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プラットホーム2003 ブログトップ

暴れん坊583系2003 [プラットホーム2003]

①臨時特急<特急ひばり >

2003年10月13日(月曜日・体育の日)、2002年に大暴れした583系が“<ひばり>ーヒルズリターンズ”こと、臨時特急<特急ひばり>が北の玄関口、JR東日本東北本線上野に帰ってくる!!

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」

日暮里-上野間はそんな感じで撮影隊スタンバイOK!! ちなみに私は正午に上野入りした。

仙台を8時04分に発車し、白石、福島、郡山、宇都宮、大宮の順に停まってゆくのだが、途中、自治医大-小金井間、蓮田-東大宮間で車両点検をするアクシデントに見舞われ、定刻より25分遅れの13時10分、終点上野13番線に到着。

知らぬうちにレールファンがあふれて、やはり撮影困難状態。2002年9月21・22日(土・日曜日)にも583系の臨時特急<ひばり>が運転されていたが、それに比べると、絵入りヘッドマークと方向幕があらかじめ入っているなど、今後も運行する可能性を期待させるものの、シートカバーがないという、特急のあるまじき営業姿勢にガッカリした。

②臨時寝台急行<鉄道の日記念号「新星」 >仙台行き

一旦、尾久の車両基地へ戻ったあと、夜は臨時寝台急行<鉄道の日記念号「新星」>仙台行きで583系は折り返すことになる。ちなみに定期運行時代(急行<新星>)は客車で運行していた。

なお、臨時特急<特急ひばり>ではシートカバーはかかっていなかったが、臨時寝台急行<鉄道の日記念号「新星」>仙台行きはちゃんとシーツと掛け布団を用意していた(それがなければ、“ゴロンとシート”になる)。

入場券を購入して、16番線へ。先頭6号車ではセレモニー会場と化し、クスダマを用意。ちなみにこの日、常磐線特急はなんと100分遅れ!!

残念だったのは、方向幕は臨時寝台急行<鉄道の日記念号「新星」>仙台行きなのに、ヘッドマークは臨時特急<特急ひばり>だったこと。「動かない」という故障の説明だが、発車時は復旧していて、くやしぃーっ!!

方向幕・ヘッドマークが入っているので、今後も運行する可能性がある。次回の運行時は臨時急行<新星>のヘッドマークを撮りたい。

23時00分に発車したが、乗った知人によると、古河で乗り遅れ客を待つため、35分も臨時停車(発車したのは2003年10月14日0時40分)。また、白河の運転停車は長かったそうだが、7時00分、定刻通り、曇り空の仙台に到着した。ちなみに客扱いを行なう停車駅は大宮、郡山、福島、白石である。

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東海道新幹線100系フォーエヴァー④ [プラットホーム2003]

①2003年9月13日(土曜日)

JR東海の東海道新幹線東京へ。すでに東海道新幹線で定期運行を終えた100系だが、もうひと暴れするするということで、〈こだま〉運行時よりもレールファンは多く集結したものの、0系フォーエヴァーほどの数ではない。JR西日本山陽新幹線で継続運行する安心感がそうさせているのだろうか?

秋晴れに恵まれ、14番線に臨時〈ひかり319号〉新大阪行きが入線した。停車駅は名古屋・京都のみで、全盛期をほうふつさせる“夢の超特急”の復活だ。

東海道新幹線は品川をプラスすることに合わせて、駅の案内表示も“『ザ・ベストテン』方式”からフルカラーLEDにチェンジしていた。今まで、LEDは緑、オレンジ、赤の3色だったが、フルカラーLEDは黄色、青、白も表示できるようになり、その輝きは綺麗だ。

これに合わせて、乗車口にもフルカラーLEDを新設することになったが、まだまだテスト段階のようで、「調整中」の貼り紙がはがれない状況だ。

100系の醍醐味は2階建て車両で、すでに食堂車つきの編成はないが、レールファンでなくても、“夢の人気車両”であることに変わりはない。

11時30分、青空のもと、定刻通りに発車した。

②2003年9月15日(月曜日・敬老の日)

