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2007年の汽車旅4-最終回 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

浜松で一旦下車。どうせ17時00分発の普通電車静岡行きに乗り換えても坐れないので、次の始発電車を選ぶことにした。



17時20分発の普通電車静岡行き(モハ210-5014:ロングシート)に乗るが、5両すべてが211系5000番台で、トイレがない。静岡県は静岡市と浜松市で、ほかの市町村を吸収したことにより、政令指定都市となり、区政を施行したせいか、電車は“ロングシート政策”となってしまった。

普通電車静岡行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
静岡なしクモハ211-5014ロングシート
 なしモ ハ210-5014ロングシート
 なしク ハ210-5014ロングシート
 なしクモハ211-6001ロングシート
浜松なしク ハ210-5049ロングシート

211系5000番台は先頭車の進行方向右側最前列に陣取れば、前面展望が楽しめるメリットがある。私が再びホームにあがったときはすでに陣取られており、“しまったぁー”とくやしい思いをする。

九州と違い、日が沈むのは早く、18時32分、終点静岡1番線に到着した。



下車して、晩メシを購入すると、御存知、19時35分発の普通電車東京行き(7号車自由席クハ372-9)へ。東京-静岡間の普通電車は373系だけの運行。すなわち、1往復だけとなった。


普通電車東京行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
東京9クモハ373-9自由席
 8サ ハ373-9自由席
 7ク ハ372-9自由席
 6クモハ373-10自由席
 5サ ハ373-10自由席
 4ク ハ372-10自由席
 3クモハ373-6自由席
 2サ ハ373-6自由席
静岡1ク ハ372-6自由席

熱海からJR東日本となり、ゴールはもうすぐといったところだが、特急〈かいじ〉が止まっていた?!



これはE257系の回送だが、なぜか特急〈かいじ〉のヘッドマークが表示されていたのである。

E257系は特急〈踊り子〉を置き換える存在になるのかはわからないが、185系は昭和56年(1981年)に入団。26年を経過しているが、201系の廃車が進んでも、こちらは1両の廃車もない。省エネ車両、201系の衰退が進み、抵抗制御の185系が生き延びているのも不思議な話だが、車両リニューアルをしているのが“命拾い”になっているのだろう(201系のJR西日本所属車は体質改善工事で生き延びている)。

順調に進んでいたが、品川手前でホームの非常停止ボタンが押され、止まったものの、大事にならず、ほどなくして運転再開。終点東京には3分遅れの22時46分、7番線に到着した。ちなみに隣りの10番線は寝台急行〈銀河〉大阪行きが入線していた。



★お知らせ

「2007年の汽車旅4総集編」の動画はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅4-16 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。



7番のりばの先にサクで囲っている“名なしホーム”では、京都駅ビル開業10周年記念イベントとして、SL(蒸気機関車)の展示が行なわれていた。モデルはC56 160で、臨時快速〈SL北びわこ号〉でおなじみ。昭和14年(1969年)に産声をあげてから、68年を迎えた。人は多くないものの、レールファンやたまたま遭遇した人たちはSLの雄たけびや石炭の香りを楽しんでいた。





昼食後、東海道本線2番のりばから12時50分発、普通電車野洲行き(6号車クモハ221-24)に乗り換え。発車すると、快速〈みやこ路快速〉奈良行きと並走する。



草津で草津線の普通電車柘植行きを見る。113系7000番台体質改善車だが、転換クロスシートがピンクになっていた。どうやら、本来の体質改善車カラーに塗り替えた元小浜線用らしい。2005年4月25日(月曜日)に発生した福知山線の脱線事故以来、保安装置の都合上、117系300番台が運用できなくなり、小浜線用の113系7000番台体質改善車を移籍させていたが、湖西線永原-近江塩津間及び、北陸本線長浜-敦賀間の直流電化転向にともない、アーバンネットワークに正式移籍となったようだ。

普通電車野洲行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
野洲 6 クモハ221- 53 なし
  5 モ ハ221- 53 なし
  4 サ ハ221- 53 なし
  3 モ ハ220- 44 なし
  2 サ ハ220- 44 弱冷車
京都 1 ク ハ221- 53 弱冷車

13時22分、終点野洲2番のりばに到着し、13時26分発の新快速米原方面近江塩津行き(12号車クモハ223-2079)に乗り換え。近年、221系は野洲-米原・長浜間の運用が減少している。

新快速米原方面近江塩津行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
米原 12 クモハ223- 2079 なし
  11 サ ハ223- 2164 なし
  10 モ ハ223- 2163 なし
  9 ク ハ222- 2079 弱冷車
  8 クモハ223- 3024 米原止まり
  7 サ ハ223- 2051 米原止まり
  6 サ ハ223- 2052 米原止まり
  5 モ ハ222- 2010 米原止まり
  4 サ ハ223- 2053 米原止まり
  3 サ ハ223- 2054 米原止まり
  2 モ ハ223- 2010 弱冷車。米原止まり
野洲 1 ク ハ222- 2024 弱冷車。米原止まり

近江八幡を過ぎると、もう稲を刈り取っている。きっと豊作だろう。

 

13時51分、米原6番のりばに到着。向かいの5番のりばに止まっている始発のエル特急〈しらさぎ55号〉金沢行きを先に通すため、12分停車。1~8号車は切り離され、9~12号車は1~4号車に変わり、車番チェックには大変ありがたい長時間停車だが、ここで目を疑う光景を目にする。

 

それは米原まで1~8号車の編成のボディーが傷んでいるように見えたのである。

223系2000番台は平成11年(1999年)に入団し、コストミニマムを主眼においた車両で、中間車は将来の先頭車化改造を容易にできるようにした。

223系2000番台はアーバンネットワークのドル箱路線に投入し、まずはわずかに残っていた117系新快速を置き換え、2000年3月11日(土曜日)には221系新快速を臨時便のみに追いやった“天敵車両”だ。

2000年に増備は一旦終了したが、2003年から再開。更に仕様の変えた223系5000番台を快速〈マリンライナー〉に投入し、213系を勇退させた(その後、車両の不具合により、213系がピンチヒッターとして、運行した日もあるという)。ちなみにJR四国は5000系を投入したが、1号車はJR東日本の2階建てグリーン車(車両が東急車輛製のため)、2・3号車は223系2000番台をベースとしている。

入団してから、わずか8年で早くも“勤続疲労”が見え、これだとJR東日本209系京浜東北線用より短命になる恐れがある(209系京浜東北線用は2007年秋より2~3年の予定で、E233系1000番台にチェンジされるが、6ドア車は連結されていない)。



7番のりばへまわり、14時09分発、JR東海の普通電車大垣行き(クハ117-105)に乗り換え。こちらは2ドアのため、出番が少ないことがさいわいして、ボディーに傷みのない117系シリーズだ。

普通電車大垣行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
大垣 なし クハ117- 105 なし
  なし モハ117- 44 なし
  なし モハ116- 44 なし
米原 なし クハ116- 22 なし



14時44分、終点大垣1番線に到着。ゴールの東京まで、あと410キロ。さすがに長旅だと終盤にヘトヘトとなってしまうが、5番線へまわり、14時55分発の特別快速浜松行き(クハ312-5012)に乗り換え。大垣はいつも同一ホームで乗り換えさせてくれないことが多く、ストレスがたまる。“お客様とのよいWA(歌い手軍団、V6の曲で、長野オリンピックでひんぱんに流れた『WAになって踊ろう』を思い出し、漢字の「和」ではなく、あえて英字を使った)”を保つには、乗り換えの改善をして欲しいところだ。



私が乗車したクハ312-5012のトイレでは落書きがあり、いけないことだが、煙草をここで吸う不届き者がいるのだろう。飛行機のトイレで煙草を吸ったら、運航にも影響するらしいが、鉄道はどうなんだろう?
 
特別快速浜松行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
浜松 なし クモハ313- 5012 なし
  なし サ ハ313- 5312 なし
  なし モ ハ313- 5012 なし
  なし サ ハ313- 5012 なし
  なし モ ハ313- 5312 なし
大垣 なし ク ハ312- 5012 なし

16時47分、終点浜松に到着した。

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!(貼りつけた動画がうまく再生しない場合はこちらを御利用下さい)

②オーミヤの鉄道日誌「現在でも主力として」は
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③オーミヤの鉄道日誌「在り続ける珍しい番線」は
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④オーミヤの鉄道日誌「近郊型の新時代を築いた後」は
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⑤221系備考一覧はこちらにクリック!!

★お知らせ

2007年10月8日(月曜日・体育の日)に掲載した「2007年の汽車旅4-15」で、so-net blog独自の機能、「nice!」が初めて記事の数を上回りました。また、観客動員数も20萬9000人を突破しました。ありがとうございます。

当初、“「nice!」と思われる記事はないだろう”と思い、その通りでしたが、2007年に入ってから観客動員数が急激に増加すると共に「nice!」も増えました。ちなみに1つの記事で最大のnice!数は9です。なぜか2ケタに到達しないんですよね。不思議です。

今後とも、よろしくお願いします。

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2007年の汽車旅4-15 [汽車旅2007]

2007年9月8日(土曜日)、大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線新大阪(M13)へ。宿から新大阪駅に近いのはJR線ではなく、大阪市営地下鉄で、高架の新御堂筋沿いに独自の出入口があるからだ。ちなみに新大阪の開業日は国鉄よりも早い。



7番出入口(南改札)はエスカレーターが近年に設置され、そのおかげで西中島南方(M14)寄りは撮影がしづらくなったが、ホームに着くと、9時36分発の天王寺行き(1号車1810:リニューアル車)が発車を待っている。始発電車なので、ラクに坐れた。



新大阪から梅田方面へ向かうのは久しぶりで、21世紀になってから初めて。淀川を渡り終えると、地下へもぐる。御堂筋線の地上区間は千里中央行き及び新大阪行きの利用が圧倒的に多いので、新鮮な車窓である。

天王寺行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
天王寺 1 1810 リニューアル車
  2 1510 リニューアル車
  3 1410 リニューアル車
  4 1710 リニューアル車
  5 1610 リニューアル車
  6 1210 リニューアル車。女性専用車。夢塗装車
  7 1310 リニューアル車
  8 1910 リニューアル車
  9 1010 リニューアル車
新大阪 10 1110 リニューアル車
女性専用車は平日終日

梅田(M16)で大量乗車があったものの、土曜日のせいか思ったほど少ない。

本町(M18)でお客の入れ替わりがあったが、心斎橋(M19)で若干、乗車率が減る。



なんば(M20)でガラガラとなり、頭上を見上げると、吊り革はドコモの宣伝ばかり。関東は吊り革広告がなく、これも関西商法の1つなのだろう。ドアの窓上にシール広告があるのは関東でも同じこと。更にドアの窓の「ひらくドアにごちゅうい!」のステッカーの下にも広告があり、かなり徹底的にやっている。

「天王寺終点でーす。御乗車ありがとうございました」

終点天王寺(M23)に到着。終点であることに気づかないお客が多く、駅員が車内に乗り込み、退散していった。



余談だが、始発専用の2番線には10系第4編成の新大阪行き、3番線には10系第12編成“夢塗装車”の千里中央行きという、関西のレールファン注目の車両が続いた。

天王寺でJR西日本大阪環状線に乗り換え。12番のりばへ向かうと、高架の阪和線では紀勢本線、広島色、湘南色という“3色電車”がホームに滑り込んだ。朝晩の阪和線は“混色国鉄近郊形電車”がレールファンの注目を集めているようだ。体質改善車も入ることがあるので、面白いことは確かだろうが、快速だと221系を最優先に関空快速&紀州路快速は“妥協”といったところ(りんくうタウン、関西空港は関空快速でないと行けないので、妥協どころではない)。



12番のりばから10時21分に発車する各駅停車(大阪から大和路快速)奈良方面加茂行き(1号車クハ221-34:弱冷車)へ。

各駅停車(大阪から大和路快速)
                 奈良方面加茂行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
奈良 1 ク ハ221- 34 弱冷車
  2 サ ハ220- 19 弱冷車
  3 モ ハ220- 19 なし
  4 サ ハ221- 34 なし
  5 モ ハ221- 34 なし
  6 クモハ221- 34 なし
  7 ク ハ220- 9 弱冷車。奈良止まり
天王寺 8 クモハ220- 9 奈良止まり

車番記入してから、誰も坐っていない転換クロスシートの向きを変えるが、自分から向きを変える者、向きが変えられるのにガマンして逆向きに坐る人など様々。ちなみに私は1号車の転換クロスシートの向きをすべて変えたが、清掃のオバサンはゴミ集めに専念しており、早くしないとお客が続々と乗ってくるのだから、仕方ない。また、車掌によっては折り返し時間に転換クロスシートの向きを変えて、“お客様を気持ちよく迎える”姿勢の人もいる。

先ほどの御堂筋線10系では吊り革広告について述べたが、221系にはない。インテリアがいいだけにやって欲しくないが、多くの鉄道に“吊り革広告”というのはない。

大阪1番のりばに到着し、ここから大和路快速奈良方面加茂行きへ。



西九条ではド派手な夢塗装車、桜島線の各駅停車ユニバーサルシティ方面桜島行きに遭遇。また、乗務員は乗務員室に便乗していた1人、車内から1人がここで降りた。



弁天町を発車すると、アップルパイの化石みたいな印象を持つ、京セラドーム大阪を横切る。最寄り駅は通過となる大正。大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線ドーム前千代崎だが、中央線の九条もそうだし、2009年開業予定の阪神電気鉄道阪神なんば線にもドーム前という駅ができるので、アクセスは充実する。また、西九条-奈良間は阪神なんば線と近畿日本鉄道と競合することになるが、双方とも転換クロスシートの車両は投入しない予定なので、居住性のいい221系に軍配があがるのではないだろうか。三宮-尼崎間であれば、東海道本線からの転移は可能であるように思える。

新今宮から関西本線に入り、天王寺16番のりばに到着し、1周。意外と利用客は少なく、10時57分に発車。阪和線へのアプローチ線を単線から複線にする工事が完成に近づいている。すでにあるアプローチ線は大阪方面専用となり、増設したものは阪和線に突入するものと思われる。

東部市場前を通過。大阪市東住吉区にある駅で、進行方向左側はコンテナが点在する。ちなみに開業日は平成元年(1989年)11月11日(土曜日)で、パチンコで言うところの“フィーバー”である。

俊敏に走ると、突如、高架が姿を現し、関西本線に合流。2008年3月開業する予定のおおさか東線である(久宝寺-放出[Hanaten]間の暫定開業)。使用車両は片町線207系シリーズか関西本線の103系・201系のどちらかになるのかが注目されるが、すでに試運転が行なわれており、どうやら前者になる模様。放出-新大阪間が全通すれば近郊形電車が走り、快速の運行も考えられる。

久宝寺で201系体質改善車の各駅停車奈良行きに接続。国鉄時代に244両投入された201系は321系の入団により、大阪環状線に移籍。当初は関西本線に投入する意向はなかったのだが、大阪環状線は8両編成のため、組み替えると余剰車が発生することを恐れたのだろうか、予定変更で投入した。中間車の先頭車化改造も行なわない方針のようである。



奈良県に入り、日差しがキツークなり、11時29分、奈良4番のりばに到着した。5番のりばには221系6両編成が到着し、種別幕が新快速という表示に心が躍るものの、それはほんの一瞬で、快速〈みやこ路快速〉京都行き(1号車クハ221-24:弱冷車)だった。どうやら奈良で種別幕は回送に変わるようで、確信は持てないが、“221系新快速”が撮れる可能性がある。



11時39分に発車するが、初めて6両編成の快速〈みやこ路快速〉に乗る(通常は4両編成)。普段から6両編成で走ればいいような気がするが、大和路快速と快速〈みやこ路快速〉を合体した“けいなはん快速”にしたほうがいいだろう。木津-加茂間は気動車を引っ張ってくるか、関西本線に207系シリーズが移籍すれば7両編成のうち、4両車はJR難波-京都間、3両車はJR難波-加茂間の運用をすればいいだろう。

快速〈みやこ路快速〉京都行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
京都 1 ク ハ221- 24 弱冷車
  2 サ ハ220- 24 弱冷車
  3 モ ハ220- 24 なし
  4 サ ハ221- 24 なし
  5 モ ハ221- 24 なし
奈良 6 クモハ221- 24 なし

余談だが、この日、関西本線加茂-亀山間は線路保守点検作業のため、日中時間帯は運休。しかも、代行バスも用意しないという不親切のありさまだ。JR西日本は2001年3月からツキイチの割合で実施しているが、6年たっても代行輸送を整備しないとはあきれるばかりだ。ローカル線の客離れが進むだろうが。



木津から奈良線へ入り、単線に。棚倉では快速〈みやこ路快速〉奈良行きと行き違うため、運転停車。単線の悲しい性で、奈良線全線複線化のメドはたっていない。

玉水で各駅停車奈良行きと待ち合わせ、新田(Shinden)から複線となり、快走するものの、宇治から再び単線になると、通過駅は減速を余儀なくされる。木津-新田間は1線スルー化されている駅が多かったのに対し、こちらはそのまま。将来、複線化になることを視野に入れて、あえて1線スルー化していないのであろう。

JR藤森(JR-Fujinomori)から再び複線へ。ほどなくして、京阪電気鉄道京阪本線と合流し、東福寺へ。京都の中心部は京阪本線が便利で、JR線をくぐると地下にもぐる。

京阪本線と別れ、東海道新幹線(JR東海)、東海道本線に合流すると、12時26分、終点京都10番のりばに到着した。

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!(貼りつけた動画がうまくアクセスできない場合はこちらを御利用下さい)

②住吉急行電鉄の日報「鶴ヶ丘は激戦区?」はこちらにクリック!!

③10系備考一覧はこちらにクリック!!

④221系備考一覧はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅4-14 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。アーンドゥ、クライマックス!!

十三で再び京都本線に乗り換えるが、ここでもあることに気づく。

十三は神戸本線が1・2号線、宝塚本線は3・4号線、京都本線は5・6号線となっているのに対し、梅田は京都本線が1~3号線、宝塚本線は4~6号線、神戸本線は7~9号線となっている。

日本の鉄道の多くは1番線の振り方が駅ごとに西から順、東から順となっている。例えば、JR東日本の東京、JR東海の名古屋、JR九州の博多は1番線が西側にあるものの、JR東海の大垣とJR西日本の大阪は東側にある(JR西日本とJR九州は「1番のりば」と案内)。

日本の鉄道は番線の表示を統一して、よりわかりやすくして欲しいと思う。



さて、京都本線は3300系の快速急行と各駅停車の河原町行きが発車。隣りの宝塚本線では3号線に6000系の特急〈日生エクスプレス〉日生中央行きが発車。宝塚本線で運行される唯一の特急である。



再び京都本線に目を向けると、7300系の準急河原町行きが発車し、そのあと、お目当ての通勤特急河原町行き(8号車6454:携帯電話電源オフ車両)が到着た。10分以上も待ったので、先ほど乗った神戸本線の特急は“終点梅田まで乗ってもよかったな”と損した思いだ。

阪急は6300系・6330系に限り、車体側面及び車内に号車シールがあり、特急車のプライドと風格を感じさせ、18時43分に発車する。当然、坐れない。

通勤特急河原町行き編成表
通勤特急梅田行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
河原町 8 6454 携帯電話電源オフ車両
  7 6914 弱冷車
  6 6814 なし
  5 6864 弱冷車。女性専用車
  4 6854 なし
  3 6904 なし
  2 6804 弱冷車
十三 梅田 1 6354 携帯電話電源オフ車両
女性専用車は平日終日

減速して淡路を通過。6300系は大阪市営地下鉄10系をさながらの電気笛を鳴らす。この音色、俺は好きなんだなぁー。思えば、初めて10系を見た時、電気笛のタイフォンが衝撃的だったが、なんでリニューアル時に変えちまったんだろうね?(ちなみに10系は増備末期から空気笛に変わっていた)

7300系の準急河原町行きを抜き、俊足が戻る。乗車している車両は昭和52年(1977年)に産声をあげて、30年たつが古さは感じない。というか、9000系・9300系は大仏みたいなフェイスであるため、6300系の落ち着き感、重厚感が際立っているのである。

6300系は昭和50年(1975年)に入団。2800系の後継車とした特急車両で、2ドア転換クロスシートを踏襲。阪急の車両では初めて、車体上部に白を採用。先頭車の貫通扉の周り及び、急行灯とテールランプをシルバーで囲むなど、特急車のグレードを高めた。

2800系は特急運用から離脱し、ロングシート3ドア化して、活躍を続けたものの、先輩の2300系よりハードな運行をしていたため、老朽化が進み、8300系に置き換えられている。

昭和51年(1976年)、6300系は鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞し、阪急のエースに君臨。昭和59年(1984年)には輸送力増強のため、6330系が登場。足まわりは7300系と共通である。

入団以来、まさか32年も走り続けるとは思っていなかったが、特急の停車駅が激増し、2003年にセミクロスシート(転換クロスシート&ロングシート)3ドアの9300系が入団しているものの、6300系を置き換えるほどの勢力ではなく、また、経営事情もあり、まだまだ走り続けるだろう。

阪急はマルーンの車体と木目調の車内にこだわりを持っており、携帯電話電源オフ車両を設けるなど、独自色の強い鉄道だ。それゆえ、阪急ファンが多いのもうなずける。

ただ、これを「伝統」と化したため、思い切った刷新ができないように思える。例えば、塗装を省いたステンレス車体が登場したとしても、レールファンは東武鉄道の通勤形電車と同じように映るだろうし、現代の鉄道では白を基調とした化粧板を基本としているが、阪急にそれを採用したら、違和感を持つ利用客も多いかもしれない。コストの削減がどこの鉄道でも共通のキーワードであるだけに、“伝統からの脱却と新たな挑戦をしてもいいのではないか”と考えることがある(結論が出ないため、提言できない)。

しかし、阪急のように独自色にこだわらないと困るケースもある。

例をあげると、JR東日本E231系シリーズやE233系シリーズをベースにした私鉄や地下鉄の車両が誕生したことである。特に相模鉄道10000系や東京都交通局10-300形のようにドア及び、ドア上の情報案内装置などを見ると、“JR東日本の車両に乗っているのではないか?!”と錯覚するほどの車両もある(ドアチャイムもJR東日本と同じ)。共通化するにせよ、オリジナリティーがないのは“芸がない”ことと同じなのである(JR九州はオリジナリティーのがある車両が多い)。

さて、新快速ほど混んでおらず、高槻市で若干減るものの、それでも坐れず、発車すると東海道本線に接近。タイミングがいいのか悪いのか、221系の普通電車米原行きとデッドヒートを繰り広げ、互角。心情的に“世界遺産候補”の221系に抜き去ってもらいたいところだけど、特急の面目躍如。先ほどの神戸本線7000系の特急梅田行きは各駅停車JR東西線経由松井山手行きについていけなかったから、意地を見せたことになる。

長岡天神で降りるお客が多く、補助いすに坐る。



補助いすは1人がけとなっているものの、JR西日本223系1000・2000・5000番台、JR九州817系シリーズのように離席すると、自動的に収納しない構造である。



桂で補助椅子から展望席へ。展望席は2人がけロングシートで6300系・6330系で唯一、惜しい点だが、最前席にはひじかけがついており、ふっくらとした座席は“ゆったり感”を強調。坐り心地もよく、さすがは特急車だ。

西京極を通過すると、地下へもぐり、西院へ。ここから先は各駅に停まり、19時24分、終点河原町3号線に到着したが、この駅は撮影しづらく、到着時しか撮れない印象を持つ。ただ、フラッシュを使うことは運転の妨げになるため、7・8両編成の場合、10両編成対応の1号線梅田寄り以外、撮れる場所がない(10両編成時はムリ)。

折り返し、通勤特急梅田行きとなり、再び乗車。さいわい、8号車は乗る人が少なく、ほかは補助いすを必要とするほどの入りである。



8号車は携帯電話電源オフ車両なのに、テレホンカード式公衆電話がある。京阪電気鉄道8000系“エレガン都エクスプレス”のような個室ではないため、通話するとうるさくて不快感を持つお客も少なくないだろう。車掌も携帯電話電源オフ車両を案内しても、テレホンカード式公衆電話についてはまったく案内していない。“通話したけりゃテレカを使え”ということなのだろうが、矛盾しているように思う。これだとテレホンカード式公衆電話を撤去するか、携帯電話電源オフ車両を7号車に変更する必要があるだろう。



6300系の転換クロスシートはバケットタイプではないため、相席になると、座面が下がる感じで、JRの近郊形電車のようなワイドボディーでないこともあり、若干、キュークツさを感じる。窓側にひじかけがあるせいだろうか(9300系の転換クロスシートは窓側にひじかけがない)。

通勤特急の走りは見事。近年の特急は途中駅の停車駅を増やしているせいか、貫禄が失われ、品格が問われても不思議ではないが、停車駅の少ない通勤特急は最高。もう1度、昼間の特急で速達の爽快感を味わいたいものである。



相川を発車すると、スピードが落ち、熱を冷ますかのような走りで十三に到着。一気にガラガラとなり、20時15分、終点梅田1号線に到着。外幌を見ると、新幹線なみの高さをほこり、マルーンだと女性のブーツにありがちな色であろう。6300系をクライマックスに選んでよかった。

JR西日本大阪へまわり、Jスルー(自動改札機)をSuicaで利用。タッチしたが、Jスルーの利用は4年ぶり及び、JR西日本で初めてSuicaを使うことが影響したのか、1発で突破することができず、もう1度タッチして通れた。



東海道本線8番のりばから20時38分発、221系の快速(高槻から普通電車)京都方面野洲行き(6号車サハ221-55)へ。この日、唯一のJR利用で、次の新大阪で下車した。

快速(高槻から普通電車)
           京都方面野洲行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
新大阪 8 クモハ221- 55 なし
  7 モ ハ221- 55 なし
  6 サ ハ221- 55 なし
  5 モ ハ220- 45 なし
  4 サ ハ220- 45 なし
  3 モ ハ220- 46 なし
  2 サ ハ220- 46 弱冷車
大阪 1 ク ハ221- 55 弱冷車

★備考

①『お出かけ通信:blog版「関西一泊二日1979年(07)」』はこちらにクリック!!

②『お出かけ通信:blog版「関西電車旅(1975年夏版)06」』はこちらにクリック!!

③『お出かけ通信:blog版「関西電車旅(1975年夏版)07」』はこちらにクリック!!

④フリー百科事典『Wikipedia「阪急6300系電車」』はこちらにクリック!!

⑤住吉急行電鉄の日報「阪急創立100周年」はこちらにクリック!!

⑥ホテル&トラベルジャーナル「阪急電鉄の100周年」はこちらにクリック!!

⑦岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅8-後編-」は
こちらにクリック!!

⑧岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅9-後編-」はこちらにクリック!!

⑨岸田法眼のRailway Blog.「2004年の汽車旅2」はこちらにクリック!!

⑩Yahoo! セカンドライフ「世界遺産にしたい車両-JR西日本221系-」はこちらにクリック!!

