーナーは、幼児たちに大人気。ほかにも先頭車に掲出したヘッドマークや部品、標識類なども展示。開業して6年経過したせいか、“歴史”を感じるようになってきた。

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模型はEF81形カシオペアカラーがブルートレインを牽引。今や「伝説」という言葉が使えそうな状況にあるブルートレインだが、鉄道模型の世界では衰退することがない。このほか、EF65形1000番代牽引による貨物列車が共演した。

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プラレールは小田急電鉄50000形VSE、60000形MSE、西武鉄道10000系などが暴れまわっている。

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奥にはTX-1000系第3編成を展示しており、記念写真を撮る親子連れやカップルが多かった。

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7番線のヘッドマーク付き車両展示は、朱色と白の帯をそれぞれ追加したTX-2000系第20編成を充当。時間帯により、ヘッドマークを付け替えるもので、開業後の増備車両で掲出できなかった「開業1周年記念」や「祝・開業(平成17年8月24日)」がこの撮影会の目玉といえる。

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1・2番線は運転室及び車内見学ができる。前者はTX-1000系第1編成、後者はTX-2000系第15編成が“案内役”である。

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まずはTX-1000系へ。TX-2000系ともども、第1編成は2003年に竣工している。乗務員室を眺めると、最高速度130㎞/hの車両なのに、ワンマスコンハンドルの力行が4段しかないことに衝撃を受ける。参考までに国鉄時代、スピードと居住性を意識した117系が登場しているが、110㎞/h運転をするため、マスコンハンドルの力行を、115系以前の4段から5段に引き上げている。この高性能に「つくばエクスプレス、恐るべし!!」としか言葉が思い浮かばない(参考までにTX-1000系、TX-2000系は、電動車の主電動機が1両つきに4台、歯数比が6.53で、いずれも最高速度130㎞/hのJR西日本223系2000番代と同じ。ただし、クモハ・モハ223形3000番代の主電動機は1両につき3台)。

TX-1000系1号車に係員の男性が立っているが、2012年度に衝撃のTX-2000系が増備されることを明らかにする。つくばエクスプレスは将来8両編成を想定しているが、現時点増結の予定がなく、増備でカバーする方針だ(8両化するには、ホームの延伸工事が必要となる)。男性係員は、衝撃の増備車はLEDに特徴があるというが、行先や案内表示のフルカラーLED化、室内灯のLED照明化、ボックスシートにコンセントを装備するなどが予想できる。その答えは2012年秋に行なわれるであろう「第8回つくばエクスプレスレスまつり」で展示することが考えられるので、それまで楽しみにしたい。

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TX-2000系に“乗り換え”ると、3・4号車がボックスシート&ロングシートのセミクロスシートだ。さいわい、展示しているTX-2000系第15編成は、通路側のひじかけにテーブルを内蔵している数少ない車両だ。窓側にひじかけがないため、テーブルは4人グループの利用客しか気兼ねなく使えないのではないだろうか。ひじかけにテーブルを内蔵したのは、乗客のパソコン利用を想定したためで、開業当初から地下区間でも携帯電話の電波が圏外にならない。

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時刻は15時近くになり、第7回つくばエクスプレスまつりの終了時間が近づいてきた。帰路はここから発車する普通電車秋葉原行き(6号車TX-1609:守谷からワンマン運転)に乗ろう。

年に1日しか営業列車がやって来ないため、券売機や自動改札機がなく、SuicaやPASMOが使えない難点があるものの、係員が守谷まで無料で乗れるというので、ありがたく乗車駅証明書をいただく。これならば守谷からSuicaが使える。すでに乗車口となる20番線に普通電車秋葉原行き(守谷からワンマン運転)が入線しており、ホームがないため乗車口を1・3号車の各1か所に限定し、階段を登って電車に乗り込む。

普通電車秋葉原行き(ワンマン運転)編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
守谷6TX-1609なし
 5TX-1509なし
 4TX-1409なし
 3TX-1309弱冷房車
 2TX-1209なし
つくばエクスプレス車両基地1TX-1109女性専用車
女性専用車について
平日の初電から9時まで、18時から終電までの全列車に該当。

15時04分に乗車受付を終了。

「大変お待たせいたしましたー。発車いたします。揺れますので御注意くださーい。お立ちのお客様、えー、揺れますので御注意くださーい」

全員の乗車を確認したあと、乗務員の肉声放送が車内に響き渡る。車内は幼児が元気ハツラツで、まだまだ遊びたいようだ。

「電車動きまーす。左右に電車動きまーす。進行方向の左側には、当社社員とスピーフィーが最後のお見送りでございまーす」



再び乗務員が案内し、発車可能を知らせるブザーとミュージックホーンが順次鳴り、定刻どおり15時08分に普通電車秋葉原行き(守谷からワンマン運転)が発車する。私は進行方向右側に立っており、スピーフィーを眺めることができない。振り返ればいいのだろうが、すでに普通電車秋葉原行き(守谷からワンマン運転)が動いており、いつでも吊り手につかまる態勢を整える。

「右側でも当社社員が最後のお見送りでございます。どうぞ御覧ください」

という乗務員の放送で、進行方向右側に坐っている、立っている乗客の多くが注目すると、3つのグループに分かれた社員十数人が手を振っていた。

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2か所で一旦停止したのち、営業線へ合流。ゆっくり走っていると、進行方向右側に気球が2台飛んでいる。このイベントに合わせて飛行しているのかどうかはわからないが、ほどなくして進行方向右側に坐っている家族連れが振り返る。

「あれ、アドバルーンだ」

と家族連れの母親xが進行方向右側の大きな物体に気づく。

「気球かな?」

「気球だ」

「あがってるよ」

と子供たちの歓声があがる。

「ホントだ、浮かんでるよ!!」

母親yも気球の飛行に驚いている様子だ。おそらく乗客の多くは実際に気球を見るのが初めてかもしれない。

「あっ浮いてる」

と別の幼児も衝撃だ。

「御乗車のお客様、進行方向右側を御覧ください。現在気球が2つあがっております。進行方向右側でございます」

乗務員が気球の存在に気づいたのか、案内放送を流す。車内は平日の通勤ラッシュ時に近い状況なので、進行方向左側に坐っている人々は見づらいかもしれないが、第7回つくばエクスプレスまつりは、2台の気球で終了といえる。

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15時17分、守谷3番線に到着。多くの乗客が4番線に移動し、ほどなくして区間快速秋葉原行き(ワンマン運転)が到着。車内は満員御礼となり、秋葉原に向けて発車した。

私はここで一旦下車するが、左側2台の自動改札機を機能停止させ、つくばエクスプレス車両基地からの乗車駅証明書を持っている人に限り、そのまま通過できるサービスをしていた。乗車駅証明書は磁気券だが、“記念品”にもなり、トクした気分で自動改札機を出た。


★備考

①eyeVio「つくばエクスプレスまつり&水海道車両基地イベント THE MOVIE」 



関東鉄道ホームページ 

③鉄道ブログ『モハよう de キハキハ』「悩ましい関東鉄道常総線下館駅の分岐器」 

④鉄道ブログ『モハよう de キハキハ』
「関東鉄道常総線新車5000形搬入!【モハよう de ワッチミー!】動画配信vol.8」 (動画のみは、こちらです

⑤岸田法眼のRailway Voice.
「関東鉄道水海道車両基地イベント2011 Voice Version.」

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2011 [汽車旅2011番外編]

◆5か月遅れの開催

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2011年10月15日(土曜日)11時56分、JR東日本大宮総合車両センターに到着(3年連続6回目の来訪)。毎年恒例となる『JRおおみや鉄道ふれあいフェア』を開催しているが、今年は久々の10月開催となった(ここ数年は5月に開催)。このイベントは同年3月11日(金曜日)に発生した東北地方太平洋沖地震(以下、「東日本大震災」)の影響で、当初は中止を発表していたが、季節が秋に変わると一転して開催することになった。今月は川崎市制記念多摩川花火大会、足立の花火が相次いで“延期開催”しており、この秋は例年以上に“イベントラッシュ”かもしれない。

朝起きたら、台風なみの暴風雨だったが、10時を過ぎると雨がやみ、私は腰をあげた。あいにくのお天気のせいか、例年より来訪客が少ない。

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東北・上越新幹線及び埼玉新都市交通の高架下へ行くと、電気レスキュー車とマジックボーイの展示が行なわれている。後者は線路上を走行しており、ゴンドラに乗っている子供たちが大喜びしている。

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その右側はストラックアウト。TBSのスポーツ番組で観た記憶があるものの、実際にやるのは初めて。会場は幼児たちが挑戦しているが、係員に聞いたら年齢制限がないというので私もやってみる。

ルールは4球投げるチャンスがあり、ど真ん中のE5系がA賞、ほかがB賞の商品をGETすることができる。ボールは特製で、イボイボのカタマリみたいな感じだが、別の係員が「粘着力がだんだんなくなっていますので…」と私に説明する。最初、聞いていて意味がよくわからなかったが、とりあえず野球のストレートの握りができることを確認し、いざ1球目。ボールは右打者の内角高めへ行くものの、残念ながらB賞のマトを外れる。ボールを投げるのは久々で、右肩がしっくりこない。

2球目、115系湘南色(B賞)のマトに当たりはしたが、パネルを射抜くことができず、ボールは地面に落ちる。

「あちゃー」

と私がつぶやくと、意外な展開が待っていた。

「B賞でーす」

係員が商品GETを告げる。“エーッ?”と一瞬頭が混乱したが、このマトは射抜くことができない“固定式”だったのだ(TBSの映像が脳裏に焼きついていた)。そして、別の係員が言った「粘着力」の意味が初めてわかった瞬間だった。

3球目は投げた瞬間の大暴投で大ハズレ。最後の4球目はE5系に当たり、ボールがマトにくっついた。「会心の1球」というわけではなく、たまたま当たっただけで、特製ボールは非常に投げづらかった。ちなみに、私は学生時代、授業と講義のみだがソフトボールで投手を務めており、その経験がJR東日本版ストラックアウトで活きたのかもしれない(野球やソフトボール経験のない人は、ボールをわしづかみにして投げる)。

A・B賞の商品をGETし、幸先がいいスタートとなった。


◆E5系試乗?!