東海道新幹線が開業した昭和39年(1964年)、100系がデビューした昭和60年(1985年)に共通することがある。

それは阪神タイガースが優勝していることだ。また、大雪になる傾向もあるようだ(2003・2004年は関東地方の大雪なし)。

この日、阪神タイガースがセリーグ優勝を達成。もしかしたら、2003年9月13日(土曜日)、臨時〈ひかり319号〉新大阪行きに乗って、甲子園球場へ向かったレールファンやトラ吉もいるだろう。“100系で甲子園球場に乗り込み、阪神タイガース優勝”という劇的な幕切れを期待するとは“メークドラマ”を夢見ているしあわせな方でうらやましい。

大相撲秋場所があるものの、すっぽかしてでも100系を撮りに再び東京へ。

1

5番線に臨時〈ひかり330号〉が到着。この電車は折り返し、回送となる。私は16号車で待ち構えたが、100系の姿に武者震いがする。


回送の発車を見届けたあと、16番線に移動。今度は臨時〈ひかり332号〉が到着。折り返し、臨時〈ひかり343号〉新大阪行きとなる。

思ったほどレールファンは多くないものの、“東京ナイト100系”の目に焼きつけようと思い思いにシャッターを切る。発車を待つ100系のホームは“テーマパーク”と化しているようだ。


私は14・15番線新横浜寄りにまわり、臨時〈ひかり343号〉新大阪行きの発車を見送る。夜のテールライトはまぶしく輝き、姿が消えるまでの1分以上、レールファンの多くはしっかりと見届けていた。まるで彼女が遠く、果てしないところへ行くかのように…

2003年9月16日(火曜日)、100系が東海道新幹線から姿を消す。いったい、どんな日になるのだろう?

※次回の「東海道新幹線100系フォーエヴァーTHE LAST RUN」はこちらにクリックして下さい。

★お知らせ

当ブログの御利用のお客様はもう41,000人に到達しました。すごいペースです。ありがとうございます。

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★備考

今回の動画はこちらにクリック!!



★おまけ


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東海道新幹線100系フォーエヴァー③ [プラットホーム2003]

2003年8月31日(日曜日)、JR東海の東海道新幹線東京へ。ちなみに東京駅の駅長は3人いる。

この日を持って、100系は東海道新幹線での定期運行は千秋楽となり、残るは東京-新大阪間の臨時〈ひかり〉で花道を飾ることになっている。100系は〈ひかり〉がよく似合う。


前日より、レールファンは多かったが〈
こだま464号〉が到着。折り返し、〈こだま425号〉新大阪行きとなり、東海道新幹線100系定期便の終電となる。

東海道新幹線のホームは不思議な空間だ。電車はひっきりなしに来ないし、1号車寄りにいると、隣りのJR東日本東海道本線有楽町が見えるのだから。


ついに〈こだま425号〉新大阪行きが発車。感慨深けに見送る。100系の姿が消えるまで、ずーっと眺めていた。それはレールファンの多くが同じだ。100系は心に残る名車なのだから。

★備考

①次回の「東海道新幹線100系フォーエヴァー④」はこちらにクリックして下さい

②今回の動画はこちらにクリック!!

★おことわり

掲載している画像は前日に撮影したものです。これは当日、動画を撮っていたこともあります。ちなみに撮影したのはドコモの携帯電話、P2102Vで、画像は載せられても、動画はMP4タイプではないため、載せられないのが残念です。

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★おまけ






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臨時快速<ムーンライト東京>仙台行き [プラットホーム2003]

2003年8月30日(土曜日)、JR東日本京葉線東京へ。

2002年は秋から年末にかけて大暴れした583系だが、JR東日本所有車はたった2編成15両(9両編成と6両編成グリーン車なし)と絶滅に近い状況。しかも、1編成しか残さない予定だったそうだが、仙台支社が戦力と判断し、廃車はまぬがれ、郡山工場で“大手術”を受けた。

2002年暮れに郡山-仙台間で運行した臨時快速<SENDAI光のページェント>で登板した時はボロボロで、見るも無残の状態。念願のオリジナルカラーの583系に初乗車する嬉しさと、ボディーの傷みが激しい悲しさもあった。