★ウラ話

microSDカードのメリットを生かし、携帯電話で6300系の車内を4枚をひとつにまとめた画像を作成したが、本文に使う必要性がないことがわかり、“骨折り損のくたびれもうけ”となった。ちなみに2007年9月下旬にmicroSDメモリーカード1GBを購入しようとしたが、SDメモリーカードより500円の差がついていたため、後者に変更した(2007年8下旬購入時は200円の差だった)。




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2007年の汽車旅4-13 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。



甲子園に戻り、各駅停車梅田行き(5507)へ。関西の鉄道では珍しいバケットタイプのロングシートは生地の肌触りがよく、坐り心地もいい。

各駅停車梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
尼崎なし5507なし
 なし5607なし
 なし5608弱冷車
甲子園なし5508なし

尼崎センタープール前では直通特急梅田行きの通過待ち。以前、梅田-姫路間の直通特急は〈大阪ライナー〉〈姫路ライナー〉の愛称がついていたが、定着しなかったのか種別のみとなった。



余談だが、通過した車両は8000系リニューアル車で、9300系をベースにしているものの、本拠地がJR東日本中央本線水道橋駅を最寄りとする球団のチームカラーと同じであるため、阪神タイガースファンには不評らしい。



尼崎2番線に到着し、ここで急行梅田行きと待ち合わせるが、車両はなんと9300系。この車両は中間車のみ転換クロスシートを採用したもので、直通特急専用とばかり思っていた。直通特急の限定運用ならば、阪神のイメージリーダーカーとして、山陽電気鉄道の沿線利用客にも浸透していたと思うのだが。

9644456.jpg


尼崎は阪神なんば線に向け、大改良工事中で、2番線の隣りにホームを作っているが、どうやら左右どちらのドアが開く構造になる模様。また、留置線には阪神なんば線のイメージリーダーカーと言える1000系が休んでいた。9300系とは違い、阪神タイガースのチームカラーを意識したような色であるが、“黄色っぽいオレンジ”である。

9644457.jpg

9644458.jpg

4番線にまわり、2000年8月以来の利用となる西大阪線へ。西九条-なんば間の延伸工事の様子を見ておきたいと思い、各駅停車西九条行き(7839:両開きドア車)に乗り換える。延伸すると、阪神なんば線に変わるので、西大阪線としては最後の利用になるかもしれない。

各駅停車西九条行き編成表
各駅停車尼崎行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
西九条なし7839両開きドア車
 なし7939両開きドア車
 なし7861片開きドア車。弱冷車
尼崎なし7961片開きドア車

阪神なんば線が開業すると、近畿日本鉄道(次からは「近鉄」と略す)と相互直通運転をするが、車両規格が両社とも統一されていないという利用する側にとっては困った展開になった。阪神は1000系を投入するのに対し、近鉄は既存車両で対応するからだ。これだとJR西日本みたいに「足元白矢印のx番からy番」、「足元黄色三角のπ番からr番」といった案内放送をするのだろうか?

9644459.jpg

各駅停車西九条行きは急行車を使用。そのため、方向幕は「普通」で、先頭車には行先表示板を設置している。また、前2両は両開きドア、うしろ2両は片開きドアとなっている。更に側面の方向幕はでっぱっている。

16時52分に発車し、大物(Daimotsu)までは本線と並走する。

9644529.jpg

大物を発車すると、川を2つ渡り、福を出ると、大きな新淀川を渡って伝法に到着。なんと、ここで各駅停車尼崎行きと行き違う。もともと複線だったが、工事のため、単線に切り替え。完成後は元の複線に戻ることになっているが、現時点、大阪市では唯一の“行き違い駅”ということになる。



千鳥橋で複線に戻り、17時04分、終点西九条2番線に到着。ホームは相対式で、1番線は閉鎖。おそらく、阪神なんば線の試運転が始まるまで、使われないものと思われる。

9644530.jpg

西九条から先は白い鉄板を仮設して、行き止まりであることを示す標識を設置している。その先は高架が建っているものの、JR西日本を横断する部分がネックとなっており、つながっていない。

折り返し、17時08分発の各駅停車尼崎行きに乗り、終点に到着。山陽電気鉄道5000系の直通特急姫路行き(1号車5008:山陽電気鉄道車)とほぼ同時到着したが、ホームは隣りで階段を使わなければならない。“あーダメだろうな”と思ったら、向かいのホームに9300系の準急西宮行きが停車。面白いことに左右どちらのドアも開いており、準急西宮行きを“横断”して直通特急姫路行きに乗り換えるという、前代未聞(?!)の“ウルトラ乗り換え”である。

山陽電気鉄道5000系は昭和61年(1986年)に入団。国鉄以外では初めて界磁添加励磁制御を採用したが、初期の車両は座席の向きが固定しているのは残念だが、のちに転換クロスシートに変更しており、居住性は向上した。

直通特急姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
三宮65604なし
 55254弱冷車
 45239なし
 35504なし
 25009なし
尼崎15008なし

平成10年(1998年)2月15日(日曜日)、関西の私鉄では革命的な出来事と言える、梅田-姫路間の直通特急が誕生すると、山陽電気鉄道側は5000系と平成9年(1997年)に入団した5030系が使われ、阪神はロングシート車だったため、2001年に転換クロスシートを装備した9300系を入団させ、2002年から8000系のリニューアルをしているが、双方ともラッシュ時の輸送力確保の観点から、ロングシート車も混在する。

時刻は17時40分を過ぎ、夕焼けがまぶしくなる頃、地下へもぐり、日本一ホームがせまいことで知られていた春日野道を通過。この駅は島式から相対式に変えたため、ホームの幅が拡大。新駅の装いで、カン違いしそうだ。ちなみに今回、私が見た限り、ホーム幅のせまい駅は阪急の中津と春日野道である。

9644462.jpg

17時44分、三宮に到着。下車して、阪急神戸本線の三宮へ向かう。

9644464.jpg

神戸本線のねらいは9000系で、思ったより早くやって来たものの、3番ホームへ(ここでは「3号線」と言わなかった)。ところが、この電車は折り返し、18時06分発の各駅停車梅田行きなのである。この時間帯ではムリとはいえ、115㎞/h特急のイメージリーダーカー的な存在で、2006年12月16日(土曜日)、JR西日本東海道本線のホームで9000系を見た時は梅田-新開地間の特急を何度も運行していたから、ガッカリ。9000系の試乗を断念するものの、特急梅田行きまで時間があるので、車内見学だけはしておこう。

9644468.jpg

9000系は9300系とは違い、オールロングシートだが、東京急行電鉄9000系や1000系などで見られるように仕切りをつけ、着席区分を明確化しているが、3つともバケットタイプを採用していないということでもある。

シートモケットは従来と同じグリーンだが、入団してから1年ちょっとしかたっていないのに、早くも色あせていて、みっともない。これが着席区分を明確化している皮肉な現象なのかもしれない。

ドア上にはLCDを2台採用。JR東日本のE231系500番台やE233系に比べ、画面がでっぱっており、これは車体構造の都合上、こうなったのであろう。ちなみに左側は広告、右側は次駅案内等となっている。

行先や種別はフルカラーLEDに変わっており、幕式と同じフォントなので、好印象。LEDは明朝体、ゴシック体になっているのが多く、幕式のオリジナリティーがないことに不満があるから、阪急の使い方は大歓迎だ。ちなみに9000系は2007年に増備され、宝塚本線に配置された。

9644469.jpg

4番ホームから18時04分発の特急梅田行き(7021:携帯電話電源オフ車両)へ。神戸本線も久々の乗車だが、発車すると、東海道本線207系シリーズの各駅停車JR東西線経由松井山手行きとデットヒートを繰り広げるものの、なんと負けた!! 各駅停車に先を越されるとは…

9644531.jpg




夕方のラッシュを迎え、三宮方面には通勤急行とすれ違うようになり、夕日も沈んだようである。

西宮北口は左右両方のドアが開く。進行方向左側は今津線宝塚方面乗り換え客のために開き、進行方向右側は5000系リフレッシュ車の各駅停車梅田行きと今津線今津方面乗り換え及び下車客のために開く。阪急阪神ホールディングスは一部の駅での“両ドア開閉が最大の武器”とみた。

特急梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
十三なし7021携帯電話電源オフ車両
 なし7521弱冷車
 なし7671なし
 なし7751なし
 なし7771なし
 なし6681なし
 なし7621弱冷車
三宮なし7121携帯電話電源オフ車両

西宮北口を発車すると、十三までノンストップ!! 途中の園田で7000系の各駅停車梅田行きをバッサリ抜き、十三に到着した。

9644532.jpg

今回の阪急で気になったのは乗り換え放送の時、路線名ではなく、方面で案内していたことだ。路線名があるのだから、そうしたほうが好ましいが、宝塚の案内板は路線ではなく、方面表示していた(画像は宝塚で撮影)。どちらがわかりやすいのかは人それぞれであるが…

日は完全に沈み、いよいよクライマックスを迎える。

★備考阪神編

①今回の動画はこちらにクリック!!

②阪神グループホームページはこちらにクリック!!

③ホテル&トラベルジャーナル「阪神西大阪線各駅停車 1(西九条駅)」はこちらにクリック!!

④ホテル&トラベルジャーナル「阪神西大阪線各駅停車 2(各駅停車)」はこちらにクリック!!

⑤ホテル&トラベルジャーナル「阪神西大阪線各駅停車 3(尼崎駅)」はこちらにクリック!!

⑥ホテル&トラベルジャーナル「阪神1000系に乗れました」はこちらにクリック!!

⑦住吉急行電鉄の日報「阪神西九条付近」は
こちらにクリック!!

⑧住吉急行電鉄の日報「阪神尼崎」はこちらにクリック!!

⑨住吉急行電鉄の日報「懲りずに阪神尼崎へ」はこちらにクリック!!

⑩住吉急行電鉄の日報「阪急阪神ホールディングスな一日(阪神版)」はこちらにクリック!!

⑪フリー百科事典『Wikipedia「山陽電気鉄道5000系電車」』はこちらにクリック!!

⑫フリー百科事典『Wikipedia「界磁添加励磁制御」』はこちらにクリック!!

⑬UZ's View「阪神1000系運用開始【10/7】」はこちらにクリック!!

⑭MAKIKYUのページ「阪神1000系電車~ようやく営業運行を開始した模様で…」はこちらにクリック!!

⑮薬たまSanohpy、今日も翔る。「阪神1000系、初乗車!!」はこちらにクリック!!

★備考阪急編

①阪急電鉄ホームページは
こちらにクリック!!

②ホテル&トラベルジャーナル「速報 阪急宝塚線に9000系登場」はこちらにクリック!!

③ホテル&トラベルジャーナル「阪急に優先座席が復活」はこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「阪急阪神ホールディングスな一日(阪急版)」はこちらにクリック!!

⑤住吉急行電鉄の日報「阪急宝塚線用9000系試乗会」はこちらにクリック!!

⑥フリー百科事典『Wikipedia「阪急9000系電車」』はこちらにクリック!!

⑦『お出かけ通信:blog版』はこちらにクリック!!(阪急電鉄及び阪神電気鉄道の記事が多いですよ)

⑧岸田法眼のRailway Blog「2006年の汽車旅9-3(221系新快速リターンズ2006)」はこちらにクリック!!

★お知らせ

今回は試験的に動画を貼りつけました。うまく御覧になれない場合は備考①にクリックして下さい。

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2007年の汽車旅4-12 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

お昼時なので小休止したあと、4号線へ向かい、宝塚本線12時50分発の急行宝塚行き(5115:携帯電話電源オフ車両)へ。



神戸本線7000系の特急新開地行き、京都本線(正確には梅田-十三間は宝塚本線、十三-河原町間が京都本線になる)8300系の特急河原町行きと同時発車だが、先手は後者、そのあとは前者で急行宝塚行きはビリである。両サイドの特急に遠慮しているかのようである。ちなみに梅田発車時、エントツのような建造物があり、『お出かけ通信:blog版』によると、黒色だったが、現在はグレーに塗り替えられていた(記事がどこにあるのかわからず、申し訳ございませんが、興味のある方は探してみて下さい。また、備考の動画ではそのエントツはちょっとだけ映っています)。



梅田-十三(Jusoh)間は“3複線”がウリモノで、京都本線は途中の中津がない。これが不思議なんだよなぁー。

宝塚本線はカーブが多いところで知られ、線内の最高速度は100㎞/hで、十三-三国間、岡町-豊中間、石橋-池田間に限られている。 

急行宝塚行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宝塚なし5115携帯電話電源オフ車両
 なし5794弱冷車
 なし5761なし
 なし5114なし
 なし5101なし
 なし5651なし
 なし5650弱冷車
梅田なし5100携帯電話電源オフ車両

豊中に到着し、ここから先は各駅に停まる。急行と言うよりも、東武鉄道東上本線の準急みたいな感じだ。おまけに梅田-豊中間、各駅停車は1本も抜いておらず、速達性に欠ける。



乗務員室にある方向幕表示を見るが、京都本線は下3ケタが「3」で、神戸本線と宝塚本線は「0」だから、共通運用をしているものと思っていたが、そうでもなく、方向幕は京都本線系統、神戸本線系統、宝塚本線系統に分類しているのである。例えば、宝塚本線の電車が終点梅田に到着しても、折り返し、神戸本線の電車になることはないのである。まさにこれは「へぇー」である。

宝塚本線の種別を見ると、特急〈日生エクスプレス〉、急行、通勤急行は、石橋以遠は各駅に停まる(特急〈日生エクスプレス〉は能勢電鉄内、通過駅がある)。



雲雀丘花屋敷はここが終点となる6000系の各駅停車が止まっており、方向幕を見ると、「雲」と「花」がなぜかデカい。

山本、中山といった“名字駅”を発車。上りの梅田行きだと「中山本」というしりとりができる。

売布神社(Mefu Jinja)ではこんな光景があった。

「バイバーイ」

幼児の女の子が手を振ると、運転士はおだやかに微笑む。これは停車中、運転士は安全確認のため、乗務員室の窓から身を乗り出していたからである。

丹波のお山が近づくが、それはJR西日本福知山線にお任せ。今津線に合流し、13時23分、終点宝塚4号線に到着した。



ホームは行き止まり式で、宝塚行き先頭車に乗れば宝塚本線と今津線の乗り換えが階段を使わなくてもいい構造になっているため、便利だが、日中は3・4号線しか使わず、1・2号線への“近道”は通行止めになっていた。阪急は徹底した“封鎖好き”のようであるが、お客の安全面を最優先した選択なのであろう。  

宝塚郵便局



下車すると、福知山線の宝塚駅が隣接されており、宝塚駅前郵便局で旅行貯金。この郵便局は“阪急派”のようだ(阪急の宝塚駅は駅ビルも兼ねているため)。

 

宝塚市内を歩き、途中で鳩に遭遇し、パチリンコ。  

さて、宝塚に戻り、3号線から14時46分に発車する今津線の各駅停車西宮北口行きに乗るが、ホームの行先案内板にもキメ細かいところを発見した。  

阪急の“3本柱”である神戸本線、宝塚本線、京都本線にはラインカラーがあり、支線はその柱の系統として扱われることに気づいた。ちなみに 神戸本線はブルー、宝塚本線はオレンジ、京都本線はグリーンである。

 

宝塚の場合、3号線の今津線は神戸本線系統扱いでブルー、4号線の宝塚本線はオレンジ。フルカラーLEDの行先案内板では号線表示をラインカラーで表示しているのだ。つまり、3号線の表示はオレンジになることもあるということである。阪急の芸が細かさに脱帽!!

 

各駅停車西宮北口行き(3076:携帯電話電源オフ車両)は6両編成で、弱冷車は1両となっている(8両編成は2両)。

  

宝塚南口を発車すると、3000系のオリジナル車とすれ違う。今も阪急には方向幕のない車両が存在していた。また、仁川でも遭遇する(画像は仁川到着時に撮影)。


各駅停車西宮北口行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
西宮北口なし3076携帯電話電源オフ車両
 なし3521なし
 なし3026なし
 なし3151なし
 なし3522弱冷車
宝塚なし3027携帯電話電源オフ車両

仁川を発車すると、坂を下り、甲東園へ。ちなみに甲陽線に甲陽園という駅がある。  

甲東園を発車すると、山陽新幹線をくぐる。いつのまにか車内の照明は消灯していた。路線バスでは標準的なことだが、鉄道はめったにない。電力消費量削減と地球温暖化を防ぐためにやっているのだろう。  

15時01分、終点西宮北口7号線に到着。かつて、今津線は神戸本線を横断していたが、駅の改良にともない、西宮北口で分断された。  



西宮北口郵便局



一旦下車して、西宮北口郵便局で旅行貯金したあと、今津線5号線へ。15時28分発の各駅停車今津行き(6021:ワンマン)に乗るが、3両編成のため、弱冷車と携帯電話電源オフ車両は1両だけとなっている。  



5号線の今津寄りには踏切があり、その名は「球場前北小路」となっている。かつて、プロ野球のパリーグに阪急ブレーブスがあり、本拠地は西宮北口下車の西宮球場だった。昭和の時代、関西は“電鉄球団”が4つあり、鉄道もプロ野球も競合していたのである。  

昭和63年(1988年)、南海ホークスがダイエーに身売りする衝撃的なニュースが飛び込み、そのあと、阪急ブレーブスも突如、オリックスに身売りすることを発表。それと同時に黄金期を支えた福本豊選手と山田久志投手が引退を発表し、阪急ブレーブスの歴史は幕を閉じたのである。  

あれから16年たった2004年、大阪近鉄バファローズがオリックスブルーウェーブの合併を発表。ストライキを敢行するほどの非常事態になったが、関西の電鉄球団は阪神タイガースだけとなった。 西宮球場は2005年に姿を消したが、前回、今津線を利用した2003年7月はまだ存在していたことになるものの、見た記憶はまったくない。


各駅停車今津行き(ワンマン)編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
今津なし6021なし
 なし6567弱冷車
西宮北口なし6121携帯電話電源オフ車両

西宮津門郵便局



終点今津で下車し、西宮津門郵便局で旅行貯金したあと、いよいよ阪神電気鉄道本線へ。



 「電車が近づいてまいります。白線の内側にお下がり下さい」

という放送が入り、各駅停車梅田行き(5503)が到着。15時52分に発車し、2つ先の甲子園で下車。甲子園郵便局へは滑り込みセーフで15時59分に旅行貯金をした。


各駅停車梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
甲子園なし5503なし
 なし5603なし
 なし5604弱冷車
今津なし5504なし
 

甲子園郵便局



余談だが、この日、阪神タイガースは東京ドームで巨人3連戦をして、3タテをした。しかし、9月下旬以降は低空飛行となり、10月2日(火曜日)、巨人が5年ぶりに優勝した。  

但し、優勝してもクライマックスシリーズがあるため、Aクラスが確定した阪神タイガースはまだあきらめていない(優勝しても、クライマックスシリーズに敗退すれば日本シリーズの出場はないということ)。

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!

②ホテル&トラベルジャーナル「タイガースが勝った日」はこちらにクリック!!

③住吉急行電鉄の日報「めざせ日本一! 応援セール」はこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「12日阪急十三にて」はこちらにクリック!!

⑤『お出かけ通信:blog版』はこちらにクリック!!(阪急電鉄及び阪神電気鉄道の記事が多いですよ)

⑥フリー百科事典『Wikipedia「西宮球場」』はこちらにクリック!!

⑦岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅5-2」はこちらにクリック!! 

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2007年の汽車旅4-11 [汽車旅2007]

2007年9月7日(金曜日)、インターネットでJR東日本のホームページにアクセスするが、台風の影響で運行見合わせが多く、この日の帰京を見合わせることに決定。和歌山電鐵の『いちご電車』と『おもちゃ電車』に乗ろうとホームページにアクセス。ところが、『おもちゃ電車』は休業。“2本柱”に乗る野望は絶たれ、行程未定のまま、10時近くに動き出し、まずは四条大橋を渡り、京都祇園郵便局で旅行貯金。四条大橋の両側は京阪電気鉄道京阪本線四条駅と阪急電鉄京都本線河原町駅があり、京都祇園郵便局は四条駅の近くにある。

京阪電気鉄道は乗っていない路線があるので、完全制覇を果たすべきかなと考えるものの、どうも煮詰まらない。券売機には叡山電鉄(Eizan Railway)の1日乗車券がセットになったきっぷを売っているものの、この日は新大阪で泊まることに決めているからだ。



河原町駅へ行くと、『阪急阪神1dayパス』のポスターに目がいく。とあるファンド会社がアクションを仕掛けたおかげで、2006年10月1日(日曜日)に阪急電鉄と阪神電気鉄道が合併し、阪急阪神ホールディングスが誕生。合併しても、“阪急神鉄道”にしたわけでもないので、新規鉄道路線とみなしていない。両社は合併前に完全制覇済みなのである(阪神電気鉄道は阪神なんば線が開業すればリセットとなる)。

『阪急阪神1dayパス』は、2007年4月1日(日曜日)から2008年3月31日(月曜日)までの限定販売で、1枚1200円である。これにより、阪急電鉄と阪神電気鉄道の全線に乗れる。1日中すべての路線に乗ろうとはまったく考えていないが、汽車旅シリーズでは異例といえる“私鉄が主役”となる(汽車旅番外編シリーズでは私鉄が主役になることはある)。



河原町は烏丸寄りの自動改札付近に大宮-河原町間、竣工記念のモニュメントがある。当時は京阪神急行電鉄の路線だったわけで、前日、地下補導を歩いた時に見つけた。なお、ここからは「阪急」と「阪神」に略す。

『阪急阪神1dayパス』を自動改札に入れて、1号線へ。阪急はホームの案内を「x号線」と案内するのが特長である。また、行先案内も『ザ・ベストテン』方式のアレからフルカラーLEDにチェンジした。



10時40分発の特急梅田行き(7320:携帯電話電源オフ車両)へ。特急が6300系ではなく、ロングシートの7300系にガクッとくるが、清掃員はフェイスに水をかける。駅のホームで水浴びをする光景を見るのは初めてだ。たいていは車両基地でやるものだが、ここは大相撲で言うところの“力水”と解釈する。

河原町は撮影しにくく、ホームの梅田寄り2両分は立ち入りを御遠慮願っているようだが、水浴び終了後に、“御遠慮地域”にちょっとだけ入って撮影し、「ありがとうございます」とお礼を言うと、清掃員はニッコリ微笑んだ。

特急梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
淡路なし7320携帯電話電源オフ車両
 なし7800弱冷車
 なし7850なし
 なし7860なし
 なし7870なし
 なし7800なし
 なし7900弱冷車
河原町なし7400携帯電話電源オフ車両

オールロングシートのおかげで、ためらいもなく先頭車最前列、進行方向右側の展望席へ。7300系はかつて、急行の主力車両として活躍したが、今は大阪市交通局(大阪市営地下鉄)堺筋線の直通運用に就くなど、オールラウンドプレーヤーと変化していた。また、速度計は指針式からデジタル式へと変わった。あとでわかったことだが、8000系・8300系から採用しているデジタル式速度計は在来車にも取り替えていたのである。

10時40分に発車。京都本線地下区間は剛体架線ではなく、スピードは80㎞/h以下だが、西院を通過し、地上に出ると、運転士は運転中に左側と中央の窓に閉ざしていたカーテンを片手であげる。阪急の車両は展望席を設けているので、キメ細かいサービスだが、少々命がけ? ちなみに6300系は自動的にカーテンがあがるため、まるで映画のスクリーンを彷彿させる。

運転台にはレールファンにとって、救いの“紙”である車番カードがあった。これはラッキー。



車番カードには車内にはない号車と、パンタグラフの有無を表示。梅田寄りから1号車とふり、1番うしろは8号車となっているが、車内(客室)及び車外に号車札がないため、エクセルで作成した乗車車両編成表では「なし」という扱いにしている。ちなみにこの編成のパンタグラフは先頭車の7320と前から7両目の7900に各2丁存在する。



東海道新幹線(JR東海)の並走区間に入ると、9300系の特急河原町行きとすれ違う。9300系は特急のロングシート運用解消を目的とした車両のはずだが、首をかしげる。

高槻市を発車すると、駅名の由来といえる高槻市役所があり、茨木市も近くにあるとは言えないが、進行方向右側に茨木市役所を発見した。

その茨木市で7300系の準急梅田行きと待ち合わせ。以前、乗った時は各駅停車に接続していたが、2007年3月17日(土曜日)のダイヤ改正で、今まで朝晩しか運行されていなかった準急の運行時間帯が拡大され、これにより、急行が消えた。また、特急も淡路を停車駅に加えたため、速達性は更に薄れた。

かつての京都本線は特急と急行が15分おきに運行されていたが、平成に入ると、特急を20分おきに変更して急行を増発。更に特急を10分おきにして、急行共々、停車駅を大幅にいじくったため、JR西日本の優位さを際立たせることになったが、停車駅の増加により、途中駅からの所用時間短縮に方針を転換させているようである。ただ、私が乗った7300系の特急梅田行きは空席が多く、6300系にこだわる必要性がないことを物語る光景でもある。

正雀(Show-Jaku)で5300系の各駅停車天下茶屋行きを抜き、下新庄を通過すると、カーブが多く、スピードが落ち、11時14分、淡路1号線に到着。2号線には大阪市営地下鉄66系の各駅停車天下茶屋行きが待っている。こちらは千里線からの電車であるが、66系は先代の60系に比べると、フェイスが中途半端な印象を受け、洗練されていない。



私の推測だが、特急の淡路停車は堺筋線の利用客増加へのカンフル剤なのだろう。意外にも大阪市営地下鉄の路線では1番距離が短いのである。



66系の各駅停車天下茶屋行きが大阪市営地下鉄の路線ではないせいか、タイフォンを鳴らさずに発車すると、ホームの前2両分は封鎖されていた。ラッシュ時以外は10両編成での運行がないため、徹底しているのである。

9617581.jpg

1号線に準急梅田行き(7324:携帯電話電源オフ車両)が到着し、乗り換え。準急の種別幕は東京急行電鉄5000系と同じグリーンである。ちなみに京都本線ダイヤ改正後も朝晩の快速急行は存続しているが、これを元の急行に戻してもよかったのではないだろうか(快速急行の停車駅は以前の急行と同じである)。

準急梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
南方なし7324携帯電話電源オフ車両
 なし7454弱冷車
 なし7310なし
 なし7890なし
 なし7960なし
 なし7870なし
 なし7910弱冷車
淡路なし7410携帯電話電源オフ車両

南方で下車し、頭上にある大阪市営地下鉄御堂筋線[西中島南方駅(M14)]に乗り換えたくなる心境であるが、淀川西中島郵便局と西中島南方駅前郵便局で旅行貯金。以前から入手していた情報なので、この機会にやらなければ一生できなかったかもしれない。

南方へ戻り、自動改札はすべてPiTaPa対応に変わっていたが、私はあることに気づいた。

9617589.jpg
9617583.jpg

それは阪急の自動改札は今まで、○は入場(乗車)、×は出場(下車)という“マルペケ方式”だったが、関東地方及びJR西日本と同じ“←は入場、進入禁止の標識は出場”に変わっていたのである。ついに関西の自動改札は東京に歩調を合わせたのである(我が国で自動改札を導入したのは阪急だが…)。今まで関西は東京に歩調を合わせることを嫌がり、独自色を展開していただけに衝撃的である。

9617585.jpg

3300系の各駅停車梅田行き(3328:携帯電話電源オフ車両。リニューアル車)へ。3300系は今まで冷房装置の取りつけ及び、方向幕取りつけ改造を行なっているが、車両のリニューアルに着手。化粧板を濃い木目調、日よけはヨロイ戸からカーテンに変え、冷房装置とドアも交換。また、一部のドア横に情報案内装置、ドアチャイム、ドア開閉ランプを取りつけた。更に急行灯は白色に変えるなどの変化が見られる。

各駅停車梅田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
梅田なし3328携帯電話電源オフ車両。リニューアル車
 なし3425弱冷車。リニューアル車
 なし3312リニューアル車
 なし3412リニューアル車
 なし3336リニューアル車
 なし3812リニューアル車
 なし3952弱冷車。リニューアル車
南方なし3362携帯電話電源オフ車両。リニューアル車

3300系は堺筋線動物園前-天下茶屋間以来、9年ぶりの利用となるが、梅田に顔を出す機会が増えたようだ。2800系のフォーエヴァー、2300系の縮小もあるので、月日の流れを感じるが、堺筋線の8両編成化により、3300系は編成を組み替えたものの、一部の編成は7両編成となったため、乗り入れができなくなる現象も発生している。

9617587.jpg


終点梅田3号線に到着し、下車した。

★備考

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③住吉急行電鉄の日報「19日の阪急電鉄」はこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「阪急3300系営業運転40周年」はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅4-10 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

普通電車(西条-岩国間は快速〈シティライナー〉)
                         下関行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
三原 なし クハ115- 2018 体質改善車。弱冷車
  なし モハ114- 2028 体質改善車
  なし モハ115- 2028 体質改善車
糸崎 なし クハ115- 2121 体質改善車



