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2002年の汽車旅11-後編- [汽車旅2002]

IMG_0050.jpg

仙台の街を歩きたいところだが、そんな余裕はなく、東北本線の普通電車いわき行き(クハ700-104:原ノ町からワンマンカー)へ。  

16時53分に発車し、乗車時点では坐れなかったが、停まるごとに減ってゆき、岩沼から常磐線へ。701系シリーズはついに常磐線にも運行範囲を広げた。
 
普通電車いわき行き(原ノ町からワンマンカー)
                         編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
いわきなしク ハ700-104なし
 なしクモハ701-104なし
 なしク ハ700-105原ノ町止まり
仙台なしクモハ701-105原ノ町止まり

日が沈み、常磐線の駅の多くはマックラ!! 田舎だと思わせる光景だが、夜道に不安を感じる人は少なくないのではないかと思う。  

18時14分、原ノ町に到着。ここでうしろ2両を切り離し、ワンマンカーになる。鈍行でも閑散とする区間なのだから、ワンマンカーになるのは致し方ないが、長時間もロングシートに坐っていると、腰が痛む。

IMG_0051(いわき).jpg
 
19時50分、終点いわきに到着し、普通電車上野行き最終(5号車モハ414-719:セミクロスシート)に乗り換え、19時56分に発車。いわき-日立間は普通電車として、上野行きの終電になるが、いわき20時21分の特急〈スーパーひたち62号〉上野行きで向かう人が多いだろう。
 
普通電車上野行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
勝田1クハ411-624ロングシート
 2モハ414-524ロングシート
 3モハ415-524ロングシート。弱冷房車
 4サハ411-3セミクロスシート。リニューアル車
 5モハ414-719セミクロスシート
 6モハ415-719セミクロスシート
いわき7クハ411-524ロングシート
 
常陸多賀で特急〈スーパーひたち62号〉上野行き最終と待ち合わせ、新潟色の485系1500番台が留置していた勝田で、特急〈フレッシュひたち64号〉上野行き最終(8号車自由席クハ650-4)に乗り換え。青春18きっぷでは利用できないので、乗車券と自由席特急券を買わなければならないが、臨時快速〈SENDAI光のページェント号〉仙台行きの遅れが大いに響いているのだ。

IMG_0052(勝田).jpg
 
651系は特急〈スーパーひたち〉の車両だが、2002年12月1日(日曜日)から特急〈フレッシュひたち〉にも使われるようになった。これは上野-勝田間の愛称を特急〈フレッシュひたち〉に統一されることになったからだが、以前はエル特急〈スーパーひたち〉と特急〈フレッシュひたち〉が共存し、停車駅や所要時間に差がなかった。エル特急〈スーパーひたち〉は上野-水戸間ノンストップ運転が基本のため、愛称格差を徹底させたことになる。
 
特急〈フレッシュひたち64号〉上野行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
我孫子1クハ650-2指定席
 2モハ650-102指定席
 3モハ651-102×指定席
 4サロ651-2グリーン車
 5モハ650-2指定席
 6モハ651-2×自由席
 7クハ651-2自由席
 8クハ650-4自由席
 9モハ650-4自由席
 10モハ651-4×指定席
勝田11クハ651-101指定席

なお、2002年12月1日(日曜日)からJR東日本は「エル特急」の呼称をやめている。  

21時44分に発車。651系はMAX130㎞/hをマークすると、車内の情報案内装置で、誇らしげに表示するが、E653系にはない。また、藤代を通過すると、交流電化から直流電化に切り替わるが、651系は車内の照明が一時的に暗くなる。2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で、常磐線電流切り替えエリアで、車内の照明が一時的に暗くなる定期便の車両は651系だけ隣り、“ひと昔前”の車両になってしまった印象がある。  

22時40分、我孫子に到着し、2002年の旅はゲームセット!! 25時間20分後には2003年を迎えるのであった。

★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「ひたち(列車)」』はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「エル特急」』は
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③借りもののフイルム式コンパクトカメラで撮影しているため、画質がよくない写真がありますことを御了承下さい。



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2002年の汽車旅11-中編- [汽車旅2002]

IMG_0030(宝積寺).jpg

烏山へ戻り、10時39分発の普通列車宝積寺行きワンマンカー(キハ40 1004:ロングシート改造車)に乗り、11時20分、終点宝積寺へ。ここで自前のISO400の高感度フイルムにチェンジして、再び東北本線に針路を向けるが、11時21分発の普通電車宇都宮行きはこの当時、徐々に数を減らしていた115系4両編成だった。
 
普通列車烏山行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宝積寺なしキハ401004ロングシート改造車
烏山なしキハ401005ロングシート改造車

私は普通電車黒磯行き(クハE231-8016:セミクロスシート)に乗り換え、11時31分に発車。この電車は宇都宮で1~10号車を切り離しているが、この当時、E231系近郊形タイプの付属編成はなぜか号車札がなかった。
 
普通電車黒磯行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
黒磯なしクハE231-8016セミクロスシート
 なしサハE231-3016セミクロスシート
 なしモハE231-1045ロングシート
 なしモハE230-1045ロングシート
宝積寺なしクハE230-6016ロングシート

5両編成の電車は満席で、立客も出るほどの大盛況。12時10分、終点黒磯に到着し、普通電車郡山行き(クハ719-28)に乗り換え。壮絶な座席争奪戦に勝ち、進行方向に向いたクロスシートをGET。719系シリーズは変則的な座席配置で神経がピリピリする。JR東日本は意固地にも転換クロスシートの近郊形車両がない。どうして?

IMG_0031(黒磯).jpg
 
実は2003年、JR東日本のホームページで要望したのだが、座席に関する意見が多いらしく、いい回答は得られなかった。だが、21世紀に入ると211系2000・3000番台や701系シリーズのような“ロングシート政策”を脱し、E721系シリーズではセミクロスシートを主体という“国鉄の原点回帰”を選択。更に首都圏では近郊形グリーン車の強化をはかっている。E231系近郊形タイプも増備途中から基本編成のセミクロスシートの数を増やし、見直している。

IMG_0033(郡山).jpg
 
12時25分に発車し、残雪車窓を通り、13時27分、終点郡山に到着。すでに留置線には583系6両編成がお目見え。これは意外だったが、ひとまず下車をすると、有事法制を反対する駅前ライブが行なわれていた。
 
普通電車郡山行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
郡山なしクモハ719-2なし
 なしク ハ718-2なし
 なしクモハ719-28なし
黒磯なしク ハ718-28なし

IMG_0037.jpg

さて、再び郡山のホームに戻ると、583系はまだ留置していたが、レールファンの姿も多い。今回の旅の目玉は臨時快速〈SENDAI光のページェント号〉仙台行きで、583系を使用した“Special Rapid Service”で、ヘッドマークと方向幕は特製シールだが、ボディーの傷みがまざまざと見受けられ、残念。また、座席にシートカバーはないが、JR東日本所属の583系に乗るのは初めて。できれば寝台特急で乗りたかったのだが、叶うことはなかった。

IMG_0043.jpg
IMG_0040.jpg
 
いよいよ、臨時快速〈SENDAI光のページェント号〉仙台行き(6号車クハネ583-17)が入線。早くも満席で、3段式B寝台下段にしてしまう家族連れもいたが、客層はレールファンでそうでない人の半々。  

14時13分に発車。洋楽のチャイムが鳴り、そのあと、放送。王者の風格を感じる。また、長年、通いなれている道なので、リズミカルに走る。こっちは興奮して眠気が覚める。
 
臨時快速〈SENDAI光のページェント〉
               仙台行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
仙台6クハネ583-17なし
 5モハネ583-100なし
 4モハネ582-100なし
 3モハネ583-106なし
 2モハネ582-106なし
郡山1クハネ583-8なし

最初の停車駅、本宮に到着。各車両、ドアは1か所しかないせいか、停車時間をたっぷりとってあった。1分くらいだろうか。  

沿線では撮影隊の姿が多く、途中、東北本線上り線と別ルートで走るが、これが新鮮。なんせ、今まで青春18きっぷの旅では上り線しか利用していないから。

IMG_0044(福島).jpg
 
14時53分、福島に到着。白石付近で強風という情報が入ったため、2分遅れの14時57分に発車。晴れているのに吹雪が発生。だんだん曇って、徐行運転となり、藤田でダウン!! 大ピンチ!!

IMG_0046(雪でストップ).jpg
 
吹雪による強風で、大幅な徐行を余儀なくされ、運転再開。上り線のEH500“桃太郎”牽引による貨物列車も徐行。

IMG_0049.jpg
 
貝田(Kaida)を通過するものの、定刻より20分遅れ。そして、最後の停車駅、白石の発車は19分遅れの15時42分。これで順調に進むかと思いきや、仙台付近で“渋滞”に引っ掛かってしまい、終点仙台2番線に到着したのは定刻より31分遅れの16時27分だった。本来だと4番線に到着するのだが、雪でダイヤが乱れたことにより、雪が降っていない仙台に大きな影響を及ぼしたのである。

IMG_0036.jpg
 
臨時快速〈SENDAI光のページェント号〉は2002年12月14日(土曜日)に運行を開始。この年は12月31日(火曜日・大晦日)まで運行されたが、起用された583系はボロボロ。おそらく、2003年以降の運行はないものと思っていた。事実、乗車した編成は2003年3月で廃車にする予定だった。  

しかし、JR東日本仙台支社は廃車間際の583系の引き取りを決意。九死に一生をえて、郡山工場(現在は「郡山総合車両センター」に改称)で大規模な“オペ”を行ない、国鉄のテイストをできる限り再現して、戦列に復帰。6両編成でグリーン車がないのは残念な思いもあるが、普段、国鉄車両に郷愁に抱くことが薄い私でも、583系はこの色がいいんだよ!! やっぱり583系はこの色でなきゃ!! JR西日本の583系は色を変えてしまっているのは残念だが、最初に塗装変更された水色主体に比べれば、現在の塗装はまだいいほうなのだ。  

仙台で下車すると、自動改札機はSuica対応準備中。また、少し離れたところに人気薬屋、マツモトキヨシがあった。当時、関東地方で爆発的な人気のマツモトキヨシが地方に進出するのは珍しい時代だった。

なお、臨時快速〈SENDAI光のページェント号〉は2006年以降、運行されていない。


★備考

①583系備考一覧はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「SENDAI光のページェント」』はこちらにクリック!!

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2002年の汽車旅11-前編- [汽車旅2002]

2002年12月22日(日曜日)、フイルムの一眼レフカメラが故障。前日、雨という天候で私はカサを用意していなかったこともあり、ズブ濡れ。これが原因のようで、帰京後、修理に出した。  

しかし、次の旅が数日後にせまり、所用で実家に戻った際、コンパクトカメラを借りることになった。但し、ISO100という感度の悪いフイルムが入っているため、暗いところの撮影には向かず、ストロボをたかざるを得なくなる。もっとも、どのフイルムもコンパクトカメラだと暗いところや室内はストロボをたかなきゃいけないんだけどね。  

私はこの当時、デジカメを持っておらず、それほど普及していなかったような気がするものの、現像する必要性がないのは大きなメリットで、フイルム時代よりもボカスカ撮りまくっている。フイルムはコマ数が限られているため、現像料などを考えながら撮影していたが、デジカメはそこまで考える必要性が薄いため、メモ代わりのように撮ることが多い。

IMG_0008(東京).jpg
 
さて、2002年12月28日(土曜日)、JR東日本東京へ。いつもはホームから始まるところだが、今回は丸の内北口。「夢が輝く、光の先へ。」をキャッチフレーズとする第4回TOKYO MILLENARIOへ。しかし、21時チョッキシで終わってしまい、駅前にある“おまけ”しか見ることができなかった。  

徒歩で新橋へ足を向けると、酔っ払いが多いのは予想していた通りだったが、中国、台湾、韓国のオナゴがマッサージの強引な勧誘にあうが、断る(風俗業らしい)。朝5時までこのありさまらしいが、ちゃんとした仕事に就いてもらわないと困るね。んまぁー、サスペンス小説のネタになるかもしれないけど。

IMG_0010(新橋).jpg

2002年12月29日(土曜日)、JR東日本東海道本線新橋へ。上り1番電車は快速〈ムーンライトながら〉東京行きで、当然、それに乗ることはなく、2番電車は4時40分発の各駅停車東京・上野方面行き(4号車サハ205-60:山手線)に乗るが、ガラガラ。
 
各駅停車東京・上野方面行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
上野11クハ205-30なし
 10サハ204-306ドア車
 9モハ205-88なし
 8モハ204-88なし
 7サハ205-59なし
 6モハ205-89なし
 5モハ204-89なし
 4サハ205-60弱冷房車
 3モハ205-90なし
 2モハ204-90なし
新橋1クハ204-30なし

東京から東北本線に入り、上野で5番線にまわり、普通電車黒磯行き(2号車モハE230-3522:セミクロスシート)に乗り換え。冬季のためか、ドアは半自動扱いになっている。また、この当時、E231系近郊形タイプにグリーン車はない。

IMG_0012.jpg

初めてE231系近郊形タイプのボックスシートに坐るが、いきなりウサンクサイオヤジと相席になり、気分が悪い。また、意外にも朝帰りの利用客が多かったように思える。

普通電車黒磯行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
宇都宮10クハE231-6022ロングシート
 9サハE231-1064ロングシート
 8モハE231-1034ロングシート
 7モハE230-1034ロングシート
 6サハE231-6022ロングシート
 5サハE231-1065ロングシート
 4サハE231-1066ロングシート
 3モハE231-1522ロングシート。弱冷房車
 2モハE230-3522セミクロスシート
上野1クハE230-8022セミクロスシート

5時10分に発車し、栗橋で東武鉄道日光線6050系の準急東武日光行きに遭遇。浅草発の1番電車で、4両編成で運行。この当時、両社直通の連絡線はなく、建設するとは誰も想像していない時代だったが、当時から敷設できるスペースはあった。

2006年3月18日(土曜日)のダイヤ改正で、両社の相互直通運転がスタート。合わせて、準急は“イーハー東武”に譲り、新たに区間急行として再出発。旧式準急と同じ停車駅のため、大きな混乱もない。

小山は停車時間が長いため、半自動扱い。E231系近郊形タイプは寒冷地対策が施されているのだ。

IMG_0014.jpg

夜が明け、6時54分、宇都宮に到着。ここでもドアは半自動。私は日光線の普通電車日光行き(クハ106-4)に乗り換える。こちらもドアは半自動だが、E231系近郊形タイプはボタンで開閉できるのに対し、107系はドアを引かなければならない。  

107系は昭和63年(1988年)に入団。急行から普通電車に転用された165系を置き換えるため、誕生したものだが、車体は新製したものの、走行機器類や冷房装置は165系を転用。まるで車体更新車に思えるが、改造車という名目にはなっていない。  

165系は2ドアで、最低3両編成でないと運行できないことから、107系はロングシートの3ドアとした通勤形電車である。また、車両メーカーには発注せず、すべて自社の工場産である。

IMG_0015.jpg
 
クハ106形はトイレを設置しており、その向かい側は2人掛けの“枕木席”となっている。これはボックスシートでなければ、クロスシートでもない固定座席なのだ。進行方向に向いている場合は好都合の席かもしれないが、それ以外はすべてロングシートのため、常に坐っている人の表情を見るような感じになっている(1回、211系3000番台で坐ったことがあるが、落ち着かない)。  

日光線は勾配の多い路線のため、クモハ107形に砂箱を設け、台車が空転しないよう、努めている。また、冬季限定使用の霜取りパンタグラフも装備している。  

107系は日光線専用で、群馬地区には107系100番台が投入されており、砂箱と霜取りパンタグラフは装備していない。また、塗装も異なっている。  

7時03分、普通電車日光行きが発車。意外と終点日光まで距離があることに驚く。これではかつての“日光バトル”が東武鉄道を選ぶのがわかるような気がする。
 
普通電車日光行き編成表
普通電車宇都宮行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
日光なしク ハ106-4日光行きで乗車
宇都宮なしクモハ107-4宇都宮行きで乗車

鹿沼を発車すると、日光へアタックするかのように宅地が消えて、山岳へ。よく揺れる。そして、車窓は杉並木を走り、“花粉症線”と言いたくなる。

IMG_0017.jpg

7時51分、終点日光1番線に到着。日光線全線完乗を達成した。

IMG_0019(東武日光).jpg
 
一旦下車し、東武日光へ。この地へ訪れるのは東武鉄道日光線を全線完乗した平成9年(1997年)8月16日(土曜日)以来となる。日光の空気はおいしいさぁー。

IMG_0022.jpg
 
日光に戻り、8時11分発の普通電車宇都宮行き(クモハ107-4)に乗り、終点宇都宮には8時53分に到着。10番線へまわり、東北本線の普通列車烏山行きワンマンカー(キハ40 1005:ロングシート改造車)へ。

IMG_0021(宇都宮).jpg

この列車は宝積寺(Hohshakuji)から烏山線に入るため、気動車になっているが、サボが七福神のキャラクターが勢ぞろい。その下は大黒天様がえびす顔。

9時13分、9番線に寝台特急〈北斗星2号〉上野行きが到着した。

「ギョーザ、ギョーザ、ギョーザァー」  

と駅弁売りのオジサンが声を上げて、売り込みに精を出すが、その声は利用客に届かない。ちなみに食堂車のグランシャリオは5人利用していた。  

宇都宮はギョーザで有名だが、日本初の駅弁でも知られている。当時、日本初の駅弁はおにぎり2個とたくわんだった。

ところが、フリー百科事典『Wikipedia「駅弁」』によると、どこが最初なのか不明という説がある。

思えば、子供の頃、学研の『3年の学習』だったと思うが、付録の豆知識本で日本初の駅弁は宇都宮とハッキリ明記されていた記憶がある。学研の学習と科学は鉄道の知識を詰め込む貴重なアイテムだった。

駅弁売りのオジサンが大声を出すのも、日本初の駅弁という威信をかけているのだろう。

寝台特急〈北斗星2号〉上野行きの停車時間は1分もなく、すぐさま発車。これでは駅弁を買う勇気を持つお客は少ないと思うが、普通列車烏山行きワンマンカーも9時13分に発車。

宝積寺から烏山線に入り、ローカルムードを漂わす田園風景。仁井田(Ni-ita)から勾配を登ってゆく。

 
普通列車烏山行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
烏山なしキハ401005ロングシート改造車
宇都宮なしキハ401004ロングシート改造車

キハ40系1000番台に乗って驚くのは、①トイレ撤去。②スーパーロングシート。③車外ブザーと「扉が閉まります。御注意下さい(×2)」の音声は帝都高速度交通営団と同じであること(東京地下鉄に変わった現在も03系で聴くことができる)。

IMG_0024.jpg

10時02分、終点烏山に到着し、全線完乗を達成した。

あるコンビニの烏山金井店で昼食を購入するも、玄関の店名表示が「鳥山金井店」になっていた(撮ればよかった)。


★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「JR東日本107系電車」』はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「烏山線」』は
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③フリー百科事典『Wikipedia「駅弁」』は
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④借りもののフイルム式コンパクトカメラで撮影しているため、画質がよくない写真がありますことを御了承下さい。

⑤岸田法眼のRailway Blog.「まだまだ1800系2007(日光線臨時快速-前編-)」は
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⑥岸田法眼のRailway Blog.「まだまだ1800系2008」はこちらにクリック!!