臨時快速<ムーンライト東京>は東京-仙台間を京葉線経由で結ぶ。東京ディズニーランド下車駅の舞浜にも停まるので、仙台方面からだと1日中遊べるようなダイヤとなっている。

市販の時刻表に臨時快速<ムーンライト東京>は全車指定席で、なおかつ、ゴロンとシート(寝台はセットされるものの、寝具類は用意されないため、寝台車の扱いにならないのがウリ)で運行するという。583系の寝台経験がないだけに、“乗りたい”と思った。

ところが、翌月号では「ゴロンとシート」の表示はなく、全車ボックスシートで運行すると訂正され、多くのレールファンはガッカリしただろう。

さて、京葉線ホームは思ったほどレールファンは少なかったものの、1番線に臨時快速<ムーンライト東京>仙台行きが入線した。

ヘッドマークや方向幕は同一デザインの表示で、国鉄時代のような硬さがなく、親しみやすい。「ムーンライト」だけの表示なので、<ムーンライト東京>だけにはこだわらないようだ。

意外と空席が多かったものの、22時15分に発車。轟音と今まで違う583系の“姿の消し方”が新鮮だった。

なお、2004年から東京行きは臨時快速<ムーンライト東京>、仙台行きは臨時快速<ムーンライト仙台>に改めている。

 

★お知らせ

2006年11月24日(金曜日)で、御利用のお客様は40,000人を突破いたしました。1年間でこれほどの御利用があるとは想像もしていませんでしたが、ここまでやってこれたのは皆様のおかげです。

今後とも、よろしくお願いします。

岸田法眼

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臨時特急<懐かしの特急そよかぜ号>横川行き [プラットホーム2003]

2003年8月30日(土曜日)、JR東日本上野へ。臨時特急<懐かしの特急そよかぜ号>横川行きを見る。この日と次の日に運転しているせいか、意外とレールファンは少なかった。

臨時特急<そよかぜ>は上野-中軽井沢間を運行する不定期電車で、エル特急<あさま>を補完するような役割を持っていたが、北陸新幹線開業を待たずして、姿を消した(北陸新幹線は当初、北陸地方へ向かわないため、「長野行新幹線」と案内していたが、マスコミは開業当初から「長野新幹線」と伝え、いつのまにかJR東日本もそのように改めた)。

先頭6号車を見ると、クハ189-9。見覚えがあったので、調べてみたら、2003年8月24日(日曜日)に「2003年の汽車旅7-後編」で乗った各駅停車<妙高1号>直江津行きと同じ編成だった(前回の記事参照)。

絵入りヘッドマークと方向幕はシール式。現役時代は489系で運行しているイメージが強かったが、189系でも運行されている。ちなみにJR東日本は489系を所有していたが、すでに全滅也。

余談だが、この日乗った、常磐線の車掌は上越・長野新幹線(正式名称は「北陸新幹線」)を「上信越新幹線」と案内していた。

★御案内

当ブログは今回で150回を迎えることができました。今後とも、よろしくお願いします。

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暴れん坊165系2003 [プラットホーム2003]

2003年でJRグループ(最後に残ったのはJR東日本)から165系急行形電車がフォーエヴァーとなったが、今回は上野と新宿を舞台とした“最後の大暴れ”を御紹介します(画像が見づらいかもしれませんが、御勘弁を)。

 

①2003年5月24日(土曜日)

地平ホームでタイガースカラーの特急<フレッシュひたち9号>勝田行きを横目に13番線へ行くと、臨時急行<妙高>横川行きが入線。2002年に頻発した“リターンズ特急”に比べたら、ラクである。

レールファンの中には「高(古い字のほう)シマ」という表記を撮っていたが、一般的に“日本の3大高シマ”といったら、高島ファミリー、高島礼子、「アヤパン」という局アナでしょう。

「いやぁー、普段は撮ってばかりで、自分が写っている写真はないんですよぉー。ありがとうございますぅー」

165系とのツーショット写真を撮ってもらう男もいた。

8時12分、発車。終点横川から先の妙高高原へ行く人はどのくらいいるのだろう?