普通電車(西条-岩国間は快速〈シティライナー〉)下関行き(クハ115-2121:体質改善車)に乗り換え、15時15分に発車。次の三原で下車し、三原郵便局で旅行貯金をしたあと、急いで始発の普通電車姫路行き(クハ115-1112:体質改善車。岡山から女性車掌乗務)に乗り、進行方向右側、ドアとドアのあいだの4列目の“特等席”に坐ることができ、気分爽快である。



15時46分に発車。晴天で青い海は見ていて心地いいが、関東地方では台風接近の影響で天気が大荒れらしい。

普通電車姫路行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
姫路 なし クハ115- 1112 体質改善車
  なし モハ115- 1042 体質改善車
  なし モハ114- 1103 体質改善車
三原 なし クハ115- 1244 体質改善車。弱冷車
まもなく倉敷になる頃、進行方向右側に『101回目のプロポーズ』というホテルを発見。建物の雰囲気からして、どう見てもビジネスホテルには見えない。 

 

倉敷でドーッと乗り、17時18分、岡山8番のりばに到着。首都圏を彷彿させるような長蛇の列で、満員御礼。ほどなくして、7番のりばに各駅停車備前片上行きが3両編成で到着した。

岡山は改良工事の完成を機に、駅の行先案内LEDは鈍行を「普通」から「各駅停車」にして、わかりやすくしたのに、ここから代わった女性車掌は「普通列車…」のまま。乗務員が浸透しないことには「各駅停車」は定着しない。

JR東日本の首都圏は「普通電車」と「各駅停車」が存在する。

東海道本線を例に挙げると、各駅停車は“京浜東北線(日中時間帯の東北本線田端-浜松町間は快速)”
をさし、普通電車は“湘南電車”こと、東海道本線をさす。各駅停車は文字通り、各駅に停まるのに対し、普通電車は東京-戸塚間の場合、新橋、品川、川崎、横浜に停まり、ほかの駅は通過する(快速〈アクティー〉も同じ)。

常磐線“国電区間”もかつて、快速、普通電車、各駅停車が混在していた。

まず、各駅停車はすべて東京地下鉄千代田線に直通しているため、北千住以南は走っていない。

快速と普通電車の日中は停車駅が同じであるものの、ラッシュ時になると、後者は三河島と南千住を通過。快速より所要時間が若干短く、停車駅も少なく、あべこべだったのだ。

国鉄時代から種別が煩雑(Hanzatsu)だったが、2004年10月16日(土曜日)で上野-取手間は快速に統一され、わかりやすくなり、車両もE231系とE531系に置き換えた。

しかし、2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で、E531系のグリーン車が“公式戦”へと変わった。グリーン料金なしで乗れた“オープン戦”時代は常に満員御礼だったものの、フタをあければラッシュ時以外はガラガラ。その上、E231系につけていないため、同じ快速でもE531系がやって来れば4・5号車がグリーン車。グリーン券を持っていないお客は乗れないため、3・6号車に移動せざるを得ず、沿線では“邪魔”な存在になっているらしい。駅の案内放送では「グリーン車がついております」と言っているし、行先案内LEDではグリーン車のロゴを表示しているのだが、目に入らないようだ。

17時23分に岡山を発車した“各駅停車”姫路行きは高島に到着。下りホームの「ゴニはゴニ箱へ」のカンバンは、初めて2004年からずーっとこのまま。

停まるごとにお客は減るものの、それでも若干の立客がおり、時刻は18時を過ぎて、日が沈みかけようとしている。

有年(Une)を発車すると、次は相生だが、女性車掌によると、台風接近の影響で東海道・山陽新幹線のダイヤは乱れているという。そのため、山陽新幹線の接続時刻をお伝えすることができない。

相生では湘南色の普通電車三原行きに遭遇。岡山地区の115系シリーズは湘南色が少なくなったが、元117系中間車を連結した編成の一部はカラーを体質改善車に変えておきながら、車内はなにもかわっていない“ニセモノ車両”が出現している。

網干総合車両所になると、スピードが落ちてゆく。進行方向右側の網干総合車両所の検修庫ではキハ120系、207系シリーズ、223系2000番台などが検査中。留置線では223系1000番台4両編成はなぜか「新快速大阪」と表示していた。

18時37分、網干3番のりばに到着。1番のりばでは始発の新快速京都方面野洲行きが発車したところで、本来ならば18時29分に発車しなければならないが、8分遅れて発車したことになる。まさか台風接近の影響ではあるまい。

「信号待ちのため、しばらく停車しております。発車まで、しばらくお待ち下さい」

女性車掌はダイヤの遅れを認めた。隣りの2番のりばは18時36分発の普通電車上郡行きがまだ来ない(ちなみに車両はアーバンネットワークのエース、221系)。



18時42分、定刻より6分遅れて網干を発車。ノロノロ運転は続き、6分遅れのまま、終点姫路7番のりばに到着。隣りの5・6番のりばへ向かうが、6番のりばから18時57分発の新快速米原方面長浜行き(10号車クモハ223-2090)は発車のメドが立たない。

原因は東海道本線元町で、架線にビニールが付着したためで、どうやら下り線で発生し、折り返す上り線にも影響が出た。

余談だが、普通電車姫路行きの車中で、上郡到着時、特急〈スーパーはくと11号〉鳥取行きに遅れの情報があったため、気になっていた。

5番のりばでは貨物列車の通過、特急〈スーパーはくと12号〉京都行きを先に通し、ようやく発車。新快速米原方面長浜行きはこの日に限り、10両編成の運行である。2004年の神戸ルミナリエでは臨時新快速が223系2000番台10両編成で運行したことはあるものの、通常のダイヤでは8両編成を基本に最大12両編成、最低4両編成が原則となっている。ちなみに10両全車が「米原方面長浜行き」となっているものの、長浜で終点となるホームは8両分しかないため、1~4号車は米原で切り離すと思うが、京都までの利用であるため、謎は解明されないまま降りることになる。

新快速米原方面長浜行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
京都 10 クモハ223- 2090 弱冷車
  9 サ ハ223- 2199 なし
  8 サ ハ223- 2200 なし
  7 モ ハ223- 2078 なし
  6 サ ハ223- 2201 弱冷車
  5 ク ハ222- 2090 弱冷車
  4 クモハ223- 3037 なし
  3 サ ハ223- 2082 なし
  2 モ ハ222- 3040 なし
姫路 1 ク ハ222- 2037 弱冷車

加古川は6分、明石は8分遅れで発車し、一部のドア上にある情報案内装置は「この電車は、新快速、米原方面・長浜行きです。」しか流れない。223系2000番台の6両車に乗るのは初めてで、なおかつ、新快速の運用は基本的にないため、次の駅名が表示できないようだ。



223系2000番台は窓側の席にひじかけがなく、コストミニマムの思想が表れている車両だが、113系・115系体質改善車にもついていない。しかし、113系・115系体質改善車はひじかけがいつでも設置できるよう、準備していることに気づいた(画像は115系体質改善車)。

いささか飛ばし過ぎているような感じだが、須磨付近で減速しつつも207系シリーズの各駅停車JR東西線経由松井山手行きを抜く(暗くて車番が見えなーい)。

ダイヤの遅れを取り戻そうと全速力でブッ飛ばし、神戸は7分遅れの到着。しかし、駆け込み乗車があり、お客が足を引っ張る。



東海道本線に入り、207系100・2000番台の各駅停車京都行きを抜き、三ノ宮で221系の快速(高槻から普通電車)米原方面長浜行きに追いつくが、先に発車されるものの、デッドヒートもなく、走行中に圧勝。“関西版つくばエクスプレス”は夜を駆け抜ける。いくら草津まで複々線とはいえ、大阪で“渋滞”にならないかどうかが心配される。



芦屋は6分遅れで到着するが、ホームの行先案内板では乗車口が「△3~12」になっており、新快速の10両編成運行に対応していた。さすがはフレキシブルだが、乗る人が多かったのは意外だった。

車内の中吊り広告で目につくのは、JR西日本はジパング倶楽部に対抗してか、「50歳の知的な旅クラブ」をキャッチフレーズとした『Club DISCOVER WEST』があり、入会金や年会費は一切不要!! くわしくは
http://www.jr-odekake.netにて。

甲子園口は勢いよく通過したものの、立花で若干の減速。尼崎は福知山線に合流するとあって、1つの鬼門ではあるが、なんにもなかった。

次の鬼門は大阪。こちらも特に支障はなく、停まるホームが7・8番のりばの混雑緩和のため、特急用の9番のりばという程度だが、やっぱりここでも長蛇の列で、6分遅れの到着は変わらない。

大阪は5分遅れで発車。気温は28℃で、なぜか冷房の効きはよくない。窓の開け方がややこしいので、する気もない。

暗闇をムササビのように進み、高槻1番のりばに到着。下りの通過線ではガラガラのエル特急〈雷鳥42号〉大阪行きが通過。こちらも定刻より、かなり遅れている。 

向かいの2番のりばには、摂津富田(Settsu-Tonda)で抜いた321系の各駅停車京都行きが到着。追いついた恰好だが、通常ダイヤではありえないであろう、接続をとる。

京都総合車両所では急行〈きたぐに〉の方向幕が点灯するも、新潟県中越沖地震のため、この日も運休。しかし、“準備運動”を怠っていない姿に感動(作業員は当たり前のことをやっているんだろうけど)。ちなみに9月13日(木曜日)から寝台特急〈日本海〉、臨時寝台特急〈トワイライトエクスプレス〉共々、運行を再開した。

20時33分、4分遅れで京都2番のりばに到着した。





京都市交通局(京都市営地下鉄)烏丸線(Karasuma Line.K11)20時53分発の国際会館行き(1818)に乗り換え、四条で下車。阪急電鉄京都本線[烏丸駅]乗り換え駅だが、河原町へはたった1駅。距離も近そうだから、電車に乗るつもりはなく、幸運にも河原町へ向かう地下歩道があり、テクテク歩いた。もし、地上にあがっていたら、道に迷っていたかもしれない。

国際会館行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
四条 なし 1818 なし
  なし 1718 なし
  なし 1618 なし
  なし 1318 なし
  なし 1218 なし
京都 なし 1118 なし

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!

②ホテル&トラベルジャーナル「JR西日本悪夢の一日」はこちらにクリック!!

★お知らせ 2007年10月2日(火曜日)、巨人が優勝しました。

なお、次回の更新までしばらくお待ち下さい(早ければ10月4日の予定)

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2007年の汽車旅4-9 [汽車旅2007]

2007年9月6日(木曜日)、デジカメのメモリーであるSDメモリーカード1GBが“ガス欠”に近くなり、予備としてしのばせておいたmicroSDメモリーカード1GBにチェンジ。このブログで使うのはほんの数枚しか使わず、“落選”したものは画像投稿ができる掲示板へ“おすそわけ”することがある。

microSDメモリーカードは携帯電話向けだが、アダプターをつければSDメモリーカードにもなるし、miniSDメモリーカードにもなる。

私は2006年2月に初めてデジカメを購入したが、携帯電話との互換性を重視したため、SDメモリーカード対応を選び、当初はminiSDメモリーカードを使っていた。しかし、大容量になるほど、SDメモリーカードに比べて割高なため、しばらく見合わせていた。

microSDメモリーカードも当初、割高な価格だったが、首都圏の量販店ではSDメモリーカード1GBに比べると、値段の差は200円程度に縮まった。つまり、大幅に値下がりしたことだが、これにより、再び携帯電話との互換使用ができるようになった。



9時になり、広島電鉄本線の広島駅前電停(M1)へ行く前、広島東郵便局で旅行貯金をするつもりだったが、目の前にはGreenmover maxが止まっているではないか。“これに乗らないと後悔する”と針路を変更し、1号線広島港(宇品)行き(①広島駅-八丁堀間は5106C:ロングシート。②八丁堀-本通間は5106E:ロングシート)に乗り込む。平日朝の時間帯ということもあってか、車掌が乗務しているものの、運賃は先頭車で運賃を収受するシステムになっており、安全確認と両替の受付がおもな役目のようだ。

Greenmover maxこと、5100形は完全国産の超低床式路面電車で、ドイツ産の5000形(Greenmover)の後継車となっており、今後も増備が進むのと思われる。



Greenmover maxのシートモケットは若草色がベースになっており、広島の象徴の1つと言えるもみじを散らしている。でも、もみじを散らすなら、秋を彩るような色を使ったほうがよかった感じもする。ちなみに照明は家庭用の器具を使っている。



八丁堀で進行方向右側の1人がけロングシート(?)が空いたので移動。ラッシュ時以外、大荷物を置いても支障はないだろう。路面電車は基本的に進行方向左側しかドアは開かないのだから。

1号線広島港(宇品)行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
本通 なし 5106A クロスシート
  なし 5106C ロングシート。八丁堀-本通間乗車
  なし 5106E ロングシート。広島駅-八丁堀間乗車
  なし 5106D ロングシート
広島駅 なし 5106B クロスシート



ポイントではガタガタと吊り革が乱舞するほど揺れたが、紙屋町東(M9)を発車すると、左折して宇品線に入り、本通(U1)に到着。ここで下車するが、これにより、宇品線全線完乗と共に広島電鉄完全制覇を達成した。 



広島中郵便局で旅行貯金したあと、散策。広島市に足を踏み入れると、路面電車に乗って平和記念公園へ行くのがパターンとなっているが、平和の大切さはいつの日も忘れてはならない。



11時過ぎ、本線の原爆ドーム前(M10)へ。Greenmoverがやって来るものの、回送。この時間に回送が走り、乗れないのは残念だが、前方は路面電車が渋滞していた。青信号でも進まないというのは明らかにおかしい。

そして、電停にあるスピーカーで人身事故により、宮島線広電西広島(乙斐.M19)-商工センター入口(M25)間が運転見合わせの一報が入り、代行バスが運行しているという。

6号線広島駅行き(ワンマン)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
原爆ドーム前→広島駅 なし 807 なし



路面電車の遅れに直面するのは初めてだが、6号線広島駅行き(807:ワンマン)に乗り、紙屋町東(M9)で大量乗車があったものの、その後は減り、終点広島駅(M1)になるとガラガラだった。



広島東郵便局で旅行貯金したあと、JR西日本広島へ。芸備線9番のりばへゆき、普通列車志和口行きワンマンカー2両編成のうち、先頭車のキハ47 179は国鉄カラーだが、これには乗らず、山陽本線12時24分発の快速〈シティライナー〉(西条から普通電車)糸崎行き(クハ115-2014:体質改善車。弱冷車)へ。



快速〈シティライナー〉(西条から普通電車)糸崎行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
糸崎 なし クハ115- 2109 体質改善車
  なし モハ115- 2022 体質改善車
  なし モハ114- 2022 体質改善車
広島 なし クハ115- 2014 体質改善車。弱冷車

瀬野を発車すると、“セノハチ”と呼ばれる登り勾配へ。この電車が広島を発車する1本前は103系の普通電車瀬野行きだったが、この勾配はEF67がないと務まらないのであろう。



西条からぐったりして、気がつけば三原。ほどなくして終点糸崎に到着し、始発の普通電車相生行き(クハ115-1238:体質改善車。弱冷車)に乗り換え。心地いい転換クロスシートだが、尾道で下車。尾道郵便局、尾道久保町郵便局で旅行貯金したあと、昼食は前々から食べたいと思っていた尾道ラーメンを食した。

普通電車相生行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
尾道 なし クモハ115- 1547 体質改善車
  なし モ ハ114- 1202 体質改善車
糸崎 なし ク ハ115- 1238 体質改善車。弱冷車

尾道しまなみ郵便局で旅行貯金したあと、15時05分発の普通電車糸崎行き(クモハ115-1175:体質改善車)へ。本来は上り電車に乗るのが筋だが、坐れない可能性があるため、糸崎か三原のどちらかで始発電車に乗ったほうがいいと判断した。



乗車車両は改造費を抑えた先頭車化改造車だが、ワンマンカーには対応しておらず、そのためか転換クロスシートになっている。この種のタイプは「体質改善車」と言いながら、セミクロスシート(ボックスシート&ロングシート)のままなので、アッパレ!!


普通電車糸崎行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
糸崎 なし ク ハ115- 1032 体質改善車。弱冷車
  なし モ ハ114- 1115 体質改善車
尾道 なし クモハ115- 1175 体質改善車

15時13分、終点糸崎に到着した。



★備考

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②フリー百科事典『Wikipedia「広島電鉄5100形電車」』は
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③HIRODEN AVENUE(広島電鉄ホームページ)はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅4-8 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。



宇部新川4番のりばでは普通電車小野田行きワンマンカー(クモハ123-5)へ。JR西日本の123系に乗るのは初めてで、これにより、すべての123系に乗ったことになる(ほかにJR東日本、JR東海が所有するも、後者は運行終了)。
 

普通電車小野田行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宇部新川→雀田なしクモハ123-5なし
雀田→小野田

乗車するクモハ123-5は窓の数が少なく、化粧板は201系と同一となっているが、シートモケットはブラウン系である。

改造当初は阪和線支線に投入されたが、宇野線茶屋町-宇野間に投入した別の荷物電車改造車が老朽化したため、クモハ123-6と共に移籍(阪和線支線は103系3両編成にチェンジ)。その後、105系にチェンジされ、更に南下。宇部線と小野田線にコンバートされた。また、当初は可部線に投入されたほかの123系も移籍していた。

15時37分に発車。大きな道路の高架橋があり、建設中。クルマ社会がひしひしと宇部線に直撃しそうな感じだ。

居能を発車すると、左へ曲がり、小野田線へ。どうやら123系は小野田線を中心に運行しているようで、ゆったり、のんびり走り、客層は高齢者が多い。



1両で充分なほどの数で15時49分、雀田(Suzumeda)に到着。ホームは左右に分かれたY字型で、普通電車小野田行きは進行方向右側に停まった(進行方向左側のドアが開く)。なぜかホームの番線表示(JR西日本は「のりば」と案内する)がないが、左側のホームは朝夕しか走っていないため、番号をふる必要性がないのだろう。

雀田で下車。田舎の雰囲気が思いっきり漂うところで、セミの活発な鳴き声は東京都心ではまず聞くことはない。セミは鳴けど、数が少ないのだ。



16時になる頃、居能方から123系が登場。ホームの進行方向左側に止まり、普通電車長門本山行きワンマンカー(クモハ123-4)となる。側面に方向幕は表示されているが、フェイスはマッシロ。雀田まで回送しなくてもいいのではないかと思うが、発車時刻は16時28分。発車まで30分近くもあり、撮れる時間は存分にある。

クモハ123-2~4は当初、可部線に投入され、223系2000番台と同様、窓は内折れ式となっているが、冷房がガンガンに効いているため、開ける必要はない。また、クモハ123-5・6に比べ、窓の数が多いため、明るい車内であることも大きな特長。とても元荷物電車とは思えないが、窓を内折れ式にしたのは車体強度の問題からなのだろう。ちなみにクモハ123-4は昭和62年(1987年)に広島車両所で旅客化改造を受け、平成3年(1991年)に幡生車両所でワンマン化改造を受けている。



クモハ123-5・6は両開きドアなのに対し、クモハ123-2~4は片開き。戸袋窓の部分は立客スペースとなっており、23人がけの“スーパーロングシート”は着席区分が明確なバケットタイプを採用。そのあとに登場したJR西日本バージョンの207系はそれを採用しなかったのは疑問だ(207系はJR東日本にもあるが、2008年で運行を終える予定)。

仕様の違う123系が小野田線に集結し、レールファンとしては“乗り比べ”も面白いだろう(そうでない日があるかもしれない)。お客が多いため、クモハ123-5の車内撮影は自重したが、私は201系的内装よりも明るく、坐り心地のいいほうを好む。

16時26分、普通電車宇部新川行きが到着。先ほど乗った車両だが、乗り換えたのはたった4人。私を含め、合計7人が普通電車長門本山行きワンマンカーに乗り、16時28分に発車した。

普通電車長門本山行きワンマンカー編成表
普通電車雀田行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
雀田⇔長門本山なしクモハ123-4なし

スピードは40㎞/hしかあがらず、浜河内(Hamakohchi)へ。下車客はおらず、“7人のお客”は全員、終点長門本山まで利用する。



ちょっと登ると、16時33分、終点長門本山に到着し、まずは支線を制覇。ホームは1両分しかなく、2条のレールを見ると、昔は2面2線の相対式だったような感じの曲がり具合である。

途切れたレールの先は太平洋。折り返し、普通電車雀田行きワンマンカーの発車まで30分あり、2人のレールファンは撮影でヒマをつぶしていた。私もいろいろなアングルで撮影した。

17時03分に発車し、浜河内ではやはり乗降なし。車内は運転士を含め、すべて“男性専用車状態”だった。



17時08分、終点雀田に到着し、普通電車小野田行きワンマンカー(クモハ123-5)に乗り換え、17時12分に発車。高校生主体で、停まるごとに減り、別の高校生が乗ってくるものの、南中川で下車客が多かったため、クーラーの効きがよくなーる。

小野田線は本線と支線を含め、13.9キロ。駅の数は11あり、平均駅間距離は1.26キロである。JRの路線にしては珍しく平均駅間距離が短いが、1両で充分という輸送力は過疎地であることを物語っている。

今後は運行本数を増やして、誰でも確実に坐れるようにしたらどうだろうか。123系は1日2両あれば充分のようで、残り3両は1日中休んでいるようだが、もう1両は走らせて、利便性を向上させたらどうだろうか。第3セクター鉄道で言われていた“マイレール意識”が植えつけられてゆけばいいと思っている。



日は西に沈み、カーブが多くてスピードは出ないが、レールをきしませながら山陽本線に合流すると、17時27分、終点小野田3番のりばに到着し、小野田線全線完乗を達成。向かいの山陽本線4番のりばではEF66の貨物列車が通過していった。

6番のりばにまわり、山陽本線17時32分発の普通電車岩国行き(クハ115-2011:弱冷車)に乗り換え。115系2000番台体質改善車だが、途中駅からでも進行方向右側、ドアとドアのあいだの4列目の“特等席”に坐ることができた(「2007年の汽車旅4-2」参照)。だが、トイレが蒸し暑いのはいただけないが…

普通電車岩国行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岩国なしクハ115-2108体質改善車
 なしモハ115-2012体質改善車
 なしモハ114-2012体質改善車
小野田なしクハ115-2011体質改善車。弱冷車



新山口でお客の入れ替えが見受けられたが、4両でも混雑しないのだから、ラッシュはきつくなさそうな印象を受ける。



日も沈み、車内も閑散としてきたが、乗車しているクハ115-2011にクモの巣を発見。どうやら数日間、誰も気づいていなかったようで、19時53分、終点岩国3番のりばに到着した。

6番のりばへまわり、19時59分発の普通電車(広島-八本松間は快速〈通勤ライナー〉)糸崎行き(モハ115-2003:体質改善車)に乗り換え。115系2000・3000番台8両編成はすべて体質改善車だが、私は迷わず前者を選ぶ。

普通電車(広島-西条間は快速〈通勤ライナー〉)
                         糸崎行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
広島なしクハ115-3105体質改善車
 なしモハ115-3005体質改善車
 なしモハ114-3005体質改善車
 なしクハ115-3005体質改善車。弱冷車
 なしクハ115-2102体質改善車
 なしモハ115-2003体質改善車
 なしモハ114-2003体質改善車
岩国なしクハ115-2003体質改善車。弱冷車

115系3000番台体質改善車は内装の変化、半自動ドアボタン設置以外、特に変わったところはなく、転換クロスシートもそのままであるため、居住性は221系に比べて劣る。JR西日本産の転換クロスシートはバケットタイプだからである。

乗車した115系2000番台の体質改善車は40年仕様タイプで、できる限り、223系2000番台に合わせている。また、ドアの開閉もていねいになったが、照明をグローブつきにしたのはムリがある。



ところが、乗車したモハ115-2003には違和感があり、車内をよく見たら、シートモケットはバケットタイプでありながら、2種類のブラウン系ではないことに気づいた。どうやら、シートモケットをチェンジしたように思える。また、モハ114-2003の固定座席のシートモケットは面白い組み合わせだ。ちなみにクハ115-2003・2102のシートモケットは2種類のブラウン系だった(ロングシートを除く)。



前空を発車した直後、103系の普通電車岩国行きとすれ違う。呉線の安浦を18時26分に発車し、終点岩国には20時37分に到着する2時間以上のロングランで、トイレのない103系には不釣合いの運行だが、広島の地に移って15年となり、意外と息が長い。



20時45分、広島5番のりばに到着。15分停車は長く、しかも3番のりばから20時50分に発車する始発の普通電車西条行きは、終点まで先に到着する。こんなダイヤはいけない。快速〈通勤ライナー〉の速達性、利便性を高めるダイヤにして欲しい。

★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「国鉄123系電車」』はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「小野田線」』はこちらにクリック!!