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高架下を北寄りへ歩くと、「貯蔵品置場」で立ち止まる。色々なものを保管しているが、柱に「ホロ落成品置場」に目が行く。読んで字の如く、新品の幌が雨に濡れないよう、「ホロ置台」にたくさん並んでおり、“消耗品”であることを物語っている。

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その先はATカートで、「レールスター」と呼ばれるものだが、その名を聞くと、JR西日本700系7000番代を真っ先に思い浮かぶ。入口でいただいたリーフレットを見ると、「ATカート」と案内していた。ATカートは車両不具合が発生し、係員総出で点検をしていたが、復旧して“運転再開”となった。

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イベントで人気があるミニSLは、例年通りD51形498号機と24系25形客車(『夢空間』主体)のミニチュアによる運転だ。“沿線”では大宮消防署の消防車等を展示している。この光景は例年通りだが、これから先は火事が多発する季節になるので、充分気をつけたいところ。

ミニ新幹線は例年だと環状運転だが、天気がよくないため、直線折り返しによる1往復運転に変更されていた(ミニSLと同じ方式)。のりものコーナーの多くは高架下で開催しているため、雨天中止がないというメリットがある(このイベントは雨天決行)。

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ミニ新幹線の車両は長らくE4系が務めていたが、今年はE5系に変更した。来年もE5系になりそうな気配だが、天気がよくないせいか、乗車待ちをしている人が少ない。

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ミニ新幹線の“沿線”を歩くと、元京浜東北線209系と元京葉線205系(元山手線配属車でもある)が仲良く留置。特に前者は昨年から動きがなく、房総各線用及び南武線用の改造対象外だったようだ。先頭車しかないのだから、鉄道博物館の展示待ちなのか? 一方、後者は3両つないでいるが、先頭車は1両しかなく、今後の行方が気になる。そして、別の場所には301系が留置しており、方向幕は「原木中山」を表示。2009年は「妙典」、2010年は「快速高田馬場」をそれぞれ表示しており、毎年変わっている。これから先も動きがないのであれば、2012年開催時は301系と209系が“「車両展示広場」という名のヒノキ舞台”にあがることを願う。

さて、ふとE5系ミニ新幹線を眺めると、レールファンの集団が乗っていた。例年ならば、ほとんど家族連れが乗っており、個人や集団で訪れているレールファンは自重していたが、今年は天気の影響、あるいはE5系に乗ったことがないこともあってか、“気軽”に利用できるようだ。私もE5系未乗車なので、乗ってみることにしよう。

入口で係員から「ミニ新幹線 記念乗車券」をいただく。プラスチック製で、表には記念乗車券の文字とE5系のロゴ、ウラにはE5系の写真で、永久保存用として作られているのがわかる。


E5系ミニ新幹線乗車編成表
方向号車車両番号禁煙備考
北寄りなしE514-1グランクラスのステッカーあり
 なしE525-401なし
 なしE526-301なし
 なしE525-201なし
 なしE526-101なし
南寄りなしE523-1なし

意外なことに待ち時間なしでE5系ミニ新幹線乗車(E526-101)。先頭車に号車札はないが、グランクラスのマークがあり、これならば気軽に乗れるものの、すでに先客がいるため、前から4両目の車両に落ち着く。

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E5系ミニ新幹線が発車すると、前方の奥にEF58形93号機が見えた。その後ろに赤い電気機関車があり、EF80形36号機だろうか。このスペースは、“物置”または“控え室”と化しているが、高架下がさいわいし、“雨ざらし”による劣化を防いでいる。そのあと、209系、205系、301系を撮影。E5系ミニ新幹線乗車に乗れば、より近くで撮れる(ものすごい望遠レンズがあれば、乗る必要はないが…
…)。



あっという間に折り返し地点へ到着。ほどなくしてスタート地点に戻り、E5系ミニ新幹線の乗車が終わる。いつかは“実物のE5系”に乗ってみたいが、実現する日はそう遠くないと思う。

◆M250系をじっくり眺める

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ミニ新幹線をあとにして、「実習館」へ。鉄道部品の販売会場となっており、パンタグラフ、台車があるものの、これはウリモノではない。商品は青いビニールシートに陳列していたが、ほとんど売れたようだ。残っているのは、武蔵野線や南武線の205系方向幕(前面、側面)、京葉線201系の方向幕と行先指令器、京葉線201系、常磐線203系、E351系、253系の側面方向幕セットだ。ほとんどの商品は汚れや傷があるという。方向幕は3500円、側面方向幕セットは2萬円が多い。側面方向幕セットはワレモノ、壊れ物なので、ダンボールは強度を向上したものを使い、梱包している。

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JR貨物大宮車両所付近にDE10形1556号機が鎮座している。DE10形は貨車入換作業用、貨物列車などで長年活躍しているディーゼル機関車だが、将来、展示車両はHD300形ハイブリッド機関車に変わってゆくだろう。DE10形1556号機を眺めると、貫禄を感じる。

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いよいよJR貨物大宮車両所に入ると、M250系『スーパーレールカーゴ』がお出迎え。運転室を公開しているが、待ち時間45分。11時までに来場していたら、入ることを考えていたかもしれないが、例年通り自重する。

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M250系は電気機関車を思わせる大柄なボディーだが、電車である。近辺にはT260形もあり、車両形式名を見なければ、コキと勘違いしそうだ。

M250系は世界初のコンテナ専用電車型貨物列車で、2003年に誕生し、2004年3月13日(土曜日)にデビューした。編成両端に電動車を各2両、中間に付随車を12両連結し、最高速度130㎞/hで東京貨物ターミナル―安治川口間を6時間台で結んでいる(安治川口は大阪府大阪市に所在する)。ちなみに、M250系は佐川急便のコンテナのみを搭載した事実上の“貸し切り列車”てある。

貼付している「車両の紹介」を見ると、M250系の意味は、「M」はMultiple-unit-train(動力分散列車)の頭文字。「2」は駆動方式と電気方式を表している。これはEF210形などと同じ誘導モーター駆動方式で、国鉄時代から車両形式の百の位の1・2・3は直流電車という決まりがある。ちなみに、機関車の3ケタ形式は分割民営化後に採用している。「5」は最高速度を表し、一と十の位の「50」以降は最高速度110㎞/hを表すという。ただし、JR貨物が設計した電気機関車は、すべて110㎞/h運転に対応しているため、この場合は「電車の最高速度は110㎞/h以上」をさすのではないかと考えられる。

M250系1列車の輸送量は10トントラック56台分に相当し、1年間で14000トンの二酸化炭素を削減しており、地球環境に貢献している。近年は環境問題に対する取り組みが活発になっているが、将来は電気トラックが開発されると、鉄道貨物輸送に大きな変化が訪れるかもしれない。

余談だが、M250系は2005年鉄道友の会ブルーリボン賞に輝いた。これにより、JRグループ全社は同賞を受賞したことになる(ただし、JR北海道は、国鉄末期にキハ80系を改造したキハ83・84形『フラノエクスプレス』が受賞しており、自社設計車で同賞を獲得したことはない)。ちなみに、私は定期運行時代の快速〈ムーンライトながら〉大垣行きでM250系を見たことがある。


◆復興を前面に掲げて

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M250系の左側はマジシャンがトランプマジックを行ない、子供たちは食い入るように見つめている。それを見届けると、少し先に「SUPER UR」という白いコンテナを展示していた。このコンテナは冷機循環ファンを装備しているという。中を拝見すると、確かに冷機循環ファンがあり、ステンレス板で冷却効果を高めている。ちなみに、通常のコンテナは夏の湿度対策で防板を使用している。

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その隣は通常のコンテナで、左側が鉄道貨物のPR映像を流し、右側が「たちあがろう東北」のヘッドマークを展示。ここから先は“復興祈念色”が強くなる。

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隣の2車体連接電気機関車、EH500-25はヘッドマークと側面ステッカーの掲出を行なった。1号車は両方とも「みんなと一緒に!―がんばろう! 東北(ヘッドマークは大宮車両所特製)」、2号車のヘッドマークは「がんばろう東北 がんばろう日本(大宮車両所特製)」、側面ステッカーは「がんばろう! 福島」だ。東日本大震災後、JR東日本(新幹線とEF510形500番代)、東武鉄道(100系、200系、250系)は復興祈念ステッカーを掲出。前者は現在も続いているが、後者は100系第9編成と250系以外は、予定通り掲出を終了している。

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その向かい側には、Nゲージがあり、N700系8両車、E5系、南武線205系(先頭車のみ205系1200番代)、南武線209系、臨時快速〈ムーンライト九州〉、185系200番代、EF66形JR貨物初期の塗装変更車による貨物列車、EF510形+EH200形重連貨物列車などが縦横無尽に走り回っている。まさに“夢の球宴”といったところだ。

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EF64形1000番代は、北側が大宮車両所特製の〈絆〉、南側が寝台特急〈あけぼの〉をそれぞれ掲出。EF64形1000番代貨物色の寝台特急〈あけぼの〉は、定番となっている。

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どんどん前へ進み、DE10形1020号機が検査中で、“顔”を外して、“脳みそ”を公開。この光景を初めて見たときは衝撃を受けたが、今は見慣れてきた。このディーゼル機関車はまだまだ活躍を続け、「国鉄」という時代があったことを子供たちに伝えているかのようだ。

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HOゲージでは、EF66形オリジナルカラー牽引の貨物列車と、蒸気機関車牽引の旅客列車が走行。前者はのちにEF66形100番代に交代したが、後者は力強い走りの音が聞こえてくるハイテク品だ。

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その奥ではEF65形1070号機がHOゲージを温かく見守っていた。


◆今年は蒸気機関車2両を展示

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再び大宮総合車両センターゾーンへ。車両展示広場は、ちょうどEF60形510号機の北寄りヘッドマークを寝台特急〈はやぶさ〉の新品から、年季が入った国鉄時代に製作したものに変えている最中だった。サビや傷が多く、“過酷な仕事”であったことを物語る。今は東北新幹線E5系最速列車の愛称として再び鉄路に蘇ったが、“現代の〈はやぶさ〉”に慣れてきたレールファンも多いと思う。南寄りは寝台特急〈あさかぜ〉が新調のヘッドマークで蘇った。機関車だけなら、いつでも運転再開できそうな気がするが、今は“「機関車」という名の相棒”がいないと動けない客車が“時代遅れ”となってしまっている。