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2002年の汽車旅10-最終回 [汽車旅2002]

米原でJR東海の普通電車大垣行き(サハ311-8)に乗り換え。最後部のクハ310-8にある公衆電話はNTT DoCoMo製にビックリ!! DoCoMoはケータイだけではなかった。

普通電車大垣行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
大垣 なし クモハ313- 303 なし
  なし ク ハ312- 303 なし
  なし クモハ311- 8 なし
  なし モ ハ310- 8 なし
  なし サ ハ311- 8 なし
米原 なし ク ハ310- 8 なし

試しに某氏にかけさせてもらったが、“ケータイ公衆”だとは…

なお、2008年現在、311系の公衆電話は利用率が低いのか、それとも「車内での通話は御遠慮下さい」という放送を流しているので、矛盾に気づいたのか、公衆電話は撤去された。

終点大垣は20時過ぎに到着。“臨時大垣夜行”こと、臨時快速東京行き(7号車モハ167-4:簡易リクライニングシート)に必ず坐りたいから。すべて早い者勝ちのため、躍起になるのだが、意外にも空席があるほどのスタートだった。



私は前回の悔しい思いを晴らすべく、簡易リクライニングシートへ(画像は2002年12月20日に撮影)。これで今回のJR利用はボックスシートとロングシートに当たらなかったことになる。青春18きっぷの乗り継ぎでは“極上の贅沢”になるであろう。

臨時快速東京行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
東京 8 ク ハ167- 7 簡易リクライニングシート
  7 モ ハ167- 4 簡易リクライニングシート
  6 モ ハ166- 4 簡易リクライニングシート
  5 ク ハ167- 8 簡易リクライニングシート
  4 ク ハ167- 17 リニューアル車
  3 モ ハ167- 9 リニューアル車
  2 モ ハ166- 9 リニューアル車
大垣 1 ク ハ165- 18 リニューアル車

2002年12月23日(月曜日・天皇誕生日)、満席、相席になることなく、熱海でJR東日本に入り、終点東京に到着した。

※いただいたコメントの返信は下記の理由により、2008年2月27日(水曜日)以降になります。あらかじめ御了承下さい。

★お知らせ

いよいよ本日(2008年2月25日)、so-net blogは15時から、2月27日(水曜日) 10時までの予定で、43時間にも渡る大規模なメンテナンスを行ないます。つまり、2月26日(火曜日)は“終日運休”ということになります。

43時間メンテナンス中は『eyeVio 岸田法眼's ホーム』、『Yahoo! セカンドライフ』、『岸田法眼のRailway Talk.』を御利用下さい(備考欄参照)。また、ブックマーク及びお気に入りに登録されていない方は追加をお願いいたします。

大規模メンテナンスが終了いたしますと、ブログアドレスは「http://railway583.blog.so-net.ne.jp/」に変更される予定ですので、あらかじめ御承知おきください。

よろしくお願いいたします。

★備考

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2002年の汽車旅10-7 [汽車旅2002]



東岡山で山陽本線に戻り、終点岡山に到着。快速〈マリンライナー27号〉高松行き(3号車自由席クモハ213-3)と顔を合わせるが、ここで一眼レフカメラが故障するアクシデントに見舞われ、撮影不能。どうもツイていない。使い捨てカメラは写りが悪いので、もう目に焼きつけるほかない。

一眼レフカメラが故障した原因は水。2002年9月7日(土曜日)に浄土ヶ浜で船酔いにあい、実は一眼レフカメラは波しぶきでゲロピーと共に少し濡れてしまっていた。そして、前日の雨に拍車をかけてしまった。まさか雨が降るとは想定しておらず、カサを持っていなかったのである。

快速〈マリンライナー27号〉高松行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
高松 1 ク ロ212- 1 グリーン車
  2 サ ハ213- 7 指定席
  3 クモハ213- 7 自由席
  4 ク ハ212- 2 自由席
  5 サ ハ213- 2 自由席
岡山 6 クモハ213- 2 自由席。弱冷車

宇野線の快速〈マリンライナー27号〉高松ゆきに乗り換え、茶屋町で本四備讃線に入り、児島でJR四国に踏み入れると瀬戸大橋。これで3年連続4回目となる“3島制覇(北海道、四国、九州)”を果たした。

宇多津のジャンクションで予讃線に入り、終点高松に到着。当初は高松琴平電気鉄道に乗るつもりでいたが、赤穂線を選んだ影響で時間的にギャンブルになることが判明し、断念。高松駅近くにある『ざるうどんの宗家川福』で、釜あげうどんを賞味。本家は細打ちで、カツオだしと思われるつゆはいい。

余談だが、高松琴平電気鉄道は2003年7月26日(土曜日)に乗り、完全制覇を果たした。

快速〈マリンライナー36号〉岡山行き(6号車自由席クモハ223-4:弱冷車)で折り返し、進行方向右側の最前列に坐り、前面展望。


快速〈マリンライナー36号〉岡山行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
岡山 6 クモハ213- 4 自由席。弱冷車
  5 サ ハ213- 4 自由席
  4 ク ハ212- 4 自由席
  3 クモハ213- 9 自由席
  2 サ ハ213- 9 指定席
高松 1 ク ロ212- 3 グリーン車

JR西日本に戻り、児島で競艇帰りのジジイが大量乗車。ほかのお客も唖然(Azen)としていた。

余談だが、快速〈マリンライナー〉は2003年10月1日(水曜日)、213系から5000系(JR四国)と223系5000番台(JR西日本)にチェンジされた。初代の213系は運行開始から15年で勇退したわけだが、昭和63年(1988年)4月10日(日曜日)の運行開始時に連結されたハイデッカーグリーン車は15年で退いたことになる。

213系は国鉄最後の車両で、JR西日本になってから快速〈マリンライナー〉にグリーン車を連結することになったが、ステンレス車体にすればいいものを鋼製にしたことが疑問だったし、違和感があった。ただ、柔らかなデザインをした鋼製車体は翌年に入団した221系につながっている。

一説によると、グリーン車の鋼製車体が災いして、瀬戸大橋を渡るため、塩害により腐食が激しくなったという。このため、2代目車両はオールステンレスとなったが、初代213系以上の活躍を願いたいものである。

2008年2月24日(日曜日)現在、213系は一部が廃車され、短命になってしまったが、2008年4月10日(木曜日)、瀬戸大橋開業20周年記念として、高松-岡山間で1日限りのリターンズを行なう。

臨時快速〈懐かしの213系マリンライナー〉は高松を11時49分に発車し、終点岡山には12時56分に到着するが、213系6両編成で、全車指定席。グリーン車はジョイフルトレイン、『スーパーサルーンゆめじ』のクロ212-1001を起用し、1号車に連結。この手は今まで何度かあり、私も1度目撃している。

終点岡山で山陽本線の普通電車姫路行き(モハ114-3507:元117系)に乗り換え。運がイイことに元117系を連結していたので、迷わずそこへ。最初は転換クロスシートの相席だったが、空席があった直後に固定座席へ移動。背もたれの角度の違いをまざまざと感じる。
 
普通電車姫路行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
姫路 なし クモハ115- 1512 なし
  なし モ ハ114- 1151 なし
  なし ク ハ115- 1204 弱冷車
  なし ク ハ115- 305 なし
  なし モ ハ115- 3507 元117系
  なし モ ハ114- 3507 元117系
岡山 なし ク ハ115- 306 弱冷車

余談だが、車番チェック時と坐っているときに別の車掌から車内検札を受けた。

終点姫路で新快速米原方面長浜行き(8号車クモハ223-3039)に乗り換え。ちなみに神戸ルミナリエ開催の影響により、補助座席はロックされていた。

鷹取でJR東日本E231系近郊形タイプ数両を発見!! どうやら川崎重工製であるが、車両のグレードの差をまざまざと感じる。


新快速米原方面長浜行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
米原 8 クモハ223- 3039 なし
  7 サ ハ223- 2084 なし
  6 サ ハ223- 2085 なし
  5 モ ハ222- 2016 なし
  4 サ ハ223- 2086 なし
  3 サ ハ223- 2087 なし
  2 モ ハ223- 2016 弱冷車
姫路 1 ク ハ222- 2039 弱冷車

神戸から東海道本線に入るが、3ドアでも乗降に手間取り、大阪は2分、京都は3分遅れで発車。3分遅れのまま米原に到着した。

★備考

①221系備考一覧はこちらにクリック!!

②JR西日本ホームページは
こちらにクリック!!

③JR四国ホームページは
こちらにクリック!!

④岸田法眼のRailway Blog.「2002年の汽車旅9-11(特急〈はつかり〉〈スーパーはつかり〉フォーエヴァー)」は
こちらにクリック!!

⑤岸田法眼のRailway Blog.「2002年の汽車旅10-3(有田鉄道線フォーエヴァー)」はこちらにクリック!!

⑥岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅5-1(221系新快速リターンズ2003)」はこちらにクリック!!

⑦岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅6-4」は
こちらにクリック!!

★お知らせ

2008年2月25日(月曜日)15時から、2月27日(水曜日)10時までの予定で、大規模なメンテナンスが行なわれるため、アクセスすることができません。

くわしくは画面左上にございます「岸田法眼からのお知らせ⑤」を御覧下さい。


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2002年の汽車旅10-6 [汽車旅2002]

2002年12月22日(日曜日)、ホテルをチェックアウト後、四ツ橋駅がわからず、気がついたら本町駅へ行っちゃったゼ。東京も大阪も地下鉄路線網が充実すると、遠いように思えるところも案外、近場にあるもんだなと思う。



御堂筋線千里中央行き(8901:北大阪急行電鉄車。ローレル賞のプレートつき)へ。北大阪急行電鉄(通称、「北急」)8000系『ポールスター号』は平成10年(1998年)4月以来、4年ぶりの利用。先代の2000系に比べ、大幅にグレードアップしているし、オリジナリティーがある。

千里中央行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
梅田なし8001ローレル賞のプレート
 なし8101なし
 なし8201なし
 なし8301なし
 なし8401女性専用車両
 なし8501なし
 なし8601なし
 なし8701なし
 なし8801なし
本町なし8901ローレル賞のプレート
当時、女性専用車両は平日初電から9時まで

8000系は昭和61年(1986年)に入団。北急初の冷房車で、阪急電鉄系列の会社のため、内装はそれに準じているが、第3軌条の車両では珍しい側面方向幕の設置、グローブつき照明、速度計といった計器類がデジタル表示化、車両への通り抜けドアはタッチすると自動で開くタイプにするなど、斬新かつ衝撃的。更に『ポールスター号』と名づけた。

昭和62年(1987年)、鉄道友の会ローレル賞を受賞。同じ年に御堂筋線のなかもず延伸で9両編成化。更に平成7年(1995年)から平成8年(1996年)にかけて、御堂筋線の混雑緩和のため10両編成化している。

北急車は基本的に千里中央-なかもず間の運行となっており、東京地下鉄千代田線や半蔵門線などで行なっている他社車両の精算運用(地下鉄線内の折り返し運用)はやっていない(半蔵門線は東武鉄道の対応車両数が少な過ぎるため、清澄白河や押上で折り返す運用がある)。

北急南北線は何度か利用しているが、今までポールスター号に当たったことはなく、平成10年(1998年)4月に大阪市交通局21系を利用した以外はすべて10系を利用している。ちなみに21系の利用はこの1回だけ。理由はほかの路線でいつでも乗れるためで、御堂筋線専用車の10系にこだわる。また、2005年以降、中央線は専用車となった20系の利用にこだわるものの、日中は7分おきのため、近畿日本鉄道車で妥協することもある。

梅田で東海道本線の大阪9時00分発、新快速姫路行き(5号車クハ222-2017:弱冷車)に乗り換え。

新快速姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
姫路1ク ハ222-1013弱冷車
 2モ ハ222-1021なし
 3サ ハ223-1037なし
 4クモハ223-1013なし
 5ク ハ222-2017弱冷車
 6モ ハ223-2008弱冷車
 7サ ハ223-2041なし
 8サ ハ223-2040なし
 9モ ハ222-2008なし
 10サ ハ223-2039なし
 11サ ハ223-2038なし
大阪12クモハ223-3017なし



神戸で山陽本線に入り、終点姫路で普通電車三原行きに乗り継ぐつもりが221系の回送が入線。なんとこれが赤穂線経由の普通電車岡山行き(1号車クハ221-56:弱冷車)となり、予定変更!! 221系と転換クロスシートの魅力、魔力に引き込まれる恰好になった。但し、方向LEDは「岡山」に物足りなさを感じる。岡山方面は山陽本線オンリーと赤穂線経由の2種類があるのだから、この場合は「播州赤穂方面岡山」か「赤穂線経由岡山」がいいだろう。

相生で223系2000番台の臨時に遭遇。英訳は「Special Train」と表示。

普通電車岡山行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山1ク ハ221-56弱冷車
 2サ ハ221-56なし
 3モ ハ221-56なし
姫路4クモハ221-56なし



ここから赤穂線に入り、長船(Osafune)で105系の普通電車相生行きと行き違う。まさか赤穂線で105系を見るとは思わなかったが、ロングシートから転換クロスシートまで、車種は幅広いようだ。ちなみに221系という理由で乗車変更した人は私以外にもいた。

西大寺でも105系と行き違うが、前2両は広島色だった。

空席は見られるものの、全区間、前面展望をするレールファンがいた。トンネル区間は右以外の窓にカーテンがかかるが、入団当初はすべて下ろしていた。その後、223系2000番台の“普及”により、現在はそこだけ“サングラス化”している。

★備考

①北大阪急行電鉄ホームページはこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「北大阪急行電鉄8000形電車」』はこちらにクリック!!

③221系備考一覧はこちらにクリック!!


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2002年の汽車旅10-5 [汽車旅2002]

新大阪で東海道本線の快速(明石から普通電車)姫路方面網干行き(1号車クハ221-51:大阪から女性車掌乗務)に乗り換え。大阪到着前に座席を獲得し、作戦成功!!(梅田ではなく、新大阪で乗り換えたのは坐りたかったからだ)



神戸ルミナリエの元町を過ぎるが、ここから三ノ宮への一方通行だと知る。

神戸で新快速姫路行きに追いつかれ、越されてしまう。快速(明石から普通電車)姫路方面網干行きは定刻より、2分遅れていたのだ。

快速(明石から普通電車)
姫路方面網干行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
神戸1ク ハ221-51弱冷車
 2サ ハ220-51弱冷車
 3モ ハ220-43なし
 4サ ハ220-43なし
 5モ ハ220-42なし
 6サ ハ221-42なし
 7モ ハ221-51なし
新大阪8クモハ221-51なし

神戸で下車し、ハーバーランドを散策するが、神戸市交通局(神戸市営地下鉄)海岸線(夢かもめ)ハーバーランド駅が隣接していたことに驚いた。

海岸線(夢かもめ)はJR線(三ノ宮-神戸間は東海道本線、神戸-新長田間は山陽本線)に並行しているため、苦戦するのではと懸念したが、2007年12月9日(金曜日)にダイヤ改正を行ない、増発やラッシュ時の和田岬や日中のハーバーランドで停車時間にゆとりを持たせるなど、神戸市民の足として、定着しているようで、ひと安心していいのかもしれない。


各駅停車JR東西線経由松井山手行き(クハ206-1041:弱冷車)に乗り、元町で下車。いよいよ、“夢灯す光の彫刻”、第8回神戸ルミナリエだ。
 
各駅停車JR東西線経由松井山手行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
元町なしクモハ207-1041なし
 なしサ ハ207-1027なし
 なしモ ハ207-1032女性専用車
 なしク ハ206-1041弱冷車
 なしクモハ207-1062なし
 なしサ ハ207-1048なし
神戸なしク ハ206-1062弱冷車
当時、女性専用車は平日の初電から9時まで

初めて見るが、輝きのアートは人々の心をひきつけるほどまぶしく、衝撃的。また、この企画は募金で支えられているので、翌年やるかやらないかは人々の温かい思いやり次第。私も少ない額だが100円以上を募金した。

 

神戸ルミナリエは年々、募金額が減少しており、2007年はとうとう悲鳴をあげざるを得ない状況になってしまった。2007年開催時は100円募金を呼びかけるほどで、2008年以降、未来永劫に光が輝くことを願っている。  

三ノ宮で快速(高槻から普通電車)京都方面柘植行き(For Tsuge.1号車クハ221-53:弱冷車)へ。

快速(明石から普通電車)
京都方面柘植行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
大阪6クモハ221-53なし
 5モ ハ221-53なし
 4サ ハ221-53なし
 3モ ハ220-44なし
 2サ ハ220-44弱冷車
三ノ宮1ク ハ221-53弱冷車

この当時、221系新快速リターンズがあることを知らず、2003年1月発売の『鉄道ファン』の投稿記事で初めて知った。但し、投稿記事の写真は207系新快速だったが、ものすごく悔しい思いをした。221系の代名詞は新快速なのだから。

 

大阪で下車し、通称、丸ビルの地下2階にある中華料理屋でマーボー丼。この店で食べる食事の9割はそれである。  

四つ橋線西梅田から住之江公園行き(23216)に乗り、四ツ橋へ戻り、インターネットカフェへ。30分180円にひかれて行ったが、この時、ナイトパックの存在に気づいた。“インターネットカフェなら安く泊まれるだろう”と。
 
住之江公園行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
四ツ橋なし23916なし
 なし23216なし
 なし23316なし
 なし23816なし
 なし23116なし
西梅田なし23616なし

この汽車旅はある意味、現在の体制の礎(Ishizue)になるようなものだったと言える。

★備考

①神戸市交通局ホームページは こちらにクリック!!