③岸田法眼のRailway Blog.「2007年の汽車旅4-2」はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅4-7 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

JR九州香椎へ移動し、昼食購入後、青春18きっぷを使い、鹿児島本線の準快速(折尾から快速、小倉から普通電車)門司港行き(クハ813-232)へ。定刻より5分遅れの12時01分に発車したが、2日前は私が乗った快速荒木行き、前日は鳥栖でエル特急〈みどり25号〉佐世保行きが5分以上遅れており、鹿児島本線のダイヤが遅れているのは日常的なのかもしれない。特急・快速系統の“大街道”と化したことが響いているようだ。

準快速(折尾から快速、小倉から普通電車)
               門司港行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
門司なしク ハ813-232なし
 なしサ ハ813-232なし
 なしクモハ813-232なし
 なしクモハ810-6なし
 なしモ ハ811-6なし
 なしサ ハ811-6なし
香椎なしク ハ810-6なし

海老津2番のりばに到着。1番のりばではエル特急〈ソニック20号〉博多行き、3番のりばではエル特急〈ソニック21号〉大分行きが相次いで通過。いずれも883系である。この車両は入団してから10年ちょっとしか経過していないのに早くもリニューアルを敢行。ステンレス車体は全身ブルーとなり、外観は精悍さが増した。

余談だが、エル特急〈ソニック〉は和訳すると、「音速の」、「音の」、「音響の」で、かつてF1レーサーとして一時代を築いたアイルトン・セナ選手は“音速の貴公子”と呼ばれたものの、レース中の事故により1994年、34歳の若さで他界。翌年の日本テレビで放送した正月特番で、当時の巨人軍長嶋茂雄監督は「交通事故」と言って、出演者や視聴者が思いっきり大爆笑。確かに交通事故なのは事実なのだけど、公道ではなく、サーキット場なだけに“解釈の仕方は様々だな”と思ったものである。

883系はくしくも、“音速の貴公子”が事故で亡くなった平成6年(1994年)に入団し、平成7年(1995年)4月20日(木曜日)、エル特急〈ソニックにちりん〉がデビュー。2007年3月22日(土曜日)、エル特急〈ソニック〉に改称。2000年3月11日(土曜日)から“白いかもめ”こと、885系が参入。2001年3月3日(土曜日)から“白いソニック”5両編成が登場して、運用を分離。しかし、“白いソニック”6両編成化により、再び共通運用をする日が発生している。当方も“白いソニック”のエル特急〈かもめ〉、“白いかもめ”のエル特急〈ソニック〉を見たことがある。

余談だが、福岡県出身で、大相撲の元関脇益荒雄(Masurao)は“白いウルフ”という異名を持っていた。第58代横綱千代の富士の“ウルフ”に対抗したような感じだが、個人的には“益荒雄旋風”と呼ばれていたことが印象に残る。ムリヤリではあるけど、九州は“白”にエンがあるようだ。

さて、乗車している準快速(折尾から快速、小倉から普通電車)門司港行きは折尾に到着するが、車掌は意外なことを案内する(画像は前日乗車した準快速)。

「福北ゆたか線(筑豊本線の大半の区間と篠栗線の路線愛称)は次の黒崎でお乗り換え下さい」

折尾のホーム構造はややこしく、筑豊本線直方方面は1・2・7番のりばとなっている。1・2番のりばは鹿児島本線からの乗り換えはしやすいものの、7番のりばはえらい遠いところにあり、1~5番のりばの駅舎から150メートルも離れており、6・7番のりばは別駅舎なのだ。

JR九州は折尾の高架化を発表し、6・7番のりばの孤立を解消させ、利便性を向上させるものの、完成までに相当時間がかかる模様。

折尾から種別は快速に変わり、スペースワールドで817系1100番台の快速博多行きワンマン列車とすれ違うものの、こちらも813系1100番台と同様の“デカデカLED”だった。今後は特急形車両も“デカデカLED”になると思われるが、見た目はカッコ悪い。ド派手なデザインに水をさしている。

小倉から普通電車となり、門司6番のりばに到着。種別表示のキメ細かさには驚くが、門司の駅名盤は“関門トンネルを抜けた811系”のイラストがあった。JR九州はいまだに自社産の交直流電車がなく、415系シリーズに任せているが、延命化のため、大半の鋼製車をロングシート改造したのは残念である。

しばらく待ち、山陽本線の普通電車下関行き(モハ414-1520:ロングシート)に乗り換え。少々停車し、本州へ乗り込むため、気持ちの整理をしているかのようだ。

普通電車下関行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
下関なしクハ411-1520ロングシート
 なしモハ415-1520ロングシート
 なしモハ414-1520ロングシート
門司なしクハ411-1620ロングシート

13時20分に発車し、あっけなく本州に戻るものの、ここで誤算が発生する。

乗り換えるJR西日本山陽本線は14時01分発の普通電車新山口行きまでないのである。1本前の電車に乗っておれば、思い描いていた通りの行動をすることができたのだ。西鉄新宮でおとなしく折り返せばよかったと悔やむものの、この日は泊まり先以外、まったく行程を決めていなかった。

終点下関で下車し、2日前に立ち寄ったコンビニで水分補給。準快速(折尾から快速、小倉から普通電車)門司港行きの車中で、昼食をとったばかりだが、残暑でノドがカラカラとなってしまう。



ホームに戻ると、発車するまで20分以上もあるが、9番のりばに普通電車新山口行き(クモハ105-532:体質改善車)が入線。ホームに余裕があるので、このような姿勢はいいものの、車両が105系である。3両ロングシートという隠しダマだが、先頭車は103系改造の4ドア車で、体質改善車ではない。

普通電車新山口行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宇部なしクモハ105-5324ドア車
 なしクモハ105-16体質改善車
下関なしク ハ104-16体質改善車

14時01分に発車。私は時刻表をめくり、どこでいくつかある未乗車路線を選ぶか大いに悩む。1本前の電車に乗っておれば、思い描いていた通りの行程を消化することができたから悔やむ。個人的には地下鉄以外は空が明るいうちに路線の全線完乗をしたいのである。

105系はフルスピードの大爆走だったが、14時45分、宇部に到着。実はドアが開いてとっさに降りたのだ。

一旦下車するも、宇部近辺に郵便局はないものの、宇部線沿線は居能、宇部新川、琴芝にはある。1本乗り遅れたおかげで旅行貯金ができることに気を取り直し、0番のりばから15時03分に発車する宇部線の普通電車新山口行きワンマンカー(クモハ105-10:体質改善車)へ。宇部線は1時間に1本が主体で、この時間だと3駅のうちの1つしかできないようだ。

普通電車新山口行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宇部新川なしクモハ105-10体質改善車
宇部なしク ハ104-10体質改善車

15時03分に発車すると、すぐ右に曲がって、山陽本線と別れる。その後もクネクネ曲がり、際波信号場に遭遇するも、行き違いはない。

電車は岩鼻に到着。ワンマンカーは停車時、運転士が運賃箱でお客様を待ち受ける。運賃箱はまるでフロントのようである(画像は下関で撮影)。

15時14分、宇部新川に到着し、下車。宇部新川駅前郵便局で旅行貯金。普通電車新山口行きワンマンカーは11分停車だが、惜しくも間一髪で発車されてしまい、琴芝で旅行貯金をする機会を逃した。ちなみに宇部新川-琴芝間はわずか1.1キロである。

★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「折尾駅」』はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「際波信号場」』はこちらにクリック!!

③フリー百科事典『Wikipedia「益荒雄広生」』はこちらにクリック!!

★お知らせ

①観客動員数20萬人以上を達成した日は776人入り、トータルで20萬781人となりました。

②「2007年の汽車旅4-8」はこちらにクリック!!


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2007年の汽車旅4-6 [汽車旅2007]



2007年9月5日(水曜日)、暑い博多から福岡市交通局(福岡市営地下鉄)空港線、9時53分発の唐津行き(1号車クハ303-2:姪浜までワンマン。JR九州車)へ。空港線を利用するときは303系の利用が多い。同じロングシートの815系よりも目立つ“座布団グシート”は強烈だ。また、1号車に車椅子対応の洋式トイレをつける改造が行なわれており、“JR九州の列車はすべてトイレつき”という万全磐石の態勢を整えた。

唐津行き(姪浜までワンマン)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
中洲川端 1 クハ303- 2 なし
  2 モハ302- 102 なし
  3 モハ303- 2 なし
  4 モハ302- 2 なし
  5 モハ303- 102 なし
博多 6 クハ302- 2 なし

福岡市交通局は地下鉄事業のみで、バスは西鉄バスの天下。入り込むスキもないが、全国各地に存在する交通局で、バスのみはいくつかあっても、地下鉄のみは福岡市交通局だけだ。ちなみに地下は全線携帯電話の電波が通じる。たいてい、地下鉄は駅を除いて携帯電話の電波は圏外になっているものだが、珍しい。サービスの一環なのだろうが、マナーの悪さに拍車がかかるのではないだろうか。



中洲川端で貝塚線10時05分発の貝塚行き(6号車2512:ワンマン)に乗り換え。ホームの行先案内板は東京地下鉄(東京メトロ)と同一のモノを使用しており、錯覚しそうな感じである。ちなみに箱崎線は2001年10月6日(日曜日)以来、6年ぶりの利用だ。



車内ドア上の情報案内装置は西日本鉄道(通称、「西鉄」)宮地岳線に私鉄新宮から先をシールで隠し、路線名も「西鉄貝塚線」に貼っている。2007年4月1日(日曜日)から、西鉄宮地岳線は西鉄新宮-津屋崎間をフォーエヴァー。合わせて、路線名も貝塚線に改称し、再出発をはかったのである。

貝塚行き(ワンマン)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
貝塚 6 2512 なし
  5 2112 なし
  4 2012 弱冷房車
  3 2111 なし
  2 2011 なし
中洲川端 1 2511 なし

地上にあがり、終点貝塚1番のりばに到着。自動改札を出て直進すると、すぐに貝塚線の有人改札があり、乗り換えは大変便利。10時17分発の西鉄新宮行き(ワンマン)がまもなく発車しようとしており、乗り換え客は急ぐものの、私はあわてず、騒がずで、次の電車にする。

貝塚線の有人改札は関西私鉄の流儀である○は入場(乗車)、×は出場(下車)を採用。ちなみにJR西日本の自動改札は関東の流儀を採用している(左矢印が入場、交通標識の進入禁止は出場)。



貝塚線のホームは行き止まり式だが、一部は複々線?! 外側は箱崎線と相互直通運転ができるような構造になっており、構想はあるようだが、レールはつながっていない。

相互直通運転実現への大きな課題は、福岡市交通局は6両編成に対し、貝塚線は2両編成。実現するには貝塚線のホームを6両分にしなければならず、更にホームゲートを設けなければならない。あと、JR九州筑肥線にも乗り入れるかどうかだろう。

もし、相互直通運転が実現した場合、箱崎線のホームに到着し、乗務員交代(どちらもワンマン運転なので、運転士のみとなる)をすることになる。



鹿児島本線の電車が幾度も通過する姿が多く見られ、1番のりばに600形の西鉄新宮行き(602:ワンマン)が入線した。方向幕、自動放送、案内表示板は「新宮」と表示している。



車両は冷房改造車だが、先頭車の“展望席”はクーラーの効き具合が悪く、扇風機でカバー。ロングシートのシートモケットは通常は赤、優先席は青にわけている。

松平健によると、赤は“情熱と愛情”、青は“優しさとやすらぎ”だそうで、みずから作詞した『マツケンサンバⅢ』で腰を振りながら歌っている。

西鉄新宮行き(ワンマン)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
西鉄新宮 なし 602 1962年製
貝塚 なし 652 1962年製

箱崎線からの乗り継ぎ客を乗せて、10時32分に発車。ところどころで工事が行なわれており、担当責任者は白旗を出して、敬礼。

名島付近で高架となり、発車。進行方向左側は複線化を視野に入れた設計となっており、西鉄千早へ。鹿児島本線の乗り換え駅で、到着する頃、車内に照明がついた。路線バスは夜間以外、照明をつけないことが多いが、鉄道は終日ついていることが多い。今後は地球温暖化を食い止めるため、原子力発電所の都合で電力使用抑制をお願いされる前に、鉄道界全体は照明の使い方を見直してもいいように思う。

さて、貝塚線高架区間は街の開発が行なわれており、都会的な場に変わるのは時間の問題であろう。

西鉄香椎で片開きドア、313形の貝塚行き(ワンマン)と行き違い、発車すると地平へ。唐の原到着時に照明を消灯した。

和白はJR九州香椎線の乗り換え駅だが、宮地岳線の時代からホームが目の前にあるのに遠回りしないと乗り換えられない姿勢は相変わらず。早急に改善できないものか。どちらも首都圏みたいに3~5分おきに電車が発車するわけではないのだから、利便性を大幅に向上してもらわなければ困る。ちなみに和白到着時、香椎線では普通列車西戸崎行きワンマン列車が発車を待っていた。こちらも単線のため、普通列車宇美行きワンマン列車と行き違いをするため、長く停車しているのであったが、乗り換え客は無事に乗り継げたかどうかが気になるところだ。



貝塚行き(ワンマン)と行き違い、発車。三苫(Mitoma)はかつて、折り返し便があったが、次が終点西鉄新宮のため、なくなった模様。



10時56分、終点西鉄新宮1番のりばに到着したが、そこから先はレールが途切れ、バラストを増量して、終点であることを強調していた。

日中15分おきにもかかわらず、宮地岳線がフォーエヴァーになるとは想像もしていなかった。もう走らない線路跡はどうするのだろうか? 道路にするのか、遊歩道にするのかはまったく検討がつかない。





下車して鹿児島本線筑前新宮駅へ移動しようとしたが、道が多くてどこを歩けばいいのかよくわからないため、おとなしく貝塚線を選ぶ。貝塚線が消えないためにも乗車。2番のりばから発車する600形の貝塚行き(669:ワンマン)に乗る。



1番のりばに313形の貝塚行き(ワンマン)が入線したが、なんと昭和27年(1952年)製!! 新製から55年たつのであった。ちなみに俳優の水谷豊も昭和27年(1952年)生まれである。

かつて、南海電気鉄道の釣りかけ駆動車、1201形は貴志川線の活躍を最後にフォーエヴァー。昭和9年(1934年)に入団し、平成7年(1995年)まで、61年間に渡る活躍だったが、長寿記録を更新しそうな雰囲気がある。1201形は冷房を取りつけることは終生なかったのに対し、こちらはある。今後の動向に注目したいところである。

貝塚行き(ワンマン)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
西鉄香椎  なし 669 1967年製
西鉄新宮 なし 619 1967年製

当初は和白で香椎線に乗り換えるつもりでいたが、西鉄香椎で下車することに変更。鹿児島本線香椎駅まで徒歩5分程度という近さで、これならばわざわざ香椎線に乗り換え、和白で貝塚線に乗り換える必要性がない。西鉄香椎で下車したほうがはるかに便利だ。但し、和白での乗り換え時間が長いときに限るが…

★備考

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2007年の汽車旅4-5 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

諫早で再び下車し、近くのスーパーで水分補給。そのあと、4番のりばから17時28分発の長崎本線の普通電車鳥栖行きワンマン列車(クモハ817-22)へ。帰宅する高校生で車内は満席。立客が出る。

普通電車鳥栖行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
鳥栖なしクモハ817-22なし
諫早なしク ハ816-22なし

次の東諌早で早くも885系のエル特急〈かもめ31号〉長崎行きと行き違い、小江でガラガラ。昔、猿岩石が『オエオエオ』というシングルCDを出していたことを思い出す(小江と『オエオエオ』はなんのつながりもない)。

長里で783系のエル特急〈かもめ33号〉長崎行きと行き違う。9年前の平成10年(1998年)8月に乗った時、エル特急〈かもめ〉は783系が主力でよく行き違ったものだが、2000年3月11日(土曜日)から脇役へ。783系で運行している時は博多-肥前山口間、エル特急〈みどり〉〈ハウステンボス〉と並結している。ちなみに885系のエル特急〈かもめ31号〉が博多を発車した20分後、783系のエル特急〈かもめ33号〉長崎行きが発車するものの、終点長崎到着は30分のひらきがある。

小長井で両替機に不具合が発生し、発車時間が数分遅れ、運転士はただちに無線連絡。単線であるゆえ、電車のダイヤに大幅な支障をきたしてはならない。

ATSの音がピコピコ鳴り、土井崎信号所でストップ!!  885系のエル特急〈かもめ38号〉博多行きに追い抜かれた。信号所で追い抜かれるのは初めての経験だ。次の肥前大浦まで距離が長いこともあるし、817系は振子車両ではないだけに途中の駅まで逃げ切れなかった。

肥前大浦で885系のエル特急〈かもめ35号〉長崎行きと行き違い、多良で乗車率は少し回復。少々暗くなった肥前飯田では783系のエル特急〈かもめ37号〉長崎行き、肥前竜王では885系のエル特急〈かもめ39号〉長崎行きと行き違う。肥前山口までの長崎本線はまさに「♪かもめの水平さん♪」という童謡の歌詞を思い出すほどの“かもめ街道”である。

19時05分に肥前山口を発車すると、今度は自動放送の不具合が発生。牛津到着までには回復したものの、817系第22編成は両替機が故障、ドアの化粧板は高硬度アートテック(アルミ基板に特殊塗装印刷したもの)のパールアルミ色がはがれるなど、ボロボロである。

佐賀で大量乗車があり、たちまち立客が発生。停車中、783系のエル特急〈かもめ40号・みどり26号〉博多行きを先に通した。

19時49分、終点鳥栖2番のりばに到着したが、いつのまにか私は寝てしまい、駅員に起こされる不覚をとったが、1番のりばから20時02分に発車する準快速(折尾から快速)小倉行き(クモハ810-111)には間に合った。ちなみにエル特急〈みどり25号〉佐世保行きは5分ほど遅れて鳥栖に到着したが、前日も鹿児島本線は遅れており、ダイヤの遅延はしょっちゅうある印象を受ける。

南福岡で8分停車し、貨物列車とエル特急〈有明30号〉博多行きの通過待ち。次の停車駅は博多だというのに、なぜ先に着けないのだろう?

さて、乗車した811系は一部の車両に「自由席」の案内表示があった。手で動かせば「指定席」に変えることができるのだろう。

準快速(折尾から快速)小倉行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
博多なしクモハ810-111なし
 なしモ ハ811-111なし
 なしサ ハ811-111なし
 なしク ハ810-111なし
 なしクモハ810-16なし
 なしモ ハ811-16なし
 なしサ ハ811-16自由席
鳥栖なしク ハ810-16自由席

20時41分、博多1番のりばに到着。向かいの2番のりばでは787系デラックスグリーン車連結の特急〈きらめき2号〉門司港行きが、まもなく発車しようとしていた。ちなみに特急〈きらめき〉はかつて、米原-金沢間の“速達型”として、JR西日本で運行していたが、〈つばめ〉をよみがえらせた実績からか、JR九州が再生した。もしかしたら、北陸新幹線東京-金沢間の愛称は〈かがやき〉になるのかもしれない。新大阪-鹿児島中央間の愛称で使うことも考えられるけど…

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2007年の汽車旅4-3 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

門司で鹿児島本線の快速荒木行き(クハ812-1101)に乗り換え。9両編成で、オール813系である見当はついていたが、前後3両は813系1100番台である。

813系1100番台は2007年に登場したもので、デカいLEDが特長。JR九州の近郊形車両は今後、デカいLEDが標準装備される気配だ。

今までの813系シリーズは側面に種別幕はあっても、先頭車のフェイスにはなく、行先表示だけなのが難点だったが、813系1100番台はデカいLEDを生かし、ちゃんと表示されるのはいいとしても、オレンジ1色なのは単調である。フルカラーLEDが普及している今だから、単調さが際立つのである。

側面の方向LEDはもっとデカく、停車中は3パターンを表示。パターンによっては路線バスに乗るかのような表示ぶりで、インパクトは強烈だ。そのため、方向LEDがある部分の窓は小さめになっている。

813系は平成6年(1994年)に入団。JR西日本223系と同期になるが、13年も増備を続けるとは想像もしていなかった。

813系は2・3両編成で登場。ド派手な車内は衝撃的だったが、2両編成はやがて中間車1両を増結して、鹿児島本線を中心に活躍するようになった。ちなみに当初は“快速811系、普通電車813系”という位置づけだったという(1998年に運転士から聞いた)。

ド派手な車内がウリだったが、813系1100番台ではおとなしめの内装で、インパクトは薄いものの、その分、明るくなった。しかし、走行中、窓がバタバタすることと、座席と窓の位置が合わない部分があることは入団当初から変わらない欠点である。また、813系1100番台は窓の3分の2をサングラス化にして、カーテンをカットしている。

快速荒木行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
鳥栖なしク ハ812-1101なし
 なしモ ハ813-1101なし
 なしク ハ813-1101なし
 なしクモハ813-104なし
 なしサ ハ813-104なし
 なしク ハ813-104なし
 なしク ハ812-1102なし
 なしモ ハ813-1102なし
門司なしク ハ813-1102なし

海老津で遅れているエル特急〈にちりんシーガイア18号〉博多行きの通過待ち。この影響で鹿児島本線のダイヤは乱れだし、赤間で813系の普通電車二日市行きに接続。古賀ではエル特急〈ソニック48号〉博多行きの通過待ちをした。


博多到着は定刻より6分遅れの20時33分。前夜に東京を発車してから、21時間23分が経過。あわただしく発車すると、南福岡でエル特急〈みどり27号〉佐世保行きの通過待ちにあう。

二日市はノロノロ運転で到着し、上りの普通電車門司港行きは前3両、813系1100番台だった。 21時07分、定刻より13分遅れて鳥栖5番のりばに到着。発車したのは5分後の21時12分だった。



2番のりばへまわり、長崎本線の普通電車肥前山口行き(クハ411-330:ロングシート改造車。復刻カラー)に乗り換え。



415系鋼製車は国鉄時代、現在の白をベースに青い帯を巻く塗装に変えているため、赤系の色は復刻版である。したがって、ここでは「国鉄色」ではなく、「復刻カラー」と呼ぼう。ただ、せっかくの復刻カラーなのにロングシートはいかがなものか。

まさか415系復刻カラーが残っているとは思っていなかったが、長崎本線で遭遇するとも思っていなかった。長崎本線の普通電車は817系が主力になっているからである。

鹿児島本線の遅れの影響で、定刻より3分遅れの21時22分に発車。中原(Nakabaru)では885系のエル特急〈かもめ47号〉長崎行きの通過待ち。停車中、ガが“無賃乗車”をした。

普通電車肥前山口行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
佐賀なしクハ411-330ロングシート改造車。復刻カラー
 なしモハ414-15ロングシート改造車。復刻カラー
 なしモハ415-15ロングシート改造車。復刻カラー
鳥栖なしクハ411-329ロングシート改造車。復刻カラー

吉野ヶ里公園では寝台特急〈あかつき〉京都行きに遭遇し、21時52分、佐賀2番のりばに到着。ここで下車し、一夜を明かす。

★備考

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2007年の汽車旅4-2 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。



相生で普通電車三原行き(クモハ115-1544:体質改善車)に乗り換え。たった3両の車内は満員御礼で、10時29分に発車。雨が降り出し、横殴りが激しいものの、有年(Une)を過ぎて、しばらくたつとやんだ。

普通電車三原行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山なしク ハ115-1233体質改善車。弱冷車
 なしモ ハ114-1192体質改善車
姫路なしクモハ115-1544体質改善車



さて、新快速は1時間1本、播州赤穂に乗り入れることになったため、日中の岡山方面の普通電車は相生で折り返すことになった。今まで姫路発着だったため、直通電車がないことに不便を感じているのである。上郡を利用する人々は特に感じており、“昔のダイヤの復活”を求めている。



岡山県へ入り、三石でスカッと晴れた。雨は一滴も落ちていなかったが、先へ進むと、雲が黒く、再び横殴りの雨に。吉永を発車して、しばらくたつと、またやんだ。



すっかり残暑の快晴となり、11時31分、岡山5番のりばに到着。電車を降りると、ムチャクチャ蒸し暑く、ヒートアイランドと熱中症対策のため、モイスチャーミストを噴射しているものの、冷房の代用にならない。

下車すると、岡山駅もすっかり様変わりしており、9月1日(土曜日)から岡山・広島地区もICOCAが利用できるようになった。今まで有人開設だった中国地方も自動改札の波が押し寄せたのである(山陽新幹線は以前から設置)。

  

ただ、岡山・広島地区の自動改札はアーバンネットワークのような「Jスルー」という愛称はなく、バーのない現代の主流タイプを採用した。つまり、アーバンネットワークは自動改札の設置が早かったぶん、型が古いのだ(と言っても、アーバンネットワークの自動改札導入はJR東日本より遅かった)。  

そして、岡山駅の発車案内表示は普通が「各駅停車」に変わり、わかりやすくなった。関西の私鉄でも各駅停車というのに、アーバンネットワークはいまだに「普通電車」である。ものすごく違和感があるので、私は何度かJR西日本に要望しているのだが、「定着している」を理由に聞き入れてくれない。“都会は各駅停車、地方は普通列車”というのが一般的なようで、岡山駅の「各駅停車」表示は“ここは田舎ではない。都市だ!!”ということを言いたいのかもしれない。

さて、岡山・広島地区で使えるICOCAエリアは次の通りである。  

①山陽本線…和気(Wake)-南岩国間  

②赤穂線…長船(Osafune)-東岡山間

③津山線…岡山-法界院間

④宇野線…岡山-茶屋町間

⑤本四備讃線…茶屋町-児島間

⑥吉備線全線

⑦伯備線…倉敷-備中高梁(Bicchu-Takahashi)間

⑧福塩線…福山-神辺(Kan-nabe)間

⑨呉線全線

⑩芸備線…広島-狩留家(Karuga)間

⑪可部線全線

なお、アーバンネットワーク、PiTaPaエリア、Suicaエリアでも使えるが、PASMOエリアは使えない。また、SuicaはICOCAと鉄道利用のみ共通利用ができる。つまり、岡山、新倉敷、三原、広島の券売機でSuicaを投入すれば、新幹線の自由席特急券も買えるので、こまめにチャージすれば緊急時に役立つケースもありうる。



岡山駅前郵便局、岡山寿郵便局で旅行貯金したあと、6番のりばへ。山陽本線の各駅停車(西条-岩国間は快速〈シティライナー〉)新山口行き(クハ115-1080:体質改善車。弱冷車。広島-徳山間は女性車掌乗務)へ。5番のりばに快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカーが入線するが、ホームはどちらも国鉄電車の象徴である抵抗制御の排熱も重なり、暑さはかなりヒートアップ。

12時13分、快速〈マリンライナー29号〉高松行きと同時に発車。JR四国5000系とJR西日本223系5000番台をつないだ共同運行だが、213系時代では通常6両運行の場合、自由席は4両でこれは2代目車両になっても変わりなかったが、2ドアから3ドアに変更され、座席定員が減ったということもあるのだろうか、坐れないという苦情が多かったらしく、223系5000番台を3両化。新製か網干総合車両所から8両編成の一部を脱車して6両編成化したのかどうかはわからないが、増結した中間車はなぜか223系2000番台である。

各駅停車(西条-岩国間は快速〈シティライナー〉)
                       新山口行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
新山口なしクハ115-1080体質改善車。弱冷車
 なしモハ114-1203体質改善車
 なしモハ115-1119体質改善車
岡山なしクハ115-1155体質改善車

弱冷車に乗っているものの、普通の冷房車と変わりないような気がするが、岡山のホームのうだるような暑さから開放され、気分は晴れ晴れとする。

西阿知(West Achi)-倉敷間で山陽新幹線0系の〈こだま642号〉新大阪行きとすれ違う。N700系投入に伴いフォーエヴァーというウワサを蹴散らし、7月1日(日曜日)以降も走り続けているが、JR西日本色になってからは“恐竜の化石が走っている”印象を受ける。500系や700系7000番台はあのカラーでいいが、0系と100系を塗り替えたのは少々ムリがありそう。しかし、概念を取っ払う姿勢はいい。



金光(Konkoh)でスカイブルー103系の各駅停車岡山行きに遭遇。最近まで阪和線にいたような雰囲気がある車両だが、のちに時刻表を調べたところ、なんと三原始発である。トイレがない車両で89.9キロも走るとは乗ったお客はコクな気分であろう。岡山地区で103系を走らせるならば、宇野線が適役ではないだろうか。



笠岡で快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカーと待ち合わせ。117系は今まで体質改善工事を行なっておらず、入団から28年がたっているので、なにもしない可能性が高い。

さて、私は進行方向右側の4列目に坐っている。転換クロスシートを装備した113系・115系体質改善車は4列目がベストポディションなのだ。これは、1・2列目は知らない人と対面しなければならず、3列目は座席と窓の位置が合わない。5列目は固定座席のため、居住性が少し劣るからである。始発駅から乗る場合、まず“4列目の進行方向右側”を狙う。ただ、この電車の場合、進行方向左側のほうがいいのだが、先手を取られてしまった。と言うより、暑くてそういう意識がなかったほうが正しい。



福山では山陽新幹線高架橋の耐震補強工事を行なうも、コンクリートはサビついている。また、在来線高架橋も防音工事を施工している模様。

東尾道を発車すると、瀬戸内海オーシャンショー。尾道の海は本州で1番綺麗である。 瀬戸内海オーシャンショーが終わり、三原からは山間部へ。カーブと勾配が多く、スピードはあがらない。



本郷-河内(Kohchi)間は空港大橋を建設中だが、工事は思ったほど進んでいない。あんなところに建てているのだから、慎重にならざるを得ないけど、餘部鉄橋みたいに架け替え工事ができないものとにらむ。

西条から快速〈シティライナー〉(岩国から普通電車)新山口行きとなり、広島でドーッと乗り込み、宮島口-岩国間は快速らしい走りっぷりだった。

9287973.jpg

岩国でクハ115-622、“屋根だけ体質改善車”に遭遇。発車すると、西日がキツくなり、進行方向左側は再び瀬戸内海オーシャンショー。山陽本線の魅力だが、昼夜問わず、海に注目してしまう。

由宇(Yu-u)は郵便局が近いものの、コンビニのローソンは8キロ先だが、近くにセブンイレブンがある。ドライバーは「8㎞先」を見て、運転していたら、すぐ近くに別のコンビニがあるのだから、困惑するだろう。

西日がまたキツくなり、弱冷車は適温。いつのまにか瀬戸内海オーシャンショーが終わり、山間部へと入る。車内は静かで、こっちはボーッと車窓を眺めているだけである。

9287975.jpg
 
光は上下線のホームがちょっと離れており、山口県内の山陽本線の駅はなにか郷愁を漂わせるものを感じる。改札も“昔ながら”のもので、お客と駅員のふれあいを物語るような庶民的なつくりである。

岩徳線(Gantoku Line)に合流し、櫛ヶ浜(Kushigahama)に到着。普通列車徳山行きワンマンカーを待たせて、先に発車し、16時45分、徳山4番のりばに到着。5分停車中に岩徳線の気動車が3番のりばに到着し、同一ホームでの接続をした。