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EF65形535号機は、「ゴサゴ」と呼ばれる電気機関車で、昨年開催時は大宮総合車両センター付近で永久保存を訴える署名活動が行なわれた。それが天に通じたのか、今年も展示している。北寄りはヘッドマーク未掲出だったが、南寄りは寝台特急〈あかつき〉が蘇った。

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EF65形535号機の北寄りはヘッドマークを掲出していたらしい。これは大宮総合車両センター特製2つのヘッドマークで、いずれも夜行列車をイメージしている。

〈輝望〉に描かれている松は岩手県陸前高田市にある高田松原を舞台している。現地は東日本大震災前に一本松は約7万本あったが、大津波に流され、たった1本だけが奇跡的に突然襲われた苦痛に耐えた。凛と立つ、たった1本の松の木は、人々に希望と勇気を与えたという。ヘッドマークは復興の願いを込め、三日月と星を添え、寝台特急ふうに仕上げた。

〈祈り〉は平和を願う象徴といえる折鶴、宮城県仙台市の広瀬川、同県石巻市の北上川などで行なわれた灯篭流しを描き、犠牲者の方々への鎮魂の意味を込めて制作したという。

被災地完全復興の暁には、ぜひ寝台特急〈輝望〉〈祈り〉〈絆〉の運行を願いたい。

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EF81形81号機は車体側面に流れ星を入れた寝台特急〈北斗星〉用で、貨物列車も牽引していた。北寄りは常磐線経由のブルートレイン、寝台特急〈ゆうづる〉を掲出。同線は東日本大震災と、東京電力福島第一原子力発電所の事故も重なり、現在も広野―亘理間が不通となっている。寝台特急〈ゆうづる〉のヘッドマーク掲出は、意義を感じ取ることができる。ちなみに、南寄りは寝台特急〈あけぼの〉で、“上野発青森行き最後の夜行列車”として、以前よりも存在感が高まっている。

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さて、時刻は13時50分を過ぎ、EF81形81号機の隣に253系1000番代が通過。今年の試乗会は253系1000番代が選ばれ、ヘッドマークと方向LEDを臨時特急〈はちおうじ日光〉にセットし、座席は向かい合わせにしている。

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EF510形500番代は、2両展示しており、“ブルートレインカラー”の501号機の北寄りは臨時寝台特急〈エルム〉、南寄りは寝台特急〈北斗星〉をそれぞれ掲出。前者は運行を再開する可能性が「ない」と言ってもよさそうだ。後者は“現職”のヘッドマークを掲出しているが、北海道新幹線開業後も引き続き運行するかどうかが気になる。

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510号機の北寄りは『夢空間』を掲出。今や“なつかしの列車”に変わっているが、「EF510形牽引の『夢空間』を見たかった」と思うレールファンも多いのではないだろうか。南寄りは“現職”の寝台特急〈カシオペア〉のヘッドマークを掲出していた。

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今回は真岡鐵道のC11形325号機、秩父鉄道のC58形363号機が駆けつけた。いずれも検査のため、大宮総合車両センターに入場しているのだが、5か月遅れたぶん、JR貨物の車両を含め、昨年よりも展示車両が充実した。

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そのあと、隣の東北本線に185系200番代の回送が通過し、7~14号車が湘南色というサプライズがあった。また、この日はJR東日本最後の113系が津田沼をたち、両国、新宿経由で大宮を通っている。昼過ぎに大宮で撮影したあと、このイベントに駆けつけたレールファンも多いだろう。

◆まさかのサプライズ

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車両展示広場を離れると、E995系『スマート電池くん』を展示していた。この車両は2003年に「キヤE991形」として誕生。ハイブリッドシステムを採用した。これはキハE200形で実用化され、さらにジョイフルトレイン用のHB-E-300系に発展した(「キハ」から「HB」に変わった)。

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現在は電車に変身し、電化区間をパンタグラフ集電で走り、非電化区間を蓄電池で走るものである。充電は停車中にパンタグラフ集電で行なうが、走行中も可能で、“未来の電車”である。

撮影後、ある男性が声をかけてきた。それは先日38歳の誕生日を迎えたTOMOさんだ。彼と会うのは2010年4月30日(金曜日)以来5回目である。

「あれっ? 病院じゃなかったんですか?」

「それは午前中」

TOMOさんは先月から通院生活を過ごしているらしい。通院治療後、新秋津で最後の203系配給回送を撮影し、ここに乗り込んだという。

しばらく立ち話で鉄道談義。私は『スマート電池くん』の必要性を語る。私は気動車や蒸気機関車に、それなりの魅力があるのはわかっているけども、いずれも「エコ」にならず、地球環境に貢献しないため、将来は不要にしなければならないと思っている。しかし、東日本大震災と同時に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故で、節電を余儀なくされ、この夏は電力使用制限令が発令された。この非常事態に火力発電所がフル稼働する展開となったが、二酸化炭素を排出するため、“エコ”にならない欠点がある。

今後、電気自動車や架線レス電車の時代に入ると、発電所を増設しなければならない問題が訪れることが予想できる。そして、将来は石油がなくなる問題が発生する。私とTOMOさんも2011年3月11日(金曜日)14時45分まで、電気を甘く見ていた。電気は無限だという認識を持っていた。実際、節電の呼びかけと共に輪番停電(計画停電)が始まり、駅を見ると、“今までこんなに照明を使っていたのか”と、電力使用量の多さに驚いた。これがきっかけで、家庭等にLED電球が急速に普及しつつあるようだ。

一方、TOMOさんは“休日ダイヤ”をひと足に公開し、流鉄車両の甲種輸送撮影から日本鉄道保存協会の総会出席まで、縦横無尽に動き回っている濃密なスケジュールぶりに脱帽だ。

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10分ほど“ボーイズトーク”をして別れ、トラバーサー付近にある建物へ入り、車掌体験コーナーは武蔵野線205系を使用。方向幕は普段表示することがない「武蔵野線」を掲出する大サービス。付近ではブルートレインの方向幕コーナーがあり、懐かしの愛称や行先が表示し、縦横無尽に駆け抜けた時代が蘇ってくる。

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大宮駅へ戻ると、ちょうどDE10形1099号機がE5系のボディーカラーに、寝台特急〈はやぶさ〉の象徴的なヘッドマークの鳥(ハヤブサ)を入れた新旧融合の特製ヘッドマークを北寄りに掲出(南寄りは寝台特急〈あけぼの〉)し、253系1000番代に連結。同機は双頭連結器を装備したユーティリティープレーヤーで、パンタグラフを下ろした253系1000番代を駅構内留置線までの“案内役”となった。そのあとは253系1000番代が再びパンタグラフを上げて、自走して大宮総合車両センター東大宮センターに“帰宅”したものと思われる。

★備考

JRおおみや鉄道ふれあいフェア2009~2011 THE MOVIE 



②元京浜東北線209系の転用改造は、まだ続いている模様です(先日、尾久車両センターで6両の留置していたため)。

TOMOさんのTwitter 

★おまけ





※この電車は253系200番代です。













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ブラE電&ブラメトロ2011-上野を歩く- [汽車旅2011番外編]

2011年9月24日(土曜日)正午過ぎ、私はブラブラと気ままに上野の街を歩いていた。上野は電車で通り過ぎることが多く、街を歩く機会が少なかった。

都道452号線を歩き、JR東日本東北本線上野―鶯谷間をまたぐ高架橋で立ち止まる。国鉄時代、東北新幹線開業前までの上野は優等列車街道で、「北の玄関口」として名をはせていた。今はステンレス車が主流だ。近い将来は東北縦貫線が開業し、宇都宮、高崎、水戸方面からの普通電車が東京に進出する予定である。

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しばらく撮影して、目的地へ行こうとしかかったとき、高架の12番線に在来線検測車、E491系『East i-E(「イースト・アイ・ダッシュE」と呼ぶ)』が入線した。ホームには少数のレールファンがいて、E491系の入線を待っていた。

「すいません。これ、新幹線でいう…」

「ドクターイエロー?」

「そうそう、それみたいなヤツですか?」

と60歳前後の男性が私にきいてくる。

「そうです」

私はそう答えると、男性は興奮する。めったに見ることがない車両とあって、“ついている”という表情をしている。そのあと、別の場所でE491系をケータイカメラで撮影していた。

入線したE491系は4つあるパンタグラフ(集電用と測定用が各2)のうち、取手寄り2つ(集電用と測定用が各1)を下ろし、東京寄り2つを上げて折り返すが、どこへ向かうのかはわからない(ちなみに、上野10~17番線はここで行き止まりになる)。常磐線ホームに止まっているのだから、北千住、松戸方面へ向かうものと考えられる。



※2002年12月20日(金曜日)撮影

JR���E491系�East i�E�#E491 #railway #jr #east  on Twitpic

※2011年5月23日(月曜日)撮影

私がE491系をナマで見るのは通算3回目である。最初は2002年12月20日(金曜日)、東海道本線品川の臨時ホームだった。E491系は同年春に誕生した車両で、早々と見たことになる。しかし、その後は遭遇する機会に恵まれず、2回目に見たのは2011年5月23日(月曜日)だった。このときは、打ち合わせで中央本線市ケ谷へ向かったものの、早く着いたため、“時間調整”の撮影をしていたら、各駅停車用ホームの2番線にE491系が通過した。そして、4か月後、再び遭遇することになった。

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12時30分、E653系の特急〈フレッシュひたち25号〉勝田行きが発車。車体腰部の8~11号車が巨人カラー、1~7号車がタイガースカラーの組み合わせだ。E653系は沿線の観光名所を車体腰部の色で表現したもので、プロ野球とは無関係だが、私は、ついそういう目で見てしまうクセがある。

