So-net無料ブログ作成
『波瀾万丈の車両』、2018年9月7日(金曜日)発売!!

拙著『波瀾万丈の車両』、発売中!! くわしくは、こちらへ


事業概要.jpg


 ●お問い合わせ、御依頼はこちらへ。

     

・Railway Blogのコメント、トラックバック承認制になっておりますので、御了承願います。

・Railway Blogに掲載されている本文、画像などの著作権は、各国の著作権法、各種条約及び、その他の法律で保護されています。これらのデータなどについて、私的使用、その他、法律で明示されている範囲を超えて、許可なく引用、複製、改編、転用、電磁的加工、送信、頒布、二次使用するなどの一切の行為は禁止しております。著作権法に関係なく、ルール、マナー、エチケットをすべて守っていただきますよう、お願いいたします(該当する行為があった場合、当方の顧問弁護士より、賠償金を請求させていただきます。必ずお支払いください)。また、新聞、雑誌など、各種メディア関係者で本文や画像の利用等を希望される場合は、お問い合わせフォームを御利用ください(原則として、本文や画像は有償とさせていただきます)。

東北新幹線開業25周年 [プラットホーム2007]

2007年6月23日(土曜日)、JR東日本大宮へ。前日、東北本線大宮-さいたま新都心間で、架線が切断され、大混乱を招く事故があったが、この日はいつも通りの光景だった。

架線切断事故の原因は、48歳の運転士が停止信号による停止位置を誤って、71メートル手前に止まってしまい、15号車のパンタグラフが2本の架線がある、「エアセクション」にパンタグラフのある車両が止まってしまったため、火花が発生し、架線が切れてしまったのである。「エアセクション」をカンタンに言えば“架線を引き継ぐ”もので、直流電化1500ボルトが次の架線へリレーするのである。

停止信号は相当イラつくものだが、運転士は常に緊張と緊迫を抱えながら乗務している。それはクルマの運転も同じこと。1つのミスが大混乱を招いたが、その運転士に全責任を押しつけるのはコクである。人生のすべてにおいて、ミスをしない人間がいたら、お目にかかりたいものである。また、JR東日本の会見は事故から相当時間がたったあとに行なっていたが、この日は株主総会だったらしく、マスコミへの正式発表はかなり遅れた。株主と安全、どちらが大事なのかわかっているはずだが、死傷者を招く大事故なら、株主総会の参加を取りやめているはずだ。

さて、話を戻し、大宮には10時頃に乗り込んだが、コンコースでは『祝 東北新幹線大宮開業25周年記念式典』が行なわれており、1日駅長が紹介されていた。

1日駅長は一般公募によるもので、この日、25歳の誕生日を迎えた女性。そう、東北新幹線が開業した昭和57年(1982年)6月23日(水曜日)生まれなのである。25歳は「四半世紀」と呼ばれるが、東北新幹線も開業して25年が経過。早いものである。

式典会場には歴代の車両パネル(なぜかE1系と400系がない)、開業時と現在の時刻表が拡大コピーで展示。東北新幹線は当時、東京-大宮間の工事が遅れていたため、暫定措置として、大宮を起点にしていた。そのため、上野-大宮間はノンストップの〈新幹線リレー〉を運行することになった。

上野6時33分発の〈新幹線リレー1号〉大宮行きは6時59分に到着。7時15分発の〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗り継げる構成になっている。この〈やまびこ11号〉盛岡行きが“下り1番電車”となっており、当時は本数も少なかった。

この当時、私は“ケイブンシャの大百科”の南正時カメラマン著作本で鉄道の魅力を徐々に脳へ入れていたが、東北新幹線1番電車、〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗っている。

その本は今、どこかへ消えてしまったが、記憶にある限りでは〈新幹線リレー1号〉大宮行きからスタート。本文には『鉄道ジャーナル』の取材陣も登場している(『鉄道ジャーナル』の取材には2006年11月30日、53歳の若さで他界された沖勝則カメラマンが乗っていた)。ちなみに現物を初めて見たのは4年後の昭和61年(1986年)で、ほかの大手鉄道雑誌、『鉄道ピクトリアル』や『鉄道ファン』もこの時に知る。

また、俳優の由利徹も〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗車。一部の車両は報道スペースとして貸し切られており、指定席はかなりのプラチナチケットだったようである。