②神戸ルミナリエホームページは
こちらにクリック!!

③221系備考一覧は
こちらにクリック!!

④岸田法眼のRailway Blog.「221系新快速リターンズ総集編」は
こちらにクリック!!


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2002年の汽車旅10-4 [汽車旅2002]



天王寺で大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線の始発、新大阪行き(1112:リニューアル車)に乗り換える。



前から5両目(のちに「6号車」と称するようになる)は女性専用車両で、2002年11月11日(月曜日)から導入。平日の初電から9時までとなっていたが、2004年9月6日(月曜日)から平日終日に拡大された。また、わかりやすくするため、そこだけ夢塗装車にしている。

新大阪行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
なんば なし 1112 リニューアル車
  なし 1012 リニューアル車
  なし 1912 リニューアル車
  なし 1312 リニューアル車
  なし 1212 リニューアル車。女性専用車両
  なし 1612 リニューアル車
  なし 1712 リニューアル車
  なし 1412 リニューアル車
  なし 1512 リニューアル車
天王寺 なし 1812 リニューアル車
当時、女性専用車両は平日初電から9時まで

話は変わり、大阪府の財政悪化を象徴するかのように、大阪市交通局は2008年3月31日(月曜日)で大阪市営定期観光バスの営業終了を決めた。大阪市営地下鉄も民営化のウワサもあるなど、苦戦をしいられている。



なんばで四つ橋線の西梅田行き(23601)に乗り換え。手前の大国町だと同一ホームで乗り換えたほうが便利なのはわかっているが、“御堂筋線主義”だから、1区間でも長く乗りたくなってくる。大阪市営地下鉄唯一の黒字路線で、大阪のシンボルの1つと言えるだろう。

西梅田行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
四ツ橋 なし 23601 なし
  なし 23101 なし
  なし 23801 なし
  なし 23301 なし
  なし 23201 なし
なんば なし 23901 なし

四ツ橋で下車し、『大阪年金会館ウェルシティ大阪』というホテルでチェックイン。ちなみに大阪で宿泊するのは平成10年(1998年)4月以来、4年ぶりとなる。

千里中央行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
新大阪 なし 1117 なし
  なし 1017 なし
  なし 1917 なし
  なし 1317 なし
  なし 1217 女性専用車両
  なし 1617 なし
  なし 1717 なし
  なし 1417 なし
  なし 1517 なし
心斎橋 なし 1817 なし
当時、女性専用車両は平日初電から9時まで



早々に外出して、四ツ橋と心斎橋が直結していることに気づき、御堂筋線の千里中央行き(1117)に乗って、新大阪へ向かった。

※エクセル使用により、ノロノロ運転の掲載となっております。御了承下さい。


★備考

①大阪市交通局ホームページはこちらにクリック!!

②10系備考一覧はこちらにクリック!!


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2002年の汽車旅10-2 [汽車旅2002]

大阪で大阪環状線の各駅停車西九条・弁天町方面行き(サハ102-5:リニューアル車)に乗り継ぐ。

関西は雨で、かなり曇っているせいか、8時台であるにもかかわらず、気味が悪いほど暗い。街路灯やクルマのヘッドライトがついているのだから。

各駅停車西九条・弁天町行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
天王寺なしクハ103-186リニューアル車。弱冷車
 なしモハ102-443リニューアル車。弱冷車
 なしモハ103-288リニューアル車
 なしサハ103-417女性専用車
 なしサハ102-5リニューアル車
 なしモハ102-442リニューアル車
 なしモハ103-287リニューアル車
大阪なしクハ103-187リニューアル車
当時、女性専用車は平日の初電から9時まで

天王寺で阪和線の関空快速関西空港行き&紀州路快速和歌山行き(①天王寺-日根野間は5号車クモハ223-2502:関空快速。②日根野-和歌山間は7号車サハ223-5:紀州路快速)に乗り換え。関空快速&紀州路快速の一部は天王寺発着である。



天王寺-日根野間は223系2500番台を利用。今まで乗ったことがなかったからだが、当初は編成を5両と3両に組み替えるため、不足する先頭車の“穴埋め役”として登場した。

2007年には編成単位で増備され、初めて中間車が登場。2008年3月15日(土曜日)のダイヤ改正で、編成を4両に組み替える。“本家”の223系は波瀾万丈の車両である。

 

本家の223系は平成6年(1994年)に入団。関西空港線の開業に備えたもので、221系をベースにしているが、ステンレス車体、VVVFインバータを採用した。  

一部は座席の向きを固定しているが、転換クロスシートは2人掛けと1人掛けにして通路幅を確保。これは1人掛けの席はスーツケースが置きやすいようにしているためである。ラッシュ時だと混雑緩和になるのだろう。  

しかし、本家の数は少なく、平成7年(1995年)に223系1000番台、平成11年(1999年)に223系2000番台と223系2500番台、2003年に223系5000番台といった“分身”が登場。本家は“控えめな存在”となってしまった印象を受ける。特に223系2000番台が登場してからは番台区分されても「223系」と呼ばれるようになり、“本家”は気の毒だ。

本家の化粧板は寒色系だが、223系2500番台は暖色系を採用。シートモケットは本家と同じグレーである。
 
関空快速関西空港行き&紀州路快速和歌山行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
 1ク ハ222-2502関空快速。弱冷車
 2サ ハ223-102関空快速
 3モ ハ223-2関空快速
 4サ ハ223-4関空快速
 5クモハ223-2502関空快速。天王寺-日根野間で乗車
和歌山6ク ハ222-101紀州路快速。弱冷車
 7サ ハ223-5紀州路快速。日根野-和歌山間で乗車
天王寺8クモハ223-101紀州路快速
日根野で関空快速と紀州路快速の編成を分割

和泉府中で降りるお客が多くなり、日根野へ。ここで編成を分割し、紀州路快速に移る。

11547429.jpg
 
終点和歌山で紀勢本線の普通電車御坊行き(クハ116-14:弱冷車)に乗り換え。エル特急〈くろしお3号〉新宮行きを先に発車させるが、ガラガラだった。

普通電車御坊行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
御坊なしクハ116-14弱冷車
 なしモハ116-28なし
 なしモハ117-28なし
和歌山なしクハ117-14なし

 

海南-加茂郷間は“紀伊水道オーシャンショー”で、みかん畑が点在する紀伊宮原で特急〈オーシャンアロー5号〉新宮行きの通過待ち。紀勢本線にコンバートされた117系は283系をベースにしているものの、色合いに違和感がある。塗り替えるなら、白をベースに海色の帯を巻いたほうがよかったのではないだろうか。ちなみに紀伊水道オーシャンショーはほかに下津-初島間、広川ビーチ-紀伊由良間でちょこっとだけ見える。

 

普通電車御坊行きの先頭車、進行方向左側最前列はJR事業用品運搬スペースにあてており、どうやらカレンダーを運んでいる模様である(運搬責任者の許可を得て、撮影した)。

 

終点御坊で紀州鉄道(路線名は紀州鉄道線)の西御坊行きワンマンカー(キハ603)に乗り換え。社名のワリには本社が東京にあるという不思議な鉄道だ。ホームは0番のりばで、向かいの1番のりばは紀勢本線のホームである。いったん改札を出る必要がないどころか、連絡改札もないため、乗り換えしやすい。

 

車両はアメ色の照明が半分ついており、ボックスシート主体。気動車というより、「汽車」が似合いそうだ。

西御坊行きワンマンカー編成表
御坊行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
御坊⇔西御坊なしキハ603なし

お客は私を入れて、たった2人というのは悲しいが、途中、学門、紀伊御坊、市役所前に停まり、終点西御坊に到着。全線完乗を達成した。

 

西御坊から先は100メートルほどだろうか、レールが延びているが、ホーム先端に囲いがあるため、通ることはない。また、西御坊はスペースが狭く、キュークツなのが印象に残る。かつては「日本一、距離の短い鉄道」と言われていたが、芝山鉄道にその座を明け渡しているものの、途中駅はなく、どちらも3キロ未満である。  

昭和3年(1928年)12月13日(木曜日)、御坊臨港鉄道が誕生し、昭和6年(1931年)6月15日(月曜日)、御坊-御坊町間が開業した。

開業から1か月もたたないうちに御坊町は「紀伊御坊」に改称されているが、当時の距離は1.74キロ。旅客よりも貨物輸送が主体で、木材やみかんを積んでいたという。また、御坊-紀伊御坊間の途中駅は財部(Takara)、中学校前で、学門はなかった。

昭和7年(1932年)4月10日(日曜日)、紀伊御坊-松原口間(900メートル)、昭和9年(1934年)8月10日(金曜日)に700メートル先の日高川まで延伸。わずか3.4キロであるが、全通した。ちなみに松原口はやはり開業から1か月もたたないうちに「西御坊」に改称されている。また、西御坊-日高川の途中駅として、日の出紡績を設けた。

昭和16年(1941年)12月8日(月曜日)、戦局の悪化にともない、財部、中学校前、日の出紡績は不急不要駅に認定されてしまい、失うことになる。当時、戦局の悪化により、鉄道にも影響が及び、一部路線の営業休止や単線化が余儀なくされたのである(再起不能になった路線もある)。さいわい、御坊臨港鉄道は営業休止の危機をまぬがれた。

「不急不要駅」や「不急不要線」は昭和16年(1941年)8月30日(土曜日)、武器生産に必要な金属資源の不足を補うことを目的に公布されたもので、日本政府の命令により線路などを撤去された鉄道路線などをさす。  

昭和20年(1945年)3月13日(火曜日)、日高川は空襲の被害にあい、復旧するまで4年5か月もかかった。そして、昭和20年(1945年)8月15日(水曜日)、終戦となる。

広島と長崎に落とされた原爆が大きな契機となったが、アメリカ側は「戦争を終わらせるには原爆を落とさなければならなかった」という(「仕方ない」の久間発言と同じこと)。しかし、アメリカ人によっては「2度も落とす必要はなかった」と考えている人もいる(2007年8月10日放送の『太田光の私が総理大臣になったら… 秘書田中。』による)。  

昭和28年(1953年)7月18日(土曜日)、水害により全線が被害を受け、完全復旧したのは昭和30年(1955年)2月5日(土曜日)である。開業以来、経営が良好とは言えず、220萬の国庫補助を受け、私鉄債2400萬を復旧のために借りて、復旧にこぎつけたのである。  

昭和30年(1955年)6月に西御坊から分岐し、大和紡績和歌山工場へ向かうわずか85メートルの貨物線が開業。昭和32年(1957年)10月1日(火曜日)、紀伊御坊-西御坊間に市役所前が誕生した。  

しかし、災害やクルマ社会の浸透、過疎化にともない、経営が悪化。赤字に悩まされており、存続の危機に直面するが、昭和47年(1972年)11月に磐梯(Bandai)電鉄不動産が買収した。  

磐梯電鉄不動産は元々、磐梯急行電鉄という鉄道会社だったが、昭和43年(1968年)10月14日(月曜日)に倒産し、休業。昭和44年(1969年)3月29日(土曜日)で再建を断念したが、日本では唯一かもしれない、“電車が走っていない電鉄”である。

倒産により、磐梯電鉄不動産を設立し、こちらの経営はよかったようで、そうでなければ存続の危機にあった御坊臨港鉄道を買収することはなかっただろう。  

昭和48年(1973年)1月1日(月曜日・元旦)、御坊臨港鉄道は「紀州鉄道」に改称。磐梯電鉄不動産も紀州鉄道に社名を改めた。鉄道よりもホテルや不動産事業が主体のため、本社が東京にある。  

昭和54年8月10日(金曜日)、御坊-紀伊御坊間に学門が誕生。これは不要不急駅とみなされ、失ってしまった中学校前の近くに設けられた。  

昭和59年(1984年)2月1日(水曜日)、国鉄はダイヤ改正を行ない、赤字に悩まされ、毎年のように運賃値上げをしていたが、地方に新車を積極的に投資できず、583系の近郊形改造車がデビューするというショッキングな出来事でもあった。  

国鉄の貨物事業も経営合理化にともない、紀州鉄道に貨物列車が走らなくなり、その影響で昭和59年(1984年)6月には大和紡績和歌山工場へ向かう貨物線を失った。更に平成元年(1989年)3月31日(金曜日)、西御坊-日高川間も失った。  

紀州鉄道はその後も利用客は減っており、2008年になると、ついに存続の危機であることを明らかにした。そこで、鉄道事業の責任者を募集するという。  

条件は①やる気のある方。②できれば鉄道会社の経験者。未経験者も可。③年齢・性別不問である。但し、いすみ鉄道や茨城交通改め、第3セクター、ひたちなか海浜鉄道湊線の社長公募と違うのは、まず社長ではないことと年俸が不明であることだ(いすみ鉄道、ひたちなか海浜鉄道の社長は年俸700萬)。

私は第3セクター、いすみ鉄道の社長に応募し、落選した身だが、考えてみたいものの、もし、責任者になったとして、東京から“遠隔操作”ができるのか、あるいは御坊に移住しなければならないのか、わからない部分がある。  

和歌山県の鉄道は茨城県と同様、危機的な状況で平成6年(1994年)3月31日(木曜日)に野上電気鉄道がフォーエヴァー。これを皮切りに有田鉄道は2002年12月31日(火
曜日・大晦日)でフォーエヴァー。南海電気鉄道和歌山港線は2002年5月25日(土曜日)、和歌山港-水軒間がフォーエヴァー(この区間は電車が1日2往復しか走らなかった)。更に2005年11月27日(日曜日)には和歌山市-和歌山港間の途中駅をすべて切り捨てた。また、貴志川線の経営も2005年9月30日(金曜日)で撤退することも明らかにしたが、岡山電気軌道が引き継ぐことになり、新会社として、和歌山電鐵が誕生。そのため、準備期間が必要とされ、南海電気鉄道としての運行は半年延び、2006年4月1日(土曜日)、和歌山電鐵として再出発した。  

和歌山電鐵は『いちご電車』、『おもちゃ電車』、貴志駅のねこの駅長という“3本柱”で話題を呼んでおり、利用客も増えている。ところが、紀州鉄道はそこまで費用はかけられないらしい。また、原油の高騰もあるので、更に厳しくなることが予想される。

11555296.jpg

 
西御坊から御坊行きワンマンカー(キハ603)で折り返し、紀勢本線に乗り換えるが、普通電車紀伊田辺行きワンマンカーは113系シリーズの体質改善車で、フェイスが103系に似ている。

★備考

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2002年の汽車旅10-1 [汽車旅2002]



2002年12月20日(金曜日)、JR東日本品川へ。19時30分過ぎに7番線の臨時ホームへ乗り込むと、軌道総合試験車、『East i-E』こと、E491系が止まっていた。2002年に入団し、JR東日本の電化区間なら、どこでも入れるようになっている。

23時55分発、東海道本線の臨時普通電車(小田原から臨時快速)大垣行きを待つが、指定席は1両もないため、発車の4時間以上も前に並ばないと坐れない。厳密に言えば、“坐りたい席に坐れない”。私は進行方向右側に坐りたがるタチで、ロングシートは進行方向左側でもかまわない。かえって、進行方向左側だとラッシュ時でない限り、すれ違う列車を見ることができる。鉄道に魅力を感じる者にとって、進行方向右側は“宿命の席”なのかもしれない。

4時間以上前に並んでも、冬の寒さで待つのはキツイ。乗車口に荷物を置いて、“エキナカショッピング”の本屋で立ち読み。



臨時普通電車(小田原から臨時快速)大垣行き(2号車モハ166-1)が入線したものの、山手線の遅れにより、定刻より7分遅れの2002年12月21日(土曜日)0時02分に発車。1~4号車はボックスシートだが、5~8号車は“「簡易リクライニングシート」という名の隠しダマ”を使い、早くも満席。ちなみに私が乗った1号車はボックスシートで、急行形車両の標準座席である。

臨時普通電車(小田原から臨時快速)大垣行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
大垣1ク ハ165-3なし
 2モ ハ166-1なし
 3モ ハ167-1なし
 4ク ハ167-1なし
 5ク ハ167-6簡易リクライニングシート
 6モ ハ166-3簡易リクライニングシート
 7モ ハ167-3簡易リクライニングシート
品川8ク ハ167-5簡易リクライニングシート



JR東海に入り、終点大垣で普通電車(高槻-明石間は快速)姫路行き(モハ112-5143)、米原でJR西日本の新快速姫路行き(8号車サハ223-1027:大阪まで女性車掌乗務)に乗り継ぎ、大阪に到着した。



普通電車(高槻-明石間は快速)
姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
米原なしクハ111-5335弱冷車
 なしモハ112-5143なし
 なしモハ113-5143なし
大垣なしクハ111-5258なし
米原でうしろ7両増結

新快速姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
姫路1ク ハ222-2023弱冷車
 2モ ハ222-3032なし
 3サ ハ223-2050なし
 4クモハ223-3023なし
 5ク ハ222-1010弱冷車
 6モ ハ223-1016弱冷車
 7サ ハ223-1028なし
 8サ ハ223-1027なし
 9モ ハ222-1015なし
 10サ ハ223-1026なし
 11サ ハ223-1025なし
大阪12クモハ223-1010なし

※乗車車両編成表はエクセルをそのまま挿入しているため、“ノロノロ運転”の掲載が予想されます。あらかじめ、御了承下さい。


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2002年の汽車旅9-最終回 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

宮古に戻り、再び“ぐるさんトレイン”へ。全員戻らず、一部のお客は観光に満喫し、14時10分に発車。磯鶏(Sokei)を過ぎると、岩手県なのに津軽石まで“太平洋オーシャンショー”。

津軽石で普通列車宮古行きワンマンカーと行き違いのため、運転停車。ホームにいるお客は“ぐるさんトレイン”に注目しており、雨は再び激しくなった。

陸中山田に到着し、気がついたら雨はやんだものの、天気はスッキリしない。

釜石線に合流し、15時21分、釜石に到着。山田線全線完乗を達成し、ここから先は釜石線に入る。そのため、進行方向も変わる。また、日本初、国鉄線を第3セクター鉄道に転換した三陸鉄道南リアス線の乗り換え駅で、気動車がポツンと停まっていた。

15時28分に発車。山田線よりキツイ勾配の連続。視界は悪く、苦戦をしいられる。

船酔いは抜けず、うしろに誰もいないことをいいことにリクライニングを思いっきり、最大限に深くするに。

峠を越えたところで、私は新花巻あたりまで熟睡。車内もガラガラとなり、全区間乗車は数人いるようだ。

船酔いが抜け、似内(Nitanai)で11分も運転停車。快速〈はまゆり〉(釜石から普通列車)宮古行きと行き違い。なにごともなかったかのように通過していき、17時38分、花巻に到着。釜石線全線完乗を達成したものの、船酔いのため、半分以上は熟睡だったのがくやしいところだ。今度乗る時は快速〈はまゆり〉でリベンジしたいところだ。

なお、釜石線の急行〈陸中〉は2002年11月30日(土曜日)でフォーエヴァー。JR東日本が管理する“定期急行切り捨て政策”の一環によるものだが、すべて快速〈はまゆり〉にコンバートしたため、利用しやすくなった。また、車両も急行〈陸中〉と同じ車両のため、乗車券のみでリクライニングシートに乗れる破格のサービス列車となっている。

花巻から全車自由席となり、1号車展望席最前列へ。いつものように進行方向右側に坐る。自由席になったので、子供たちが進行方向左側の最前列をGET!!