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それからほどなくして、特急〈スーパーひたち26号〉が17番線に到着。折り返し、13時00分発の特急〈スーパーひたち27号〉いわき行きとなる。先頭11号車のヘッドマークLEDは「仙台行き」を表示したが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響で、常磐線は久ノ浜―亘理間が不通となっており、復旧のメドがたっていない。また、台風15号の影響で、9月25日(日曜日)まで亘理―岩沼間も不通である。このため、特急〈スーパーひたち27号〉は、いわきまでの運転となる。

特急〈スーパーひたち〉は651系の独占運行で、「タキシードボディー」で名をはせたが、2012年春にE657系がデビューし、同年秋には常磐線から撤退するという。651系はまだまだ活躍できる車両なので、253系の二の舞になってほしくない。


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12時45分、E491系が発車。私は都道452号線を下り、国道4号線昭和通り(頭上に首都高速1号上野線がある)の交差点を横断すると、踏切が見えた。この踏切は東京地下鉄銀座線の車両が通る。

銀座線は「東京地下鉄道」の手により、東洋初の地下鉄を開業させたところだが、踏切は営業線ではなく、回送線に存在する。開業当初から、この地に車両基地が存在し、現在も「上野検車区」として、地上と地下に留置線を有している。


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踏切すぐのところに、東京地下鉄電気事務所とシステム部のビルがあり、銀座線の車両がくぐっている。そこを抜けると、地上の留置線で01系3編成が休んでいる。01系登場時は衝撃を受け、同業他社に大きな影響を与えた。


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01系は“銀座線の顔”として君臨していたが、2011年9月、後継車両となる1000系が登場し、2015年度までに全車置き換えるという。リニューアルすれば、まだまだ走れると思うのだが……


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さて、日本の第3軌条では唯一の踏切を持つ銀座線だが、1日数十本しか通らないことや、事故防止のため、軌道を遮断する“壁”を設置している。第3軌条は線路脇に高圧電流(東京地下鉄は直流600ボルト)が流れているため、架線に比べ感電事故が発生する危険性が高い。この踏切は遮断機が下りると、壁が上がり、電車が通る仕組みになっている。レールファンにとっては、興味深い場所ではないだろうか。

★備考

①東京地下鉄プレスリリース「銀座線に新型車両1000系を導入」

②鉄道ニュース「東京メトロ1000系第1編成が甲種輸送される」

③鉄道ニュース「東京メトロ1000系が陸送される」 

④上野検車区の画像は、すべて敷地外で撮影しています。

★おまけ


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①春日三球・照代の漫才を思い出す人はいますか?



②飯田橋を歩く


観客動員数390萬人突破!! [汽車旅2011番外編]

観客動員数390萬人突破!!.JPG

毎度、御利用いただきまして、ありがとうございます。 2005年11月11日(金曜日)に開幕したRailway Blogは、2011年7月5日(火曜日)に観客動員数390萬人を突破しました。どうもありがとうございます。


◆2011年6月17日(金曜日)から7月5日(火曜日)までのmixi日記

■6月17日(金曜日)
意外だった間引き運転の本数


●JRの首都圏15路線、24日から節電ダイヤ
(読売新聞 - 06月16日 21:07)

JR東日本首都圏は来週から間引き運転を行なう。これはどこの企業も電力使用削減をしなければならないので、やむを得ないが、思ったほど減便にならない路線が多く、逆に驚いた。209系以降、VVVFインバータ制御化を進めた成果なのかもしれない。

私が予想していたのは、下記の通りである。

①山手線、京浜東北線は10分おきの運行にする。また、田端―品川間は5分に1本の割合にする。そして、京浜東北線の快速運転を中止する。

②京葉線、横浜線、南武線は快速を運休させる。また、京葉線の各駅停車は、東京―蘇我間の運転とする(日中は海浜幕張折り返し)。

③中央線は特別快速を運休させる。

④東海道本線、東北本線、高崎線、湘南新宿ラインは、快速や特別快速を運休させる。

⑤常磐線の快速はE531系のみとするが、各駅停車は平常どおり。

ほとんどハズレとなったが、私の考え過ぎかもしれない。JR東日本のプレスリリースを見ると、新幹線と特急以外は全車弱冷房車になっているという。これならば、“普通列車用グリーン車が過ごしにくくなるのではないか?”という不安がある。

余談だが、東京メトロは、各線とも日中8割程度の運行を実施している。

一方、関西でも住民などの猛反発により、検査を終えた原発が再稼動できないという。このため、近鉄と阪急は間引き運転を実施する見込み。また、JR西日本も実施せざるを得ないようだ。

JR西日本は国鉄車両の体質改善工事により、延命を施しているが、直流カーボンブラシ調達危機を乗り越えても、電力は厳しいようだ。

考えられるのは、例えば奈良線だと、みやこ路快速は運休せざるを得ないだろう。また、各駅停車は103系よりも若干省エネの221系を充当させ、電力消費の軽減に努める。

関西本線は103系を休ませ、201系を優先的に充当させるだろう。また、大和路快速は区間快速に種別を変更させ、天王寺―大阪―天王寺間は各駅停車にすることで、103系を休ませ201系に任せることが考えられる。そして、高田―JR難波間の快速は王子―JR難波間を運休させることもありえる。

福知山線は大阪―宝塚間の快速を運休させ、JR東西線からの快速を各駅停車に変えて、新三田まで延長させる可能性もある。

阪和線は区間快速を運休させ、223系0・2500番代または225系5000番代の各駅停車にすることが考えられる(この場合、天王寺―鳳間の各駅停車も運休)。これならば支線以外、103系を休ませることが可能だ。

東海道・山陽本線は難しい。まさか新快速を運休させるわけにはいかないだろう。各駅停車は福知山線直通運用をとりやめ、すべて西明石折り返しになることが考えられる。また、新快速、快速は運行区間が長いため、ダイヤの調整が1番難しいと思われる。

JR西日本は消費電力が高い103系や113系などを休ませ、221系、223系、225系、207系、321系を極力引っ張り出さざるを得ないだろう。また、201系は103系に比べて、どのくらい省エネなのかが気になる。そして、東海道本線に復帰した“昼行灯”205系を他線に活用できないものだろうか?

今年は全国的に“節電の夏”となるが、来年以降はどうなるか不明である。できれば、“今年だけ”にしてほしいと考える人も多いと思う。しかし、避難所生活を過ごす被災者は、冷房の恩恵が受けられない可能性があることを考えると、耐えて“知恵涼”で乗り切りたい。




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■6月19日(日曜日)
記憶に残る言葉


「一筆啓上、火の用心。こんち日柄もよいようで、あなたのお命もらいます。

人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道。右手に刃を握っていても、にわか仕込みの南無阿弥陀仏。まずはこれまで。あらあらかしこ」

これはある番組でのナレーションです。当時、この種の番組にハマっていました。

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■6月23日(木曜日)
来年で30周年


今日は東北新幹線開業29周年となりました。「30年目」ともいいますが、月日の流れを感じます。来年の30周年で、200系は有終の美を飾る可能性があると考えられます。

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■6月28日(火曜日)
久々の副都心線2011

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2011年6月28日(火曜日)18時過ぎ、副都心線池袋へ。西武6000系アルミ車の急行飯能行きに乗り遅れてしまい、やむを得ず7000系8両車の各駅停車清瀬行きへ。なんと空席がある。実は池袋到着時も若干の空席が見られ、JR線の壁はまだ厚いようだ。

せっかくの最新路線だというのに、副都心線の主力車両は7000系、有楽町線は10000系になっている。副都心線は10000系、有楽町線は7000系が似合っているんだけどねぇー。

小竹向原で有楽町線10000系の各駅停車志木行きに乗り換え。こちらは満員御礼だが、池袋―和光市間は東上線と競合しているせいか、思ったほど混んでおらず、舘、いや、立ちながら新聞を黙読してもトラブルにならない程度だ。

営団、じゃなくて、地下鉄赤塚で空席が発生し、地下鉄成増でガラガラ。氷川台から地下鉄成増までは可動式ホーム柵を設け、副都心線と同様、鮮やかで爽快な心地よさを感じる発車サイン音が鳴り響いた。

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和光市で所用が終わったあと、東武50070系の通勤急行渋谷行きへ。全区間ガラガラだった。






終点渋谷に到着。折り返し、急行森林公園行きになるが、東上線内は各駅停車。できれば、森林公園発着は東上線内でも急行運転してほしいところだが、夕ラッシュ時の急行や通過する〈TJライナー〉を見ると、「池袋」という“絶対的存在”を切り崩すのは非常に難しい。

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さて、副都心線渋谷は東急管理駅だが、東横線地下ルートへの貫通が近づいているようだ。しかし、内側の渡り橋は撤去されておらず、剛体架線はまだ設置されていない。いつかは新宿三丁目寄りの“お立ち台”で撮りおさめをしたい。

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■6月30日(木曜日)
日比谷線03系の異変

日比谷線03系を眺めていたら、あることに気づいた。

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それは03 800形が8号車から1号車に変更したことで、東武線、東横線などに歩調を合わせた。これにより、弱冷房車は3号車から6号車に変更されたが、5ドア車は従来通りである。

2000年秋以降、03系は東横線で南北線9000系、東武線で半蔵門線8000系及び08系と“共生共存”をしているが、なぜか日比谷線の号車表示は相互直通運転先に合わせず、“我が道”を貫いてきた。

2012年度には副都心線と東横線の相互直通運転が開始される予定だ。これにより、中目黒で東武線(20000系、20050系、20070系)と東上線(9000系、9050系、50070系)の車両が対面し、田園調布―日吉間は“多国籍軍大集合!!”となる。同区間は賑やかさを増すことになるだろう。

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■7月5日(火曜日)
田園都市線8500系の異変


先日、田園都市線8500系の乗務員室助手席側を眺めていたら、思わぬものを見つけた。

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それは再開閉スイッチの下に、「中扉締切」というランプがあることだ。おそらく、長時間停車する場合、中間2つの側扉を閉めるというものだろう。ちなみに2代目5000系には設置されていない模様だが、今後設置する可能性があるだろう。