 

②2003年6月14日(土曜日)

再び上野へ。

臨時急行<さよなら165系信州号>横川行きは1号車と6号車では装着しているヘッドマークが異なっていた。レールファンへのサービスといったところだろう。ちなみに画像左側は6号車、画像右側は1号車である。

 

③2003年6月21日(土曜日)

5時30分に起床して、3度目の上野へ。

寝台特急<あけぼの>が到着し、1号車指定席ゴロンとシートレディース上段の転落防止綱は黄色のテープを追加して、安眠優遇していた。

臨時急行<さよなら165系吾妻号>万座・鹿沢口行きはいつもより、レールファンの数が多いように思えた。ちなみに臨時急行<さよなら165系信州号>と同様、画像左側の6号車と画像右側の1号車は異なるヘッドマークをつけていた。

臨時急行<さよなら165系吾妻号>万座・鹿沢口行き発車後、16・17番線にはカープカラーとベイスターズカラーの特急<フレッシュひたち>が顔合わせするシーンがあった。

数時間後、先ほどよりもレールファンの数が増え、ホームにロープが張られるほどだが、臨時急行<懐かしの急行佐渡>新潟行きが入線した。

ビックリしたのは湘南色でありながら、座席はリクライニングシートなのだ。これでは<懐かしの急行佐渡>と言うより、<思い出のムーンライトえちご>と呼んでもよさそうな心境だ。この電車に乗ったお客はさぞ、快適だっただろう。

 

④2003年6月28日(土曜日)

朝、新宿6番線に臨時急行<懐かしの急行アルプス>松本行きがスタンバっていた。ホーム前方(松本寄り)にはレールファンが多く、なんとセレモニー会場になっていた。

前回、運行した臨時急行<懐かしの急行佐渡>と同じリクライニングシートを装備。車両は違えど、夜行で余生を過ごしていた時代(183系1000番台)を思い出し、8時33分に発車したが、サボはなかった。

夕方、上野へ。水上からの臨時急行<さよなら165系上越号>を迎える。

こちらはボックスシートで、いつも通り、2種類のヘッドマークを掲示。しかし、6号車を撮影した時、種別幕は「回送」になっていたのが残念で、実は翌日も運行していたので、「急行」の種別幕を撮った。

 

⑤2003年7月12日(土曜日)

トリを飾るのは新宿となり、臨時急行<懐かしの急行かいじ>甲府行きを待つが、なんと快速・特別快速・通勤快速がひっきりなしに停まる向かい側の9番線から発車する。

8・9番線のホーム先端はグリーンロープできっちりガードしているが、なぜ特急ホームにしなかったのだろう? 8番線の中央特快東京行きはラッシュと変わらぬ盛況なのに…

臨時急行<懐かしの急行かいじ>甲府行きが入線。ホームのせいで、前回の臨時急行<懐かしの急行アルプス>松本行きよりもキュークツで、ベテラン駅員は「交代、交代!!」と罵声を連呼!!

9時25分、大半のレールファンは満足した撮影ができず、発車してしまった。ちなみに座席はすべてリクライニングシートである。

 

⑥2003年7月13日(日曜日)

 新宿6番線から臨時急行<懐かしの急行かわぐち>河口湖行きが発車する。

前日の臨時急行<懐かしの急行かいじ>甲府行きよりマシだが、駅員の罵声、リクライニングシート、サボなしは相変わらず。

レールファンの中には松葉杖で“強行出場”したり、2002年の583系臨時特急で、よく見かけたカップルもいた。

そのカップルは夫婦みたいで、ワンピースの奥さんのおなかが出ているところを見ると、妊娠をしているようだ。

雨が激しく降ってきた。

「♪ゆけーゆけぇー、川口浩!!」

という感じで、11時08分に発車した(昔、川口浩探検隊があったことを御存知ですか?)。

※備考:165系最終電車、臨時快速<こころ>の模様は「2003年の汽車旅7-後編-(JR東日本165系フォーエヴァー。汽車旅2003)」に掲載しております。どうぞ、御覧下さい。

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