16時50分に徳山を発車すると、西日はキツくなくなり、再び雲が多くなる。

戸田(Heta)-富海(Tonomi)間で車内検札。岡山から乗っている私を含めた男性4人はすべて、青春18きっぷ客だった。

防府(Hohfu)を発車すると、佐波川を渡り、ボーッとしている私は気合いを入れる。岡山から5時間以上も乗っているのだ。そのうち眠って、次の普通電車下関行きに乗り遅れるワケにはいかない。そして、四辻を発車すると、この日、3回目の雨に見舞われる。

9287976.jpg

17時32分、終点新山口6番のりばに到着。7番のりばの普通電車下関行き(クハ115-3003:体質改善車。弱冷車。2ドア車)に乗り換え、17時33分に発車。これで大垣-下関間は転換クロスシートを装備した車両に乗ったことになる。できれば大垣-下関間、転換クロスシートに坐り続けたかったけどね。

普通電車下関行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
下関なしクハ115-3003体質改善車。弱冷車。2ドア車
 なしモハ114-3003体質改善車。2ドア車
 なしモハ115-3003体質改善車。2ドア車
新山口なしクハ115-3103体質改善車。2ドア車

新山口を発車しても、雨は激しかったが、本由良-厚東(Kotoh)間でやんだ。

9288093.jpg

厚東は山陽新幹線高架橋に「防音」のカバーが。山陽新幹線の高架橋補強工事はまだまだ続く。

9288095.jpg

厚狭を発車すると、夕焼けが見えた。関東地方なら、もう日が暮れている頃で、小月(Ozuki)-長府間でおてんとうさんは沈んだ。

9288097.jpg

長府で117系300番台の普通電車小月行きに遭遇。車両は宮原電車区所属となっているが、方向幕は交換されたように思えるものの、種別幕はマッシロ!! 仮に221系や223系シリーズが移籍したら、このような状況になることは確かだろう。

新下関を発車すると、進行方向右側にはボロボロの0系4両編成がまだいる。もう山陽新幹線を走ることはないが、ここに留置する理由がわからないものの、あるうちは山陽本線の名物車窓にもなるだろう。

18時39分、終点下関6番のりばに到着した。

9288102.jpg

下関は自動改札だが、ICOCA非対応。その代わり、扉はフグのイラストがあり、観光地であることをアピールしているかのようだ。また、ホームの階段付近にLCDをつける予算がないのか、モニターを設置しており、カメラで撮影している列車の発車時刻を表示していた。

9288104.jpg
 
下車して、晩メシ購入後、いよいよJR九州の普通電車小倉行き(クハ411-107)へ。JR九州の415系はロングシート改造車が主体となっているが、この日は幸運にもセミクロスシート(ボックスシート&ロングシート)だった。

9288106.jpg
9288108.jpg

6番のりばに117系300番台の普通電車が到着し、接続をとり、18時57分に発車。車掌はかなりの早口である。

すっかり暗くなり、19時01分、関門トンネルへ。JR九州は弱冷房車(関西では「弱冷車」)がないため、空調はけっこう効いている。

普通電車小倉行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
門司なしクハ411-207なし
 なしモハ414-107なし
 なしモハ415-107なし
下関なしクハ411-107なし

19時04分、関門トンネルを抜け、車内の照明が一旦切れて、交流電化に変わるが、電流切り替え中、進行方向右側の寝台特急〈はやぶさ〉東京行きを抜き、一瞬あわてるが、門司のホームでは寝台特急〈富士〉東京行きが待っていた。客車の難点で、連結する際は先に到着した列車が一旦、別の場所へ移動するため、まるで軟禁のような状態にある。

なにはともあれ、九州入りして19時05分、門司に到着した。

9288111.jpg

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2007年の汽車旅3-最終回 [汽車旅2007]

 オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

大阪駅の改良工事は進んでおり、画像は新しくなった9・10番のりばである。ちなみに旧9~11番のりばは閉鎖され、レールも途切れている。新しい9・10番のりばはホーム幅を拡張しており、その部分は仮設され、下にはレールがあるのだから、線路切り替え工事を何度も積み重ねたのだろう。

大阪駅の改良工事、223系2000番台や321系の増備は進んでいるが、2005年4月25日(月曜日)に発生した福知山線脱線事故の遺族への補償が進んでおらず、“エンターテイメント優先主義”なのは疑問。補償問題を完全に解決してから、大阪駅の改良工事や車両の増備を再開すべきではないのか。優先順位を逆にしているJR西日本の姿勢に憤りを覚える。

ホームが新しくなり、ホームの足元を見ていると、乗車位置がよりわかりやすくなった。新快速は白三角、快速はオレンジの上矢印、各駅停車は白丸となっているが、それだけ運転士の停めるテクニックは相当なプレッシャーがかかると言ってもよさそうなもの。関東地方では東武鉄道伊勢崎線の3階ホーム6・7番線が相互直通運転をしている東京地下鉄(東京メトロ)日比谷線の「始発」と「直通(東武鉄道伊勢崎線からの直通電車)」で乗車位置を分けているが、6番線はそれに加えて「次の始発」がある。これは始発電車が発車すると、お客は暗黙の了解で「始発」の乗車位置に移動するものである。

さて、私は東海道本線13時00分発の新快速米原方面長浜行き(12号車クモハ223-3001)へ。快速は223系2000番台の出番が多く、221系の運用が減少しているのは残念である。以前なら6分前に発車する221系の快速(高槻から普通電車)京都方面米原行きを利用していた。

吹田を通過すると、進行方向右側には吹田工場があり、快速〈マリンライナー〉の初代グリーン車として活躍したクロ212が留置されている。

213系は“国鉄最後の新型車両”として知られているが、ステンレス車体なのにグリーン車は鋼製というのは違和感があった。なぜ、ステンレス車体にしなかったのかは疑問だが、鋼製車体の柔らかな部分は翌年(1989年)入団の221系につながっている。鋼製とアルミは柔らかなデザインにすることはできるものの、ステンレス車体は“お硬い”印象を持つ。そのため、一部の車両はフェイスだけ鋼製にしていることが多い。

高槻を発車すると、進行方向左側に広大な留置線がある。かつては高槻電車区だったが、所属車両は1両もなく、高槻発着が多いことなどから留置線として機能している。

そこにはスカイブルーの201系が2編成が休んでいるが、おそらく2007年3月17日(土曜日)をもって、走り慣れた東海道本線・山陽本線の各駅停車運用から離脱し、体質改善工事の呼び出しを心待ちにしているのだろう。大阪環状線、関西本線のどちらかに移籍するものと思われるが、“まだまだ”活躍してもらいたいものである。

彦根で熟年ハイキング軍団がドバーッと乗り込み、14時21分、米原6番のりばに到着。気がついたら、隣りの7番のりばではハイキング軍団が長蛇の列を作っていた。

7番のりばでは14時44分発、JR東海117系シリーズの普通電車大垣行き(クハ117-107)が入線。1両だけ連結の117系100番台乗車にニンマリするが、その後、ハイキング軍団は223系2000番台の普通電車にも乗っており、“第2波”も乗り換えたため、車内は立客の数が増えてゆく。

関ケ原で小規模なハイキング軍団が乗り、15時18分、終点大垣に到着するが、けっこう殺気立つ。エレベーターは重量オーバーでブザーが鳴り響いているのに、気づかぬ者が多い。また、エスカレーターは急いでいるのに左右どちらとも立ち止まったまま。デパートじゃないんだから、右側にいる人はちゃんと歩いて欲しい。ちなみに社団法人日本エレベーター協会によると、エスカレーターの歩行はあぶないらしく、『トリビアの泉』でも紹介されたことがある。

1番線にまわり、15時25分発の特別快速豊橋行き(クモハ313-5009)に乗り換え。なんで、毎回階段乗り換えなのかが理解できぬ。同一ホームで乗り換えられるようにできないものか。

名古屋で半分ほど入れ替わっても、盛況ぶりは変わらず。日中は8両編成化してもよさそうな感じである。

大府を通過してから、蒲郡までウトウト。新快速米原方面長浜行きでも京都-近江八幡間で寝ており、前日のハードな乗り継ぎがたたっているような状況で、少しずつ体調も悪くなっていた。ちなみに翌日、診察を受けたら風邪で38度近くの高熱に見舞われていたが、クスリで体調不良を撃退した。

お客の数も減り、飯田線に合流すると、スピードは落ちてゆき、16時49分、終点豊橋5番線に到着。こちらも“同一ホーム乗り換えはできないのか!!”と殺気立って8番線にまわり、16時53分発の普通電車浜松行き(クハ117-27:セミクロスシート改造車)に乗り換え。なんと本日2度目の117系シリーズである。

平成11年(1999年)に313系が入団してからはラッシュ時のみの出番に縮小されていたが、2006年10月1日(土曜日)のダイヤ改正で、米原-大垣間の普通電車で昼間の運行が復活。2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正では豊橋-浜松間でも昼間の運行が復活したようだ。車両基地に長くいるぶん、20数年たってもボディーに傷みはない。

乗車車両は乗務員室寄りと車端部はロングシートに改造されたが、それ以外はオリジナルを保っている。JR西日本117系300番台は扉付近にロングシートを設け、転換クロスシートの数を多く減らしたため、駄作であるが、JR東海は車両のリニューアルをほとんどしないせいか、最小限にとどめたようである。

さて、2ドア117系シリーズの鬼門といえる新居町へ。いつもは浜名湖競艇のオヤジたちがわんさか乗ってくるが、この日は少なかった。

高塚-浜松間では進行方向左側に戦力外となった113系シリーズが留置。あとはスクラップされるのを待つだけのようである。

17時27分、終点浜松1番線に到着し、向かいの2番線から17時30分発の普通電車富士行き(クモハ313-2504:ロングシート)に乗り換え。やっと同一ホームで乗り換えることができ、先頭車と2両目は空席が多かった。

「お手洗い、中ほど3号車です」

と車掌が案内するものの、この電車には号車札がない。

313系2000番台は前回、豊橋発静岡行きの普通電車で利用しており、坐り心地はいいものの、気になるのは床とロングシートの高さがなく、キュークツであることや、ドア寄りにある袖仕切りが小さく、ラッシュ時はそこへもたれることの多い私は気をつかうだろう。JR東日本の通勤形車両みたいに大型化して欲しい。また、デザインを優先するあまり、カサがひっかけにくく、ドア寄りの握り棒にやってしまいそうだ(画像は前回乗車時に撮影)。特にJR西日本321系はひっかけられないだろう。この点に関してはJR東日本に軍配が上がる(車両のグレードは低いけど)。

普通電車富士行きの前3両は313系2000番台、うしろ2両は211系5000・6000番台であるせいか、前者のドア上にある情報案内装置は作動しない。

しばらくは空席の状態が続いたが、島田からは増加の傾向にあるものの、ロングシートが埋まることはなかった。

日が完全に暮れ、18時41分、静岡1番線に到着した。

下車して晩メシ購入後、ホームの東京寄りにある留置線では373系の姿があった。特急〈(ワイドビュー)東海〉がフォーエヴァーとなり、スタンバイする余裕ができたのだろう。以前、特急〈(ワイドビュー)東海3号〉静岡行きの遅れで、普通電車東京行きの発車時刻が遅れ、やむなく1本前の普通電車熱海行きに乗らざる得なかったケースがある。

19時14分発、313系2000番台の普通電車浜松行きがまもなく発車するも、113系シリーズの慣れなのか、車内の中ほどにお客が入らず、ドア付近に集中。静岡地区の313系シリーズをロングシート化したのも、そういう流れを断ち切りたかったのではないだろうか?

発車後、4番線に留置線でスタンバっていた373系6両編成が入線。回送の表示だが、思っていたことがハズレてガッカリ。

いつのまにか4番線から373系の回送が消え、1番線にいつも通りのスタイルで、19時35発、373系の普通電車東京行き(7号車自由席クハ372-4)が入線したが、うしろは長蛇の列。この日はJリーグの清水エスパルスの試合があり、そういうことが影響したのかどうかはわからないが、始発から満員御礼。いつもなら列は埋まっても、通路側に空席があるパターンなのだが…(特にデッキはあふれていた)

案の定、清水で車内は落ち着き、いつも通りの様子となるが、丹那トンネル内でいつも車内の情報案内装置に出てくる「JR東海からのお知らせ」は流れなかった。一時、「次は熱海」が消えたので、特急〈(ワイドビュー)東海〉に代わる新しい宣伝でも流すのかなと思ったが、再度点灯しただけだった。また、JR東日本の戸塚-横浜間でも「JR東海からのお知らせ」は流れなかった。

22時43分、終点東京7番線に到着。ドアが閉まると一旦、神田方の留置線へ向かうが、快速〈ムーンライトながら〉大垣行きのダイヤ変更による東京滞在時間が短くなったため、ゆとりが失われているような気がする。もし、373系の普通電車東京行きが遅れた場合は車内の整備をしている時間が縮小、あるいはなくなるからである。また、ダイヤ改正以前だが、過去にも373系の普通電車東京行きは大幅な遅れで、大船や品川で運転を打ち切り、快速〈ムーンライトながら〉大垣行きとして折り返したことがある。できることなら普通電車ではなく、快速〈アクティー〉に格上げして、東京滞在時間を確保したほうがいいように思える。“早く帰宅したい”という当方の願いもあるが…

★備考

①住吉急行電鉄の日報「大阪駅新9・10番ホーム」はこちらにクリック!!

②住吉急行電鉄の日報「大阪駅旧9・10番ホームのその後」はこちらにクリック!!

③社団法人日本エレベーター協会のホームページはこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「117系JR東海」はこちらにクリック!!

⑤フリー百科事典『Wikipedia「国鉄117系電車」』はこちらにクリック!!

⑥フリー百科事典『Wikipedia「JR東海313系電車」』はこちらにクリック!!

⑦東京-大阪 単身赴任 旅物語「超快適! 月曜昼間の移動」はこちらにクリック!!(大阪9・10番のりばの記述がございます)

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2007年の汽車旅3-4 [汽車旅2007]

2007年4月8日(日曜日)0時02分、快速(明石から普通電車)姫路行きは三ノ宮に到着。下車して、一夜を明かす。

夜が明け、8時35分発の新快速米原方面長浜行き(①三ノ宮-芦屋間は6号車モハ223-2006:弱冷車②芦屋-尼崎間は2号車モハ223-2164)へ。日曜日だが、平日のラッシュと遜色がないほどの利用率である。

芦屋で207系シリーズの各駅停車JR東西線経由松井山手行きに接続。そのあと、立花を通過して、ペースダウンしてからは空席が目立つ321系の各駅停車高槻行きに追いつき、同時到着するものの、接続するのは次の大阪。尼崎は新快速と各駅停車の停まるホームが違うからで、目の前に停まっているJR東西線の快速木津行きに乗り換えるのは相当なダッシュをしない限り、無理である。新快速の尼崎停車はJR東西線に乗り換えるお客への便宜的な停車だが、のちにエル特急〈北近畿〉も停まるようになった。ちなみに尼崎のホームにある時刻表だが、8時台のみ2段表示で、2005年4月25日(月曜日)に発生した福知山線脱線事故で指摘された過密ダイヤを物語る。また、休日ダイヤの8時台は2段目が空欄となっており、慣れていないと“8時台の休日ダイヤは電車が走っていない?!”とカン違いしそうである。

5・6番のりばにまわり、6番のりばでは321系の各駅停車京都行きが到着(福知山線からやって来た電車)。ほどなくして、5番のりばに芦屋で見た各駅停車松井山手行き(サハ207-1008:女性車掌乗務)が到着。各駅停車京都行きに乗り換えるお客が圧倒的に多く、先に発車。そのあと、ワンテンポ遅れて8時59分、 各駅停車松井山手行きも発車。神崎川を渡ると、地下に入り、加島に到着した。

JR東西線は平成10年(1998年)4月4日(土曜日)以来、9年ぶり2回目の利用。構想当初は“片福連絡線”と言われていたが、JR東西線という路線名になった。JR西日本は「JR」をつけるのがお好きなようである。

海老江は阪神電気鉄道本線[野田駅]と大阪市交通局(大阪市営地下鉄)千日前線[野田阪神駅]乗り換え駅だが、なぜか駅名は歩調を合わせておらず、北新地は大阪駅と徒歩で直結しているものの、普通に東海道本線を利用して尼崎へ行けばいいため、遠回りになるなど、今回の利用も空席が主体である。

大阪天満宮に到着し、下車するものの、大阪市営地下鉄谷町線・堺筋線乗り換え駅なのに、なぜか駅名を南森町に合わせていない。ホームの駅名板には地下鉄乗り換え駅をアピールしているため、地元の利用客は混乱することもなく、JR東西線から大阪市営地下鉄に乗り換えるお客も多かった。

大阪天満宮で下車したのは桜の名所、造幣局へ向かうため。たまには“日本の鉄道完全制覇”という野望でもあり、みずから束縛している呪文(?!)から開放したい。普段、車窓以外は風景画像を載せない主義だが、今回は特別にワンショットを公開しまひょ。

デジカメやケータイのカメラで撮影する人が多く、花びらはマクロ撮影が使える数少ない場でもある。

造幣局の桜を満喫し、鉄道は使わず京橋へ向かう。途中、JR東西線大阪城北詰駅があり、その近くには雑草の広大とは言えないが、空き地がある。近くにはJR東西線の電車が地下へもぐろうとしている。

この場所は私の推測だが、片町線片町駅跡地であろう。残念ながら片町線は京橋-片町間を利用することがないまま、JR東西線が開業し、1区間だけフォーエヴァーとなった。ちなみに大阪城北詰駅は片町駅を移転したようなものである。

「間違えていたらごめんなさい」ということで、廃線跡と仮定しての記述になるが、京橋-片町間がなくなったあと、一部の土地は仮設駐車場となっていたものの、2007年3月31日(土曜日)でフォーエヴァー。その先には西日本旅客鉄道京橋電車区(京橋車掌区)がある。

京橋駅に到着し、大阪環状線へ。103系体質改善車の各駅停車大阪・西九条方面行きが到着するものの、乗らない。次の電車は各駅停車(大阪から大和路快速)奈良方面加茂行きだからであるが、大阪環状線のオレンジ電車は201系体質改善車に統一するものかと思いきや、103系も続投。JR西日本の103系は高運転台タイプが意外と少なく、低い運転台タイプは古くささを感じる。

反対側のホームには201系体質改善車の各駅停車鶴橋・天王寺方面行きが到着。こちらも撮影し、オレンジ201系の本家、JR東日本と“共演”させてみよう(画像上段はJR東日本、画像下段はJR西日本)。


11時55分発の各駅停車(大阪から大和路快速)奈良方面加茂行き(1号車クハ221-62:弱冷車)に乗り、大阪1番のりばに着いた。種別幕は普通から大和路快速に変えて、快走する。

★備考

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★お知らせ

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2007年の汽車旅3-3 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

JR西日本関西本線JR難波からなんばウォーク経由で徒歩6分、大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線[なんば駅(M20)]に乗り換え。ホームに着いた時、10系リニューアル車(第6編成)の千里中央行きが発車した。運が悪い時は天敵21系が続くのがパターンとなっており、その通りの展開となってしまう(JR難波より、天王寺で乗り換えたほうが早い)。

関西の旅になると車両にこだわることが多く、大阪市営地下鉄だと“新20系”は第3軌条各線に投入しているため、御堂筋線は10系、中央線は20系にこだわるが、谷町線は30系が専用で残っているものの、こだわっていない。昔、30系は第3軌条各線に投入されていたためであろう(意外にも谷町線で22系に乗ったことはない)。また、JR西日本だと223系1000・2000番台の快速や普通電車に乗ることをちゅうちょすることがある。新快速は迷わずに乗るが、個人的にアーバンネットワークのエースは221系で、魅力は223系シリーズよりも断然上だからである。

中津行きは21系で、次の千里中央行きは北大阪急行電鉄(次からは「北急」と略す)8000系“ポールスター号”だが、基本的に御堂筋線を1日2回以上、利用する時しか乗らないことにしているため、残念だけどパス。後続の新大阪行き(10号車1115:リニューアル車)に乗り、17時34分に発車する。

梅田(M16)で立客はいなくなり、中津を発車して地上にあがると、空はグレーになっていた。この日はあいにくの雨で、もうおてんとうさまは沈んだことであろう。ネオンが輝きを魅せている。

「この電車は次の新大阪までです」

「終点」という言葉を使わない“独特の手法”で新大阪(M13)に到着。今回は2001年10月以来となる新大阪以北の乗車をするため、一旦待つ。

いったい、何分待ったのかは忘れたが、ようやく10系の千里中央行き(10号車1104)が到着。なんと、関西のレールファンが撮影のターゲットにしている10系第4編成である。

10系第4編成の利用は2002年4月7日(日曜日)以来となるが、先頭10号車のフェイスは白と赤の部分がボロボロ。このままの状態で走らせる姿勢に怒りを感じる。常に綺麗な状態でお客様を迎えるべきではないのか(下の画像は2002年4月7日に利用した10系第4編成)。

 

「ハァーン」

ドアが閉まり、電気笛のタイフォンが鳴り響く。10系増備の末期やリニューアル車はタイフォンを空気笛に変えているため、しっくりこないが、電気笛の雄たけび高らかに18時03分に発車した。

御堂筋線の地上区間は高速道路のように思えるが、実は一般道路の新御堂筋を両サイドと並走しているものの、高架を一段高く登り、留置線に止まっている10系ラストナンバー車を見下ろしながら走る。新大阪から先になると、御堂筋線は1段高く走っているような感じである。

すぐ先にある東三国(M12)で10号車はたちまちガラガラとなり、座席をGET。増備の末期からシートモケットはオレンジっぽい感じだったが、平成の世になってから着席区分をつけた以外はオリジナルの金茶色を堅持しているようだ。

御存知のように10系第4編成はリニューアル車の対象から外れており、オリジナルのまま廃車になるとウワサされている。10系第4編成もリニューアルして、21系ラストナンバー車を2編成に分割。中間車だけとなった4両に先頭車を新製し、谷町線に22系として移籍。経年の高い30系2編成を置き換えたほうがよさそうにも思える。また、10系第4編成は廃車せずに予備車両として残し、万全磐石の運行態勢にすべきだが、かつて、新製から9年しかたっていない30系先頭車をこっぱみじんに斬り捨てた経歴があるため、残念な結果になることが予想される。せめて、浅香中央公園(我孫子検車場跡地)に上屋をつけて、“里帰り”させて欲しいなとも思う。

30系の場合、アルミとステンレスの2種類あったため、混結を嫌ったのであろう。もし、どちらかに統一していたら、9年廃車というのはなかったと思う。

さて、10系は第3軌条車両では初の冷房車で、その功績は国民栄誉賞に匹敵すると思うが、試作車は当初、非冷房車(1977年に1両だけ試験設置された)だったせいか、鉄道友の会ブルーリボン賞orローレル賞などといった受賞歴がないのは残念なところである。

画像を見ればおわかりだと思うが、第3軌条車両はトンネル断面が架線車両に比べてサイズがちょっと小さいため、車端部にある冷房装置は天井が低くなっている。そのためか10系オリジナル車の車端部には照明を1つ増やして暗さを感じさせないようにしているが、リニューアル車では情報案内装置設置のため、撤去。その代わり、明るい化粧板にChangeした。

私が思うにはオリジナルの化粧板は昭和50年代(1975年から1984年まで)の雰囲気が色濃く残る。この当時は暖色系が流行し、国鉄201系も取り入れたが、10系リニューアル車の化粧板は寒色系のような感じである。

江坂(M11)で乗務員が交代して、ここから先は北急南北線へ。北急は2001年10月以来の利用で、しかも乗った車両は10系第4編成であった。

発車時と到着時にタイフォンを鳴らさないのは意外だったが、終点千里中央(M08)まで2回鳴らした。ちなみに北急の自動放送(声は大阪市営地下鉄と同一人物)では「この電車は次の千里中央までです」と言うかと思ったが、「まもなく、終点千里中央」と案内していた。そして、地下へもぐると、『鉄道ダイヤ情報2007年3月号』で掲載していた東西線廃線跡を確認することができた。

平成初期、北急は箕面(Mino-o)まで延伸するウワサがあった。もし、実現していたら千里中央(M08)の次は北千里となり、阪急電鉄(次からは「阪急」と略す)千里線と競合するような展開になっていただろう。そして、箕面となると阪急箕面線・宝塚本線と競合することにもなり、梅田バトルが激化していたのかもしれない。しかし、北急は阪急グループの鉄道で、“共食い”になってしまうことや桃山台付近にある車両基地の容量不足(車両の増備が必要になる)、運賃が安いため(北急は全線乗っても120円で、区間利用は80・110円)、建設費用が捻出できなかったのだろう。北急の箕面延伸構想は消えた。

終点千里中央(M08)に到着。しばらく10系第4編成を眺めたあと、大阪高速鉄道大阪モノレール線(15)へ。こちらも2001年10月以来の利用だが、雨はやんでいた。

大阪モノレール線の千里中央(15)は雰囲気が変わり、10分100円インターネットでおなじみの『@station』の設置や有人改札は女性係員を配置したカウンター方式にリニューアルしていた。

この日、大阪モノレール線は車両故障があり、数分の遅れがあるという。私が乗る門真市行き(1131:ワンマン)は定刻通り、18時35分の発車だが、4両編成の車内は坐れない。また、1000系の30番台は転換クロスシート主体だが、ロングシートに改造。更に一部のドア上にはLCD(液晶モニター)2台による情報案内装置を装備(日本語、英語、韓国語の3か国語表示)。また、東武鉄道50050系と同様、停車中は5秒おきに「ポーン」と鳴り、ドアチャイムは阪急と同じタイプである。

大阪高速鉄道は平成2年(1990年)6月1日(金曜日)、千里中央-南茨木間が開業。このうち、千里中央-万博記念公園間は昭和45年(1970年)以来、20年ぶりに鉄道の運行が復活した。

以前、走っていたのは北急東西線であるが、万国博覧会期間中の限定運行で、なおかつ、阪急千里線と交差しても山田駅は作られなかった。

その後は中国自動車道の延伸に活用され、名神高速や近畿自動車道に直結して、日本の高速道路ネットワークは充実していったのである。ちなみに大阪モノレール線の下だが、外側は新御堂筋と同じ簡易高速道路的な役割を持つ一般道路の中央環状線、内側は中国自動車道となっている(大阪は“簡易高速道路の街”なのかもしれない)。

万博記念公園(17)で国際文化公園都市モノレール線彩都西行き(For Saito-West.2113:ワンマン)に乗り換え。国際文化公園都市モノレール線は平成10年(1998年)10月1日(木曜日)、万博記念公園-阪大病院前間が開業。モノレール初の分岐線ということで話題となったが、国際文化公園都市モノレール線は開業当初から「彩都線」と案内しているものの、車内や駅の放送で「彩都線」を耳にしたことがない。

さて、彩都西行き(ワンマン)は2・3番ホームからの発車となっており、2面3線の構造。乗り換えがしやすい構造になっている。

18時43分に発車し、車窓はすっかり暗くなり、進行方向右側はエキスポランド、進行方向左側は中国自動車道と中央環状線が光を彩る。

公園東口(51)はプロサッカーJリーグ、ガンバ大阪の本拠地である万博競技場の最寄り駅。試合のある日は臨時便も設定されるという。

発車すると、下にはヘンテコな一方通行で、JR西日本大阪環状線のような1周片道道路と並走し、別れると阪大病院前(52)へ。以前はここが終点で、阪大病院には郵便局があり、旅行貯金をしたことがある。

車内は大阪モノレール線とうって変わってガラガラだが、ここから先は2007年3月19日(月曜日)に延伸した区間をゆき、豊川(53)は下車客が多く、需要はあるようだ。

18時51分、終点彩都西(54)1番ホームに到着し、国際文化公園都市モノレール線全線完乗を達成した。

なお、行程の都合により、夜の全線完乗となったが、まだ全通していないことや、いずれ旅行貯金で訪れると見込んで妥協した。

1番ホームは降車専用で、全員の下車を確認すると、その先の留置線に入り、2番ホームからのモノレールが発車してから入線する仕組みになっている。また、新線区間はホームが4両編成分しかないため、停車中の撮影はしづらい。

このあとは万博記念公園行き(1105:ワンマン。夢塗装車)に乗る。1000系の開業初期車で、展望席以外はオールロングシート。阪急グリーンのシートモケットで、梅端本舗(Meitan Honpo)の夢塗装車だった。昼間は目立っても、夜はどうだろうか?