東急の車両で、中間のドアを締め切る装置を設けるのは初めてだと思われるが、これは一部の編成を除き、東武に乗り入れているからであろう。東武の通勤車では標準装備されており、夏季や冬季の車内保温確保に努めている。ちなみに5000系や50050系などは、半自動ドアに改めているが、ボタンはなく、手で開閉するという、ひと昔前の国鉄車両なみである。

話は変わるが、民主党松本龍復興担当大臣の悪態、傲慢、暴言、放言といった悪口雑言は頭にくる。「東北の何県何市だかわからない」という発言の理由を「九州出身」にするとはあきれかえる。これはガキが言うことだ。そんなに日本地理がわからなければ、骨の髄まで勉強しろ。この男を初めて見たときから性悪だと確信していたが、こんな人間に1票を入れる“有権者の人を見る目のなさ”を問いたくなってくる。

辞任を発表しておきながら、時期を明確にしない菅直人。国民や野党から「悪代菅」と言われるのも時間の問題だろう。

復興担当大臣の後任は決まったものの、この職を務めるのであれば、永田町ではなく、被災地に常駐させるべきだろう。避難所で被災者と共に一夜を明かし、瓦礫を撤去して汗水を流すことも復興担当大臣の役割ではないだろうか。

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◆観客動員数385萬人から390萬人までのあしあと

・2011年6月20日(月曜日)…385萬1000人突破

・2011年6月20日(月曜日)…385萬2000人突破

・2011年6月20日(月曜日)…385萬3000人突破

・2011年6月20日(月曜日)…385萬4000人突破

・2011年6月21日(火曜日)…385萬5000人突破

・2011年6月21日(火曜日)…385萬6000人突破

・2011年6月21日(火曜日)…385萬7000人突破

・2011年6月22日(水曜日)…385萬8000人突破

・2011年6月22日(水曜日)…385萬9000人突破

・2011年6月22日(水曜日)…386萬人突破!!

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・2011年6月23日(木曜日)…386萬1000人突破

・2011年6月23日(木曜日)…386萬2000人突破

・2011年6月23日(木曜日)…386萬3000人突破

・2011年6月24日(金曜日)…386萬4000人突破

・2011年6月24日(金曜日)…386萬5000人突破

・2011年6月24日(金曜日)…386萬6000人突破

・2011年6月25日(土曜日)…386萬7000人突破

・2011年6月25日(土曜日)…386萬8000人突破

・2011年6月25日(土曜日)…386萬9000人突破

・2011年6月25日(土曜日)…387萬人突破!!

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・2011年6月26日(日曜日)…387萬1000人突破

・2011年6月26日(日曜日)…387萬2000人突破

・2011年6月26日(日曜日)…387萬3000人突破

・2011年6月26日(日曜日)…387萬4000人突破

・2011年6月27日(月曜日)…387萬5000人突破

・2011年6月27日(月曜日)…387萬6000人突破

・2011年6月28日(火曜日)…387萬7000人突破

・2011年6月28日(火曜日)…387萬8000人突破

・2011年6月28日(火曜日)…387萬9000人突破

・2011年6月29日(水曜日)…388萬人突破!!

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・2011年6月29日(水曜日)…388萬1000人突破

・2011年6月30日(木曜日)…388萬2000人突破

・2011年6月30日(木曜日)…388萬3000人突破

・2011年7月1日(金曜日)…388萬4000人突破

・2011年7月1日(金曜日)…388萬5000人突破

・2011年7月1日(金曜日)…388萬6000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…388萬7000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…388萬8000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…388萬9000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…389萬人突破!!

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・2011年7月2日(土曜日)…389萬1000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…389萬2000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…389萬3000人突破

・2011年7月2日(土曜日)…389萬4000人突破

・2011年7月3日(日曜日)…389萬5000人突破

・2011年7月3日(日曜日)…389萬6000人突破

・2011年7月3日(日曜日)…389萬7000人突破

・2011年7月4日(月曜日)…389萬8000人突破

・2011年7月4日(月曜日)…389萬9000人突破

・2011年7月5日(火曜日)…390萬人突破!!

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京葉線205系フェイスチェンジ車フォーエヴァー [汽車旅2011番外編]

◆E331系を初めて見る

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2011年6月11日(土曜日)15時38分、JR東日本京葉線海浜幕張3番線に各駅停車東京行き(8号車モハ204-317)が入線した。車両は急速に数を減らした205系フェイスチェンジ車である。この地に配属され、わずか22年でこうなってしまうとは想像もしていなかった。軽量ステンレス車体を見ると、腐食は見られないが、湾岸沿いを走る京葉線は、潮風や強風との闘いが壮絶なのだろう。


各駅停車東京行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
東京1クハ204-117なし
 2モハ204-319なし
 3モハ205-319なし
 4サハ205-195弱冷房車
 5モハ204-318なし
 6モハ205-318なし
 7サハ205-194なし
 8モハ204-317なし
 9モハ205-317なし
海浜幕張10クハ205-117なし

201系の乗車を終え、快速蘇我行きに乗って帰宅するつもりでいたが、まさかの展開に予定を変更する。これは京葉線地下区間の大半が単線シールドトンネルのため、すれ違ったことに気づかなかったからである。

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1年ぶりに205系フェイスチェンジ車へ。シートモケットは優先席を除き、ブラウン系からベイエリアを意識したかのような色調に変わっている。ロングシートはバケットタイプではないが、着席区分をさりげなく表示しており、坐り心地はいい。着席区分が明確なバケットタイプを採用したものの、椅子のような坐り心地の209系が決して好評ではなかったことが、なんとなくわかる。

JR東日本所属の201系は、シートモケットを味気ない水色に変えてしまい、がっかりしたが、205系フェイスチェンジ車ならば、納得がいく色合いだ。ただ、後継車となるE233系5000番代のシートモケットは、209系と同じ色調だ。E233系は中央線用の暖色系シートモケットがいいだけに、なぜE233系1000番代以降は、ブルー系を選んだのだろうか?(E233系3000番代グリーン車のシートモケットは、赤と青の2種類)

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さて、4番線にE233系5000番代の快速東京行きが到着。若干、各駅停車東京行きに乗り換える乗客がいたものの、多くは乗り続ける。車内は消灯されており、暗くて読書するには苦労しそうだ。また、曇天の空模様なのでLCDの明るさが目立つ。一方、各駅停車東京行きは車内灯をつけている。これは乗務員の判断によるもので、各駅停車東京行きの車掌は女性である。これは女性ならではの優しさなのだろうか。205系フェイスチェンジ車に、女性の乗務員は良く似合っている。

15時50分に発車。側扉の開閉音(チャイムではない)と発車時の音は201系と同一。そこから先は微妙に異なる。201系はカン高い感じだが、205系はトーンを少し抑えている。

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高架を走り、京葉車両センターを眺める。遠くにはE331系の姿が見える。これは地平の下り線では確認することができず、高架ならではの発見だ。

実物のE331系を見るのは初めてだが、京葉車両センターで休んでいる日のほうが圧倒的に多い模様だ。E331系は14両連接車体という意欲的な車両で、E993系『ACトレイン』を営業用に発展させた感じを受けていた。将来は京葉線の主力車両として活躍するものと思われていたが、E233系5000番代が登場した以上、量産車は出ない可能性が高いだろう。できることなら、短命廃車にせず、京葉線内の団体輸送やイベント電車として、走らせるわけにはいかないだろうか。


◆増備終盤に登場したフェイスチェンジ車

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205系は昭和60年(1985年)1月31日(木曜日)に落成し、国鉄初の軽量ステンレス車体、界磁添加励磁制御、ボルスタレス台車、在来線車両初の全電気指令式空気ブレーキシステムで登場した。205系はコスト高により採算があわず、増備を打ち切った201系の後継車として注目を集め、平成6年(1994年)まで1729両を新製した。これは201系(1018両)の約1.7倍である。

205系は山手線を皮切りに、東海道・山陽本線、阪和線、横浜線、埼京線など、順次投入路線を拡大していった。特にJR東日本は、分割民営化初期のイメージリーダーカーのような役目を担っていた。そして、京葉線にも投入されるわけだが、その前に同線の生い立ちを振り返ってみたい。

京葉線は、神奈川県川崎市塩浜から東京港、千葉臨海部の埋立地を経由し、千葉県木更津市へ向かう貨物線という青写真を描いていた。武蔵野線をつなげることによって、首都圏の貨物輸送円滑化を図り、東京都と千葉臨海工業地帯を結ぶバイパスルートというものだ。

昭和50年(1975年)5月10日(土曜日)、千葉貨物ターミナル(2000年3月31日で終了)―蘇我間が開業。ここから西へ延びることになるが、貨物の需要が低下し、沿線の埋立地は工業中心から、商業、住宅地、公園緑地といった“街”を中心としたものに方針転換をした。また、国鉄は総武本線東京・御茶ノ水―千葉間の輸送力に限界が近づいていたことを重く見て、京葉線を新たなバイパスルートに活用することを決断。昭和53年(1978年)9月、京葉線の旅客線変更及び、西船橋―蘇我間の認可を受けた。昭和58年(1983年)7月には品川埠頭―西船橋間の旅客線化が認可されているが、一部区間は東京臨海高速鉄道臨海副都心線に転用されている。

昭和61年(1986年)3月3日(月曜日)、京葉線西船橋―千葉貨物ターミナル間の延伸及び、西船橋―千葉港(現・千葉みなと)間の旅客輸送をスタートさせた。初代の旅客車両はスカイブルーの103系が務めた。

昭和63年(1988年)12月1日(木曜日)、新木場―南船橋間、市川塩浜―西船橋間が開業、千葉港―蘇我間は旅客化された。これにより、新木場―蘇我間は本線、市川塩浜・南船橋―西船橋間は支線という位置づけとなった。また、旅客輸送では武蔵野線との直通運転を開始している。それと同時に、JRグループでは初めてとなるATS-P型を京葉線に導入した。