進行方向右側は液晶テレビと柱にジャマされ、眺望性は進行方向左側のほうがよさそう。また、どちらに坐っても上半分がUVカットのテープを貼りつけているため、難点が多いものの、17時43分に発車すると前面展望は童心に戻る。

乗務員室は中央に仕切りガラスがない。また、展望席の座席の向きは固定されている。

私はどっしりした構えで前面展望をしているが、子供たちはコーフン。日詰(Hizume)から乗ったオバサン2人、おじいさん1人は興味津々。

矢幅でD51 498+12系客車+DE10重連という妙な組み合わせに遭遇し、すっかり暗くなった18時16分、終点盛岡5番線に到着した。

再度下車し、コインロッカーに預けた大荷物を取り、晩メシをとって、東北新幹線へ。14番線には東北新幹線〈やまびこ26号〉東京行き(5号車指定席E225-424)が発車を待っている。向かいの13番線20時05分発、200系の〈やまびこ56号〉東京行き終電もいるが、〈やまびこ45号〉が18時38分に到着した折り返しのため、小休止の状態。

19時23分に〈こまち26号〉東京行きが到着し、〈やまびこ26号〉東京行きとドッキング!! 〈やまびこ26号・こまち26号〉東京行きとなる。

〈やまびこ26号〉東京行き指定席券は2002年8月31日(土曜日)に購入したが、禁煙指定席の余席は2つしかなく、人気が高いのであった。

余談だが、〈やまびこ〉は5回目の乗車で、内訳はE2系4回、200系リニューアル車1回である。ちなみにオリジナルの200系は1度も乗ることはなかった。

ド迫力の275㎞/h運転で一気に帰京。長い旅にピリオドを打った。

〈やまびこ26号・こまち26号〉東京行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
東京 1 E223- 24 やまびこ自由席
  2 E226- 124 やまびこ自由席
  3 E225- 24 × やまびこ自由席
  4 E226- 224 やまびこ指定席
  5 E225- 424 やまびこ指定席
  6 E226- 324 × やまびこ指定席
  7 E215- 24 やまびこグリーン車
  8 E224- 124 やまびこ指定席
  11 E311- 1 こまちグリーン車
  12 E328- 1 こまち指定席
  13 E329- 1 こまち指定席
  14 E328- 1 × こまち指定席
  15 E325- 1 × こまち自由席
盛岡 16 E322- 1 こまち自由席

★備考

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2002年の汽車旅9-11(特急〈はつかり〉〈スーパーはつかり〉フォーエヴァー) [汽車旅2002]



2002年9月7日(土曜日)、函館港0時30分発の東日本フェリー『びいな』青森港行きの2等船室に乗り、4時10分、終点に到着。JR東日本青森までテクテク歩く。

青森に到着し、1番線から5時41分に発車する東北本線の特急〈はつかり2号〉盛岡行き(1号車自由席クハ481-3020)のきっぷを購入。東北本線の1番列車はコレなので、やむをえないのだ。

この日は土曜日のせいか、自由席の入りはよく、ホームの立ち食いそば屋はもう開店しており、汁のニオイが眠気を覚ます。

5時41分に発車、はやての如く、力強い走りを魅せる。

特急〈はつかり2号〉盛岡行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
野辺地 1 ク ハ481- 3020 自由席
  2 モ ハ484- 3038 × 自由席
  3 モ ハ485- 3038 自由席
  4 モ ハ484- 3014 × 指定席
  5 モ ハ485- 3014 指定席
青森 6 クロハ481- 3015 グリーン車・指定席

車掌の放送のあと、車販のお姉ちゃんからも案内をする。こんな時間から乗ってるとは思ってもみなかったが、放送して10分たっても1号車自由席に現れないところを見ると、売り上げは好調なようだ(ちなみに1号車自由席にやって来たのは野辺地到着3分前)。急行〈はまなす〉は車内販売がないため、乗り換えた特急〈はつかり2号〉盛岡行きまでガマンしていたのだろう。

雨あがりで少々モヤっているが、浅虫温泉に近づく頃、鉛色の海が見え、“陸奥湾オーシャンショー”となる。東北本線では数少ないオーシャンショーである。

6時09分、野辺地3番線に到着。向かいの2番線に普通電車盛岡行き(クハ700-1006)が発車を待っており、乗り換え。発車は6時21分だが、2番線は701系1000番台が2編成あり、前2両は私が乗る電車、うしろ2両は6時38分発の普通電車青森行きである。

7時10分に八戸を発車。3か月後の2002年12月1日(日曜日)、東北新幹線八戸延伸により、東北本線盛岡-八戸間は第3セクター鉄道2社化されてしまっているが、この日は目時に注目。第3セクター、IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道の境界駅となるわけだが、折り返し設備がまったくない中間駅。大いにムリのある境界駅で、ホームが長いわりには利用客が少ない。第3セクター鉄道2社の境界駅は“秘境駅”になりそうで、7時36分に発車した。

普通電車盛岡行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
盛岡 なし ク  ハ700- 1006 なし
野辺地 なし クモハ701- 1006 なし

東北新幹線八戸延伸にともない特急〈はつかり〉〈スーパーはつかり〉は2002年11月30日(土曜日)でフォーエヴァー。この電車は東北本線の代名詞の1つでもあり、東北新幹線東京-八戸間の新愛称にしても差しさわりがないはずだが、なぜか一般公募第20位の〈はやて〉が選ばれた。

JR東日本は長年しみわたった国鉄色を払拭させたかったのだろうか、特急〈はつかり〉〈スーパーはつかり〉の後継者として、盛岡-青森・弘前間は特急〈つがる〉、盛岡-函館間は特急〈白鳥〉〈スーパー白鳥〉となったが、これは国鉄時代に誕生した愛称なんだけどね(特急〈スーパー白鳥〉は除く。また、特急〈つがる〉の前身は急行〈津軽〉である)。

目時から先は私は爆睡状態となり、8時55分、終点盛岡6番線に到着。3番線には9時28分発の特急〈スーパーはつかり3号〉青森行きが入線した。

特急〈スーパーはつかり〉は2000年3月11日(土曜日)に誕生し、八戸-青森間を130㎞/h運転。また、一部の便は停車駅を減らして、速達化。但し、青森-函館間に乗り入れることはなく、2002年12月1日(日曜日)からは特急〈つがる〉にコンバートしている。ちなみに特急〈スーパーはつかり〉の誕生と同時に、エル特急〈はつかり〉は「特急〈はつかり〉」に戻ってしまっていた。その上、特急〈スーパーはつかり〉のE751系は583系の勢力を更に縮小させた。

私は特急〈はつかり〉3回、特急〈スーパーはつかり〉はたった1回しか乗っていないが、いずれも座面も動かすことのできる“ファミコンシート”の車両だった。坐り心地は後者が上である。

特急〈スーパーはつかり3号〉青森行きが満員御礼で発車したあと、一旦下車してコインロッカーに大荷物を預け、昼食を購入。再び盛岡に戻り、1番線から10時18分に発車する山田線の臨時快速〈ぐるっとさんりくトレイン〉宮古・釜石・花巻まわり盛岡行きへ(①3号車指定席キハ58 650:盛岡-宮古-花巻間乗車。花巻まで指定席②1号車自由席キハ58 1505:東北本線花巻-盛岡間乗車。盛岡-宮古-花巻間は指定席)。ホームではワゴンで駅弁を販売している。

臨時快速〈ぐるっとさんりくトレイン〉宮古・釜石・花巻まわり盛岡行きはジョイフルトレイン『Kenji』を使ったもので、路線バスでいうところの“盛岡循環”である。ちなみにこの列車は『ぐるぐるナインティナイン』じゃなかった、“ぐるさんトレイン”という略称がある。

10時18分、特急〈はつかり5号〉函館行きと共に発車。右へ曲がり、山田線へ。冷房がかかっているのに、ディーゼルエンジンのニオイが車内を立ち込める。

臨時快速〈ぐるっとさんりくトレイン〉宮古・釜石・花巻まわり盛岡行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
釜石 3 キハ58 650 花巻まで指定席。盛岡-花巻間乗車
  2 キハ28 2010 自由席
盛岡 1 キハ58 1505 花巻まで指定席。花巻-盛岡間乗車
釜石で進行方向が変わり、盛岡に戻る。

宅地から山間部へ入り、“ぐるさんトレイン”は難なく進む。稲はまだグリーンのところがあれば、黄金色に輝いているところもあり、様々。夏と秋への徐々に移行しつつある感じだ。

私は3号車指定席7D窓側に坐っている。座席はブ厚いリクライニングシート。シートピッチは特急〈はつかり〉より若干広め。あり過ぎると、背面のテーブルが使いづらいから、デスクワークではこのくらいがちょうどいい。

床と座席とは段差があり、眺望のしやすさを配慮。また、坐ったままザックを網棚に入れることができる。

3号車の前4列と1号車のうしろ4列は展望席。更に高いハイデッカー構造であるが、網棚がないため、展望席とノーマル座席の中間に荷物置場を設けているが、スペースの半分は『ぐるっトク特典割引チケット』で占拠されている。

“ぐるさんトレイン”は盛岡発盛岡行きなので、レールファン向きの列車とタカをくくっていたが、それとは無縁なお客がいることに驚いた。ちなみにこの列車は途中の宮古で1時間56分も停車する。これにはワケがある。それはのちほど。

車掌が車内検札へ。お客の質問が多かったのは、浄土ヶ浜島めぐりコースである。この日はあいにくの雨で、天候しだいでは運航しない。朝の時点では運航することになっており、どうやら人気ナンバー1らしい。

ずいぶん登り、区界(Kuzakai)に到着。快速〈リアス〉盛岡行きと行き違うが、ホームにいるお客はみーんな、“ぐるさんトレイン”に視線を向ける。なんせ、普段、見かけることのない車両だからだ。

10時59分、区界を発車。“ぐるさんトレイン”も自然を走るけど、気のせいか、北海道に比べると、“並”に映ってしまう。なぜだろうか?

列車は下り勾配に入ってゆく。登り坂、下り坂、どちらもスピードが一定しているところを見ると、ディーゼルエンジンの出力を強化したのだろう。

平津戸(Hiratsuto)-川内(Kawauchi)間は昭和19年(1944年)3月12日(日曜日)、なだれによる貨物列車の脱線事故が発生したという。“ぐるさんトレイン”は下り坂オンリーの走行で、労せずして走っている感じだ。

川内を通過。ちなみにJR九州に川内(Sendai)という駅がある。あなたは「へぇー」をいくつ言いましたか?

雨はやみ、雲は山の頂上を覆っているが、それも長く続かず、しばらく進むと再び降っていた。

12時14分、宮古に到着。全員下車したあと、留置線へ移動し、1時間56分の停車時間で観光タイム。“ぐるさんトレイン”は日帰り観光を主眼に置いた列車なのだ。

170円を投資して、岩手県北バス奥浄土ヶ浜行きの路線バスに乗り、浄土ヶ浜バスターミナルで下車後、ハーブティーのサービスがあり、『ぐるっトク特典割引チケット』で人気ナンバー1の浄土ヶ浜島めぐりコースへ。第16陸中丸という船で島々を眺めるものだが、天候が悪く、大揺れ。船酔いをしてしまい、ゲロピーとなってしまった。

船酔いは初めての経験。ゲロはしなかったが、2003年夏まで振子車両に乗ると、気分が悪くなり、憂鬱になる状態が続いていた。振子車両はJR四国の『バースデイきっぷ』で鍛えられ、慣れたが、船の場合は天候によって、波の高さが異なるため、酔い止めのクスリは用意したほうがよさそうだ。

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③2007年8月25日(土曜日)で観客動員数は17萬8000人を突破しました。どうもありがとうございます。


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2002年の汽車旅9-5 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

釧路に戻り、3番のりばへ。臨時〈くしろ湿原ノロッコ6号〉塘路行き(For Tohro.3号車指定席オハテフ510-1:トロッコ&売店つき。非冷房車)が入線。1号車はセミクロスシートの自由席、2~4号車はトロッコ車で、2号車以外は指定席である。

臨時〈くしろ湿原ノロッコ〉は遠矢のみ通過で、種別は表示されていないが、1・2号車は団体などで占めており、トロッコ車の2号車は自由席であることに驚く。団体客に占拠されては落ち着かなかっただろう。事前に指定席券を購入して、正解だった。

2・3番のりばの根室寄りには湿原の鐘があり、私は3回鳴らし、乗り込むが、指定席の3・4号車はガラガラである。

根室からの普通列車釧路行きワンマン列車が遅れたため、定刻より2分遅れの14時52分に発車。トロッコ車は冬でも使えるよう、窓は開閉式で、進行方向左側はボックスシート、進行方向右側は2人掛けのロングシートで、すべて木製である。

臨時〈釧路湿原ノロッコ6号〉塘路行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
塘路 なし D    E10 1660 不明 全区間牽引
  1 オ   ハ510- 1 自由席(セミクロスシート)
  2 オハテフ510- 2 自由席(トロッコ)
  3 オハテフ510- 1 指定席(トロッコ)。売店
釧路 4 オクハテ510- 1 指定席(トロッコ)

次の東釧路までは普通に走り、釧網本線(Senmoh Line)に入るとのんびりゆき、放送は車掌から、ノロッコレディーに変わり、おしゃべりも一語一句ていねいに、わかりやすく、のんびりしゃべる。

通常の列車よりスピードが遅いので、イラつかぬよう、いやしのBGMを流している。

そのあと、車掌による車内検札。それはいいとして、指定席券を持たずに3号車へ乗り込んだミョーなジジイがノロッコレディーをナンパしているようで、困ったものだ。

臨時〈くしろ湿原ノロッコ6号〉塘路行きは国道391号線沿いを走り、クルマに次々と抜かれる。

車内検札を終えると、車掌は乗車証明書が配り、遠矢を通過すると、臨時〈くしろ湿原ノロッコ〉のテーマ曲が流れ、“さぁー、いよいよ釧路湿原に突入か”と胸を高揚させるが、進行方向右側に待っていた車窓はクルマのスクラップの山だった。出だしからオチかよ!!

いよいよ、釧路湿原(東京ドーム64個分)の登場。大半が釧路湿原の車窓を堪能している中、ジジイは車掌と世間話。ノロッコガールのナンパを阻止するのも車掌の役目?!

スピードが落ち、進行方向左側は水門へ。そして、スピードはあがらず、釧路湿原に到着。20人ほど離脱し、発車。3・4号車はドアが開かなかった。

ノロッコのはずが“はやてッコ”になってしまい、揺れる。単線なので、前方及び後方のダイヤを大いに乱してはならないからであろう。

早々に細岡へ到着。ナンパのジジイは暴走し、買ったワインを飲めと勧める始末。旅がダイナシになっちゃいそう。

細岡の次はもう、終点塘路。再びゆっくり走り、釧路湿原の車窓を満喫させる。

スピードがゆっくりとなり、釧路川。カヌーが2隻こいでいる。車内では『釧路湿原の歌』を流し、その後、ジジイは京都の社会人カップルにちょっかいを!! このジジイ、いったい何者なんだ。

風も涼しく、クーラーなんていらない。自然の風は緑あふれるおいしい空気だからね。ちなみに3号車の売店の売り上げのほとんどはジジイが貢献。ジジイは勝手にワインを差し入れ、京都の社会人カップルと共に赤ワインを昼間から飲むハメになった。困ったジジイだ。

15時50分、終点塘路に到着。ログハウスふうの駅を下車すると、塘路郵便局の職員が立っており、切手の臨時販売。記念切手を買うのが目的でない私は塘路郵便局の所在地を訪ね、走って3分ほどで到着。この日最後の旅行貯金を果たす。あっ、ラッキー、ラッキー、ラッキィーッ!!