18時56分に発車し、万博記念公園では岡本太郎の名作、太陽の塔がライトアップされ、“春の嵐”と言いたげに花火を打ち上げていた。

終点万博記念公園(17)に到着し、大阪モノレール線の門真市行き(1121:夢塗装車)に乗り換え。今度はりそな銀行の夢塗装車だった。

JR西日本東海道本線茨木駅に近い宇野辺(18)で下車するが、モノレールを降りた時、ホームがモッコリしていることに気づいた。発車後にホームをくまなくみると、1100形と1600形の乗務員室寄りの乗車口は車椅子対応に改良されていた。あのモッコリはホームとモノレールの段差をなくして乗りやすくするための工夫だったのだ。車両の規格が統一されているからできるワザなのだろう。たいていの鉄道は渡り板を使って、段差をなくし、車椅子利用客を乗せている。

茨木駅に到着し、東海道本線へ。EF81 113(トワイライトカラー)で牽引する寝台特急〈日本海3号〉青森行きの通過を見届けたあと、快速(高槻から普通電車)米原行き(①茨木-高槻間は12号車クモハ223-2057②高槻-京都間は5号車クハ222-2057:弱冷車)へ。223系2000番台なのはシャクだが、仕方なく乗り、20時37分に発車。ちなみに高槻で新快速米原行きに乗り換えなかったのは12両すべての車番をチェックし切れなかったためである。221系とは違い、フォントが小さくてなおかつ、サハ223形2000番台が多いのだ。221系のほうがわかりやすくていい。また、221系の普通電車(明石-高槻・京都間は快速)米原行きはなぜか「京都方面米原」と表示している。

21時03分、京都2番のりばに到着し、遅い晩メシをとったあと、京都市交通局(京都市営地下鉄)烏丸線(Karasuma Line.K11)国際会館行きへ。21時43分に発車し、自動放送でも翌日の選挙投票案内を流していた。それも「ななじ(7時)」投票開始というJR西日本の区間快速JR難波行きと変わらぬ案内であった。

烏丸御池(Karasuma-Oike.K08)で東西線(T13)に乗り換えるが、六地蔵行き(ワンマン)は22時04分までなく、待ちくたびれる。地下鉄はほとんど地下を走っているため、昼に乗ろうが夜に乗ろうが、車窓はお決まりになっているので、気にならないものの、乗る時間が遅過ぎるのは己にムチを打って、より多くの路線を全線完乗しようという表れである?!

六地蔵行き(5604:ワンマン)が到着。リニアモーター駆動によるミニ地下鉄ではないが、少々小ぶり。これは車両規格を京阪電気鉄道京津線(Keishin Line)に合わせたものだが、ホームドアを採用しているため、安全性が大幅に向上(その分、撮影しづらい)。また、車両のドアチャイムはザツだが、ホームは琴の音色を採用したチャイムはいい。

御陵(Misasagi.T08)は下車客が多く、ここが京津線の始発駅。東西線の開業により、京津線の一部区間はフォーエヴァーとなっている。

山科(T07)で少し乗車率が回復したが、その後は減り、22時29分、終点六地蔵(T01)2番線に到着。この電車は折り返さず、留置(運転士は「留め置き」と案内)。行先案内では「留置」と「Breth」が交互に点灯していた。

これで東西線を全線完乗し、京都市営地下鉄完全制覇を果たしたかに思えるが、2008年1月の予定で、二条-天神川間が延伸されるため、暫定記録扱いである。

JR西日本奈良線22時39分発の各駅停車京都行き(クハ103-185:弱冷車。リニューアル車)に乗り換え。体質改善車ではない103系だが、JR西日本で103系に乗るのは珍しいことである。“アーバンネットワーク221系主義”の表れかもしれないが、この時間、奈良線は快速系の運行を終えている。

終点京都10番のりばに到着し、急ぎ5番のりばへまわり、普通電車(高槻-明石間は快速)姫路行き(1号車クハ221-69:弱冷車。大阪から女性運転士乗務)に乗り換え。221系なのはラッキーで、22時56分に発車する。

大阪到着前には保線作業員が白いライトを点灯させて、保線工事。大阪の改良工事が進んでいることを物語る光景だ。

大阪で一気に乗り込み、ラッシュのような雰囲気に。尼崎ではJR東西線から福知山線に直通する快速新三田行きに接続をとり、先に発車される。これは立花-甲子園口間の踏切で、クルマが立往生したためで、安全確認のため、2分遅れて尼崎を発車した。

 ★備考

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②住吉急行電鉄の日報「大阪市交10系VVVF車 整備中」はこちらにクリック!!

③住吉急行電鉄の日報「大阪市交通局10系」はこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「浅香中央公園」はこちらにクリック!!

⑤住吉急行電鉄の日報「大阪市交10系第04編成」はこちらにクリック!!

⑥住吉急行電鉄の日報「大阪市交通局10系第25編成 近畿車輛へ」はこちらにクリック!!

⑦住吉急行電鉄の日報「3月8日御堂筋線」はこちらへクリック!!

⑧I TRENI~失われし鉄道車両を求めて~「大阪市交通局10系」はこちらにクリック!!

⑨西ノ宮車輌 仮製作所★管理人、大学受験のため更新停止!「生きてます。」はこちらにクリック!!

⑩フリー百科事典『Wikipedia「大阪市交通局10系電車」』はこちらにクリック!! 

⑪岸田法眼のRailway Blog.「2002年の汽車旅5(大阪市交通局10系スペシャル)」はこちらにクリック!!

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⑬北大阪急行電鉄ホームページはこちらにクリック!!

⑭フリー百科事典『Wikipedia「北大阪急行電鉄」』はこちらにクリック!!

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21.住吉急行電鉄の日報「御堂筋線です」はこちらにクリック!!

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2007年の汽車旅3-2(近畿日本鉄道伊賀線フォーエヴァー) [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

近鉄養老線の終点桑名でJR東海関西本線に乗り換え。電車の運行本数は近鉄名古屋線が圧倒的に多く、単線が多い関西本線では打つ手がないような雰囲気で、増発が難しいため、ラッシュ時は増結でしのいでいる。

3番線に特急〈(ワイドビュー)南紀1号〉紀伊勝浦行きが到着するものの、グリーン車なし。キハ85系に置き換えた当初は1号車にパノラマタイプのグリーン車を連結していたが、利用客が少なく、エル特急〈(ワイドビュー)ひだ〉に転用されてしまった。ちなみに一部の日は特急〈(ワイドビュー)南紀〉もグリーン車を連結しているが、キロ85形ではなく、キロハ84形のような気がする。また、この日の特急〈(ワイドビュー)南紀1号〉紀伊勝浦行きは4両編成だが、1両10人ほどの乗車である。

8時35分発の普通電車亀山行き(クモハ313-3013:ボックスシート&ロングシートのセミクロスシート)へ。313系3000番台6両編成なのはさいわいで、ボックスシートに陣取ることができた。また、隣りの2番線には313系1500番台の普通電車名古屋行きが到着。満員御礼の3両編成だが、転換クロスシートとロングシートのセミクロスシートである。どうやら、313系1500番台は中央本線だけの運用ではないようである。

四日市は第3セクター、伊勢鉄道伊勢線の乗り換え駅。起点は2つ先の河原田だが、全便四日市発着である。その伊勢鉄道は開業20周年を迎えたが、もとは国鉄伊勢線を引き継いだものである。

内部川(Utsube Liver)を渡る直前、大きく減速し、伊勢鉄道と分岐。特急〈(ワイドビュー)南紀2号〉名古屋行きとすれ違う。

311系や313系シリーズで気になるのは車内のLEDによる情報案内装置は「各駅停車」なのに、種別幕と車掌の放送は「普通電車」であること。どちらか1つに統一できないものだろうか? また、停車中、VVVFインバータの放熱が気になり、車窓がゆがんでいた。

加佐登(Kasado)で211系5000番台&213系5000番台の普通電車名古屋行きと行き違い、9時21分、終点亀山1番線に到着。3番線にJR西日本の気動車が止まっており、乗り換えようとするも、回送で車庫に入るという。運賃箱では売上金の回収を行なっていたため、そんな気はしていたが、方向幕は「回送」にして欲しいところだ(キハ120系シリーズの方向幕は手動回転式)。

その頃、1番線では6両編成のうち、うしろ2両を切り離し、10時21分発の普通電車名古屋行きに備える。方向幕の行先表示にも「普通」があり、一瞬ではあるが「普通 普通」というヘンな表示が出てきたものの、残念ながら撮れなかった。

回送が柘植方へ引き上げたあと、ようやく折り返しの普通列車加茂行きワンマンカー(キハ120 11:ロングシート)が到着。2両ともロングシートである(先ほどの回送はボックスシート&ロングシートのキハ120系300番台が1両連結していた)。

213系5000番台の普通電車が到着すると、乗り換え客が多く、たちまち立客が発生。9時56分、定刻通りに発車すると、回送気動車が放牧をしているかのようにウロウロ。落ち着きのない回送である。また、亀山から先も電化されており、先ほどの213系5000番台がパンダグラフを下ろしておやすみの態勢に入った。電化が途切れると、そこはJR西日本の領土と言ってもいいだろう。

関から伊賀上野まで朝寝。伊賀上野付近で目覚めたのは奇跡かつ幸運だが、普通電車亀山行きの乗車時から睡魔が私の体を襲っていた。まれに自宅最寄り駅を寝過ごしで1駅ほど乗り越してしまうこともあるが、終電間際と旅で寝過ごしは命取りになる。

伊賀上野2番のりばに到着し、目覚めたばかりなので無意識に改札のほうへ向かい、下車。眠気を追っ払ってJR西日本の券売機で近鉄の乗車券を購入し、再び改札へ。ちなみに伊賀上野では普通列車亀山行きワンマンカーと行き違いを行なっており、停車時間は長かった。

向かいの1番のりばは電化されており、近鉄伊賀線のりばで、上野市行き(766:ワンマン運転。夢塗装車)が入線した。伊賀上野はJR西日本管理駅ということもあるのか、車止めには近づかず、普通列車加茂行きワンマンカーにも近づけず、控えめな感じであるが、色はド派手!! 忍者を描いた夢塗装となっており、利用客の中にはド肝を抜き、思わず記念撮影する若い女性がいた。ちなみにこの電車は『トリビアの泉』で紹介されたことがある。

10時51分に発車。ワンマンではあるが、車掌が乗務し、早々ときっぷを拝見。私は伊賀神戸(Iga-Kanbe)までの乗車券を持っていたが、そこで下車する気などなく、某駅まで精算してもらう。思った通りの精算額で、精算券はJR東日本の首都圏と同様、自動改札に対応する磁気券だった。

あっというまに終点上野市1番のりばに到着。向かいの2番のりばには伊賀神戸行き(767:ワンマン運転)が発車を待っており、車掌共々乗り換え、11時01分に発車する。残念ながら、忍者の夢塗装車ではないが、一部の窓には“忍者シール”を貼っている。

茅町(Kayamachi)で上野市行き(ワンマン運転)と行き違い。忍者の夢塗装車のブルーバージョンで、かなり大柄の車掌が乗り移るが、運転士がドアを再開閉したため、“駆け込み乗務”をした模様?!

亀山で雨がポツリ降り出したが、丸山で上野市行き(ワンマン運転)と行き違った時はやんだいたように思えたが、また降り出している。

伊賀線はホームと電車のあいだが広く、そのスキマを埋めるため、車体のドア部分はステップが突起物のような感じで目立つ。わかりやすく言えば、JR東日本の“ミニ新幹線車両”で東北新幹線ホームで使われるステップを常時使用の固定化したようなものである。

「この電車はこの駅まででございます」

近鉄は「終点」という言葉を使いたがらないのは大阪市交通局(大阪市営地下鉄)と同じで、なおかつ、自動放送の声も同一人物(女性)のようにも思えるが、11時30分、終点伊賀神戸5番のりばに到着。伊賀線全線完乗を達成した。

なお、伊賀線は2007年秋の予定で、伊賀鉄道に転換する予定となっている。養老線と同様にレールの幅が異なるため、今後は狭軌ローカル線の切り捨てが進むのかもしれないが、できることなら、全車を忍者の夢塗装車にして、“忍電(忍者電車の略称)”という愛称で親しまれて欲しいと願っている。

降りた直後、2番のりばには大阪線の特急京都・難波行きが停車し、1番のりばは特急名古屋行き『アーバンライナーplus』が通過してゆく。近鉄の特急はすべて座席指定制なのに愛称がないのは不思議だ。名阪ノンストップのエースは特急〈アーバンライナー〉、名古屋-賢島間は特急〈パール〉、京都-賢島間は特急〈伊勢志摩ライナー〉、名阪ノンストップではない便を特急〈バッファロー〉と命名したほうがわかりやすいだろう。あとは実現することを願うのみ。

特急京都・難波行き発車後、急行上本町行き(2768:弱冷車)が到着し、11時34分に発車。前から5両目はトイレがついており、その隣りだけボックスシート。ほかはすべてロングシートとなっている。また、化粧板は大理石のようなグレーとなっており、7020系と同様。近年の近鉄通勤車はこれが標準のようである。

榛原(Haibara)まで各駅に停まり、12時11分、桜井に到着。下車して、『Heart-in桜井店』で昼食を購入するも、のちにストローを入れなければならないところ、ワリバシを入れており、あきれた。ちなみに購入したのは菓子パンと紙パックのコーヒーで、旅先の昼食としては“標準的”なものである。

ここからはJR西日本桜井線を利用。12時26分発の普通電車奈良行きワンマンカー(クモハ105-510)へ。和歌山を9時50分に発車したロングラン電車で、近年は利用者の要望が多いのか、トイレがついているものの、そこだけ体質改善車と化している。車内は戸袋窓もあり、体質改善車ではなく、そのような工事も行なわれないだろう。

難読の京終(Kyobate)を過ぎ、車内では今や普及の傾向にあるケータイのワンセグを見る女性がいるのはいいものの、小学校低学年と思われる男の子が40代と思われるお母さんに口づけをしようとした?! さすがにお母さんは横にそむいたが、ビックリする光景だった。

関西本線に合流し、13時05分、終点奈良1番のりばに到着した。高架化工事の真っ最中で、ホームの配線も大幅に変わっているのだった。

さて、3番のりばには201系体質改善車の各駅停車JR難波行きが発車を待っているが、車内はガラガラ。経費節減なのか、デザインの都合なのか、車内の照明はグローブがかかっていないのが印象に残る。103系・113系シリーズ・115系シリーズの体質改善車ではムリヤリつけた印象があるだけにサッパリしていていいと思う。

奈良で下車し、旧駅舎は移転されて保存はしているものの、一般公開はされない模様だ。栄誉ある駅舎を大切に守るためなのだろう。それとも高架化されたら、なんらかのカタチで再オープンをするのだろうか?

散策中に雨が激しくなり、奈良に戻って2番のりばへ。関西本線16時29分発の区間快速JR難波行き(6号車クモハ221-15)に乗る。

奈良発車時、車掌は翌日、奈良県知事選挙の投票をお願いする放送を流す。

王子到着目前、進行方向右側にはSLのD51が静態保存。上屋があるので、保存状態はよさそうだ。ちなみに王子では103系の始発、各駅停車JR難波行きに接続をとる。

王子発車後、先頭6号車の乗務員室では進行方向右側のワイパーも動かしていた。たいてい、雨の日は運転士側しかワイパーを使わないものだが、立ちんぼではあるが、前面展望客へのサービスなのだろう。

久宝寺で201系体質改善車の各駅停車JR難波行きに接続。区間快速JR難波行きとは対照的に各駅停車JR難波行きはガラガラ。ちなみに関西本線に移籍した201系体質改善車は車内に号車札(シールだけど)が設けられた。

久宝寺発車後、車掌は翌日の大阪府知事選挙の投票お願い放送を流す。投票開始時刻の7時を「ななじ」と言っており、違和感がある。「しちじ」が正当なのだが、地方によって流儀が違うのだろうか。

東部市場前を通過すると、ノロノロ運転に。そして、高架を下りると、阪和線直通ルートをもう1本増やして複線化するのかどうかはわからないが、工事をしていた。

新今宮では「地下鉄線はお乗り換えです」と案内していたが、これは大阪市営地下鉄動物園前のことである。また、今宮までは大阪環状線と並行している。ちなみに区間快速のJR難波行きは通過するが、大阪方面天王寺行きは停まる。これは天王寺or新今宮から大阪環状線に入るからである(どちらなのかわからず、このような文章ですいません)。

区間快速は大和路快速と停車駅の数に差がないだけに、今後は大和路快速の加茂-王子間を途中、木津、奈良にしぼり、各駅停車を奈良線直通運転に改めて、速達性を強調したほうがいいと思う。ただ、長年、113系時代から停車駅を変えていないことや福知山線脱線事故があるだけに難しいのかもしれない。

地下へもぐり、17時12分、終点JR難波2番のりばに到着した。

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2007年の汽車旅2-最終回(近畿日本鉄道養老線フォーエヴァー-前編-) [汽車旅2007]

2007年3月4日(日曜日)、JR西日本姫路へ。6番のりばには山陽本線の網干始発、新快速京都方面湖西線経由敦賀行きが到着。12両編成で、1~8号車は京都止まり、9~12号車は京都方面湖西線経由敦賀行きである。京都から4両編成での運行となり、輸送力は大丈夫なのだろうかと不安になる。223系2000番台には6両編成バージョンがあるものの、新快速に使われることは臨時便以外ないという。221系でも6両+6両の12両編成で新快速を運行していたのだから、もうワンランクアップのフレキシブルさが欲しいところである。

9時12分に発車した直後、折り返し、普通電車(明石-高槻間は快速)京都方面米原行きが入線した。アーバンネットワークのエース、221系である。

理解できないのは米原行きの行先表示で、新快速は単に「米原」と案内しているのに、普通電車(快速)はなぜか「京都方面米原」となっているのだ。なにか理由でもあるのだろうか?

221系に乗りたいところだけど、9時19分に発車。そのあと、始発の新快速米原方面近江塩津行き(12号車クモハ223-2071:米原から4号車)が入線。残念ながら進行方向右側の転換クロスシートをGETすることができず、左側でガマンする。

京都方面湖西線経由敦賀行きのあとは、米原方面近江塩津行きだが、行先の順序を変えれば、近江塩津で顔を合わせることになるので、効率のいい乗り換えか、編成をドッキングして敦賀へ向かうことができるのに、できない理由でもあるのだろうか?

9時27分に発車。加古川で普通電車(明石-高槻間は快速)京都方面米原行きに追いつくが、車内はガラガラ。一方、新快速米原方面近江塩津行きは長蛇の列だった。ちなみに高架化前はその先の東加古川でバッサリ抜き去っていた。

明石を発車すると、大阪湾オーシャンショー。鷹取付近まで続くが、進行方向左側なので、堪能することができない。ちなみに垂水で221系の快速(高槻から普通電車)京都方面野洲行きを抜いていた。

神戸から東海道本線に入り、三ノ宮では207系シリーズの各駅停車JR東西線経由松井山手行きに接続。発車すると、進行方向左側には山陽新幹線新神戸駅がデカデカとそびえ立つ。一般道路は『柔道一直線』の如く、ピーンとまっすぐになっており、坂道になっているので、歩いたほうが健康的だろう。ちなみに神戸市交通局(神戸市営地下鉄)山手線(Yamate Line)に乗らなければならず、当然、別料金扱い。そのため、<こだま>利用なら西明石、<ひかり>レールスターや<のぞみ>利用なら姫路で乗り換えたほうが運賃は安く済むものの、後者の場合、通過する便があるので、通過率が低い新神戸のほうが安心度は高い。

進行方向左側はしばらく阪急電鉄神戸本線と並走するものの、春日野道はホームの幅がせまい。以前、阪神電気鉄道本線も春日野道は日本一、ホーム幅のせまいところで知られていたが、両サイドに新しい広々としたホームを作ったため、安全性は向上した(地下駅なので、通過電車の風圧が安全性を低くさせていた)。

阪急電鉄神戸本線と別れ、進行方向左側は山がつらなっているが、マンションや一戸建ても存在する。おそらく、土地の値段が安く、高いところにあるため、暑さが緩和できるのかもしれないが、土砂崩れが発生したら、倒壊の被害はまぬがれないため、勇気を持って住んでいるのかもしれない。

10時28分、大阪8番のりばに到着。大半が入れ替わるものの、12号車の乗車率が落ち、席が埋まる程度となり、立客はいなくなった。あとでわかったことだが、この日、阪神電気鉄道本線の沿線で不発弾処理が行なわれ、西宮-御影間が一時不通になっていたのだ。神戸からずいぶん混んでいたのは、その影響なのかもしれない。

10時30分、9番のりばから特急<はまかぜ2号>の回送と共に発車。“当たり前田のクラッカー”の如く、新快速米原方面近江塩津行きのロケットダッシュで、出だしで引き離していた(大阪-新大阪間は複々線の内側を走る)。そして、新大阪を発車すると、今度は複々線の内側に特急<タンゴエクスプローラー2号>(第3セクター、北近畿タンゴ鉄道の車両で運行)の回送をバッサリ抜いた。特急形車両が新快速に抜かれるという、大相撲で言うところの「番狂わせ」だが、アーバンネットワークは新快速が王者のため、むしろ、“特急が抜いたら大波乱”といえる。ちなみに貨物線ではEF210とEF66の重連があり、2つ合わせりゃ、相当なハイパワーぶりを発揮するだろう。この複々線は1度乗ったら、“ヤミツキ”になるだろう。

京都総合運転所で125系が1両留置。どうして現れたのかはわからないが、将来は山陰本線園部-城崎温泉間のワンマンカーとして、運行する野望があるのかもしれない。

京都では東海道新幹線300系の<ひかり368号>東京行きと共に発車するものの、あっさり独走を許す。気がつけば、複々線の内側に移動していた。

草津で複線に戻り、11時50分、米原6番のりばに到着。向かいの5番のりばは北陸本線のエル特急<しらさぎ53号>金沢行きも発車を待っており、11時59分に発車する。新快速近江塩津行きが発車するのは12時03分で、13分という、のんびりした停車時間である。おそらく、近江塩津まで、追い抜き設備のある駅が少ないのだろう。

8番のりばにまわり、12時09分発、JR東海の普通電車大垣行き(クハ117-106)に乗り換え。米原-大垣間はJR東海117系の“再生路線”ともいえる(311系が運行するダイヤもある)。

余談だが、117系シリーズの乗車口は足元、白矢印の1~4番である。

米原は半自動を基本としているが、JR東海の車両にはないものの、この日はポカポカ陽気で、車内には空調もかかっていた。

12時44分、終点大垣4番線に到着。近鉄養老線に乗り換えるべく、1番線にある連絡改札口へ向かうが、なんとオール自動改札で、青春18きっぷは通せんぼされた。ちなみに連絡改札口へ向かう通路には留置線があり、戦力外通告を受けた113系2000番台が間近で撮れる。

一旦下車して、近鉄の駅舎へまわる。大手私鉄にしては珍しく、有人改札である。これは意外。

関東の駅は日本語と英語(ローマ字も含む)の2か国語表示となっているが、近鉄の場合、それに加え、韓国語や中国語もあり、アジアの観光客を意識しているようだ。

養老線は“サイクルトレイン”を設定している便が夜以外、ある。利用できる便は平日、土休、春・夏・冬休み期間など、様々だが、9~13時までは全便、年中利用可能である。但し、1時間に1本が当たり前のローカル線だが…

揖斐行きワンマン運転“サイクルトレイン”(For Ibi.623)が2番のりばに入線。電車がワインレッドなら、座席もワインレッドである。

チャリンコは前から2両目に指定されており、13時16分に発車。桑名方面と別れた直後に室(Muro)へ。桑名方面にも設けて欲しいものだが、大垣乗り換えを基本としているのであろう。

室を発車し、右へ曲がると、東海道本線をくぐり、北大垣へ。ホームではベテランの車掌が収集したゴミと共に乗務。その後は下車駅での乗車券回収や車内精算に乗り出していた。

近鉄のワンマン運転は、けいはんな線だとホームに感知センサーを設けており、すべて有人駅だからだが、養老線は無人駅が多いものの、乗車券箱を設置。乗車券を持っていないお客は先頭車に設置された運賃箱で支払うという、変わったやり方だ。3両編成や“サイクルトレイン”を運行していることもあり、乗車口を1か所に限定して、整理券発行機や運賃表を取りつけるのは難しいのだろう。また、近鉄車のタイフォンが「ビーッ!!」というクルマの警笛と同じようでは違和感がある。それだけ、インパクトが強いということも言えるが…

広神戸(Hiro-Kohdo)はかつて、2面3線だったが、今は1面1線。かつて、利用客が多く、にぎわっていたような感じを受ける。行き違い設備を撤去されている駅は“ローカル線の証”と言える。

発車すると、綺麗な田園となり、北神戸(North-Kohdo)は駅前に白い建物とガラス張りの綺麗な図書館がある。

北池野では下車してすぐのところに郵便局があり、美濃本郷ではベテラン車掌がゴミと共に下車。この日は本当に小春日和なため、ベテラン車掌は暑さでお疲れの御様子。

13時40分、終点揖斐に着いた。かつては名古屋鉄道に揖斐線があり、バスに乗り継げば行けたという。しかし、駅前の地図には揖斐線の跡地などあるわけがなく、遠方にある第3セクター、樽見鉄道共々、奮闘し続けることを願うしかなかった。

14時47分発の大垣行きワンマン運転“サイクルトレイン”(523)を待つが、JRのローカル線にある発車数分前まで改札口を開けないというスタイルだった。まさか、大手私鉄でもやるとは思ってもみなかったが、100パーセント、坐れるのだから、あせることはない。

終点大垣で、東海道本線15時25分発の特別快速豊橋行き(クハ312-5012)に乗り換えるが、車内は相変わらず、ゴミが散乱している。利用客のモラル、エチケット、マナーのなさを表す光景だ。

さて、313系5000番台の投入により、初期の313系も普通電車運用にまわっているようで、刈谷では普通電車岡崎行き、岡崎では始発の普通電車岐阜行きに遭遇した。世代交代が急速に進んでおり、セミクロスシートの211系が静岡地区や中央本線にコンバートすれば、快速系の130㎞/h運転が実現するかもしれない(313系シリーズは130㎞/h運転に対応できる準備が整っており、2007年3月18日から<セントラルライナー>で実現する)。

終点豊橋5番線に到着し、8番線から16時53分に発車する普通電車静岡行きに乗り換えるが、なんと、313系シリーズ最大の駄作、ロングシート車にぶち当たってしまった。座席奪取のため、特別快速では最後部に坐っていたが、こんなんじゃ立ってもよさそうに思えるものの、ロングシートに坐る(クハ312-2305:ロングシート)。

青春18きっぷ利用客が多いようで、ロングシートのせいか、荷物を網棚に乗せない人が多い。転換クロスシートで、荷物を網棚に乗せているのは足元確保のためなのか?