新木場は同年6月8日(水曜日)、帝都高速度交通営団(以下、「営団地下鉄」。現・東京地下鉄)有楽町線が延伸開業(新富町―新木場間)しており、都心への新しいルートも誕生した。また、舞浜は東京ディズニーランド最寄り駅(当時、東京ディズニーシーはなかった)となり、営団地下鉄東西線浦安に比べ、利便性が格段に向上。併せて、167系の車内外をリニューアルした臨時快速〈メルヘン〉を大宮・立川―舞浜間で運行を開始するなど、“夢、希望、未来”が一体化した京葉線の延伸開業だった。

平成元年(1989年)11月、京葉線に205系が投入された。205系は201系よりもコストは優れていたものの、愛嬌のない素っ気ない顔立ちが難点だった。JR東日本は京葉線全通を控えていることもあり、フェイスチェンジのほか、側窓のバランサー方式の変更、モーターの点検蓋を省略、ATC非搭載もあって、乗務員室と客室の仕切り窓を若干拡大するなどの変更点を持つ。ちなみに京葉線用205系フェイスチェンジ車は、平成2年(1990年)2月まで12編成120両が一気に投入されたため、1度も増備されることはなかった。

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平成2年(1990年)3月10日(土曜日)、京葉線は東京―新木場間の延伸開業により、全通した。また、全通のシンボルである205系フェイスチェンジ車も併せてデビューした。そして、濃厚なピンクの帯を採用し、京葉線のラインカラーとなる。ただし、京葉線の初代車両、103系はスカイブルーを貫き、2011年6月20日(月曜日)に201系が退役するまで、25年間にわたり、“昭和の京葉線”であることを強調した。もし、鋼製車体濃厚ピンク1色(赤14号)の103系や201系が存在していたら、どういうふうに映っていただろうか。

平成3年(1991年)3月16日(土曜日)のダイヤ改正で、エル特急(現・特急)〈さざなみ〉〈わかしお〉が京葉線経由に変更。これは3日後にデビューした特急〈成田エクスプレス〉の運転によるもので、バイパスとしての効果を発揮した。ただし、現在も東京ディズニーリゾート最寄り駅の舞浜を通過しているのが難点だ。ダイヤ上、停めるのが難しいのだろうか。また、同年12月1日(日曜日)には武蔵野線用205系フェイスチェンジ車がデビューし、編成単位の増備が終了した。ちなみに、最終増備車は横浜線増結用の6ドア車、サハ204形100番代だった(1994年11月に投入)。

205系フェイスチェンジ車は“京葉線の顔”に君臨したが、E233系5000番代の登場により、2010年度から廃車が発生している。まさか205系の中では、車齢が比較的若い京葉線用が先に廃車が発生し、進行するとは想像もつかなかっただろう。先述しているが、軽量ステンレス車体でも塩害には勝てないのだろうか? 海浜幕張で見る限り、軽量ステンレス車体が傷んでいるようには見えないのだが。

なお、相模線用205系500番代及び先頭車化改造車、JR西日本阪和線用205系1000番代は顔つきが異なるが、ここでいう「フェイスチェンジ車」は基本番代のみとさせていただく。


◆上り線の日中は快速待ち合わせなし



次は新浦安

各駅停車東京行きは快走を続ける。進行方向左側は東京湾が見えるものの、ロングシートに坐ったままだと見づらい。特急〈さざなみ〉〈わかしお〉に乗るならば、進行方向左側の座席の窓側に坐って楽しみたいところだ。

新浦安は4番線ではなく、3番線に到着。日中の下り線はここで各駅停車と快速が顔を合わせるが、上り線はそれがない(ただし、特急の通過待ちを行なう場合がある)。このため、日中の各駅停車は、所要時間に大きなバラつきが生じている。

舞浜で東京ディズニーリゾートからの帰宅客だろうか、多く乗って車内は満員御礼となる。

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次は新木場

葛西臨海公園を発車すると、荒川を渡る。京葉線で1番お気に入りの車窓だ。初めて京葉線を利用したとき、この区間の車窓に衝撃を受けた。遠くの東京湾を眺め、果てしない大海原を見ると心がやすらぐし、“このまま航海をすると、どこへ行くのだろう?”という好奇心が生まれてくる。「まさか」と言っては失礼だが、東京23区内で、素敵な車窓にめぐり合うことができるとは。

荒川を渡り終えると、進行方向左側に東京地下鉄新木場車両基地があり、千代田線6000系を発見。リニューアル工事を受けるのか、あるいは16000系フェイスチェンジ車(運転台を広く取る地下鉄電車ならではのスタイルに戻っている。また、前頭部の方向LEDを大型化し、種別と行先を別々から一体表示に変えている)投入に伴う廃車のいずれかであろう。


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コンデジで撮影



デジイチで撮影

潮見を発車すると、地下へもぐり、16時26分、終点東京地下京葉線3番線に到着した。この電車は折り返し、快速蘇我行きとなり、16時32分に発車。地下に響き渡る轟音を耳に焼きつけた。ちなみに京葉線千葉みなと―蘇我間は、「電車特定区間」に認定されていない。これは、“千葉みなとは「千葉」に等しい”ことや、外房線千葉―蘇我間は電車特定区間ではないことが考えられる。



★備考

①eyeVio「中央線201系フォーエヴァー THE MOVIE」 



②鉄道ニュース「E233系5000番台が営業運転を開始」 

③参考資料として、イカロス出版刊行、『国鉄型車両の系譜シリーズ10 形式205系』を使用。

④参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『鉄道ジャーナル』1985年12月号、1990年3・5月号、1992年2月号をそれぞれ使用。

⑤参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『年鑑日本の鉄道』1989年版を使用。

⑥参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『日本の鉄道全路線3 JR東京圏』を使用。

⑦You Tube
「Every Little Thing - Face the change」 

⑧岸田法眼のRailway Blog.
「JR東日本201系フォーエヴァー」 

⑨岸田法眼のRailway Voice.
「京葉線205系フェイスチェンジ車フォーエヴァー Voice Version.」

元旦終夜運転2011 [汽車旅2011番外編]

◆なつかしのステッカー健在!!

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2011年1月1日(土曜日・元旦)、0時40分過ぎにJR東日本秋葉原へ。東北本線及び、東北新幹線と交差する5・6番線は総武本線ホームだ。ちょうど6番線には、各駅停車千葉行き(2号車サハ209-517:津田沼まで女性車掌乗務)が0時46分の発車を待っている。この電車(休日ダイヤ)は御茶ノ水始発(0時41分発)で、本来は津田沼まで運行する終電だが、この日は終夜運転により、千葉まで延長運転されている。

黄色の電車は「中央・総武線(各駅停車)」と案内されているが、中央本線三鷹―御茶ノ水―総武本線千葉間は「総武線」と認識する人が多い。総武本線は東京・御茶ノ水―銚子間の路線だが、御茶ノ水―千葉間は先述したとおりで、東京―千葉間は「総武快速線」、千葉以東は「総武本線」、「成田線」というふうに“分類”されている(千葉―佐倉間は成田線に直通する電車が運行されている)。

さて、各駅停車千葉行きは停車時間をとっており、足早に撮影し、電車に乗り込む。さいわい、隣の2号車は車端部に空席があり、妻面側に坐る。通常は休日ダイヤの終電であるせいか、乗車率はよく、若干空席があるものの、あえて坐らない乗客も少なくない。おそらく、都内の駅で降りるのだろう。


各駅停車千葉行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
千葉1クハ209-505なし
 2サハ209-517なし
 3モハ209-509なし
 4モハ208-509弱冷房車
 5サハ209-518なし
 6サハ209-519なし
 7サハ209-520なし
 8モハ209-510なし
 9モハ208-510なし
秋葉原10クハ208-505女性専用車
この日は津田沼―千葉間、延長運転。
女性専用車について
①西船橋を平日の6時57分から8時56分に発車する各駅停車は、千葉―御茶ノ水間が女性専用車となる。
②男性は小学生以下、身体の不自由な方とその介助者に限り、女性専用車に乗車できる。

定刻通り、0時46分に発車。予想通り、都内の駅で降りる乗客が多く、錦糸町―千葉間は複々線となる。私は終点千葉まで仮眠をとろうとするが、亀戸―西船橋間で4人家族が“簡易ボックスシート”にして、だんらんのひとときを過ごしたため、眠れない。

津田沼で乗務員が交代。車掌は女性から男性に代わったが、発車後、自己紹介をする。どうやら千葉支社に所属する車掌は、自己紹介をするのが鉄則になっているようだ。ちなみに乗務員の自己紹介だが、車掌のみはJR東日本千葉支社のほかにJR西日本、運転士と車掌はJR東海、東京急行電鉄(通称、「東急」)がそれぞれ実施している。

各駅停車千葉行きは幕張に到着。「幕張」の名を聞くと、千葉が近づいていることを知らせているようなもので、結局、仮眠がとれなかった。とってしまうと熟睡と化し、秋葉原に戻ってしまう恐れがある。

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209系500番代の車内にある車番ステッカーの下に、省エネのステッカーが貼ってある。一部の号車は撤去されていたが、209系全盛期はそのステッカーで103系よりも省エネであることをアピールしていた。また、209系は国鉄省エネ電車の201系、203系よりも省エネでもある。その国鉄省エネ電車は両形式とも2015年までには、JR東日本から姿を消すだろう。


◆千葉1・2番線のトリビア

西千葉発車後、自動放送の次駅案内を終えると、車掌は成田線終夜運転の案内をするが、「40分間隔で運転しております」という言葉が引っかかる。接続する電車の発車時刻、発車番線を案内してほしいところ。

1時35分、終点千葉2番線に到着。錦糸町―千葉間の複々線は、快速線の利用が多く、緩行線(各駅停車)の西船橋―千葉間は未乗だったが、これで“完全制覇”した。

この電車は折り返し、2時00分発の各駅停車中野行きとなるが、車内は清掃員が乗り込み、清掃と整備をしている。発車時刻まで25分待つことになるが、寒空の中で発車待ちをするのはコクである。JR西日本207系や321系は、寒冷地や緩急接続の長時間停車を考慮して、半自動ドアボタンを設けているが、209系500番代というより、首都圏の通勤形タイプは八高線用の209系3000・3100番代、205系3000・3100番代やオレンジ帯のE233系以外、ほとんどない。これは、寒冷地を走行するため、半自動ドアボタンを設けているが、八高線用の電車と、仙石線用の205系3100番代以外、東京23区内で使用することはないようだ。その代わりなのか、常磐線、成田線用のE231系通勤形タイプは、4つの側扉のうち、3つを閉める装置を設けている。