塘路駅に戻り、16時19分発の普通列車網走行きワンマン列車(キハ54 516:簡易リクライニングシート改造車。非冷房車。南斜里通過)へ。1両ぽっきりで立客が出るほどのにぎわいだが、2両編成にして欲しい。

普通列車網走行きワンマン列車編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
塘路→網走 なし キハ54 516 簡易リクライニングシート改造車。非冷房車
南斜里通過

茅沼(Kayanuma)付近で畑が見えたので、釧路湿原は終わりを迎えたようだ。

釧路湿原はお別れでも、大自然の満喫はまだまだ続き、五十石(Gojikkoku)を過ぎてから、モーモーお牛さんの姿が目立つようになった。ちなみに臨時〈くしろ湿原ノロッコ〉とはスピードが倍なので、よく揺れる。

標茶(Shibecha)は乗降が多く、車内はすかない。私はアルコールに強い体質ではないので、酔いがまわってしまう。

普通列車網走行きワンマン列車は摩周に到着。大量下車し、全員着席となる。ちなみに残念ながら、釧網本線の車窓から摩周湖は見えない。

発車すると、日が落ちかけてきた。根室の日の入りは17時49分。あと1時間ほどで、こちらも日没となるだろう。

川湯温泉で更に減ったが、あのジジイが「おつりいらない」とダダをこね、運転士を困らせるひとまくがあった。自分勝手で困ったものだ。

川湯温泉を発車すると、森にさまよい、緑へ。周囲に住居があちこちに点在するが、大自然の中に駅があるということに変わりはない。

だんだん、暗くなりかけようとしている。1~2か月早ければ、まだ明るいだろう。

中斜里を発車すると、進行方向左側の空は落陽で、一部が赤く染まっていて、カメラを向ける人がいた。デジカメはスンナリ撮れそう(この当時、私はフイルムカメラを使っていた)。

知床斜里は乗降が多く、乗車率が回復。発車すると、潮の香りがしだし、ついにオホーツク海が見えた。

ついに“オホーツク海オーシャンショー”の始まりだ。ギリギリで間に合った。列車はフルスピードでバクシン!! さぞ、日の出は美しかろうと思うが、空に赤味があるため、もしかしたら日が落ちるところなのかもしれない。

オホーツク海オーシャンショーを終え、止別(Yamubetsu)へ。発車すると、オホーツク海オーシャンショーを再開。桂台まで続いた。

桂台を発車すると、高架を通り、左へ曲がると、18時49分、終点網走1番ホームに到着。釧網本線全線完乗を達成した。

下車すると、駅舎は網走刑務所を参考にしたようなデザインであることに気づく。観光地のように思える網走刑務所だが、実際は今もそこで生活する人がおり、ホンモノの刑務所だとは思わなかった。

駅前に郵便局があるのを見つけて、網走駅に戻り、1番のりばで22時20分に発車する特急〈オホーツク10号〉札幌行き(2号車自由席キハ182-43)へ。ちなみに留置線では『ニセコエクスプレス』と『クリスタルエクスプレス』が密会(?!)をしていた。

なお、2006年3月18日(土曜日)のダイヤ改正で、夜行の特急〈オホーツク9・10号〉〈利尻〉は季節運行に格下げられた。普段の利用客が少ないということだが、さびしいものである。

ふと思ったが、特急〈オホーツク〉〈スーパーおおぞら〉プラス釧網本線で、“夢の札幌発札幌行き”はできないだろうか。キハ283系を使用し、北海道の車窓を大満喫できるダイヤにするのだ。愛称もJR九州の特急〈九州横断特急〉に対抗し、「特急〈シベリア超特急〉」にする。トロッコ列車もいいが、特急の大縦断もあっていい。課題は釧網本線のホームの長さぐたいだろう。




特急〈オホーツク10号〉札幌行き編成表
乗車区間   号車        車両番号       禁煙 備考
遠    軽   1号車        キハ 183-16   自由席
          2号車         キハ 182-43   自由席
                増21号車        キハ 182-11   指定席
                増22号車        キハ 182-10   指定席
                増23号車     キハ 182-45   指定席
               3号車   スハネフ 14  504   2段式B寝台(一部女性席)
                4号車    キロハ 182-4   グリーン車・指定席(女性席)
網走  札幌  5号車       キハ 183-211   指定席



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2002年の汽車旅9-4 [汽車旅2002]

2002年9月4日(水曜日)、根室のホテルで朝を迎えた。シングルで頼んだが、ツインルームのシングルユースという、摩訶不思議な体験をしたものの、料金はシングル扱いである。ちなみにこの日の根室の日の出は4時44分、日の入りは17時49分である。

7時20分頃、根室駅に着くと、ウミネコのボイスがさわやかに聞こえる。海に近いところを物語る。

余談だが、根室駅は“日本最東端の有人駅”で、東経145度35分12秒、北緯43度19分27秒、海抜39.26メートル。ちなみに正真正銘、日本最東端の駅、東根室は東経145度36分05秒、北緯43分19分16秒である。

なお、画像にある日本最西端の駅だが、2003年8月10日(日曜日)に沖縄都市モノレール“ゆいレール(沖縄都市モノレール線)”が開業したことにより、那覇空港がその座につき、佐世保は“JR最西端の駅”というふうに変わった。

根室交通駅前ターミナル停留所へ移動し、7時45分発、納沙布岬行き(太平洋回り)の路線バスに乗る(For Nosappu Misaki)。前乗り前降り式で、観光バスタイプの車両を使っている。車内に灰皿があるのは気になるが、禁煙である。

途中、根室高校前を通るが、親御さんによるクルマの送り迎えが認められており、それ用のスペースもある。

路線バスでも北海道の大自然を満喫し、終点納沙布岬に到着。日本最東端の地に足を踏み入れた。いたるところには「北方領土」と呼ばれる、歯舞群島(Habimai Island)、色丹島(Shikotan Island)、国後島(Kunashiri Island)、択捉島(Etorofu Island)の返還を求め、願うオブジェもあり、悲壮感が漂う。

太平洋と根室海峡の潮の香り、青い海、昆布漁など、納沙布岬見物を心ゆくまで堪能したあと、駅前ターミナル行き(太平洋回り)の路線バスに乗るが、先頭の2つの方向幕のうち、左側の小さな幕が黒く、“塗りつぶし”状態。右側だけ使用している。そして、中に入ったら、なんと横浜ベイブリッジのシートモケットが!! 北海道にベイブリッジなどあるわけがなく、すぐに横浜市交通局(横浜市営バス)の“おフル”とわかった。2001年9月に稚内へ行った時、東急バスのおフル(しかも、ロングシートバスだった)に乗ったが、どうも北海道のバスは新車を購入するカネがなく、大都市で戦力外通告を受けた中古車に頼らざるを得ない状況のようだ。

バスの車中、珸瑶瑁郵便局(Goyohmai Postoffice)を発見!! “日本最東端の郵便局”とのことだが、個人的な都合でバスを止めてもらうわけにはいかず、無念の断念。こういう時、レンタカーが役に立つのよね。

 



終点駅前ターミナルまでは乗らず、市役所前で下車。根室大正郵便局と根室郵便局で旅行貯金を果たし、昼食購入後、根室駅に戻るが、あと数分で快速〈はなさき〉釧路行きワンマン列車(キハ54 526:簡易リクライニングシート改造車。非冷房車)が発車しようとしていた。余裕を持って、根室駅に戻ったつもりだが、時間を20分も間違っていた。

11時05分、快速〈はなさき〉釧路行きワンマン列車が発車。東根室を通過すると、牧場が見え、牛の姿が見えた。よく揺れるが、80㎞/hで駆け抜ける。

快速〈はなさき〉釧路行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
根室→釧路なしキハ54526簡易リクライニングシート改造車。非冷房車



快速〈はなさき〉という愛称のワリには花咲を通過するのはシャクだが、草原を進み、スピードも70㎞/h台へ。昆布盛を通過。そういえば、根室交通の路線バスの復路では昆布の天日干しが行なわれていた。

大自然を快走して、厚床(Attoko)に到着。標津線(Shibetsu Line)というフォーエヴァーとなったローカル線の起点駅だったそうだが、面影はなく、雑草でかき消されている。

ここでは2人下車し、1人乗ったが、車中では母親の静止を聞かず、男の子が大暴れ?! 私にジャレてくるなど、幼な子と熟年の人気は健在といったところ(自分で「人気」を使うのもなんだが……)。

浜中で2人乗車。快速の停まる駅は駅舎が立派で、周辺の人口もあるが、根室本線釧路-根室間(「花咲線」という路線愛称がある)の快速〈はなさき〉〈ノサップ〉は上下線の停車駅に統一性がないのが特長である。

茶内で1人下車、3人乗車し、快速〈ノサップ〉根室行きワンマン列車と行き違う。ちなみに私は一旦下車した。

発車すると、子供の大暴れは続き、ついには泣き崩れる始末。そんな中、太平洋の大海原が登場し、“太平洋オーシャンショー”へ。最後の停車駅、厚岸(Akkeshi)に停まり、ビジネスマンらが乗車する。
 
12時26分に発車しても、途中まで太平洋オーシャンショー。大自然いっぱい!! 花が多いので、「花咲線」という路線愛称にピッタリじゃあーりませんか(タンポポぐらいしかわかんないけど)。

12時35分、ハプニングが発生し、運転士が走行中に放送を流す。

「大変、恐れ入ります。お客様が御利用になるため、尾幌(Oboro)で臨時停車いたします」

なんと、老人男性が通過する尾幌で普通列車と思い込んで、乗り間違えたらしい。

尾幌で臨時停車して、老人男性は何事もなかったかのように下車し、すぐに発車。あまりのハヤワザにお客は何事かという表情だが、臨時停車はダイヤに差しさわりがないと判断したのだろう(本数が少ないからこそできたもの)。普通なら通過して、次の停車駅で折り返してもらうのが一般的なやり方である。





尾幌で臨時停車しても定刻通り、13時07分、終点釧路に到着。下車して、釧路駅前郵便局、釧路中央郵便局、釧路浪花郵便局で旅行貯金をした。

★備考

フリー百科事典『Wikipedia「標津線」』はこちらへクリック!!


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2002年の汽車旅9-3 [汽車旅2002]

2002年9月3日(火曜日)、函館本線、室蘭本線、千歳線を通り、再び函館本線に戻った臨時快速〈ミッドナイト〉は6時31分、終点札幌3番ホームに到着。接続時間7分のため、すぐさま9番のりばにまわり、普通電車滝川行き(モハ711-115:非冷房車)に乗り換え。北海道電車のパイオニア、711系に乗る(乗車したのは711系100番台)。

711系シリーズは赤いボディーに白い帯だが、冷房なし。3両編成のうち、1・3両目は3ドアに改造されており、ボックスシート奪取率の高い中間車へ。扇風機をかけて、6時38分にファイトー、しゅっぱーつ!!

普通電車滝川行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
滝川 なし クハ711- 215 3ドア改造車。非冷房車
  なし モハ711- 115 非冷房車
札幌 なし クハ711- 115 3ドア改造車。非冷房車

停まるたび、上りホームは7時にならないうちから、長蛇の列ができている。サラリーマンの姿は乗車している電車も次第に増えてきた。

江別は改札のある4番のりばでは始発の普通電車札幌行きが発車を待っているが、なんと、uシートつき!! どうやら、普通電車で運行する時、uシートは指定席ではなく、誰でも乗れるという“早い者勝ち方式”である。ちなみにここではエル特急〈スーパーホワイトアロー1号〉旭川行きの通過待ちをした。

北の通勤区間は江別が終わりのようで、とうもろこしの畑が大地のように見え、夕張川を渡る。

北の大地は見ているだけで、気分爽快だが、豊幌(Toyohoro)の上りホームは荒々しくて、まったく舗装されていない。

幌向(Horomui)で高校生が急激に乗車。国道12号線と函館本線のあいだはけっこう離れており、草花を植え込んでいる。その先はなにやら工事が行なわれている模様(2007年の今は完成したのだろうが)。ちなみに女子高生と相席になったが、カバンの中は勉強道具よりもお菓子がメイン。ルーズソックスははいていないが、少々困ったものだ。普通、お菓子の持ち込みや買い食いは禁止されているはずではないのか。

岩見沢で5分停車。半分ほど降りたが、それでも少し乗って発車。北海道の大自然を走り、米、とうもろこし、たまねぎなどの畑を快走。この時期、たまねぎの収穫が盛んなようである。

朝から曇りがちだが、酪農地帯をひた走る。カーブは少なく、持てる力を存分に発揮する。

美唄(Bibai)で一気に大量下車し、大いにすく。同じ学校の高校生はブレザーをはおり、半袖シャツだけなど、容姿は様々。ただ、白い半袖シャツの生地が薄過ぎるのが気になった。

奈井江でも更に減り、砂川でも減って、空知川を渡ると、8時18分、終点滝川に到着した。

下車して、滝川駅前郵便局で旅行貯金したあと、早々に滝川駅へ戻り、1番のりばから9時38分に発車する根室本線の普通列車釧路行きワンマン列車(キハ40 737:非冷房車。羽帯・稲士別通過)へ。たった1両の車内で運行しているという情報を事前に入手しているので、イイ席に坐るには早めに並ばなくてはならなかった。

たった1両の車内はにぎやかなたたずまい。大半は旅人で占めている。早くも立客が発生し、普段の日だったら、空席が少しあるだろう。

普通列車釧路行きワンマン列車編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
滝川→釧路 なし キハ40 737 非冷房車
  なし キハ40 759 富良野で増結。非冷房車
羽帯・稲士別通過

定刻通り、9時38分に発車。右へ曲がり、ひまわり畑を駆け抜ける。

そのあとは米畑。北海道に米畑が多いのは意外な気がする。

道央自動車道をくぐると、勢いが弱まり、7分かかって東滝川へ。その後もグリーンの畑をマイペースで走ってゆく。

空知川を渡る。川の色は大自然に合わせたかのようなグリーンで、ポカポカ陽気で睡魔に襲われる。

ボックスシートは4人フルに坐っているので、ちょいとキュークツ。そのうえ、睡魔に耐えようとしても、いやおうなしに襲ってくるが、町がひらけてきた。

また空知川を渡り、勾配を下って、汽笛を鳴らすと、10時45分、富良野に到着した。ここで21分停車し、うしろ1両増結する。

停車時間に余裕があるので、下車。富良野駅近くにあるコンビニで昼食を購入。町は『北の国から2002遺言』で盛り上がる空気をひしひしと感じ、車内に戻って、11時06分に運行再開。心地よく走り、大自然を満喫する。

2両編成になったことにより、お客は更に増えたようで、これでOK!! 始発から2両にしてもよかった気がする。

富良野あたりから、天気が晴れだし、北海道らしい気候に。山部で少しすいたが、大自然の走りはまだまだ続く。

金山を発車すると、ディーゼルエンジンがうなりだした。勾配を登っているらしい。

長いトンネルに入り、急に轟音が鳴り響き、出たらダムの貯水池になっていた。

幾寅は“どこかで見たことのある駅だな”と思ったら、平成11年(1999年)に大ヒットした映画『鉄道員(Poppoya)』の幌舞駅なのだ。幌舞駅は終点となっているが、幾寅はタダの中間駅である。幾寅は一躍有名になり、季節が夏のせいか、下車するお客もいた。

落合を発車すると、長いトンネルへ。時刻は正午を過ぎたので、富良野駅前のセブンイレブンで購入した弁当(消費税混み399円の鮭いくら御飯)を食べる。

「北海道をごちそうさま。旅の新発見パラダイス」

この旅をした当時、JR北海道が展開していた『ごちパラ北海道』のキャッチコピーだが、“北海道の幸入り”とはいえ、昼食がコンビニの弁当では、このキャンペーンに貢献していないんだろうなぁー。

いつのまにか石勝線に合流し、どこぞの信号所で止まり、特急〈スーパーとかち6号〉札幌行きと行き違う。

特急〈スーパーとかち〉はキハ283系で運行しているが、かつてはキハ183系で運行し、2階建て車両もついていた。その2階建て車両はどこへ消えてしまったのだろうか? 特急〈まりも〉ならすぐ使えるし、客車化改造すれば、急行〈はまなす〉に転用できると思うのだが。

運転再開すると、ダイナミックな走りとダイナミックな大自然。線形がいいので、思いっきり最高の走りをして、12時37分、新得に到着した。

12時43分、新得を発車。最初は気風(Kippu)のイイ走りを展開していたが、少々落ちて、次の十勝清水では高校生が大量乗車。どおりですべてのドアが開くわけだ。

しかしまぁー、北海道の高校生はこんがり日焼けをしている生徒はおらず、白い子が多い。北海道の夏は短いからだろうか?

「相席していいですかぁー(男子高校生x)」

「どうぞぉー(私)」

「ここいいですか?(男子高校生y)」

「どうぞぉー(私)」

「ここ空いていますかぁー(男子高校生π)」

「どうぞぉー(私)」

車内は98パーセントが高校生に占拠され、たちまち相席になるが、うるさくてしょうがない。ケータイの着メロを魅せびらかすなど、マナーが悪い。

御影で高校生8人下車。下校の高校生に足を引っ張られないよう、停車時間に余裕を持たせているのかと思いきや、特急〈スーパーおおぞら6号〉札幌行きと行き違いをするだけだった。

芽室で高校生が半分下車し、また長い時間停車。今度は普通列車滝川行きワンマン列車と行き違った。

西帯広で特急〈とかち8号〉札幌行きと行き違い。特急〈スーパーとかち6号〉札幌行きと同じように窓から身を乗り出して、撮影するが、下り線と上り線の間隔が短いことや、あまりの速さで通過するとは予想もしておらず、怖かった。まさに「命がけ」とは、このことを言う。

高架を登り、高校生の大群は柏林台(Hakurindai)まで続き、13時45分、帯広に到着。ホームの向かい側には普通列車(池田から快速〈銀河〉)北見行きワンマン列車が発車を待っている。

この列車は池田から第3セクター、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に直通しているが、大赤字に悩まされた結果、2006年4月20日(木曜日)でフォーエヴァー。ちなみにふるさと銀河線の運賃3,410円を投資すれば、北見・網走方面の青春18きっぷ旅だと、旭川から石北本線を利用するより早く到着することができた。

帯広で下車し、帯広長崎屋内郵便局で旅行貯金。車内に戻ったら、特急〈スーパーおおぞら5号〉釧路行きが到着。ビジネスマン主体で、旅人はほとんど乗っていないように思えた。

14時15分、帯広を発車。ゆっくりした速度で進み、札内川を渡る。川岸では犬と女性がお散歩。冬だったら、凍結するだろうから、この季節ならではの光景だ。

稲士別を通過したあたりから、畑へ戻り、スピードアップ!! 北海道は酪農というイメージがあるせいか、それを見ていると、“北海道へ来たんだな”という実感が更に沸く。

幕別で普通列車帯広行きワンマン列車(稲士別通過)と行き違い、池田では特急〈スーパーおおぞら8号〉札幌行きと行き違う。発車すると、酪農一色!!