静岡地区は2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で、普通電車はすべて、JR東海産の車両に統一され、113系・115系は姿を消す。313系シリーズに投入するのはいいとしても、なぜ転換クロスシートに統一しなかったのかが理解できない。

最悪の場合、豊橋-東京間は“ロングシート地獄”となるわけで、今後は新快速と特別快速は浜松行きに乗り、JR東日本エリアでは自腹で普通電車のグリーン料金を払うなど、工夫が必要になる。但し、ホームのグリーン券売機はSuica専用のため、持っていない人は一旦下車して、みどりの窓口か券売機を利用するか、250円増しの車内料金を払うことになる。

新居町で競艇オヤジたちが乗り込み、車内は満員御礼。以前なら113系6両編成で運行していたため、そんなに混むことはなかった。

ロングシートに不満を持つお客は多く、JR東海の施策に腹立たしい限りだが、坐り心地は意外とイイ。シートに厚みを持たせているので、腰痛持ちの私には助かるのだが、優先席は転換クロスシート車と同様、窓にステッカーが貼ってあるのみで、シートの色分けをして欲しい(画像は終点静岡で撮影)。

浜松で降車客が多く、袋井も下車客が多い。

313系のロングシート車は半自動ドアボタンがあり、ワンマンカーとしての運行も視野に入れているようだ。また、車椅子対応の洋式トイレもスペースを拡大している。

袋井-愛野間で113系の普通電車浜松行きとすれ違い、日も沈んできた。

菊川ですっかり日が暮れ、18時41分、終点静岡1番線に到着した。ちなみに乗車した編成は19時17分発の普通電車熱海行きに使われていた。

一旦下車して、晩メシを購入後、1番線から19時35分に発車する普通電車東京行き(7号車自由席クハ372-12:熱海まで女性車掌乗務)へ。いつもよりレールファンが多いようで、373系にシャッターを切っていた。

2007年3月17日(土曜日)で特急<(ワイドビュー)東海>はフォーエヴァー。そして、東京-静岡間で運行する373系の普通電車もなくなるというウワサを小耳にはさんでいた。これは快速<ムーンライトながら>のダイヤが変わるためであるが、JR東日本にしても、東海道本線を走る普通電車はすべてグリーン車つきにしたいのが理想であろう。

しかし、2007年3月18日(日曜日)以降も373系の普通電車は続投が決定した。ダイヤもそのままである。これは青春18きっぷユーザーにとっては嬉しい限りで、ロングシート地獄を免れることができる極上の普通電車である。特急<(ワイドビュー)東海>を快速化してもよさそうなほど。

3番線には113系の普通電車浜松行きが入線。なぜか側面の方向幕は「普通」だった。もう、この車両が走ることがなければ、見ることもできなくなるが、思い出だけはいついつまでも残る。

普通電車東京行きは富士に到着。寝台特急<はやぶさ・富士>熊本・大分行きに遭遇するが、A寝台個室シングルデラックスではドアが半開きになっている部屋がほとんどだった。おそらく、完全に締め切った時点で車内検札をするということだろうが、同じ1人用個室でも、B寝台個室ソロはほぼ満席。人気は上々だが、個室が1人用しかないというのも選択肢に欠ける。昔はB寝台個室カルテットがあり、更にはB寝台個室デュエットがあり、シャワールームを設けるなど、東京発のブルートレインは活気があっただけに14系が老体にムチを打つ姿を見なければならないのは残念である。

函南を発車すると、いつものように特急<(ワイドビュー)東海>の宣伝をしていた。今まで函南-熱海間、JR東日本戸塚-横浜間では欠かさず流れていただけに、利用が浸透しなかったのは残念でならないが、東海道新幹線が一般的なだけに、“ブランドネーム”に圧倒されてしまった印象を受ける。

22時42分、終点東京7番線に到着した。ちなみに373系の普通電車東京行きは「折り返し、ながら」というのが一般的らしい。

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2007年の汽車旅2-5 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

下関で一旦下車。これから長丁場となるので、13時近くではあるが、晩メシの調達をして、9番のりばに戻ると、JR西日本の普通電車(徳山から快速〈シティライナー〉)糸崎行き(クハ115-2017:弱冷車)が発車を待っているものの、体質改善車でないのが残念だ。徳山から快速〈シティライナー〉になるのだし、広島シティネットワークのカンバン電車なのだから、転換クロスシートに統一して、快適さをアピールして欲しい。ボックスシートは時代遅れの産物で、21世紀に似合わない。

発車前には鳩が“無賃乗車”をするところだったが、回避。電車とホームの高さがあり過ぎるため、鳩もおっかない様子。その後、山陽本線はそういう駅が多いことに気づいたが、ホームをかさ上げするか、JR東日本E721系シリーズみたいな低床車を投入できないものか(225系になるだろう)。ちなみに東海道本線米原の一部ホームもそういう状態で、どこもそうなのだろうが、工事をする余裕がなさそうである。

13時11分に発車。車内は下校の高校生が多かったものの、小月までに全員下車。ロングシートに坐っていた旅の若い女性は私のうしろのボックスシート(進行方向右側)に移ったが、終点糸崎まで乗っていた。青春18きっぷで全区間乗車をしたのは私と若い女性だけだろう。

新下関到着前、進行方向左側には0系4両編成の色あせた姿があった。車体はサビつくほどボロボロで見ていて歯がゆい。すでに現役を退いてはいるが、こんな姿は見たくない。

この日は快晴で、快速(小倉から各駅停車)門司港行きでもそうだったが、この電車でも冷房を使用している。東北以北なら、確実に暖房だ。

小野田あたりから天気が曇りだしたが、持ち直し、14時18分、新山口4番のりばに到着。ここで15分停車の小休止となり、息抜きにピッタリだ。

ほどなくして、6番のりばに始発の普通電車下関行きが入線。先頭車だけ屋根のみ体質改善車という不思議な車両に出くわす。

以前から遭遇することがあり、気になっていたが、この車両はクハ115-622で、ほかの3両はオリジナルのまま。こんな姿をさらすぐらいなら、最初からやらなきゃいいのに。

留置線では117系100番台、117系300番台がそろい踏み。2005年4月25日(月曜日)に発生した福知山線脱線事故で、更に出番が少なくなり、山口県へ“レンタル移籍”。かつては臨時快速で運用している実績があり、人口の少ないところなら2ドアでも差しさわりがないようだが、新山口でお昼寝させるぐらいなら、快速〈シティライナー〉として、往年の新快速を彷彿させて欲しいものである。

14時33分に発車し、大道では下りホームに黄色い線(ブロック)を取りつける工事が行なわれていた。少子高齢化社会の一環だろうか。

富海(Tonomi)を発車すると、“瀬戸内海オーシャンショー”の始まり。しかし、その距離は短く、徳山付近でチラッと覗かせるなど、オーシャンショーは3か所のみだ。

15時15分、徳山1番のりばに到着し、16分停車の小休止。ここからは快速〈シティライナー〉糸崎行きとなる。

ホームのない“2番のりば”には貨物列車が先に発車。3番のりばはまもなく、岩徳線(Gantoku Line)直通の普通列車岩国行きワンマンカーが発車しようとするが、岩国へはあとから発車する快速〈シティライナー〉糸崎行きが先に到着するものの、接続はいっさいなく、広島へ急ぐ岩徳線沿線からは不満が噴出してもおかしくないダイヤだ。

岩徳線直通の普通列車岩国行きは15時21分に徳山を発車するが、終点岩国に到着するのは16時41分。山陽本線の快速〈シティライナー〉糸崎行きは16時39分に岩国を発車するため、マに合わない。そのあとには16時41分発の普通電車白市行きがあるものの、これもムリ。したがって、岩徳線からの利用客が広島方面へ向かうには、16時54分発の普通電車瀬野行きに乗り換えなければならないことになる。「広島シティネットワーク」と名乗る以上、そういった接続体制を充実させなければならないはずだ。ダイヤの改善を求める。

徳山の行先案内は「快速シティライナー糸崎15:31」となった。持参している交通新聞社刊行、『JR時刻表2006年12月号』では徳山から列車番号が3370Mから5370Mに変わり、快速〈シティライナー〉になっているものの、車体側面の方向幕は快速運転が終わると、行先だけに変えていることが多い(方向幕は下関で撮影)。

15時31分、徳山を発車し、進行方向右側には山陽新幹線の高架としばらく並走。耐震強化工事をして、完了した姿は痛々しい。支柱にワイヤーロープを巻きつけるほど、厳重だからだだが、コンクリートの原料となる砂を劣化の早い海砂を使ったため、神経をとがらせているようだ。

光が近づくと、瀬戸内海オーシャンショー再開!! “イッツ・ショータイム”となった。ちなみに山口県内の山陽本線は昼間の利用が少なく、上り便に乗るのは初めてだ(臨時快速〈ムーンライト九州〉の利用が圧倒的)。

柳井港を発車すると、再び瀬戸内海オーシャンショー。いよいよ見せ場がやって来る。途中下車して、潮のニオイをかいでもいい気分になる。大畠(Ohbatake)や神代(Kohjiro)なんか、うってつけだと思う。天気のいい日は水鳥が見えるし、瀬戸内海に浮かぶ島の数々がよく見える。

由宇(Yu-u)が近づく頃、瀬戸内海オーシャンショーが終わる。何度でも見たい美しい景色。町を歩いても“美しい国”であるはずだ。

通津(Tsuzu)を発車すると、またまた瀬戸内海オーシャンショー再開!! もう潮干狩りができるらしい。うらやましいと思ううちに離れ、藤生(Fuju)発車時に近づくものの、工業地帯で魅力半減。

南岩国では103系の始発、普通電車瀬野行きに遭遇。岡山のマスカットカラーだが、フェイスの左上にある「広-E05」を見ると、広島地区にコンバートされたようであるが、広島地区の車両のフェイスを見ていると、103系は方向幕、115系シリーズは種別幕がなにも表示されていない姿勢に疑問を持つ。広島シティネットワークと名乗る以上、わかりやすいようにしなければならない。

岩国では意外と乗ってこなかったが、ホームの両サイドは115系2000番台体質改善車が露払いと太刀持ちを務めているかのようだ。どうやら、115系2000・3000番台体質改善車は広島シティネットワークを優先的に投入しているような感じである。それならば、運転区間を三原-岩国間に統一して、快速〈シティライナー〉〈通勤ライナー〉〈安芸路ライナー〉を115系2000・3000番台体質改善車にしたらどうだろう。117系100・300番台でもいい。

玖波(Kuba)を通過すると、再び瀬戸内海オーシャンショー。国道2号線と共に瀬戸内海沿いを走る。国道2号線は1車線しかないため、スイスイ抜く。

瀬戸内海を離れ、宮島口に到着。思った通りの大量乗車で、立客発生。宮島の観光というより、宮島競艇帰りのオッサンどもが多く、セカンドライフよりも“マイライフワーク”と言ったほうがよさそうだ。

広島が近づくにつれ、115系2000番台体質改善車の数が多くなってゆき、西広島までは広島電鉄宮島線と並走。駅の数は宮島線、スピードは山陽本線で、広島までの所要時間は歴然としているので、ライバルにはならないし、聞いたこともない。山陽本線は体質改善車、宮島線はGreen Moverという目玉車両があり、共に魅力的だ。

17時20分、広島5番のりばに到着。大半が入れ替わり、始発下関からのロングラン乗車で、さすがに疲れて居眠りをしてしまい、気がついたら西条を過ぎていた。日も暮れかかり、次の瀬戸内海オーシャンショーは夜になってからである。

電車は広島県の山中を走っているが、河内(Kohchi)-本郷間では巨大な広島中央フライトロード、広島空港大橋の建設にとりかかっていた。そして、広島シティネットワークから外れたのか、体質改善されていない115系2000番台とすれ違うことが多くなってゆく。

三原で多く降り、ガラガラ。13時11分に下関を発車してから、5時間22分後の18時33分、終点糸崎1番のりばに到着したが、2番のりばには、なぜか普通電車三石行きが発車を待っている。18時22分に発車しているはずだが、車掌によると、先行列車が走行中、異常な音を感じたため、安全確認を行なっているという。まぁー、とりあえず乗ってみる。

ほどなくして、運行再開の知らせが入る。本来ならば、始発の普通電車姫路行きに乗り換えるところだが、留置線で出番を待つ車両は湘南色。普通電車三石行きは115系1000番台体質改善車のため、予定外だが、乗り換えることにした(クハ115-1152:体質改善車)。転換クロスシートに坐ることができて、気分がいい。

16分遅れの18時38分に発車。すっかり日が暮れ、“ナイトオーシャン瀬戸内海”となる。この区間のオーシャンショーは、本州では1番綺麗だと思う。「思う」と書いたのは伊豆や紀州の海を見ていないからである。

115系1000番台体質改善車の居心地はいいものの、窓側にあったフックが外されたため、上着が引っ掛けられない。体質改善車のベースとなっている221系、223系シリーズもフックはない。

福山で停止信号があり、遅れは18分となったが、先行列車に接近したということは、岡山で“奇跡の普通電車姫路行きの乗り換えはあるのかな?”と、ふと考えてしまう。

「電車が遅れまして、御迷惑をおかけいたします」

各駅を発車すると、車掌はおわびの放送を流すが、スピードをあげての回復運転は行なっておらず、新倉敷に到着した頃には遅れは20分に増していた。

さて、中吊り広告で目につくのは、長澤まさみがJR西日本のイメージキャラクターに就任。山陽新幹線の広告が目につく。

JR西日本はタレントをよく使うことで知られている。おそらく、JRグループの中では1番起用が多いのではないかと思う。その“エース”といえるのは仲間由紀恵で、ICOCAやJ-WESTカードといったカード系を宣伝している。

19時53分、倉敷に到着。本来ならば1分前に発車している伯備線の普通電車新見行き(転換クロスシートを装備しない体質改善車)は接続を待ってくれていた。そして、お客は席を埋まる程度にまで増えていった。

20時08分、定刻より19分遅れで岡山13番のりばに到着。本来は8分停車するが、2分に切り詰め、定刻より13分遅れの20時10分に発車。東岡山では遅れは12分に縮まり、停まるごとにお客は減ってゆく。

20時48分、定刻より10分遅れて終点三石に到着したが、中途半端な終点である。その先の上郡では始発20時52分発の普通電車姫路行きがあり、1本の列車にできないものか。三石-上郡間は県境という影響もあるのだろうか? 旅人にとっては“通せんぼ”という感じである。

電車は回送となり、一旦、岡山方の留置線へ。貨物列車を通したあと、ホームの隣りにある留置線へ移ると、定刻通りのダイヤで、普通電車姫路行き(クハ115-1239)が到着した。

運よく、前向きのボックスシートに坐ることができ、外気が冷たくなったため、この日、初めての暖房がかかる。

中吊り広告ではJR西日本岡山・広島・山口地区では東京地下鉄(東京メトロ)と提携した1日オープンチケット、2日オープンチケットの宣伝をしていた。首都圏なら東急東京メトロパス、小田急東京メトロパス、東武東京メトロパスなどがあり、これは“JR西日本東京メトロパス”と解釈したほうがよさそうだ。但し、東京都交通局(都営地下鉄)の利用ができないため、都営地下鉄も利用できるようにするか、都営地下鉄自体を東京メトロに編入して、利便性を大幅に向上すべきだろう。

上郡2番のりばに到着。3番のりばには特急〈スーパーはくと13号〉鳥取行き最終列車が絶妙なタイミングで到着した。

相生に到着。電車入線チャイムを聞くと、アーバンネットワークに入ったことを実感する。

そして、定刻通り、21時48分、終点姫路7番のりばに到着。隣りの6番のりばには223系2000番台の新快速京都方面野洲行き終電が発車を待っているが、姫路で折り返すようで、転換クロスシートの向きが逆方向だった。首都圏の近郊形電車は東京or上野になると、車内の整備・点検をしてからお客を迎え入れるため、“ゆとりのあるダイヤはまだ先かな”と思う。JR東海の中京地区もそうなんだけどね。

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2007年の汽車旅2-2 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

大阪で下車し、ヤボ用をすませたあと、御堂筋線[梅田駅(M16)]に乗り換えるが、券売機で1日乗車券を購入しようと千円札を入れたら、「ノーマイカーフリーチケット」に目がいく。1日乗車券よりも250円安いのだが、買って本当に使えるのかどうか悩んでしまう。間違ってしまったら、大損になるからだが、さいわい、最新式の券売機ではノーマイカーフリーチケットがこの日は使えるということで、買う。



大阪市は毎月20日(休日だと21or22日)はノーマイカーデー(愛車の定休日)となっており、大阪市交通局は管轄する乗りものすべてに乗れるノーマイカーフリーチケットを販売しているが、毎月だけでは限界があるようで、毎週金曜日も利用できるようになっているとはまったく知らなかった。ちなみにノーマイカーフリーチケットは子供用がない。子供がマイカーを持っているワケがなく、当たり前だが、設定していたら、券売機で迷うことはなかった(1日乗車券を販売しなくていいため)。

時刻は9時30分になり、券売機で迷ったのが功を奏したのか、御堂筋線はなんと、あびこ行き(1号車1822)に乗る。



余談だが、2002年4月7日(日曜日)に10系第22編成に乗った時は夢塗装車(Mutosoh Car)だった。



国鉄が分割民営化された直後の昭和62年(1987年)4月18日(土曜日)、御堂筋線はあびこ-なかもず間が延伸され、全通した。ちなみに御堂筋線があびこに到達したのは昭和35年(1960年)7月1日(金曜日)で、27年間、起終点だったことになる。

全通後も、あびこ行き及び始発が残っていると知ったのは2000年8月であるが、子供の頃、本で見た「あびこ」の方向幕が強烈なインパクトだったことを思い出す。ひらがなだけの行先なんて、今まで見たことがなかったからであろう。なかもずもひらがなになるとは思っていなかったが、「あびこ」ほどの強烈さはない。

あびこ行きを撮影するのにちょっとあせったが、意外と停車時間が長くとっており、普段は1枚しか撮らないものを4枚撮っていた。

停車時間を長くとってあることが意外なのは、普段、東京地下鉄(次からは「東京メトロ」と記す)を利用しているからで、朝のラッシュ時は後続の電車が接近しているため、長く停まっているわけにはいかないのである。御堂筋線も同じことではあるが、停車時間にゆとりをとっているのも、事故や乗り過ごし、駆け込み乗車を防止していると思う。

初めて本町(M18)で下車。船場郵便局で旅行貯金したあと、中央線(C16)へ。ホームの行先案内は、近畿日本鉄道(次からは「近鉄」と略す)けいはんな線が開業してからもボードで行先のランプがともる方式だったが、液晶画面にチェンジされていた。変えるのはいいけど、時刻が指針式にしている理由がよくわからない。単に数字だけにすれば見栄えはもっといいのだが…

東京メトロや東京都交通局(都営地下鉄)とは違い、行先案内でも駅ナンバリングが表示されており、車内の自動放送でも「Station №x」と案内しているので、かなり徹底的である。東京の地下鉄2社も見習って欲しいところだ。

コスモスクエア行き(6号車7121:近鉄の夢塗装車)は近鉄7020系で、初乗車となる。



中央線&近鉄けいはんな線は「ゆめはんな」という路線愛称があるものの、阪神電気鉄道西大阪線・本線と近鉄難波線・大阪線・奈良線との相互直通運転が始まると、ゆめはんなどころではなくなってしまうのかもしれない。所要時間では不利になる可能性が高いだけに、今後は安い企画乗車券の設定が必要になってくるだろう。

近鉄7020系は7000系とまったく変わらず、20年の差があるだけ。7000系の車内も7020系に歩調を合わせている。また、第3軌条車両では唯一のワイドボディーで、車内が広々としている。ちなみに2号車は弱冷車である(近鉄車のみ)。

阿波座(C15)を発車すると、地上へあがり、阪神高速の下を走る。上は道路、下が鉄道という2層構造はよくある光景だが、瀬戸大橋や関西国際空港へのスカイゲートブリッジとは違い、一体化されていないため、区間によっては雨に濡れる。

朝潮橋(C12)で阪神高速と離れ、進行方向右側にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンが見えるものの、大阪湾を渡らないと行けない。近くにあるようで意外と遠いのかもしれない。

大阪港(C11)を発車すると、海底トンネルを入り、終点コスモスクエア(C10)に到着。残念ながら、コスモスクエアは海底駅ではない。

南港ポートタウン線(P09)住之江公園行き(1号車105-36:運転士と車掌乗務)に乗り換えるが、車内は満員御礼。南港ポートタウン線で立客を見たのは初めてであるが、次のトレードセンター前(P10)で大量下車。近辺で催し物があり、そこへ行く人が多かったようで、客層は“セカンドライフ世代”が多かった。ちなみにトレードセンター前は上下線のホームの停止位置をずらし、混雑緩和に努めている。ラッシュ時や催し物のある日には効果的だ。



私も下車し、大阪南港ATC内郵便局、大阪南港コスモタワー郵便局で旅行貯金。ここに寄る気がなければ、ノーマイカーフリーチケットを買っていなかっただろう。

トレードセンター前(P10)に戻り、コスモスクエア行き(4号車105-24:無人運転)に乗車し、終点で中央線(C10)の生駒行き(1号車2903)に乗り換え。実は学研奈良登美ヶ丘行きに乗ってもよかったが、近鉄車だったので、回避。20系に乗りたかった。



20系は昭和59年(1984年)に入団。地下鉄初のVVVFインバータ制御車で、発車時と到着時の音がヘンだった。「なんじゃこりゃ」と言いたくなるほどで、国鉄201系を意識したブラックフェイスで中央線に投入された。ちなみに10系の量産はコンスタントに続いていたが、20系の入団により、なかもず延伸まで増備は中断された。

冷房は10系より薄型となり、ツラも似ていることから、中央線を20系に統一するものと思われたが、平成元年(1989年)、谷町線に投入され、更に平成3年(1991年)には24系が入団しており、大量増備には至らなかった。

しかし、2005年、けいはんな線開業(既存の長田-生駒間も東大阪線から、けいはんな線に改称)による高速化工事により、20系は中央線に集結。ようやく、中央線専用車となったが、24系は4編成残留となっている(ほかは谷町線22系として移籍)。

高速化工事にともない、VVVFインバータのチェンジや車体側面に方向幕、車内の一部のドア上に情報案内装置、すべてにドアチャイムを装備しているが、客室は10系のようなリニューアル工事は行なっていない。また、けいはんな線ではワンマン運転となるため、対応した工事も行なっている。そして、テールランプもLEDにチェンジしたようである。



本町(C16)で御堂筋線(M18)のなかもず行き(1号車1826)、なんば(M20)で千日前線(S16)の南巽行き(1号車25605)に乗り換え。御堂筋線は21系の天王寺行きをパスして、10系を選び、千日前線は2002年1月以来、5年ぶりの利用。なんばのホームは上下線の停止位置をずらして、混雑緩和に努めているものの、8両分もあるので、持て余しているような感じを受ける。また、25系はドアチャイムとドア上の情報案内装置が設置されておらず、意外な印象を受ける。



車内はお年寄りが多く、東京の地下鉄では見かけることが少ない光景だ。東京は年配のワリには若い人が多いのか、丈夫な人が多いのかどうかは定かではないが、マイカー社会が大阪より根づいているのだろう。

今里(S20)に到着し、下車。時刻は正午を過ぎたため、昼食をとり、東成大今里郵便局で旅行貯金をしたあと、今里に戻って、今里筋線(I21)へ。

ところが、今里筋線のホームまでは遠く、果てしない道のりにうんざりする。JR東日本東京の京葉線ホームに行くような感覚だ。動く歩道でもあれば、うんざり感も軽減されているだろう。

13時28分発の井高野行き(ワンマン)に乗れず、13時36分発の井高野行き(4号車8110:ワンマン)へ。4号車に乗るものの、男子高校生3人がお菓子を食い散らかし、運転士がホームに備えつけのほうきでお掃除をする光景が見られた。4両の車内はガラガラで、2006年12月24日(日曜日)に開業した時のフィーバーはもう去ってしまっていた。



今里筋線は長堀鶴見緑地線に続く、リニアモーター方式の地下鉄で、日本では5番目の路線となる(6番目は横浜市交通局4号線になる予定)。ちなみに長堀鶴見緑地線は日本初の“リニア地下鉄”で、地下鉄初の冷房車10系、地下鉄初のVVVFインバータ車20系と大阪市営地下鉄は“時代の先駆者”みたいな印象を受ける。

今里筋線は大阪市営地下鉄では初めて、ホームドアを採用。さいわい、電車を撮影できるスペースがあり、ホッとするが、これは首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線は、ホームで停車中の電車のツラを撮影することができないためである。

ロングシートはエメラルドグリーンとブルーの2種類で、後者は優先座席である。もし、エメラルドグリーンではなく、赤だったら、『マツケンサンバⅢ』の歌詞が使えただけに残念?!



13時36分に発車し、単線シールドトンネルをゆく。すばしっこい走りっぷりで、緑橋(I20)に到着。中央線乗り換え駅なので、乗り換え客が多く、当初は本町(C16)で御堂筋線(M18)に乗り換えるか、そのまま直行するかどうか悩んでいたが、新しい路線に乗るなら始発駅のほうが心がスッキリするため、ちょっと遠回りした。

鴫野(Shigino.I19)はJR西日本片町線乗り換え駅。ちなみに片町線の徳庵(Tokuan)は車両メーカー、近畿車輛の最寄り駅である。

新森古市(I16)を発車すると、左へ大きくカーブ。なぜか踏切もないのに警報音が鳴っていたが、清水に到着。この駅は車両基地へ向かう引き込み線があり、「清水」の方向幕を表示した80系が止まっていた。

80系で目新しいのは一部のドア上についている情報案内装置で、上は停まる駅のエレベーター、エスカレーターを案内している(画像は「まもなく、太子橋今市」)。まるでJR東日本E231系500番台とE233系を意識したような感じである。



ラストコースはゆっくり走り、クールダウンするような感じで13時58分、終点井高野(I11)に到着。全線完乗と共に大阪市営地下鉄完全制覇を達成した。そのあと、下車して、東淀川井高野郵便局で旅行貯金をする。

井高野近辺は阪急電鉄京都本線相川駅へ向かう路線バスがあり、大阪都心へはこのルートが一般的なようである。もちろん、本数は今里筋線が多いものの、大阪都心へは途中駅で乗り換えなければならず、遠回りな印象がある。開業時から不利な立場になっているが、今里筋線のイメージキャラクターに今いくよ、今くるよを起用して、末永い御愛顧を願ったほうがいいように思う。

「今里筋線でいくよ!! 今里筋線でくるよ!!」

というベタかつ、ウケないキャッチコピーだが、地元の漫才師を起用することにより、今里筋線への親近感が増すのではないかと思うのだが、いかがだろうか。

井高野(I11)に戻り、エレベーターに乗ると、乗った時点で改札階のボタンを押す必要がなく、閉めれば行ってくれるのはとてもいい。高齢者に配慮したエレベーターである。

今里行き(1号車8517:ワンマン)へ。乗っている時に気づいたのだが、ホームドアの外側にはステーションカラーがある。

内訳は井高野(I11)と新森古市(I16)は若草色、瑞光四丁目(I12)と関目生育(I17)はパープル、だいごう豊里(I13)と今里(I21)は茶色、太子橋今市(I14)と緑橋(I20)は緑、清水(I15)と鴫野(I19)はスカイブルー、蒲生四丁目(I18)はピンクである。また、各駅とも、将来の増結に備えた構造となっており、6両編成の運転を夢見ているようだ。

終点今里(I21)で千日前線(S20)に乗り換えるが、なんと南巽方面のホームに回送が到着。15時近くに回送が現れるとは意外な光景で、安全のためか一旦停止していた。



野田阪神行き(1号車25602)に乗り、なんば(S16)で御堂筋線(M20)の新大阪行き(10号車1111:リニューアル車)に乗り換え、一気に終点へ。

「新幹線、JR線は乗り換えです」

新大阪に着く時、同じJR線なのに使い分けているのが不思議だが、新幹線は別格なのだろう。ちなみに東京メトロは新幹線の接続駅である東京と上野は「JR線はお乗り換え下さい」と案内している。

最近では聞かなくなったが、大阪市営地下鉄は「他のお客様の迷惑にならないよう、お互いに注意しましょう」というのがあった。知らない人同士で注意しあうとはとても思えなかった。人に迷惑をかけるために電車を利用することはとうていないと思うからだが、不思議な注意事項の放送であった。

さて、新大阪は江坂寄りで撮影。なかもず寄りに比べ、ゆとりを持って撮影することができる。これは住吉人さんのアドバイスにもとづいたものである。



スペースがあって撮りやすいものの、両サイドにある新御堂筋という一般道路はクルマがひっきりなしに通るため、ホームが揺れる。足元に充分注意しながら、撮影することをオススメする。

この日はお天気がいいせいか、デジカメ史上、会心の撮影をすることができた。コンパクトサイズではあるが、このくらいの速度ならブレずにすみそうである。



★備考

①大阪市交通局ホームページはこちらにクリック!!