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千葉1・2番線の行先案内表示を見ると、2時00分発の各駅停車中野行きはオール緑、2時30分発の各駅停車中野行きは種別だけオレンジをそれぞれ表示していることに気づいた。私は先発と次発で色分けしているのかと考えたが、大ハズレだった。



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それは、種別の緑は209系500番代、オレンジはE231系通勤形タイプを表しているのだ。後者は5号車に6ドア車を連結しているため、色分けして5号車乗車口の列を乱さないように配慮しているというわけだ。ラッシュ時には色分け効果が発揮されていることだろう。もっとも、平日の朝ラッシュ時はロングシートを収納しているため、色分けを熟知している通勤客は敬遠して、4ドア車乗車口で並ぶか、次の電車を待つかを選択するような気がする。

余談だが、6ドア車は先述したもののほかに、横浜線と埼京線の205系、山手線E231系500番代、東急2代目5000系の大半に連結されている。山手線E231系500番代は可動式ホーム柵設置工事のため、2010年2月22日(月曜日)から4ドア車への置き換えが始まり、2011年度で完了する模様(これに伴い、6ドア車は、平日朝ラッシュ時の座席収納を取りやめている)。後者は当初、2両連結でスタートしたが、現在は3両連結に変わっており、平日の朝ラッシュ時は、三軒茶屋・渋谷方面の急行や準急で優先的に使われている。


◆成田線終夜運転は快速と特急のみ

1時55分まで209系500番代の車内で休憩し、9・10番線へ。原則として、千葉の1・2番線は総武本線各駅停車御茶ノ水方面、3・4番線は内房線(千葉―蘇我間は外房線を走行)、5・6番線は外房線、7・8番線は総武本線(錦糸町方面の快速や特急及び、八日市場・銚子方面)、9・10番線は成田線(千葉―佐倉間は総武本線を走行)に分けている。本文だけを見ると、「わかりやすい」と思われがちだが、内房線、外房線から東京方面へ向かう電車は、7・8番線から発車することができないため、上り電車はどこの番線から発車するのか、わかりにくい難点がある。

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これは6番線と7番線のあいだの房総半島寄りに駅ビルがあるため、その付近からホームや線路は、枝分かれをしている構造のためである。特に7~10番線は、枝分かれするあたりから、電車とホームのあいだが空いており、外幌をつけても役に立たない。

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千葉でもう1つ「わかりにくい」といえるのは、1号車の位置。先頭車を調べてみると、イエロー帯の各駅停車と特急〈あずさ〉は蘇我・佐倉寄り、それ以外については錦糸町寄りが1号車になっていることだ。これには修正が利かない事情がある。

国鉄時代から「1号車」というのは、基本的に東京から西南をさしている。ただし、東京を起終点とする“中央線(東京―神田間、代々木―新宿間は旧中央本線である)”は、東京を発車すると、下りは北へ針路をとるため、1号車は上り方、東京寄りに設定されている。このため、中央本線の特急〈あずさ〉〈スーパーあずさ〉〈かいじ〉ならびに、「中央・総武線」と案内される各駅停車などは、上り方先頭車を1号車にしなければならないのである。また、運行する可能性はきわめて低いが、塩尻からJR東海エリアに入る場合、進行方向を逆にしなければならず、その際、先頭車は1号車に変わる。名古屋に到着し、そのまま大阪方面へ向かう場合の先頭車も1号車になるため、“違和感がない”ことになる。

国鉄時代からの“1号車は東京から西南寄りの車両主義(?!)”により、総武本線、成田線、外房線、内房線の上り方先頭車は、西南を表す1号車になっている。ちなみに、山手線大崎―新宿―駒込間の1号車は、各駅停車のE231系500番代、貨物線を走る特急〈成田エクスプレス〉と埼京線は新宿方、湘南新宿ラインは大崎方となっている。こちらも修正が利かない状況で、そういうことを述べても、いちいち気にする人はいないと思う(私も普段、何気なく乗っているので、まったく気づかなかった)。「修正が利かない」ということは、広大なネットワークを誇っている証といえるだろう。

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さて、千葉10番線には2時09分発、E217系15両編成の臨時快速成田行きが発車を待っている。総武本線千葉―佐倉間及び成田線佐倉以東の終夜運転は、千葉―成田間の臨時快速が中心で、各駅停車は一切運行されていない。成田は成田山新勝寺の下車駅で、速達性を重視しているようだ。

一方、京成電鉄も成田山新勝寺アクセスの終夜運転が行なわれており、目玉は2代目AE形で運行される、成田3時00分発の臨時〈シティライナー98号〉上野行きだろう。前日の夜も2代目AE形による臨時〈シティライナー99号〉を運行している(上野22時40分発、成田23時38分着)。2代目AE形は成田空港線経由となった〈スカイライナー〉のほか、本線の「通勤特急」という位置づけができる〈モーニングライナー〉〈イブニングライナー〉も充当しており、AE100形よりも“機動力”がある。

話をE217系の臨時快速成田行きに戻すが、発車5分前ぐらいだろうか、10番線で若い男性が線路にモノを落とすというハプニングが発生。さいわい、電車とホームのあいだが空いているところだったので、落し物を救出することができた。また、秋葉原方面からの臨時各駅停車が遅れていたため、定刻より3分ほど遅れて発車した。

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9・10番線の佐倉寄りホーム先端から、千葉都市モノレールが見える。青白い光がロマンティックなムードを醸し出しており、その光を浴びているモノレールの車両を撮ってみたい。どういうふうに映っているのか興味がある。

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次の臨時快速成田行きは209系2100番代で、4両車を2本つなげた8両編成である。この車両は京浜東北線用を4・6両に減車して改造されたもので、空気式ドアエンジン車は2000番代、電気式ドアエンジン車は2100番代に区分され、2009年10月1日(木曜日)に“再デビュー”した。

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この車両の1番の目玉は、クハ208・209形2000・2100番代だろう。車内はセミクロスシートに改造され、レイアウトはE217系に準じているが、京浜東北線時代の後年(晩年に近い)に一部の側窓を固定式から開閉式に改造されているせいか、ボックスシートの多くは眺望に難がある。

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ボックスシートの座席自体は、201系『四季彩』のように向かい合わせにしても、ヒザがぶつかる心配がないようにすればよかったのだろうが、そうしてしまうと定員が大幅に減ってしまう難点があり、苦心のセミクロスシート化改造といっていいのかもしれない。ちなみに編成全体の座席定員は113系に比べて、大幅に減少。その代わり、立客を含めた編成全体の定員は大幅に増加している。

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中間車はロングシートのままで、京浜東北線時代のテイストを残しているが、2号車錦糸町寄りの車端部に車椅子対応の洋式トイレと、車椅子スペースを設けた(洋式トイレ設置により、その部分の側窓を埋め込んでいる)。これに伴い、2号車は優先席の位置を見直し、ほかの車両よりも“定員”が多く、携帯電話電源OFFスペースも広がっている。

先頭車はラッシュ時などの増解結を考慮し、自動電気連結器を装備。スカートも取り替え、前頭部は精悍さが増した。機器類のほうは、VVVFインバータ制御の素子をGTOからIGBTにチェンジ。補助電源装置、ブレーキ制御装置もそれぞれ新しいものに取り替え、“寿命”を延ばした(209系の前身、旧901系のコンセプトは、「重量半分、価格半分、寿命半分」である)。また、保安装置はデジタルATCからATS-Pに変更し、併せてEB装置を取りつけている。

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行先表示は幕式からLED式にチェンジ。房総各線の主力であった113系は、ラインカラー地(総武本線は黄、成田線と鹿島線は黄緑、外房線は赤、内房線は青)にして行先を表示していたが、209系2000・2100番代はフルカラーLEDではないため、前頭部は路線名のみ、側面は路線名のみ&路線名と行先の交互表示にして誤乗を防いでいる。ちなみに、運転席の頭上にある、補助的な役割を持っていた小型の幕は撤去されなかったが、終日黒表示である。

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あと、レールファンしか関心を持たないと思うが、改造種車の車番の跡が残っている車両があり、“調べるのは今のうち”といったところ。いつまで、その跡が残るか注目してみたい。

この転用改造は東京総合車両センター、大宮総合車両センター、長野総合車両センター、郡山総合車両センター、秋田総合車両センターで施行。大掛かりな改造のため、種車はあちこちの留置施設で順番待ちをする姿を見たが、2011年度で113系と、“首都圏グリーン車政策”で一部の編成がはじき出された211系3000番代を完全に置き換える予定である。




209系2100番代の臨時快速成田行きは、こちらも秋葉原方面からの各駅停車が遅れていたため、定刻より1分遅れの2時46分に発車した。

◆気になる臨時快速〈銚子初日の出〉の車両

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10番線に臨時特急〈おいでよ犬吠初日の出〉成田方面銚子行きが到着。特急〈あずさ〉〈かいじ〉でおなじみのE257系9両編成で、ヘッドマークは「臨時」だが、貫通扉の窓には〈おいでよ犬吠初日の出〉のステッカーを掲出している。また、先頭3号車の乗務員室には、成田4時02分発の臨時特急〈犬吠初日の出号〉銚子行きの車両に掲出されるものと思われるステッカーを預かっていた。しかし、臨時特急〈犬吠初日の出号〉銚子行きはE257系500番代が充当され、LEDヘッドマークは「臨時」表示ではなかったため、謎のステッカーになりそう。

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臨時特急〈おいでよ犬吠初日の出〉成田方面銚子行きは、中央本線の高尾を1時33分に発車し、途中、八王子、立川、国分寺、三鷹、新宿、秋葉原、錦糸町、新小岩、市川、船橋、津田沼、稲毛、千葉、成田に停まり、終点銚子には4時22分に到着する。高尾―千葉間はこまめに停まっているので、「特急」というよりも「急行」といった感じだが、千葉―銚子間は停車駅だけを見ると、特急らしさがある。ちなみに普通車はおおむね満員で、グリーン車は空席が多かった。