浦幌を発車すると、山間部へ入り、スピードもノロノロで勾配を登る。

上厚内でしばらく停車。とりあえず下車して、ホームに戻ると、貨物列車と行き違い。寝台特急〈北斗星〉などではDD51重連だが、貨物列車はその必要性はないようである。

厚内を発車すると、霧がかかったような感じで、窓を開けているので、潮の香りがする。“もしや”と思ったら、太平洋だ!! 波は高く、うねりを見せている。

“太平洋オーシャンショー”は短く、離れて大自然に戻り、直別へ。

尺別で7分停車し、一旦下車。そして、普通列車芽室行きワンマン列車と行き違う。お客の半分は下車したため、空席が目立つ。

尺別を発車し、再びオーシャンアタック!! 今度は長く太平洋オーシャンショーを楽しむことができた。フィナーレは“「ホワイトバード」という名の海鳥”が旅の無事を祈ってくれた。

古瀬で10分停車。ここでも一旦下車したが、上下線のホームの位置が離れ過ぎ。停車時間に反対側のホームまで歩いてみたが、時間がかかる。

新鮮な北海道の風を浴びながら、特急〈スーパーおおぞら10号〉札幌行きと行き違った。

白糠(Shiranuka)からポツリと乗ってくるようになったが、発車すると、国道36号線と共に太平洋オーシャンショー。国道36号線は交通量が多く、太平洋オーシャンショーは大楽毛(Otanoshike)まで、つかず離れずのような感じで進む。

大楽毛付近で馬を発見!! 潮の香りもプーンプン。ちなみに大楽毛では普通列車帯広行きワンマン列車(稲士別通過)と行き違った。

新大楽毛でドーッと乗り込んできた。振り向くと、夕日が。17時10分を過ぎたが、9月の日の入りは早いようだ。

JR東海の東海道新幹線と同名の新富士に到着。ビックリしたが、JR北海道の新富士は大正12年(1923年)12月25日(火曜日)に誕生した駅で、JR東海の新富士は昭和63年(1988年)3月13日(日曜日)に誕生した。

新富士でもドーッと乗り、滝川を9時38分に発車し、308.4キロを7時間45分もかけて走った普通列車釧路行きワンマン列車は17時23分、ついに終点釧路2番ホームに到着した。長かったぁー。



余談だが、全区間乗車は私を入れて2人のみ。その1人はオジサンで、私と同じように根室を目指す。

下車して、晩メシを購入し、3番のりばから17時55分に発車する普通列車根室行きワンマン列車(キハ54 519:簡易リクライニングシート)へ。

普通列車根室行きワンマン列車はキハ54系500番台で、ボックスシートは簡易リクライニングシートにチェンジされ、居住性が向上(ロングシートはそのまま)。また、トイレも和式から洋式にチェンジした。

普通列車根室行きワンマン列車編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
根室 なし キハ54 521 簡易リクライニングシート改造車
釧路 なし キハ54 519 簡易リクライニングシート改造車

釧路を発車すると、おてんとうさんも沈み、マックラに。車窓は闇が中心だから、おそらく大自然で、宅地は少ないのだろう。なにもない景色の中、晩メシの豚丼を食べるが、これがウマイ(豚丼は牛丼のチェーン店で販売しているものではない)。

停車時間の長い厚岸(Akkeshi)で一旦下車。また、日本最東端の東根室は無人駅で乗降はなく、20時25分、滝川を発車してから443・8キロを10時間47分かけて、終点根室に到着し、根室本線全線完乗を達成した。

★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「幾寅駅」』はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「国鉄キハ54形気動車」』はこちらにクリック!!

③フリー百科事典『Wikipedia「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」』はこちらにクリック!!

④岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅10-3」はこちらにクリック!!

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2002年の汽車旅9-1 [汽車旅2002]

2002年9月1日(日曜日)、JR東日本新宿へ。今回はもっとも長い6泊7日の旅が始まる。今回に備え、青春18きっぷをもう1枚購入した。



7番線では快速〈ムーンライトえちご〉村上行き(2号車指定席モハ164-66:新潟から自由席)が入線しているが、発車前の新宿では関西人カップルがいて、彼女は青春18きっぷの旅に限界を感じ、新幹線を熱望。彼氏はキヨスクや自販機がないことに憤慨。愛が崩れそうになっている。


快速〈ムーンライトえちご〉村上行き編成表

6号車クモハ165-100:新潟まで指定席(一部レディースシート)
5号車モ ハ164-64:新潟まで指定席
4号車ク ハ165-166:新潟まで指定席
3号車クモハ165-102:新潟まで指定席
2号車モ ハ164-66:新潟まで指定席
1号車ク ハ165-170:新潟まで指定席

※新潟で進行方向が変わり、1号車が先頭。また、全車禁煙(アンダーラインは筆者が乗車した車両)

新宿はJR東日本利用客数第1位をほこる駅で、発車する7番線は売店が1か所しかなく、もう閉店。彼氏はキヨスクや自販機がないことに憤慨していたが、南口に行けばあるものの、飲料購入を断念して乗車した。

若者の姿が多く、元気ハツラツ。私は2号車12D窓側に坐っているが、前の13番席はテーブルがなく、戸袋窓があるため、ペットボトルなどが置けない不便な席である。

シートピッチは広く、ゆったり過ごせる。ノーリクライニング時の角度もよく、このまま眠りについてもよさそうな感じである。

23時09分、新宿を発車。山手線、東北本線を通り、大宮へ。2分停車で、2号車は運よく、大塚製薬の自販機があり、好都合。新宿で飲料購入を断念した彼氏は速攻で購入する。

2号車では指定席のダブルブッキングが発生?! どうやら、新宿から乗ったオバチャンが乗り間違えていたのだが、検札した車掌はまったく気づいていなかった。おいおい、ちゃんとやってくれよ!!

日付が変わり、2002年9月2日(月曜日)へ。話し声がうるさいのと冷房が冷え過ぎるため、よく眠れず、高崎から上越線に入った。

3時過ぎ、トイレを終えた私は洗面台へ。関西人アベックが歯磨きをするのはいいとしても、イチャイチャして、10分以上も占拠していた。困ったものである。

「すいません」

と男は平謝りをするが、心がこもっていない。

4時55分、新潟2番線に到着。ここから先は全車自由席となり、全車禁煙となる。

進行方向が変わり、5時04分に発車。白新線に入り、新発田から羽越本線へ。越後平野を快走し、草原をゆくような感じである。

5時58分、終点村上1番線に到着。隣りの2番線には普通列車酒田行き(キハ47 511)が乗り換え客を待っている。多くの人々の狙いはボックスシートで、いつも通りの“座席争奪マラソン”で殺気だつが、さいわい、この日、ロングシート改造車は1両もなく、みーんな、思い通りのボックスシートをGETできたようである。

6時03分に発車し、進行方向左側は美しき朝の日本海が姿を現す。冬だとまだ暗闇で、『暗闇仕留人』のエンディング映像を思い出す(『暗闇仕留人』は『必殺仕事人』の前身と言える番組で、当時、中村主水は北町奉行所に所属していた)。

桑川(Kuwagawa)から海なのに笹川流れとなり、今川に到着すると、朝6時30分だというのに、チャイムが鳴った。これからラジオ体操というわけでもあるまい。

笹川流れにそびえる岩は芸術作品のような感じ。アートと言える。ちなみに笹川流れの距離は桑川から約11キロまでと考えたほうがいい。

普通列車酒田行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
酒田 なし キハ47 511 なし
  なし キハ47 1130 なし
  なし キハ47 187 なし
村上 なし キハ47 1517 なし

90パーセント近くは青春18きっぷ利用客で占めている車内だが、府屋あたりから通学高校生の姿が目立つようになった。列車の数が少ないせいか、高校生の朝は早い。この日は2学期初日のはずであろう。

「列車、大変混みあいまして、御面倒様です。

お客様にお願いいたします。

ここから鶴岡までのあいだ、車内は混み合いますので、1人でも多くの方が坐れますよう、荷物は網棚かヒザの上に乗せますよう、御協力をお願いします」

山形県に入り、鼠ヶ関(Nezugaseki)を発車すると、車掌が放送を流した。

4両の車内は青春18きっぷ利用客と高校生に二分された。前の車両より、うしろの車両のほうが、たいそうにぎわっているだろう。

夏休みの思い出を語り、眠くて寝ているなど、様々。どこの高校生も共通しているのは、ドア付近にいること。時には乗降のさまたげにもなる。

小波渡(Kobato)で村上から続いていたオーシャンショーが終わり、鶴岡市に入った。ちなみに小波渡でおばちゃん2人と相席になるが、なにを言っているのかはよくわからず、地元コトバはヨソモノにはわかんね。

庄内平野の稲穂が黄金色に輝き、7時39分、鶴岡に到着し、しばらく停車。行き違いがあるためだが、2ドアなので、乗降に手間取る。地元軍団で一掃かと思いきや、次なる高校生が怒涛の乗車。車内の入りに大きな変動はなく、7時46分に発車した。

余目で空席が見られ、8時25分、終点酒田1番線に到着。下車して、徒歩12分のところにある酒田郵便局で9時に旅行貯金をした。

コンビニでダイヤの都合上、昼食を早目に購入し、酒田に戻り、2番線から9時41分に発車する普通電車酒田行き(クモハ701-101:女鹿・桂根通過)へ。東北の鈍行の大半はロングシートである。

普通電車秋田行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
秋田 なし クモハ701- 101 なし
  なし サ ハ701- 101 なし
酒田 なし ク ハ700- 101 なし
女鹿と桂根は通過

夏に普通電車秋田行きを利用するのは初めてだが、今までチラホラと空席があったのに、この日はほとんど埋まってからの発車となった。

普通電車秋田行きは快走し、鳥海山が姿を見せる。まるで、正義の味方のようだ。ちなみに運転席付近では坐れなかったアベックがイチャついている。

鳥海山のあとは“日本海オーシャンショー”復活で、山よりオーシャンに目が行く人が多く、進行方向右側のお客はスタンディングオベーションで、カメラにパシャ!!

カーブが多い関係で、スピードが遅くなるが、日本海オーシャンショーによる徐行サービスとみなしていいだろう。眺望車でもあれば、最高なんだけどね。

羽後本荘を過ぎ、気がついたら羽後亀田を発車し、日本海オーシャンショーは桂根まで展開。先ほどの大海原とは規模が小さいせいか、関心度は低かった。

11時31分、終点秋田に到着し、奥羽本線の普通電車青森行き(クモハ701-26:糠沢通過。大館-弘前間はワンマンカー)に乗り換え。3両から2両に減ったうえ、下校の高校生が乗り込むなど、ロングシートサバイバルは激化!! また、坐れない女子高生は地ベタ。ドアが開いても、立ち上がらなかったが、ついには根をあげるかの如く、立ち上がった。

普通電車青森行き
(大館-弘前間はワンマンカー)編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
弘前 なし クモハ701- 26 なし
秋田 なし ク ハ700- 26 なし
糠沢は通過

2両の上、高校生の下校時間と重なるとJR東日本は予想できたはず。大館まで、もう2両増結するなど、気を利かせて欲しいものだ。

青春18きっぷ利用と思われる旅人の立客は、まっピルマから地ビールを飲む。運転するわけではないから、いいものの、飲むんだったら、ボックスシートが理想だっただろう。地ビールの香りはすっぱそうな感じだった。

11時54分に発車。はやての如く、突っ走る。

「本日もJR東日本を御利用下さいまして、まことにありがとうございます」

と車掌が言う。青春18きっぷシーズンの混雑対策はキチッとしてね。

中央本線、JR西日本山陽本線にも存在する大久保で、特急〈かもしか2号〉秋田行きと行き違う。わずか3両しかなく、通過もあっさり。次の羽後飯塚では果てしなく長い貨物列車と行き違った。

電車は井川慶じゃなくて、井川さくらに到着。「井川さくら夙川」という、しりとり遊びができそうだ。

「キーン」

とDrスランプアラレちゃんのような感じで走り、「走るぅー、走るぅー、おれぇーたぁーちぃー」と爆風スランプのような感じでもある。駅へ停まるごとに車中のお客は減ってゆく。

秋田平野を快走し、東能代は下車や五能線乗り換え客が多い。特に五能線の普通列車深浦行きワンマンカーは進行方向左側の席は早々に埋まった。「オーシャンアロー五能線」と名づけたくなってくる。

長時間も鉄道で移動しているせいか、寝ている人もいるが、私の周囲は大変だ。まず、左側の寝ている男は私にもたれ、右の男はゲロを吐きそうな感じの姿勢で寝ている。

大館に到着し、ここから弘前まではワンマンカー。乗車率に大きな変化はなく、しのびよる特急〈かもしか3号〉青森行きに気にすることなく、驀進(Bakushin)を続ける。

津軽湯の沢から青森県に入り、津軽路へ。整理券発行機や乗車ドアにまごつくお年寄りが多く、ワンマンカーは浸透していないような印象を受ける。

弘前で特急〈かもしか3号〉青森行き(1号車グリーン車・自由席クロハ481-1003:自由席利用)へ。酒田から4時間53分に渡る701系のロングシートから、簡易リクライニングシートに坐ると、気持ちいい。

特急〈かもしか3号〉青森行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
青森 3 クモハ485- 1008 指定席
  2 モ ハ484- 1023 × 自由席
弘前 1 クロハ481- 1003 グリーン車・自由席
乗車した1号車は自由席を利用

14時45分に弘前を発車すると、車内販売のお姉ちゃんがさっそく現れ、コーヒーのニオイがプーンプン。

軽快な感じの701系とは違い、どっしりとした重みのある走り心地。国鉄車を感じる。

自由席の禁煙車が1号車の半室(定員はグリーン車12人、自由席44人)しかないことに怒りを覚えるが、2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で、全車禁煙となった。

この日の山形、秋田、青森の3県は雲1つないP-KANで、青空が澄み切っている。カーテンを引くところもあり、私は睡魔に襲われ、何度か寝てしまった。

 “汽笛一声新橋を”のメロディーが流れると、終点青森だ。

秋田-青森間の特急は昭和60年(1985年)3月14日(木曜日)のダイヤ改正で、特急〈むつ〉が最初。しかし、昭和61年(1986年)10月30日(金曜日)でフォーエヴァー。その後、特急〈秋田リレー〉による田沢湖線運休のピンチヒッターが登場すると、エル特急〈たざわ〉は秋田-青森間に縮小された。これは盛岡-青森間の便が2往復あったため、生き残っただけなのだ。

平成9年(1997年)3月22日(土曜日)、現在の特急〈かもしか〉に愛称が変更されたが、もともとは国鉄最後のダイヤ改正(1986年11月1日)で、廃車した0系の簡易リクライニングシートを急行形電車に取りつけて、居住性の向上をはかった信州の急行だった。

15時15分、終点青森に到着した。

★備考

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②フリー百科事典『Wikipedia「JR東日本701系電車」』はこちらにクリック!!

③フリー百科事典『Wikipedia「かもしか(列車)」』はこちらにクリック!!

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2002年の汽車旅8-最終回 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

一旦下車して、ちょっと休息したあと、中央本線の針路はJR東日本へ。塩尻の中央本線は3通りあり、1つ目は先ほど乗ったJR東海エリア、2つ目はJR東日本本線エリア、3つ目はJR東日本支線エリアで、私はこちらを選び、普通電車辰野行きワンマンカー“ミニエコー”(クモハ123-1)に乗り込む。

中央本線の支線はかつて、“本線”だったが、岡谷―みどり湖―塩尻間の新ルートが完成。大幅な所用時間短縮が実現したことにより、支線に転落した。それでも、急行〈アルプス〉下り便は支線経由にこだわったが、2002年12月1日(日曜日)でフォーエヴァー。臨時快速〈ムーンライト信州〉にあとを託したが、みどり湖経由に変えた。ちなみに支線はかつて、急行〈アルプス〉で乗車しているが、夜行便だったので、記憶がない。

余談だが、狩人の大ヒット曲、『あずさ2号』が発売された当時、現在の本線はまだ開業しておらず、2002年2月2日(土曜日)に運行された臨時特急〈懐かしの特急あずさ2号〉松本行きの岡谷―塩尻間は支線経由で運転。忠実に再現したカタチとなった。

123系は国鉄時代の昭和61年(1986年)、荷物電車の改造により登場した電車で、“ミニエコー”と名づけられ、11月1日(土曜日)のダイヤ改正で運行開始。JRになってからは、JR西日本とJR東海でも登場したものの、後者は2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で撤退している。また、JR西日本は123系の後継となる125系が入団しており、“1両電車”は増加の傾向にある。

普通電車辰野行きワンマンカー編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
塩尻→辰野なしクモハ123-1なし

普通電車辰野行きワンマンカー“ミニエコー”の車内はガラガラで、荷物電車改造のモーター音がむなしく響き、終点辰野へ。時間があるので、下車駅したが、“日本の全駅完全下車”は狙っていない。青春18きっぷの特権を生かし、ホームで長い時間、乗り継ぎの電車を待っているより、駅の外に出て、気分転換をするのがいいからだ。

JR東海飯田線からの快速上諏訪行き(クモハ115-1077)に乗り、終点で下車。

快速上諏訪行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
上諏訪なしクモハ115-1077なし
 なしモ ハ114-1183なし
辰野なしク ハ115-1225なし



諏訪湖の近くに蒸気機関車、D51 824が静態保存されている。大半の静態保存車両は上屋がなく、雨ざらしになって、鉄クズで一生を終えることもあり、大切に保存している姿を見ると、嬉しい。しかし、色あせていた。まぁー、再び線路を走る時には綺麗な姿で復元されているのだろうが…

普通電車高尾行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
小淵沢1クハ115-1116リニューアル車
 2モハ115-1052リニューアル車
 3モハ114-1115リニューアル車
 4モハ115-1036リニューアル車
 5モハ114-1097リニューアル車
上諏訪6クハ115-1221リニューアル車

上諏訪に戻り、普通電車高尾行き(2号車モハ115-1052:リニューアル車)に乗り、車内は下山のアスリートが多く、小淵沢で臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし号〉新宿行き(3号車自由席サハ215-8:2階席利用)に乗り換え。オール2階建て近郊形電車の215系で運行しており、人気は高い。

臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし号〉新宿行きは以前、東京まで直通していたが、過密ダイヤに割り込むのは難しく、新宿止まりに変更された。ちなみに2003年春シーズンは小淵沢―茅野間を延長していたが、なぜ1駅先の上諏訪まで延ばさなかったのが疑問で、これも短命。小淵沢起終点のほうが落ち着くようだ。

臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし号〉新宿行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
新宿1クモハ215-42階建て自由席
 2モ ハ214-42階建て自由席
 3サ ハ215-82階建て自由席
 4サ ロ215-42階建てグリーン車
 5サ ロ214-42階建てグリーン車
 6サ ハ215-82階建て指定席
 7サ ハ215-72階建て指定席
 8サ ハ215-72階建て指定席
 9モ ハ214-1042階建て自由席
小淵沢10クモハ215-1042階建て自由席

