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2005年の汽車旅1-中編- [汽車旅2005]

2005年1月8日(土曜日)、一時帰宅したあと、東京へ。東海道本線の快速〈ムーンライトながら〉大垣行き(1号車クハ372-8:名古屋まで指定席)に乗る。

快速〈ムーンライトながら〉は2004年3月以来の利用で、おととしの夏以降、青春18きっぷシーズンに臨時便を利用しなかったのは初めて。

373系は入団10年となったが、いまだ特急利用がなく、他人持ち以外なら乗ることもないだろう。

隣席はスーツ姿の男性が乗っていたが、なんと青春18きっぷピンクのペラペラバージョンを所持していた(JR西日本の駅で買ったようだ)。

2005年1月9日(日曜日)、JR東海に入り、久しぶりの乗車はよく眠れたが、豊橋停車中は半自動ドア扱いのため、「プシュー」という音が何度も流れて耳ざわり。おまけに名古屋で暖房OFFとなり、パーティーション構造のため、冷風が入るなど、寒く、731系みたいにドア付近にエアカーテン(これで寒さをシャットアウト!!)をつけるべきだろう。



岐阜で、高山本線の各駅停車高山行きワンマン列車(キハ48 3809)に乗り換え。ちなみに起点の岐阜から1キロほど電化しており、「全線非電化」は“真っ赤なウソ”みたい(終電後は留置線で使うのだろうか?)。



美濃太田でゴミ捨てのため下車し、“太多ニック”ではなく、第3セクター長良川鉄道越美南線の美濃市行き(ナガラ304:ワンマン)へ。

「あっ、雪だぁーッ!!」

とジャージ姿の女子校生は車両に付着した雪に“ヒデキカンゲキ”。ちなみに長良川鉄道の利用は1999年1月以来、6年ぶり。

関で駅員が待ち構え、『長良川鉄道全線フリーきっぷ(1,500円)』を購入。そのうしろには強引に作って結果的に失敗した名古屋鉄道(次からは「名鉄」と記す)美濃町線のホームがある。



ここで下車し、名鉄のきっぷを買うつもりが券売機にはなく、ホームへ戻り、しばらく撮影に没頭したあと、北濃行き(ナガラ306:ワンマン&オールロングシート)へ。ちなみに画像は初代のナガラ1形である。

余談だが、長良川鉄道は通学定期券・通学回数券で乗り越す場合は差額運賃では乗車できないとのこと。通勤はOKのようだ。

粉雪は吹雪へ変わり、美濃市ではトロッコ客車を留置。梅山では雪でもめげず野球部が『巨人の星』を目指しているかどうかは定かではない。

梅山を発車すると、FOMA圏外となり、すっかり雪景色へ。また、ライバルと言える東海北陸道の高架がところどころ姿を現す。

大矢で美濃太田行き(ワンマン)と行き違いのため、停車時間は長く、運転士のマイクなし肉声案内で大半はトイレへ。

「どうしたの?」

と聞こえなかったオバサンは詰め寄るが、みなみ子宝温泉で下車したら、なにを思ったのか、乗り直すという周囲のお客は理解不能な表情をしていた。

郡上八幡(Gujoh-Hachiman)から“P-KAN吹雪”となり、山田で粉雪に戻った。

雪の長良川はいい。雪見酒と言いたいところだが、飲めないタチなので、“雪見烏龍茶”でいいだろう。

郡上大和で、先ほどの謎めいたオバサンが下車し、天気は曇り、吹雪に戻るのは時間の問題だった。



大中(Ohnaka)-美濃白鳥間はラッセル車と化し、終点北濃に到着。全線完乗達成!!

北濃を出て、少し歩くと、地元住民は雪かきに精を出していた。そして、P-KANとなり、視界は良好!!

美濃太田行き(ワンマン)で折り返し、関で下車。



とある事情により、“ムンクの叫び”に似た車両の新岐阜行き(ワンマン)には乗らず、テクテク歩いてスーパーマーケットで昼食。



関駅(感じは電停)に戻り、新岐阜行き(882:ワンマン)へ。

両替しようとしたら、野口英世の千円札は受け付けてくれず、隣りに坐っていた家族づれに夏目漱石と交換してもらった。ちなみにこの当時、樋口一葉の五千円札はまだ見たことがなかった。

発車すると、道路を横断するのに踏切で一旦停止。おまけに遮断棒がない大胆なつくりで、よく事故が起こらなかったと思うが、道路信号がそれを防いだのだろう。

あっけなく新関に到着。関-新関間は60分おきなのに対し、ここからは30分おきで、こんなんで代替ルート(1999年、新関-美濃町間のフォーエヴァーと引き替えに誕生)を作る必要があったかどうかが疑問だ。



野一色(Noishiki)で、徹明町行き(591:ワンマン)に乗り換え。実は1時間前の便は接続しておらず、1時間待った。


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