②住吉急行電鉄の日報「祝! 地下鉄今里筋線 開通」はこちらにクリック!!

③住吉急行電鉄の日報「大阪市交通局10系」はこちらにクリック!!

④住吉急行電鉄の日報「浅香中央公園」はこちらにクリック!!

⑤住吉急行電鉄の日報「大阪市交10系第04編成」はこちらにクリック!!

⑥2002年の汽車旅5(大阪市交通局10系スペシャル)はこちらにクリック!!

※備考②から⑤は今回の記事を書く上で、事前に“予習”していました。なお、掲載日は順不同です。あらかじめ、御了承下さい。

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★お知らせ

『Yahoo! セカンドライフ』のコラムもぜひ御覧下さい。御意見、御感想はこちらにお願いします

②『Yahoo! セカンドライフ』のコラム一覧はこちらにクリック!!

③2007年3月7日(水曜日)で観客動員数は81,000人に到達しました。ありがとうございます。


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2007年の汽車旅1-最終回 [汽車旅2007]

東北本線の普通電車上野行きは土呂(Toro)を発車してすぐ、日付が変わり、2007年1月8日(月曜日・成人の日)になった。青春18きっぷは東京・大阪地区の「電車特定区間」であれば、終電まで有効である。

帰宅して、この記事を綴っている時に気づいたが、普通電車上野行きは次の大宮から電車特定区間に入るため、間一髪で青春18きっぷの使用無効にならず、よかった、よかった。

余談だが、もはや、回復のできない遅れを切り詰めるべく、駅の停車時間を15秒程度に抑えていた。

定刻より52分遅れの0時03分、日付が変わって最初に停車する大宮に到着。快速<ムーンライトえちご>新潟行きも遅れており、なかなか発車できない状況だ。ちなみに前日となる2007年1月7日(日曜日)は強風のため、上野発の夜汽車は全面運休となったが、快速<ムーンライトえちご>は新宿始発のため、運行できると決断したようである。

大宮の停車時間を30秒程度にして、発車すると、211系3000番台の普通電車宇都宮行きとすれ違うが、お客の数が多く、かなり足止めを食っていたようである。

さいたま新都心を発車すると、209系の回送とデッドヒートだが、“相手にしていられない”と言わんばかりに引き離す。

荒川を渡り、マンションのあかりが“シンプルイルミネーション”のように見えると、ついに東京都へ。

0時19分、定刻より51分遅れで赤羽に到着し、無情にも赤羽線(「埼京線」という、路線愛称のほうが浸透している)の各駅停車池袋行きが発車。強風でどこもかしこもダイヤが乱れているのだから、接続をとってやってもよかったのではないか。

0時24分、定刻より52分遅れで尾久に到着。隣りの尾久車両センターではジョイフルトレイン『ゆとり』や運行予定だった寝台特急<カシオペア><北斗星>などが不本意な一夜を明かしているところだ。この時間、車両基地にいるはずのない夜汽車がいるのは不思議な光景である(停車時間が短いので、撮影せず)。また、常磐線のE531系も休んでいる。

日暮里を通過したら、スピードが急激に落ち、止まりそうな状態。進行方向左側ではE653系の回送とすれ違うが、このまま勝田車両センターまで行くのだろうか?

鶯谷で少し息を吹き返し、0時33分、定刻より55分遅れて、終点上野7番線に到着した。

さて、私は帰宅の終電に間に合わず、都内のインターネットカフェで一夜を明かす。ハァー、疲れた。

余談だが、東北新幹線は相当遅れており、2・3時台にも下りの臨時便があった模様。また、山手線・京浜東北線も終電が出たあとに臨時便1本を出すなどして、東北新幹線の遅れによる帰宅輸送に“救いの手”を差し伸べていた。

★備考

①東京の電車特定区間

東北本線大宮-東京間(「埼京線」「京浜東北線」「湘南新宿ライン」と呼ばれる部分も含む)

武蔵野線全線

赤羽線(埼京線)全線

常磐線日暮里-取手間

総武本線東京・御茶ノ水-千葉間

京葉線東京-西船橋・千葉みなと間
     西船橋-南船橋間

山手線全線(「埼京線」「湘南新宿ライン」と呼ばれている部分も含む)

東海道本線東京-大船間(「京浜東北線」「横須賀線」「湘南新宿ライン」と呼ばれる部分も含む)

南武線全線

鶴見線全線

横浜線全線

根岸線全線

中央本線神田-代々木間、新宿-高尾間(一般的な名称、「中央線」でわかりやすく言うと、東京-高尾間)

青梅線全線

五日市線全線

横須賀線全線

※交通新聞社刊行の『JR時刻表』では、湘南新宿ライン(大宮-新宿-大船)の経路図が一部抜けているものの、電車特定区間の運賃が適用されている。

②大阪の電車特定区間

東海道本線京都-神戸間

山陽本線神戸-西明石間

大阪環状線全線

桜島線全線

JR東西線全線

片町線京橋-長尾間

関西本線奈良-JR難波間

阪和線全線

※今や通勤線化している福知山線尼崎-篠山口間、奈良線全線に適用されていないのが疑問である。 

備考とは関係ありませんが、『Yahoo! セカンドライフ』では、私のコラムを掲載しております。ぜひ、御覧下さい(御意見、御感想はこちらにクリックして下さい)。

こちらも備考とは関係ありませんが、2007年1月24日(木曜日)で、観客動員数は58,000人を越えました。ありがとうございます。

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2007年の汽車旅1-3 [汽車旅2007]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

東北本線の快速<仙台シティラビット4号>福島行き(全区間、各駅停車に変更)、常磐線の普通電車いわき行きは、強風のため、岩沼で足止めとなっている。

14時07分、車掌からの放送が入り、岩沼-槻木(Tsukinoki)間の強風が弱まり、運転再開できるという。

にぎわっていた車内だが、動かないことに見切りをつけ、岩沼で下車(乗車打ち切り)するお客が多く、タクシーか親しい人にクルマで岩沼まで迎えに来てもらうよう、頼むところが続出した。

14時09分、快速<仙台シティラビット4号>福島行き(全区間、各駅停車に変更)が発車。貨物列車や常磐線よりも早く発車した。雨もやみ、青空が運転再開に導いたのかもしれないが、次の槻木まで安全のため、低速運転。車内からでも強風のざわめきは聞こえる。

並走していた常磐線に別れを告げると、701系1000番台の普通電車仙台行きとすれ違う。そして、進行方向左側の少し離れたところではでは常磐線455系の普通電車仙台行きが低速でやって来た。常磐線は、いわきまでの大半は単線のため、普通電車いわき行きはまだ発車できないのである。

そのあと、E721系500番台の試運転とすれ違う。キハE130系と同様、半自動ドアボタンはE531系のトイレ水洗ボタンと同じカタチをしている(ついでに言うと、E233系もそうだ)。

「生協の白石さん」

と言っても、付近に生協がない白石(Shiroishi)に到着したが、赤信号で、またまた足止めかつ雨。進行方向左側のホームのない留置線には下りの貨物列車が到着。相変わらず、風は強い。

15時06分、発車。勢いよくスパートをかける。しかし、東北新幹線の保線車両作業基地を過ぎると、あっというまにスピードは急降下。強い風のため、徐行となったが、越河(Kosugoh)で解除している。

藤田でまたも長い赤信号に見舞われることになるが、短時間で発車。進行方向右側には東北新幹線の高架が見える。

桑折(Kohri)から乗車客が多くなり、電車の到着を待ちわびていたようだ。それもそのはず、1時間以上も遅れての到着なのだから。

15時50分、定刻より1時間34分遅れて終点福島3番線に到着。1番線には15時57分発、455系の普通電車新白河行きが発車を待っているが、こちらも発車が遅れるという。

快速<仙台シティラビット4号>の車両は留置線に引き上げ、車体側面の方向LEDは普通電車矢吹行きとなっているが、発車時間はまだ先。てっきり、16時19分発の普通電車黒磯行きに使うものとアテにしていただけに予想を外した自分にガッカリ。ちなみに福島の留置線にはE721系がポツンと止まっていた。仙台地区の車両も国鉄鋼製車からE721系にChangeされるようだが、果たして、どちらが快適なのだろうか?(少なくとも、719系のほうが上。但し、逆向きでなければ)

3番線に15時01分に発車するはずだった701系1500番台の普通電車仙台行きが到着。それを見届けるかのように、普通電車新白河行きは定刻より9分遅れの16時06分、発車した。

今度の3番線は15時43分に発車するはずだった普通電車仙台行きだが、2番線に変更。16時19分に発車する始発の普通電車黒磯行きになるが、電車は現れない。

16時35分、普通電車黒磯行き(クハ718-39)が到着したものの、始発ではない“カモフラージュ便”だった(仙台支社はこういう手をよく使う)。

どういうことかと言うと、市販の時刻表では仙台14時30分発の普通電車福島行き584M(列車番号)、福島16時19分発の普通電車黒磯行き2148Mに別れているが、実際は同一編成で運行。すなわち、終点福島に到着したとしても、ここで黒磯行きに変わるため、そのまま乗車できるのだ。そんなややこしいことをするぐらいなら、仙台発黒磯行きの普通電車にしちゃえばいいのだが。

定刻より26分遅れの16時35分に発車。“強風もなんのその”の走りっぷりだったが、日和田で低速運転して、止まる。風は相変わらず強く、乗務員室ではATSの「キンコンキンコンキンコン…」がむなしく鳴り響く。無線からの連絡が入りまくっている。外はものすごい突風が吹き荒れているのかとかと思いきや、頭上を走る東北新幹線だった。

ようやく動き出し、17時33分、定刻より23分遅れで郡山5番線に到着。待ちわびて乗り込む人々を乗せるも、なかなか発車しない。強い風に加え、激しい雨である。

17時44分、定刻より13分遅れで発車。通常ダイヤだと、郡山でのんびりとした長い停車時間となっているため、遅れは縮まっている。

スピードはあがらず、新白河になると、雨は雪に変わり、栃木県に入るも、なにも降らなくなった。強風のざわめきもなく、おだやかだ。

18時59分、定刻より28分遅れで終点黒磯5番線に到着し、乗り換え時間に余裕があるため、下車。晩メシを購入する。

関東地方に入り、ゴールはもうすぐ。“関東地方は強風になっていないだろう”と安堵していた。

再び黒磯に戻り、3番線から19時29分に発車する普通電車宇都宮行き(11号車クハ210-3024:ロングシート)に乗る。ちなみに先頭は11号車、1番うしろは15号車である。ちなみに特急<あずさ><かいじ>は3号車が先頭になることがある。

東北本線・高崎線の211系1000・3000番台は以前、号車札はなかったが、E231系近郊形タイプに連結しているグリーン車が好評のため、つけることになった。

東海道本線の211系シリーズのグリーン車は113系に連結していたものを転用し、すべて2階建て化。余剰となったグリーン車(2階建てと平屋車両)を東北本線・高崎線に転用し、211系1000・3000番台も号車札をつけることになった(但し、211系1000番台はグリーン車が連結されていない)。

グリーン車組み込みの211系3000番台は3号車クモハ211形3000番台、6号車クハ210形3000番台という、変則的な10両編成を組成。余剰となったサハ211形3000番台34両は廃車となった。もったいない!!

サハ211形3000番台は改造して、211系7000番台という新しい車両にしたほうがよかったのではないか。211系3000番台の一部は房総方面に移籍しているが、新しい編成を作れば、113系シリーズの廃車が進んだのではだろうか?(ロングシートなのが難点だが)

制御装置は山手線205系が武蔵野線へ移籍する際、モハはVVVFインバータ化改造を行なっているため、界磁添加励磁制御を転用すれば、211系7000番台という、新型車両ができあがっていたはずだが、トイレの設置や先頭車化改造など、かなり大がかりとなり、ステンレス車体は鋼製車に比べ、デザインの自由度がきかないため、廃車したほうが得策とJR東日本は判断したのであろう。

さて、普通電車黒磯行きは半自動ドア扱いとなっており、暖房の効きがいい。

福島発黒磯行きの普通電車が遅れているため、定刻より7分遅れの19時36分に発車。那須塩原も半自動ドア扱いだが、野崎-矢板間の橋りょうが風速計の規定値を越えたため、運転見合わせの情報が入る。この日、東北地方だけではなく、日本中は強風に見舞われていたのだ。

東北地方の普通電車と違い、首都圏の普通電車等はグリーン車以外、車内にくずもの入れがないため、ホームに備えつけているゴミ箱に捨てるのはいいが、車内に戻る時、ドアボタンを押したら開かず、2~3度押して、やっと開いた。これはJR西日本でも経験している。

先ほど乗った普通電車黒磯行きでも、中学生の女の子が白坂で下車しようと、ドアボタンを押したが、開かず、次の豊原まで飛ばされてしまった。ドアボタンは一発で必ず開かないと困る。

さて、運転見合わせは長く、前方は踏切の遮断機が下りっぱなしになっていた。ドライバーもさぞ、イラついていることだろう。

自宅への終電が気がかりとなり、交通新聞社刊行、『JR時刻表2006年12月号』をめくると、まずい展開になった。青春18きっぷだから、車掌に事情を説明して、振替輸送をとってもらおうかと考えた矢先、運転再開の一報が入る。東北新幹線も運転見合わせであることを知ってはいるものの、スピードは比べものにならない。

20時36分、定刻より1時間01分遅れて運転再開。“開かずの踏切”を通る。全速力で飛ばし、東北新幹線はE2系使用の<やまびこ>なのだろう、まだ立往生していた。

この日、JR東日本の車掌は「申し訳ございません」を何度言っただろう。自然災害とはいえ、定時運行ができないと、利用客にイラだたれ、文句を言われるのはあまりにも気の毒だ。

西那須野で1時間以上も待ちわびたお客が乗り込み、発車すると、窓が揺れる。そして、再度、野崎-矢板間で運転見合わせ…

野崎に到着。強風で前方は赤い光が点滅している。どうやら、これは通行止めをさしているようだ。車体も揺れるほどの強風で、これでは強行突破したくなくなる気分だ。

運が悪いことに野崎は無人駅。いちおー、簡易Suica改札機はあるものの、ゴミ箱や自販機はなく、ただ待つのみ。利用客の中には空腹と戦っている人もいるだろう。

先頭車の乗務員室では、21時06分に東北新幹線が運転再開され、武蔵野線は架線に飛来物が付着して、運転見合わせの無線連絡が入る。私は15号車の乗務員室へ行き、車掌に終点宇都宮で電車の接続はあるのかどうか確かめるが、年齢が若いせいか、手ごたえのある回答ではなかった。だが、「たぶん、接続すると思います」という言葉を信じよう(その時点で、青春18きっぷを捨ててまで、東北新幹線で急ぐことをあきらめたことになる)。

那須塩原の決断が早ければ、最悪の場合、Suicaイオカードの残額を利用して、東北新幹線に乗れただろうが、<なすの>や<やまびこ>はいつ発車するのかはわからない…

21時24分、少し風が弱まり、運転再開の知らせが入り、発車。定刻より、1時間39分遅れでの発車だが、最大の難関の橋りょうを25㎞/hで渡る。進行方向左側の一般道路ではクルマがスイスイ渡っており、電車を抜きまくる。

最大の難関を越え、スピードアップ。誰もが疲労コンパイだが、グチや文句を言うお客は少なくとも、11号車にはおらず、あきらめ気分。

22時過ぎ、ようやく終点宇都宮8番線(通常は9番線)に到着。19時36分に発車して、2時間以上という長丁場だった。

急いで10番線にまわり、グリーン券の機械にSuicaイオカードを入れて、情報を記録(グリーン車Suicaシステム)。ドアが閉まる数秒前、普通電車上野行き(5号車グリーン車サロE231-1015:2階席利用)に乗り換える。

グリーン車に坐ると、LEDによる情報案内装置ではJR東日本の様々な路線が強風の影響を受け、表示も大忙し。かつてないダイヤの乱れぶりである。

普通電車上野行きも強風のため、徐行。石橋で少々停車し、22時32分に発車。そして、自治医大を発車した直後、危険を知らせる無線受信で緊急停車してしまった。

車掌によると、小金井で線路内に人が立ち入ったためで、無情にも東北新幹線が上り4本、下り1本が通過してゆく。ちなみに自治医大ではドアは急きょ、半自動扱いとした。

22時57分、ようやく発車。しかし、安全のため、低速で走行し、23時04分、ようやく小金井に到着した。駅の案内表示板では、この普通電車上野行きは22時11分発となっており、1時間以上の遅れである。

小金井を発車すると、元のスピードへ。グリーンアテンダント(女性の客室乗務員)が現れた。

「御利用ありがとうございます。本日は電車が遅れまして、申し訳ございません」

ごあいさつをしたあと、グリーン車Suicaシステムを使っていないお客に検札。車内料金を支払った模様だが、宇都宮の接続時間がなかったため、グリーン車Suicaシステムが使えなかったらしい。また、終電情報などで対応に追われていた。ちなみにグリーン車Suicaシステムを使っているお客には「御利用、ありがとうございます」と声をかける。

古河を発車すると、別のグリーンアテンダントが車内販売に訪れる。バスケットにひと通り入れている。但し、のみものは品物によって、冷蔵庫や温蔵庫で保管しているものもあり、注文後にお届けすることになっている。

コーヒーは自販機で買えるようなもので、特急ほどの品数と質はないものの、よっぽどの空腹感でなければ、このくらいで充分だろう。また、2004年冬バージョンから、青春18きっぷでも普通電車等のグリーン車自由席に乗れるようになった。“転換クロスシートを投入しない代わり”のような感じもするが、“ささやかなゼータク”として、ありがたく利用する(日頃の生活では、まずない)。

栗橋は東武鉄道日光線乗り換え駅だが、上りは運行終了、下りは区間急行新栃木行き終電が遅れている模様。東武鉄道も強風の影響を受けていた。

それに対し、久喜は東武鉄道伊勢崎線乗り換え駅だが、もう運行終了。3番線に50050系第8編成が翌日の運行に備えているが、ここまで増備させるとはあきれかえる。

50050系は“イーハー東武半ZONE門線NOBORU(備考③参照)”用に投入した30000系を引きずりおろす役目を持っているが、別の記事でも述べたけど、車両は大事に使うべきで、与えられた使命を最後までまっとうさせるべきである。

★備考

①界磁添加励磁制御について、くわしくお知りになりたい方はこちらにクリックして下さい。

②211系について、くわしくお知りになりたい方はこちらにクリックして下さい。

③「イーハー東武半ZONE門線NOBORU」は東武鉄道伊勢崎線、東京メトロ半蔵門線、東京急行電鉄田園都市線という、“3社直通運転”をする、私が勝手に命名した路線愛称です。ちなみに「イーハー東武」は基本的に押上-曳舟(Hikifune)間をさしますが、押上-久喜・南栗橋間で使うこともあり、使い方が一定していません。また、東京急行電鉄を「NOBORU」にしているのは、昔、高知東生(Noboru Takachi)は「高知東急(Noboru Takachi)」と名乗っていたからです。

④備考とは関係ありませんが、『Yahoo! セカンドライフ』では、私のコラムを掲載しております。ぜひ、御覧下さい(御意見、御感想はこちらにクリックして下さい)。また、2007年1月22日(火曜日)で、観客動員数は57,000人を突破しました。ありがとうございます。

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2007年の汽車旅1-1(JR東日本415系鋼製車フォーエヴァーⅡ) [汽車旅2007]

2007年1月6日(土曜日)、JR東日本東北本線上野へ。あいにくの雨だが、9番線から10時53分発、快速(取手から普通電車)いわき行き(5号車モハ414-127:リニューアル車)に乗り、ボックスシートGET!!

10番線には特別快速土浦行きが入線。駅員は「特別快速より、早く着きまーす」と、快速(取手から普通電車)いわき行きの利用をアピール。また、この日からE531系グリーン車がデビュー。2007年3月17日(土曜日)まで、普通車扱いのため、グリーン券がなくても利用できる。ちなみに、この日は特別快速を中心に運行をしていたが、平日の朝ラッシュに使えるかどうか?(2ドアの普通車扱いのため、遅延が予想される)

上野を発車し、日暮里から常磐線へ。発車すると、東京都地下鉄建設日暮里・舎人線(Nippori-Toneri Line.“日暮里・舎人ライナー”の路線愛称がつき、東京都交通局が運営・管理する模様)をくぐる。ちなみに日暮里・舎人線は当初、地下鉄にする予定だったが、採算の問題で新交通システムに変更された。東京都交通局(都営地下鉄)都営大江戸線がなければ、確実に地下鉄になっていただろう(たぶん、リニア駆動方式)。

北千住を発車し、離れて並走していた東武鉄道伊勢崎線をくぐると、進行方向右側には東京拘置所がある。住宅地にムショがあるのは物騒で、住む気になれないが、思ったより、規模はデカいようだ。

松戸で特急<スーパーひたち19号>いわき行きの通過待ちを行ない、取手-藤代間で直流から交流に変わる。

佐貫(Sanuki)は関東鉄道竜ヶ崎線乗り換え駅だが、非冷房の旧型気動車が代走。ちなみに竜ヶ崎線は日本で初めて、鉄道のワンマン運転を開始したところである。

暖房が効いて、心地よく眠りたいような感じの中、土浦1番線に到着。入れ替わるように3番線から特別快速上野行きが発車したが、グリーン車の利用率は多く、ほかの車両はガラガラ。

土浦で前4両を切り離し、ガラガラの11両編成で発車すると、土浦運輸区へ。415系鋼製車は1編成しか見えず、E531系主体。E501系も1本見れただけで、世代交代の波は急速に進んだことを感じさせる。

高浜で特急<フレッシュひたち21号>勝田行きの通過待ち。5分停車のため、車内保温目的で中間のドアを閉めるが、土浦以北のホームの大半は上屋がなく、増設が必要だ。

特急<フレッシュひたち21号>勝田行きは次の石岡に停まるが、下りホームは1番線しかなく、ここで通過待ちとなるものの、北千住みたいに2番線を下り上り共用というワケにはいかないのだろうか?

石岡は鹿島鉄道鉾田線の乗り換え駅だが、雨でもカシノリ!!(「鹿島鉄道フォーエヴァー」参照) でも、“カシテツ”は救えなかった…

友部を発車すると、上り線と別れ、中央には農園、グラウンドを通り、数年前に新設した広大な留置線へ。止まっているのはタイガースカラーのE653系だけである。

上り線に合流すると、内原へ。

激しい雨の中を通り、下り線しかホームがない臨時駅、偕楽園を通過すると、水戸4番線に到着した。

JR東日本415系鋼製車に乗るのはもしかしたら、最後になるかもしれないが、時間が早かったら、終点いわきまで乗っていたかもしれない。

階段を登ると、なんとE531系グリーン車を展示。この日、水戸にやってくることはほとんどないものの、快適さをアピールしていたが、転換クロスシートを投入する気配は、いっこうにないのが残念なところである。

2番線にまわり、水郡線の普通列車郡山行き(キハ110-129:常陸大子からワンマンカー)に乗り換え。3両編成のうち、先頭車以外は常陸大子(Hitachi-Daigo)止まりとなる。発車前には車掌が車内精算に出向き、精力的に動く。

13時14分、普通列車郡山行き(常陸大子からワンマンカー)が発車。すぐに左へ曲がる。あいにくの雨なので、固定窓はくもっている。

上菅谷で支線の普通列車常陸太田行きに接続。停まった位置に上屋がないため、乗り換え客はひと苦労。

上菅谷を発車すると、周囲は田畑が多くなり、ATS装置がピコピコ鳴ると、一旦止まる。ほどなくして、運転再開したあと、ゆっくり進み、瓜連(Urizura)へ。普通列車水戸行きワンマンカーと行き違う。

常陸大宮は高校生を中心に下車客が多く、14時31分、常陸大子2番線に到着し、大量下車が発生。先頭車以外はここで切り離す。

ここからワンマンカーになるものの、引き続き、車掌が乗務。常陸大子を発車すると、険しい道を進む。雨だが、快走。川とつかず離れずで進んでゆく。

川と別れ、停まるごとにお客は減ってゆく。2人掛けのボックスシートは1人で占拠しており、うらやましく思う。キハ110系は車椅子スペースはないものの、ボックスシートは2人掛け-4人掛けとなっており、通路幅を確保している。また、2006年にはキハE130系が入団。2007年1月19日(金曜日)にデビューし、キハ110系は東北地方のローカル線に移籍。どうやら、キハ40系・キハ48系の廃車が始まりそうな気配である(特に非冷房車)。

南石井、磐城石井(Iwaki-Ishii)、磐城塙(Iwaki-Hanawa)となれば、そこは“うつくしま、ふくしま”である。この先、「磐木x」という駅名が多く、磐城塙では普通列車水戸行きと行き違う。

磐城棚倉ではキハE130系の臨時(LEDがそう表示していた)と行き違うが、残念ながら雨に濡れたガラス越しでしか撮影できなかったものの、臨場感を出すため、あえて画像は載せる。

キハE130系は国鉄近郊形電車と同じ3ドアセミクロスシートで、半自動ドアボタンはE531系のトイレの水洗ボタンと同じデザインとなっている。将来、水郡線はキハE130系に統一される予定だというが、常陸大子や袋田は温泉観光地なのだから、転換クロスシートを採用してもよかったように思う。ボックスシートは時代遅れの産物だ。

磐城石川で多く乗り、野木沢を過ぎると、田畑が見え、急に眺めがよくなった。どうやら、平地に入ったようである。

泉郷(Izumigoh)は、ここからクルマで5分のところに福島空港があるが、水郡線とバスのリレー輸送は行なっていないように思える。必要性があれば、水郡線の新たな支線を作ってもいいように思う。

再び、険しい道に戻り、谷田川(Yatagawa)へ。普通列車水戸行きワンマンカーと行き違うが、駅舎は綺麗に整備されている。実はほかにもそういう駅舎があったが、無人駅でも“お客様を迎える”という、心づかいなのだろう(画像は磐城守山)。

東北新幹線の高架をくぐり、東北本線に合流すると、安積永盛に到着。水郡線全線完乗を達成した。

雨のせいか、天気は暗くなり、郡山総合車両センターではE531系グリーン車とE501系が合体をするという、“夢の共演”が見られたものの、一時的な措置であり、営業運転することはない(暗くて、画像が見づらいと思いますが、御勘弁を)。

16時26分、終点郡山水郡線のりばに到着した。なぜか、水郡線直通列車のホームは番線の数字をふっていないのが理解できない。

郡山は自動改札化されているが、Suica対応ではないので、違和感がある。ワンマンカーが多いこともあり、難しいようだ。ちなみに自動改札前にはミニチュアのSL、C63 2を展示していた。

郡山で本日最初の下車をして、郡山総合車両センターへ向かう。

雨の中を歩くが、郡山総合車両センターはE531系グリーン車が大量に搬入されており、既存車両の付け替えを行なう。奥には見づらいが、臨時特急<あいづ>用の485系、常磐線415系1500番台やE501系の姿もあり、車両の検査はここで行なわれる。また、E501系は2007年3月18日(日曜日)から運行区間が変更になるため、トイレの設置も行なわれている。どうせならば、最初からつけたほうがよかったようにも思うが…

郡山に戻り、17時46分発、東北本線の普通電車仙台行き(クハ718-3)に乗る。ちなみに前2両は第3編成、うしろ2両は第33編成で、長嶋茂雄さんがつけた歴代の背番号同士の連結となり、ラッキーである。

藤田を過ぎ、気がつけば雪。少々積もった程度で、越河(Kosugoh)が近づく頃には、ハイ、消えた!!

名取は仙台空港鉄道の起点となるところで、南仙台を発車すると、高架となり、2007年3月18日(日曜日)にオープンする新駅、太子堂を通過。長町を発車すると、地平に戻り、19時55分、終点仙台2番線に到着。この日は初の仙台泊まりである。

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