215系は平成4年(1992年)に入団。オール2階建て車両にして、座席定員を増加させるために誕生。この当時、JR東日本は通勤ラッシュにおける混雑緩和に頭を悩ませており、平成元年(1989年)に2階建てグリーン車、平成3年(1991年)に常磐線ではクハ415-1901という2階建て普通車を投入。2階建て車両を部分投入していたことになるが、215系はその決定版と言える。

平成4年(1992年)4月20日(月曜日)にデビュー。オール2階建てといえ、1・10号車に1階席はなく、走行機器を集中配備。また、117系以来となる2ドアの近郊形電車となったため、朝夕ラッシュ時は〈湘南ライナー〉、昼間は快速〈アクティー〉の限定運用だった。

車内は定員確保を優先したため、普通車はボックスシートなのが難点で、転換クロスシートが望ましかった。しかし、全車グローブつきの照明や一部の普通車に洗面所をつけたため、“ハイグレードな車両”といえる(転換クロスシートだったら、文句のない車両だったが)。また、座席は片持ち式を初採用し、以来、JR東日本は積極的に取り入れることになる。

オール2階建て近郊形電車は好評ではあるものの、大量増備には至らず、2001年11月30日(金曜日)で快速〈アクティー〉から撤退(これにより、快速〈アクティー〉は全便15両編成化)。翌日から湘南新宿ラインの新宿―横須賀間の普通電車に活躍の場を移す。215系の普通電車運用は初めてだったが、2004年10月15日(金曜日)で撤退。その後は〈湘南ライナー〉〈ホームライナー小田原〉〈おはようライナー新宿〉及び、臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし号〉で活躍を続けている。

余談だが、215系投入後、JR東日本はすでに211系2000・3000番台で行なった“ロングシート政策”を本格的に打ち出し、グリーン車は2階建てを標準としたが、701系は大いに不評で、仙台地区ではE721系を投入し、全車セミクロスシートにしてはいるものの、転換クロスシートを投入し続けない姿勢は相変わらずである。JR東日本は“相変わらずの姿勢”を普通電車等のグリーン車連結で黙らせようとしているのかもしれない。それなりのよさはあるが、編成全体で考えると、グレードはJR他社より劣る。

さて、臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし号〉新宿行きの客層は意外と熟年層が多く、小海線からの乗り換え客も多かったが、清里はヤングの町ではなくなったということか(夏の清里は“長野の原宿”みたいなイメージがある)。

日野春でE257系のエル特急〈あずさ66号〉新宿行きの通過待ち(当時、エル特急〈あずさ〉〈かいじ〉はE257系の置き換えを進めていた)。215系とE257系、乗るならどっち?

余談だが、E257系は融通のきかない車両で、9両編成時は3~11号車となる。号車シールを車体に貼りつけているためで、先頭車が3号車というのも違和感がある。

モーター音のしない静かな車内でくつろぎ、中央自動車道(『タモリのSuperボキャブラ天国』のネタ、「中央ブリーフ連盟」を思い出すのは私だけ?)のホリデーは相変わらず渋滞で、鉄道のよさを感じる。ちなみに私はドライブが好きなほうである。

大月で土砂降りとなり、車窓は雨でゆがむ。

3本のエル特急に抜かれながら、雨はやみ、終点新宿に到着した。

今後はすべての“ホリデー快速”を215系化してもらいたいものだが、その夢はたぶん、かなわないだろう。

★備考

①フリー百科事典『Wikipedia「国鉄123系電車」』はこちらをクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「JR東日本215系電車」』はこちらをクリック!!

③岸田法眼のRaikway Blog.「臨時特急〈懐かしの特急あずさ2号〉松本行き」はこちらをクリック!!

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③2007年7月20
日(金曜日)で観客動員数は14萬6000人を突破しました。どうもありがとうございます。


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2002年の汽車旅8-4 [汽車旅2002]

2002年8月11日(日曜日)、臨時快速〈ムーンライト九州〉京都行きはJR西日本東海道本線に入っていた。

大阪を発車して、淀川を渡ろうとしたら、三脚を立てた撮影隊の姿があった。東淀川でJR東日本の急行形電車による臨時電車(たぶん、甲子園輸送)とすれ違ったので、撮影隊はそれをターゲットしているのだろう。

終点京都で普通電車米原行き(11号車サハ223-2056)に乗り換え。できれば新快速で急ぎたいものだが、2003年3月15日(土曜日)のダイヤ改正で、その願いは叶う(但し、今まで乗ったことがない)。

普通電車米原行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
米原12クモハ223-3026なし
 11サ ハ223-2056なし
 10サ ハ223-2057なし
 9モ ハ222-2011なし
 8サ ハ223-2058なし
 7サ ハ223-2059なし
 6モ ハ223-2011弱冷車
 5ク ハ222-2026弱冷車
 4クモハ223-3006なし
 3サ ハ223-2015なし
 2モ ハ222-3021なし
京都1ク ハ222-2006弱冷車

終点米原に到着したものの、うっかり熟睡して清掃員に起こされてしまった。

「お疲れ様でした」

清掃員の言葉が耳に残る。前日も山陽新幹線相生の改札で「いらっしゃいませ」と送り出され、“お客様本位”のJR西日本を感じる。

JR東海の新快速豊橋行き(①米原-大垣間はクハ310-2②大垣-名古屋間はクモハ313-304)に乗り換え。JR東海の新快速もスピード自慢だが、米原-大垣間と豊橋-浜松間が各駅停車なのが気に食わない。ちなみにJR西日本の新快速は姫路以南、彦根・近江今津以北は各駅停車となっている。

新快速豊橋行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
名古屋なしクモハ311-2なし
 なしモ ハ310-2なし
 なしサ ハ311-2なし
 なしク ハ310-2米原-大垣間乗車
 なしクモハ313-304大垣で増結。大垣-名古屋間乗車
米原なしク ハ312-304大垣で増結



近江長岡でも撮影隊を見かけ、大垣に到着。ここでうしろ2両を増結。ありがたく坐らせてもらう。起点から6両編成だったら、坐れた可能性もあるだけに編成の見直しをしてもらいたいところ。国鉄時代の昭和61年(1986年)11月1日(日曜日)のダイヤ改正で、中京の快速は6両編成から4両編成に減車されている。しかし、20年たった2006年10月1日(土曜日)のダイヤ改正で、313系5000番台の入団により、再度6両編成化した。

余談だが、ドア上の情報案内装置は「次は穂積」なのに「次は醒ヶ井(Next Samegai)」となり、西岐阜で使用中止に。

名古屋に到着。一旦下車して昼食購入後、エル特急〈しらさぎ5号〉富山行きを見る。この電車は特急〈スーパー雷鳥〉から転用したパノラマグリーン車を2001年7月から連結しているが、2003年3月15日(土曜日)から683系2000番台のチェンジを開始。2003年7月でエル特急〈加越〉と共に完了したものの、10月1日(水曜日)でエル特急〈しらさぎ〉に統一した。

10番線に中央本線の〈セントラルライナー3号〉中津川行き(1号車指定クモハ313-8503:多治見まで指定)が入線。平成11年(1999年)12月以来、3年ぶり2度目の乗車だ。

〈セントラルライナー〉は日中時間帯に運行する定員制電車で、310円を払えば席にありつける。ちなみに座席は指定されているが、窓側に坐るか、通路側に坐るかは早い者勝ちである。

〈セントラルライナー3号〉中津川行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
中津川1クモハ313-8503多治見まで指定
 2モ ハ313-8503多治見まで指定
 3ク ハ312-8003多治見まで指定
 4クモハ313-8502多治見まで指定
 5モ ハ313-8502多治見まで指定
名古屋6ク ハ312-8002多治見まで指定

10時30分に発車。通常は3両編成だが、この日は6両に増結されている。

〈セントラルライナー〉に使う313系8000番台は3ドアの車両だが、中央のドアは締め切り扱いになっている。但し、快速や普通電車に使っているため、その時はすべてのドアが開閉することになっている。

千種(Chikusa)を発車すると、乗車整理券の拝見を行なう。JR東日本の〈湘南ライナー〉などと違い、乗車時に乗車整理券の拝見は行なわないのである。ちなみに〈中央ライナー〉〈青梅ライナー〉は乗車整理券を確認する時間がないため、駅のホームのみの販売という共通点はあるが、定員制ではなく、指定席制にしている。その上、車掌が座席チェック機能のついた端末を持っているため、指定席券の拝見も行なわない。

JR東海側としては、ナゴヤドームの最寄り駅となる大曽根を通過。“バスだけど、鉄道”という、名古屋ガイドウェイバス志段味線“ゆとりーとライン”の乗り換え駅でもある。こちらに乗り換え、ナゴヤドーム前矢田がナゴヤドーム最寄り駅となるが、大曽根―砂田橋間は名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)名城線と競合している。

通常の313系に比べると、防音対策はしっかりしており、パープルのカーテンにエンジの座席はよく似合っているが、吊り革と中央のドアが邪魔でしょうがない。また、ドアチャイムの音量は静かで、“有料列車”なりの配慮をしている。

JR東海の中央本線名古屋地区も住宅が多く、211系5000番台といったロングシート車が多いことを物語っており、〈セントラルライナー3号〉中津川行きは120㎞/hで快走。なお、2007年3月18日(日曜日)のダイヤ改正で、130㎞/hにスピードアップ。313系シリーズはもともと、130㎞/h運転が可能な設計となっている。

高蔵寺から先は山岳に入り、スピードはそんなに出ないが、眺めはいい。途中下車してハイキングをしたいなぁー。

多治見から先は各駅停車となり、乗車整理券は不要。できれば、多治見―中津川間はノンストップにして、快速に格差をつけて欲しいところである。

カーブが多くなり、私が乗っている1号車はほとんど動かず、終点中津川まで乗っていた。

313系8000番台は転換クロスシート主体だが、シートピッチを若干広げている。また、車端部はテーブルつきのボックスシートとなっており、373系のセミコンパートメントを彷彿させる。

終点中津川に到着した直後、臨時エル特急〈しなの83号〉松本行きが登場。“生き残った”381系で運行しており、1号車はパノラマグリーン車も連結。ヘッドマークはLEDから“カンバン”に変わったせいか、インパクトは以前より強烈になった。

そのあと、大阪からのエル特急〈(ワイドビュー)しなの15号〉長野行きも到着。大阪―名古屋間は東海道新幹線と並行しているが、国鉄時代から大阪―長野間の便は1往復のままである。

エル特急2本がたて続けに発車したあと、各駅停車松本行き(クモハ313-3022:セミクロスシート。塩尻までワンマン列車)が入線。車両は165系から313系3000番台にチェンジしているが、3両編成から2両編成に減車され、早くも立客が発生!! 大半は青春18きっぷ利用客と思われるが、165系時代では全員着席できただけに、ゆとりが失われたのは残念である。

各駅停車松本行き(塩尻までワンマン列車)編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
塩尻なしクモハ313-3022セミクロスシート
中津川なしク  ハ312-3022セミクロスシート
乗車車両のセミクロスシートはボックスシート&ロングシート



発車して山間部をゆき、もう長野県に入っていた。新緑は鮮やかで、南木曽では下車客が多く、少し落ち着き、木曽福島では熟年の女性が鶉(Uzura)を連れて、相席に。珍客乗車に関心を示すお客が多く、了解を得て、鶉を撮らせてもらった。その熟年女性と鶉は終点松本まで乗ったようである。ちなみに私は塩尻で下車した。


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2007年7月18日(水曜日)で観客動員数は14萬5000人を突破しました。どうもありがとうございます。


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2002年の汽車旅8-3 [汽車旅2002]

2007年7月16日(月曜日・海の日)10時13分頃、新潟県中越沖地震が発生しました。私が住む関東地方も地震があり、安全確認のため、電車が20~30分ほど運転を見合わせました。

JR東日本の柏崎では発車を待っていた越後線の普通電車が脱線。さいわい、転覆に至らず、ケガ人はいませんでしたが、信越本線のトンネル内では貨物列車が脱線。また、青海川駅は土砂崩れが発生した模様です。夏本番というときに大がかりな災害が起こったのは残念でなりません。

被害にあわれた皆様にはお見舞いを申し上げます。御遺族の方にはお悔やみを申し上げます。

1日も早い町の復興を心から願っております。

お待たせしました。ここからは「2002年の汽車旅8-3」でお楽しみ下さい。



オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

快速〈山陽シティライナー〉岩国行きは広島に到着し、13時00分発の快速〈山陽シティライナー〉下関行きに乗り換え。115系2000番台体質改善車を期待していたが、“ひろしまシティー電車”の115系3000番台だった(クハ115-3020:弱冷車。2ドア車)。

広島地区の電車は先頭車に種別や行先の表示はまったくせず、不親切なのが欠点だが、側面はちゃんと表示している。

快速〈山陽シティライナー〉下関行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
下関 なし クハ115- 3020 2ドア車。弱冷車
  なし モハ114- 3508 元117系(2ドア車)
  なし モハ115- 3508 元117系(2ドア車)
広島 なし クハ115- 3120 2ドア車

“ひろしまシティー電車”の転換クロスシートは柔らかめの座席。個人的にバケットタイプが好きなせいか、居住性は221系に比べると、劣る気がする。

広島を発車し、五日市を出ると、瀬戸内海が見えてくる。晴天の波はおだやかで、宮島が見え、快速〈山陽シティライナー〉下関行きは快走する。

余談だが、この当時、快速〈マリンライナー〉に新車が投入することを発表していた。213系を快速〈山陽シティライナー〉に転用して、全便転換クロスシート化をするものと思っていたが、私の願いは絶たれている。

山口県へ入り、工業エリアが多くなると、岩国へ。快速区間は短く、もっとできないものか。

南岩国を発車すると、瀬戸内海オーシャンショーとなるが、いつのまにか天気が悪くなり、雨がポツリポツリ。誤算続きの旅に気が散ってしまう。

徳山に到着。留置線には115系2000番台体質改善車が止まっていた。徳山まで快速〈山陽シティライナー〉でひと仕事をしたあと、普通電車下関行きとして、再び南下するようだ。同じ転換クロスシートでも、居住性が違うので、“チクショー”という思いをしながら、徳山を発車したあと、雨の山口路をゆく。

始発の広島から乗っているお客が数人おり、終点下関まで乗り通していた。ちなみに幡生(Hatabu)近くにある下関車両センターでは、なぜか103系が留置されていた。

終点下関では驚いたことに、9番のりばでは寝台特急〈あさかぜ〉東京行きがまもなく発車しようとしていた。但し、小倉へ南下して、山陽新幹線〈のぞみ28・30号〉東京行きに乗り換えれば、その日のうちに帰京することが可能だ。これが大きく響いたのか、2005年3月1日(火曜日)で寝台特急〈さくら〉と共にフォーエヴァー。

私はJR九州の各駅停車小倉行き(クハ411-328:ロングシート改造車)に乗り換え。全車ロングシートに改造されてしまい、関門海峡越えの“ドキドキ感”を失う。と言っても、九州は今回で11回目。初めて関門海峡を渡った時に比べると、感激も薄くなったが、九州は魅力がある。

寝台特急〈あさかぜ〉東京行き発車後、9番のりばに臨時快速〈関門・海峡物語号〉広島行きが入線した。

車両は117系4両編成で、4号車は指定席になっている。もし、これが定期化したら、青春18きっぷの乗り継ぎも大幅な“スピードアップ”が可能である。

各駅停車小倉行きが発車し、17時00分に関門トンネルへ。2002年で関門トンネルは開業60年を迎えた世界初の海底トンネルである。

各駅停車小倉行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
小倉 なし クハ411- 328 ロングシート改造車
  なし モハ414- 14 ロングシート改造車
  なし モハ415- 14 ロングシート改造車
下関 なし クハ411- 327 ロングシート改造車

17時03分に関門トンネルを抜け、直流電化から交流電化へ。魅惑の九州に入り、門司で鹿児島本線の快速大牟田行き(クハ810-105:自由席)に乗り換える。

車内の中吊り広告は2枚きっぷ、4枚きっぷがあり、激安ぶりにひかれる。ほかにナイスゴーイングカード(対象年齢16~29歳)の会員は金土休にJR九州片道101キロ以上を利用すると、運賃・料金が40パーセント引きになるという。

快速大牟田行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
博多 なし ク ハ810- 105 自由席
  なし サ ハ811- 201 なし
  なし モ ハ811- 105 なし
  なし クモハ810- 105 なし
  なし ク ハ810- 110 なし
  なし サ ハ811- 110 なし
  なし モ ハ811- 110 なし
小倉 なし クモハ810- 110 なし

博多で下車。運よく、“秘湯”を見つけ、サッパリしたあと、博多ラーメンを食し、土砂降りの中、臨時快速〈ムーンライト九州〉京都行き(3号車指定席オハ14 201)に乗り、あわただしく本州に戻るのであった。

臨時快速〈ムーンライト九州〉京都行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
京都 なし E   D76 91 不明 博多-門司間牽引
  なし E   F81 410 不明 門司-下関間牽引
  なし E   F65 1130 不明 下関-京都間牽引
  6 オハフ15 203 × 指定席。サロン室
  5 オ ハ14 202 × 指定席
  4 オ ハ14 206 指定席
  3 オ ハ14 201 指定席
  2 オ ハ14 251 指定席
博多 1 スハフ14 201 指定席

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③2007年7月16日(月曜日・海の日)で観客動員数は14萬4000人を突破しました。どうもありがとうございます。

④2007年7月18日(水曜日)はメンテナンスのため、1時から8時までは御利用できませんので、御了承下さい(記事の更新もお休みさせていただきます)。


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2002年の汽車旅8-2 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

 

神戸から山陽本線に入り、終点姫路で普通電車岡山行き(クハ115-6082:弱冷車)に乗り換え。4両編成では坐れるところは1つもないが、電車は相生に到着した。


普通電車岡山行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
相生 なし クハ115- 6082 弱冷車
  なし モハ114- 6699 なし
  なし モハ115- 6615 なし
姫路 なし クハ115- 6083 なし