3時02分に発車し、私は7・8番線へ。臨時快速〈銚子初日の出〉成田方面銚子行きを待つ。成田線経由なのに“所定の場所”といえる9・10番線でないのかがよくわからない。また、出かける前に『鉄道ダイヤ情報2011年1月号』(交通新聞社刊)で調べたところ、8両編成であることは確定しているものの、113系か209系2000・2100番代のどちらかになるという。こうなると、どこへ並べばいいのかわからなくなる。

私は3ドア乗車口、4ドア乗車口の位置がほぼ同じ、あるいはそれほど離れていないところに目をつける。ほどなくして、駅員の放送が入り、4ドア車両であることを告げる。つまり、209系2000・2100番代が運行するということで、私のねらいは正しかったことになる。

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3時15分、佐倉方から臨時快速〈銚子初日の出〉成田方面銚子行き(4号車クハ209-2140:セミクロスシート)が入線。各乗車口はそれなりに列ができており、側扉が開くのを待っている。

いよいよ側扉が開くと、みんなは殺気立っていた。私はダッシュでボックスシートをGETしたが、“眺望に難あり席”に坐ってしまったぁー。しかし、全区間夜景なので、気にすることはないだろう。

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臨時快速〈銚子初日の出〉成田方面銚子行きはヘッドマークを用意しておらず、方向LEDがむなしく光る。先ほどの臨時快速成田行きで気になっていたが、209系2100番代の方向LEDに「快速」という文字がなかった。車内の側扉上にある情報案内装置は、駅名しか表示しないため、駅や車掌の放送しか頼りにできない。ただ、終夜運転は快速か特急のみであることは事前に案内しているはずなので、気にすることはないのかもしれない。

臨時快速〈銚子初日の出〉成田方面銚子行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
銚子4クハ209-2140セミクロスシート
 3モハ209-2168なし
 2モハ208-2168なし
 1クハ208-2140セミクロスシート
 4クハ209-2007セミクロスシート
 3モハ209-2185なし
 2モハ208-2185なし
千葉1クハ208-2007セミクロスシート

千葉は発車ベルやメロディーを一切使わず、駅員の放送により側扉が閉まる。以前、帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)永田町でも「静かな駅を目指す」ことを理由に、発車ブザーを省略し、駅員の放送にゆだねていたが、乗客に浸透することはなかった。

さて、臨時快速〈銚子初日の出〉成田方面銚子行きは先頭車で駆け込み乗車があり、定刻より1分遅れの3時38分に発車した。

◆8年ぶりの銚子電気鉄道乗車

車内の側扉上にある情報案内装置は、次駅案内、到着駅案内のみで京浜東北線時代と変わらないが、快速運行を想定していたのは素晴らしい。

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四街道に停まり、隣のホームには209系房総車(209系2000・2100番代の混結か、オール209系2100番代かは不明)の臨時快速木更津行きが到着。臨時快速木更津行きは千葉で進行方向が変わるものの、どうやって外房線に入るのだろう? おそらく、錦糸町寄りのポイントまで進み、そこから進行方向を変えるのではないだろうか。つまり、番線は異なるが、千葉は2度ホームに入ることになる。ちなみに千葉は3時56分に到着し、4時15分に発車する。

佐倉から成田線へ。千葉県佐倉市といえば、御存知、長嶋茂雄さんの出身地である。

進行方向右側には三日月が見え、“初日の出確約”を言っているようなもの。これなら安心だ。

4時09分、成田に到着。ここで7分停車し、車内保温のため、4つのうち、3つの側扉が閉まる。唯一閉まらなかったのは前から3つ目で、冷たい風が足元に流れる。

隣のホームは、すべての側扉が開いて暖房がかかっても、寒いことが想像つくE217系の快速(東京から普通電車)久里浜行きで、4時30分に発車する終夜運転の“最終電車”となる。この電車は通常、千葉始発だが、この日に限り、成田始発に変更されている。

臨時快速〈銚子初日の出〉銚子行きは、4時16分に発車。成田山新勝寺への初詣下車客は少なく、ここからは佐原のみ停車。成田空港支線の分岐点で単線になり、終点銚子まで仮眠をとることにする。

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松岸で再び総武本線に入り、5時28分、終点銚子3番線に到着。大半はその先にある銚子電気鉄道(路線名は「銚子電気鉄道線」)に乗り換える。

銚子電気鉄道は大晦日から元旦にかけて、終電の繰り下げと初電の繰り上げが行なわれているが、この時間帯は終点外川の1つ手前、犬吠で折り返している。千葉県銚子市の場合、初日の出スポットは犬吠崎が1番人気のようである。

2・3番線の先に、オランダの風車小屋をイメージしたメルヘンチックな銚子電気鉄道の駅舎があり、手前には簡易Suica改札機を備えている。オシャレな駅舎は残念ながら老朽化しており、羽根を撤去していた。

ローカル線のたたずまいで、田舎を感じる銚子だが、JR東日本の駅舎には自動改札機が設置されており、Suicaに対応している。これに伴い、房総各線の東京近郊区間が拡大され、東京―銚子間の乗車券は2日間有効だったのが、1日のみに変更された。2日間以上有効の乗車券は、“旅”を感じさせるアイテムなのだが……

銚子電気鉄道の駅舎で乗車券を購入。弧廻手形(1日乗車券、620円)にしようか悩んだ末、あえて普通乗車券にした。

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5時40分、臨時各駅停車犬吠行きワンマン電車(2502)が入線。2009年12月に伊予鉄道から移籍した2000系である(伊予鉄道時代は800形だった)。この車両はワンマン改造や整備を受け、2010年7月24日(土曜日)に“再々デビュー”した。この車両は京王帝都電鉄(現・京王電鉄)2010系からスタートし、半世紀近く生きており、大ベテランの域に到達しようとしている。銚子電気鉄道は単行車両が多い中、2両固定編成は目立つ存在で、早くも“エース”になった模様である。

新戦力2000系を投入するきっかけは、2002年に行なわれた国土交通省の安全性緊急評価だった。その際、デハ700形、デハ800形の老朽化が進んでおり、国土交通省の目に留まってしまった。

指摘を受けた銚子電気鉄道は、ただちに車両の取替えを決めたものの、完全新製車が投入できる状況ではなく、直流架線は600ボルトという珍しい存在も重なり、難航してしまう。直流架線の多くは1500ボルトが“普通”という時代になっていたからだ。もし、直流架線を1500ボルトに昇圧すると、すべての車両を取り替えなければならず、多額の費用を覚悟しなければならない。ちなみに、和歌山電鐵貴志川線も直流600ボルトだが、南海電気鉄道時代に自前の22000系を車体更新及び、複電圧改造を受け、2270系に形式変更されている。当時は将来の直流1500ボルト昇圧を想定していたのだろう。

話を元に戻すが、2006年11月15日(水曜日)、銚子電気鉄道は電車の修理代がないことを自社ホームページ上で告白し、ぬれ煎餅の購入を呼びかけた。この衝撃の告白が人々の心を動かし、ぬれ煎餅はメール注文者が殺到。電車も満員御礼になった。これにより、修理費用などを捻出することができたが、告白した同年夏に前社長の横領容疑があり、金融機関から白い目で見られるようになる。また、枕木や踏切など、安全性に問題があるとして、国土交通省から業務改善命令が出されるなど、存続が厳しい状況に追い込まれた。

そんな中、2007年1月14日(日曜日)に銚子電鉄サポーターズが誕生。当時、千葉ロッテマリーンズの守護神で、“幕張の防波堤”と呼ばれた小林雅英投手も銚子電鉄サポーターズに入った。サポーターらのカンパにより、安全性の問題を克服。2008年5月26日(月曜日)に活動休止を発表した。

2009年、新戦力車両は伊予鉄道800形の移籍で決まったが、導入にあたり、付帯工事費を含めて1億4000万円程度かかることになった。しかし、金融機関に融資を申し込んでも断られるところがあり、銚子電気鉄道を応援する人々が増えても、事件の傷跡は想像以上に大きかった。

そこで、車両導入工事費用の一部を債券化。車両支援オーナー募集(一口10万円)と、愛称命名権売却をすることになった。

こうして、多くの支援者により、伊予鉄道800形は予定通り銚子市に上陸し、2000系として沿線やレールファンから大歓迎を受けた。

◆終点1つ手前の駅で下車

8両編成の臨時快速〈銚子初日の出〉から、2両編成の臨時各駅停車犬吠行きワンマン電車に乗り換えるが、当然の如く、車内は首都圏なみの大入り満員御礼。JR東日本の駅員も応援に入り、より安全な発車に努めている。

積み残しが発生し、5時49分に発車。次の臨時各駅停車犬吠行きワンマン電車は6時13分まで待たなければならない。これは全線単線の上、行き違いできる駅は笠上黒生に限定しているからである。外川方面はスタフ、銚子方面は通票を持つ鉄則があり、この駅で運転士同士が交換している。

側扉が閉まることを案内する
「発車します。御注意ください」の音声は、エコーがかかっており、衝撃を受ける。車体側面の方向幕は「銚子←→犬吠」だが、自動放送は「外川行き」になっており、これは御愛嬌。

「ワンマン電車」という案内だが、実際は車掌が乗務しており、すべての側扉が開閉する。これはありがたいものの、意外と途中駅から乗車する人がいて、混雑はさら増す。私は車内の中ほどにおり、どこをどう走っているのか、わからない状況だし、実は犬吠ではない駅に下車するため、降りられるかどうかが不安だ。

笠上黒生で臨時各駅停車銚子行きワンマン電車と行き違い、6時07分、君ヶ浜に到着。意外と下車客が多く、私もその1人である。

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君ヶ浜は無人駅だが、この日は銚子電気鉄道の社員が待ち受けており、“臨時有人駅”と化す。銚子電気鉄道は2003年3月16日(日曜日)以来、8年ぶりの利用だが、途中駅で下車するのは初めてだ。駅前には初日の出の予定時刻と君ヶ浜しおさい公園への地図があり、観光客に対応している。

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