相生で山陽新幹線に乗り換えるが、この当時、自動改札は導入されておらず、在来線改札のそばで担当係員がお出迎えのような感じである。

「これを使って乗ります」  

と改札係員に青春18きっぷ、相生-岡山間の乗車券と新幹線自由席特急券を見せると、“新幹線のきっぷ”にスタンプを押す。

「いってらっしゃいませ」

という言葉を私にかける。ちなみに相生-岡山間の乗車券と新幹線自由席特急券事前に東京で購入した。これは〈こだま611号〉岡山行きの接続時間はわずか4分しかないためである。

 

〈こだま611号〉岡山行きはなんと、700系3000番台で、JR西日本産の車両(6号車自由席726-3003に乗車)。JR東海の乗り入れを前提とした車両であるが、まさか〈こだま〉に使うとは想像もしていなかった。ちなみに700系3000番台を利用したことにより、すべての700系シリーズに乗車したことになる(N700系は「700系シリーズ」とみなさない)。

〈こだま611号〉岡山行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
岡山 1 723- 3003 自由席
  2 727- 3003 自由席
  3 726- 3503 × 自由席
  4 725- 3003 × 自由席
  5 725- 3393 自由席
  6 726- 3003 自由席
  7 727- 3403 自由席
  8 718- 3003 グリーン車
  9 719- 3003 グリーン車
  10 717- 3003 × グリーン車
  11 726- 3703 指定席
  12 725- 3603 指定席
  13 725- 3503 自由席
  14 726- 3203 自由席
  15 727- 3503 × 自由席
相生 16 724- 3003 × 指定席

山陽新幹線で〈こだま〉を利用するのは初めてで、平成8年(1996年)8月以来、5回目の利用となる。ちなみに4回目の利用時はJR西日本所属の0系16両編成で、3人掛け座席の向きが変えられるようになっていた。

 

16両編成なので、自由席は余裕で坐れる。自由席主体の〈こだま〉だが、それでもグリーン車を利用する人もいた。

 

JR西日本の700系シリーズは〈のぞみ〉で使用しないことを前提としている。500系という“王者”が存在する以上、〈ひかり〉主体の運用にこだわり続けるはずだったが、2003年春から〈のぞみ〉の運用に就いている。

終点岡山に到着。短い乗車時間だったので、“もっと乗りたかったな”という感じだった。



一部のお客は〈こだま583号〉広島行きに乗り継ぐが、使用車両は0系のニューカラーに塗り替えていた。まるで、岩石のような印象を受けるが、0系最後の花道はニューカラーで幕を閉じる見込み。オール2人掛け座席で居住性もアップし、乗ってみたくなる。

 

岡山で再び在来線へ。7番のりばに山陽本線の快速〈山陽シティライナー〉岩国行き(クハ115-316:弱冷車。リニューアル車)が入線。転換クロスシート車と確信して、〈こだま611号〉岡山行きで先回りをしたが、なんと、セミクロスシートの115系300番台という、“普通の近郊形電車”だった。

快速〈山陽シティライナー〉岩国行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
広島 なし クハ115- 316 リニューアル車。弱冷車
  なし モハ114- 310 リニューアル車
  なし モハ115- 310 リニューアル車
岡山 なし クハ115- 315 リニューアル車。自販機コーナー

今回のメインは快速〈山陽シティライナー〉で岡山-下関間を乗り通し、転換クロスシートの醍醐味を満喫するつもりでいた。てっきり、すべての快速〈山陽シティライナー〉は、転換クロスシートを装備した車両になったものと思っていた。

ところが、その夢は早くも絶たれ、おまけに2002年10月5日(土曜日)のダイヤ改正で、岡山-下関間をロングラン運行する快速〈山陽シティライナー〉が登場し、この企画はムダになってしまったようだ。



115系300番台はリニューアルされ、最後部はトイレをつぶして、自販機が設けられた。山陽本線の中国地方はロングラン運行をする便が多いので、自販機はうってつけだが、ゴミ箱がないのが残念だ。

ガックリきて、7番のりばから発車する快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカーに乗りたくなってくる。あちらは転換クロスシートが約束され、利用率も高い。岡山-福山間しか運行されないのはシャクで、“広島まで延長してくれたら”と思う。それには車両の増備が必要になる。

福山へは快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカーが先に到着するが、快速〈山陽シティライナー〉岩国行きはボックスシート&ロングシートのセミクロスシート。ボックスシートの逆向きに坐りたくない意地から、おとなしく、快速〈山陽シティライナー〉岩国行きの前向きボックスシートでおとなしく過ごす。

9時57分、快速〈山陽シティライナー〉岩国行きが発車。弱冷車に乗るものの、普通の冷房車と変わりないほど冷たい。



笠岡で快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカー福山行きの待ち合わせ。快速同士がこんなことをするのも珍しいが、快速〈サンライナー〉は全区間快速なのに対し、快速〈山陽シティライナー〉は西条-広島-岩国間以外は各駅に停まる。

福山は近くに福山城がそびえているが、被災して建て直したという。明石近くには明石城もある。そういえば、『風雲たけし城』は?

福山では快速〈サンライナー〉からの乗り換え客があり、晴天の尾道の海は独特のエメラルドグリーンだ。三原市に入ると、ノーマルの青い海である。



糸崎4番のりばに到着。3番のりばの普通電車三原行きに接続するが、先に広島方面へ向かうとカン違いするお客が続出。ここでは13分停車して、後続の普通電車糸崎止まりに接続するヘンテコなダイヤである。

11時37分に発車。立客が発生したが、三原で降りる人が多かった。なんで、あとからやって来た普通電車を糸崎止まりにしているのかが疑問である。

三原を発車し、山陽新幹線と共にトンネルへドボーン!!

電車は新緑をゆき、ついつい睡魔に襲われてしまう。P-KANだといつもこうだ。なぜなんだろうね? 西条で中間の車両は“.com”となり、ここから先は快速運転。広島までノンストップである。


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③2007年7月18日(水曜日)はメンテナンスのため、1時から8時までは御利用できませんので、御了承下さい。

★岸田法眼からのメッセージ

2007年7月16日(月曜日・海の日)10時13分頃、新潟県中越沖地震が発生しました。私が住む関東地方も地震があり、安全確認のため、電車が20~30分ほど運転を見合わせました。

JR東日本の柏崎では発車を待っていた越後線の普通電車が脱線。さいわい、転覆に至らず、ケガ人はいませんでしたが、信越本線のトンネル内では貨物列車が脱線。また、青海川駅は土砂崩れが発生した模様です。夏本番というときに大がかりな災害が起こったのは残念でなりません。

被害にあわれた皆様にはお見舞いを申し上げます。御遺族の方にはお悔やみを申し上げます。

1日も早い町の復興を心から願っております。


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2002年の汽車旅8-1 [汽車旅2002]



2002年8月9日(金曜日)、2週連続でJR東日本品川へ。19時40分過ぎに東海道本線臨時ホーム7番線へ乗り込んだが、早くも列ができている。中には待ち合わせをして、遅くやって来た友人を列の中に入れたが、これは立派な割り込み行為である。ちなみに新幹線でも途中駅から乗る友人のために自由席を占拠する話を聞いたことがあるが、その場合は指定席にして、席番指定をすればよい。

22時55分頃、臨時普通電車(小田原からから臨時快速)大垣行きが入線(2号車モハ164-51:モントレーカラー)。ドアが開いたのは23時過ぎで、ドーッと乗って、満員御礼で23時55分に発車した。

臨時普通電車(小田原から臨時快速)大垣行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
大垣 なし ク ハ165- 89 モントレー色
  なし モ ハ164- 51 モントレー色
  なし クモハ165- 87 モントレー色
  なし ク ハ165- 94 モントレー色
  なし モ ハ164- 56 モントレー色
  なし クモハ165- 92 モントレー色
  なし ク ハ165- 104 モントレー色
  なし モ ハ164- 63 モントレー色
品川 なし クモハ165- 99 モントレー色
ラインは筆者が乗車した車両

2002年8月10日(土曜日)、JR東海に入った臨時快速大垣行きは終点に到着し、普通電車(高槻-明石間は快速)姫路行き(クハ111-7021:弱冷車。体質改善車)に乗り換え。弱冷車に乗っても、普通の冷房車と変わりなかった。

普通電車(高槻-明石間は快速)姫路行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
米原 なし クハ111- 7021 体質改善車。弱冷車
  なし モハ112- 7029 体質改善車
  なし モハ113- 7029 体質改善車
大垣 なし クハ111- 7121 体質改善車
米原でうしろ7両増結  
クハは転換クロスシート(一部固定座座席)&ロングシート
モハは転換クロスシート(一部固定座座席)  

米原でJR西日本の新快速姫路行き(①米原-彦根間は3号車サハ223-2050②彦根-姫時間は11号車サハ223-2067:大阪から女性車掌乗務)に乗り換え。言うまでもなく、快適さと速さを両立した電車である。

新快速姫路行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
姫路 1 ク ハ222- 2023 弱冷車
  2 モ ハ222- 3032 なし
  3 サ ハ223- 2050 米原-彦根間乗車
  4 クモハ223- 3023 なし
  5 ク ハ222- 2031 弱冷車
  6 モ ハ223- 2013 弱冷車
  7 サ ハ223- 2070 なし
  8 サ ハ223- 2069 なし
  9 モ ハ222- 2013 なし
  10 サ ハ223- 2068 なし
  11 サ ハ223- 2067 彦根-姫路間乗車
米原 12 クモハ223- 3031 なし

ドア開閉にてこずり、1分ほど遅れて発車。夏は1年の中で1番行動しやすい季節のせいか、お客は多く、米原発車までに前4両の車両番号を記録することはできず、乗車車両は2か所になってしまった。おまけに固定座席と対面する2列目にしか坐れなかった。ちなみに途中でディーゼル機関車がSLを牽引する面白い光景に遭遇した。この日は臨時快速〈SL北びわこ号〉の運転日らしい。

一部の座席ではカーテンを下ろすところが見られる。

乗車している223系2000番台は入団当初、日差しカット58パーセントのガラスを採用したので、カーテンを取りつけなかった。しかし、2001年夏の猛暑で、「まぶしい」という苦情が殺到。JR西日本は日差しカット58パーセントガラスをアピールしたものの、効果はなく、急きょ、カーテンを取りつけた。

野洲から宅地が多くなり、山科では寝台特急〈日本海2号〉大阪行きが運転停車。アクシデントがなければ、とっくに終点大阪へ到達しているが、アーバンネットワークは“新快速優先主義”のため、足の遅いブルートレインは立場が弱いのである。

寝不足で、ちょっと寝ているあいだに大阪を過ぎ、車掌も女性に変わった。女性車掌は乗務員室であぐらをかくことなく、積極的に車内を巡回する。スカートのうしろには小型の時刻表をしのばせており、左手には腕時計を2つはめている用意周到ぶり。親身になって応えようという姿勢が表れている。

女性車掌はJR西日本が我が国では初めて採用した。当初は関空特急〈はるか〉専用だったが、今ではなんでもヤル!!

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2002年の汽車旅7-最終回 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。アーンドゥ、クライマックス!!

終点浜松で普通電車静岡行き(クハ111-738:浜松で増結)に乗り換え。いつも前4両を増結しているため、輸送力増強に備えている。クハ111-631の前照灯は今どき珍しく、デカイ。

普通電車静岡行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
静岡 なし クハ111-738 浜松で増結
  なし モハ113-688 浜松で増結
  なし モハ112-688 浜松で増結
  なし クハ111-631 浜松で増結
  なし クハ111-166 なし
  なし モハ113-298 なし
  なし モハ112-298 なし
浜松 なし クハ111-506 なし

普通電車静岡行きは途中、FIFAワールドカップ日韓共同開催で選ばれたサッカー場の最寄り駅、愛野に停まるがホームは閑散としていた。

終点静岡で下車し、弁当を購入後、普通電車東京行き(7号車自由席クハ372-8)へ。

普通電車東京行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
東京 9 クモハ373-8 自由席
  8 サ ハ373-8 自由席
  7 ク ハ372-8 自由席
  6 クモハ373-9 自由席
  5 サ ハ373-9 自由席
  4 ク ハ372-9 自由席
  3 クモハ373-10 自由席
  2 サ ハ373-10 自由席
静岡 1 ク ハ372-10 自由席

鈍行で、特別料金なしにリクライニングシートが楽しめるとは“汽車旅冥利”に尽きる。

熱海からJR東日本に入り、終点東京に到着した。

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2002年の汽車旅7-6 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。イッツ・ショータイム。

終点天王寺で、大阪市営地下鉄御堂筋線の千里中央行き(1825)に乗り換え。梅田・新大阪までの運賃は270円だが、“青春18きっぷ誤印騒動”もあって、梅田で下車。新大阪・江坂方面は“ドームホーム”で知られているが、意外と半分以上の天井は“普通の地下鉄”なみであることに気づいた。新たな発見。

千里中央行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
梅田 なし 1125 なし
  なし 1025 なし
  なし 1925 なし
  なし 1325 なし
  なし 1225 なし
  なし 1625 なし
  なし 1725 なし
  なし 1425 なし
  なし 1525 なし
天王寺 なし 1825 なし

大阪の有人改札で青春18きっぷを処理してもらったが、発行替えはできないとのこと。これを自動改札対応にできないものかと、いつも思う。

大阪で221系ファンの男性に撮影を頼まれ、そのあとは221系の快速(高槻から普通電車)米原行き(8号車クモハ221-75)に乗車。次回の汽車旅では221系に乗る予定がないので、たっぷり乗っておこう。

快速(高槻から普通電車)米原行き編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
米原 8 クモハ221-75 なし
  7 モ ハ221-75 なし
  6 サ ハ221-75 なし
  5 ク ハ221-75 弱冷車
  4 クモハ221-74 なし
  3 モ ハ221-74 なし
  2 サ ハ221-74 なし
  1 ク ハ221-74 弱冷車

さて、JR西日本の“ドル箱”と言えるアーバンネットワークはいつも“ヘッドマーク攻撃”で、お客の目を楽しませる。

2002年夏は『レッツゴー! 京都駅ビル おかげさまで5周年』と『夏スマ! 2002須磨』が中心。103系・201系といった国鉄産車両はデカく、221系・207系・223系シリーズといったJR産車両は小さくなっている。

快速(高槻から普通電車)米原行きは複々線の内側を走り、東淀川で、快速(明石から普通電車)神戸方面加古川行きが特急〈オーシャンアロー17号〉新宮行きを抜き、茨木付近でエル特急〈くろしお10号〉の回送とニアミスするなど、紀州路特急大波乱!! ちなみに京都始発のエル特急〈くろしお〉、関空特急〈はるか〉、特急〈オーシャンアロー〉は茨木-千里丘間で、複々線をまたいで貨物線に入るため、京都-新大阪間の所要時間は新快速より遅い。

高槻から普通電車となり、野洲-篠原間は120㎞/h運転。新快速時代を思い出す。

終点米原でJR東海の普通電車大垣行き(クモハ211-5035:ロングシート&女性車掌乗務)に乗り換え。そして、終点大垣で特別快速浜松行き(クモハ313-1)に乗り換え、名古屋のホームできしめんを食べたい気もあったが、次回に持ち越しとする。

普通電車大垣行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
大垣 なし クモハ211-5035 ロングシート
  なし モ ハ210-5035 ロングシート
米原 なし ク ハ210-5035 ロングシート

今回、目につくのは「車内での危険物の持ち込みは…」という放送が多かったこと。東京ではしばらく流れていないが、JR西日本・JR東海ではなにかあったのだろうか?

特別快速浜松行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
浜松 なし クモハ313-1 なし
  なし サ ハ313-1 なし
  なし モ ハ313-1 なし
大垣 なし ク ハ312-7 なし

特別快速浜松行きは全区間、混雑していた。その前の新快速豊橋行きは6両編成だというのに、どうして増結をしないのかが長年にわたる疑問だったが、2006年10月1日(日曜日)のダイヤ改正で、313系5000番台が投入され、日中の快速系統はオール6両編成化した。

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③住吉急行電鉄の日報「大阪市交通局10系第25編成 車体改修中」はこちらにクリック!!

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③一部、エクセルを使っているため、文字数をかなり消費しており、“ノロノロ運転”の掲載となっております。なお、次回は「2002年の汽車旅7」シリーズの最終回です。

④2007年6月9日(土曜日)で観客動員数12萬9000人を突破しました。ありがとうございます。


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2002年の汽車旅7-5 [汽車旅2002]

オマタセ、ベイベー。レッツ・ダンシング。

南海電気鉄道高野線汐見橋から各駅停車岸里玉出行きワンマンカー(2282)に乗る。

各駅停車岸里玉出行きワンマンカー編成表
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
岸里玉出 なし 2282 なし
汐見橋 なし 2283 なし

高野線は汐見橋-極楽橋間だが、起点はなんば、あるいは岸里玉出と思う人も多いようで、ムリもないだろう。汐見橋-岸里玉出間はローカル線の雰囲気が色濃く、汐見橋は無人駅でも自動改札がある。

発車すると、複線をゆっくり走り、西天下茶屋を発車して、高架に登ると単線になり、終点岸里玉出6番線に到着した。

岸里玉出のホーム構造は高野線汐見橋方面、南海本線、高野線橋本・極楽橋方面となっている。同じ高野線でもホームが分かれており、阪急電鉄西宮北口の今津線ホームのようである(今津線は2003年7月に利用した)。

高野線末端区間を乗り、残る未乗車区間の中百舌鳥-極楽橋間は特急〈こうや〉で全線完乗したい夢を持ち、南海本線の普通車和歌山市行き(7880:弱冷車)に乗り換え。各駅に停まる種別を南海本線は「普通車」、高野線を「各駅停車」に分けている。これは今宮戎、萩ノ茶屋は南海本線なのに高野線用のホームしかないからである。つまり、普通車は今宮戎、萩ノ茶屋を通過するのである。



堺で南海本線の急行和歌山港行き(7151)に乗り換え、羽衣で高師浜線(Takashinohama Line)の普通車高師浜行きワンマンカー(2283)へ。路線はほぼ高架で、途中駅は伽羅橋(Kyara Brige)のみ。あっけなく全線完乗を達成!! 一旦下車して、普通車羽衣行きワンマンカー(2283)で折り返し、羽衣でJR西日本阪和線[東羽衣駅]へ。

普通車和歌山市行き編成表    
乗車区間 号車 車両番号 禁煙 備考
なし 7842 なし
  なし 7880 弱冷車