〈やまびこ11号〉盛岡行きは9時14分に仙台へ着くと、ここから先は各駅停車。終点盛岡には10時32分に到着している。所要時間は上野から乗り継ぎで3時間59分、大宮からだと3時間17分である。ちなみに東北新幹線開業当時、仙台-盛岡間は〈あおば〉を運行しなかったため、〈やまびこ〉は1駅でも通過することができなかった。

一方、上り1番電車は仙台6時40分発の〈あおば200号〉大宮行きで、途中で〈やまびこ〉に抜かれることなく、8時57分に終点に到着。9時11分発の〈新幹線リレー2号〉上野行きに乗り換えれば、9時37分にゴール。所要時間は大宮まで2時間17分、上野まで3時間57分である。

1日駅長、駅長、JR東日本関係者と共に、式典では定番のクスダマ割りが終わると、ちょっとだけ記念撮影の時間が設けられ、終了後、自動改札に入り、15・16番線へ。JR東日本新幹線の愛称は全部で12もあるため、行先案内はフルカラーLEDでカラフルに表示しているが、ホームへ向かう階段やエスカレーターにはLCDを使っていた。これはあとで気づいたが、大きく表示することにより、誤乗車を防いでいる。下りの場合、大宮を発車すると、上越新幹線と枝分かれになるため、“より、わかりやすくする”必要性があったのだろう。

しかし、10時34分発の〈Maxやまびこ111号・つばさ111号〉については行先が「仙台・山形・新庄」になっており、わかりにくい。前者は仙台行き、後者は新庄行きであるが、なぜか山形をつけている。そうするのであれば、「〈つばさ111号〉山形方面新庄行き」というふうに案内すればいいのだ。車両の行先表示も「山形・新庄」なので、「山形方面新庄」に改めて欲しい。

16番線に10時30分発の臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きはまだ入線してこないものの、ホームの中ほどは式典を行なうため、駅員が総出で、場所を確保。また、安全柵は13・16・18番線にはないため、そちらのほうも神経をとがらさざるを得ない。

14・15・17番線は宇都宮・高崎方の一部に設置されているが、これは〈つばさ〉〈こまち〉の車両が在来線規格のため、転落事故を防いでいるからである。また、〈やまびこ〉〈なすの〉は400系やE3系シリーズもつないだ状態で運行することもある。

さぁー、いよいよ16番線に臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが入線。上野方から入ってきた。200系であるが、開業時のオリジナルカラーである。しかし、中身はリニューアル車で、側面は方向幕から方向LEDに変わっていた。開業から25年たち、200系のオリジナル車はすでに消滅していたのである。そのため、200系リニューアル車1編成を“復刻カラー”にして、この日に備えたのである。ちなみに今回の200系は400系やE3系シリーズと並結することが可能なタイプである。

現在、JR東日本のフル規格新幹線電車は飛雲ホワイトと紫苑ブルー(Shion Blue)にプラスアルファーしたカラーを原則としている。かつての“ロングシート政策”が頭にこびりついているせいか、フレキシブルさに欠ける印象を持つJR東日本だが、色については意外と柔軟である。また、前日の架線事故でも東北新幹線大宮-東京間を振替輸送の対象として、自由席特急券なしで乗れるようにしたのだから、JR東海も見習って欲しいところ(東海道本線が不通で、東海道新幹線が平常通りでも、新幹線自由席料金をとる杓子定規な企業である)。

200系の復刻カラーだが、ホワイトをベースに窓まわりはグリーンで囲っているが、なぜかJRマークがデカデカと貼りつけている。国鉄の復刻カラーにするのであれば、いらない気がするものの、「JR20周年」という意味もあるのだろう。ちなみに車体上部もグリーンのラインがある。

ホワイトは白さがパッとしない、くすんだ感じのカラー。200系は0系をベースに耐寒耐雪構造をほどこした車両で、重装備による重量増を防ぐため、アルミ車体を採用しているのが特長だ。

JR東日本になってからは100系そっくりタイプ、2階建て車両を投入した200系も登場したが、そのツラにはどこか違和感があった。100系のパクリという、オリジナリティーのなさに疑問を持っていた。

やがて、E1系初代Maxが登場すると、200系はカゲが薄くなり始め、E2系の投入により、廃車を開始。今や開業当時の200系は存在せず、リニューアル車のみとなった。あと5年持つかどうかは微妙なところである。

ホームはレールファンが殺到し、駅員は「黄色い線の内側にお下がり下さーい」と吠えはしないが、言う。前日の架線事故が頭にあるのだろう、「2日続けてヘマしました」というニュースを流すような日にしたくない。そういう思いが伝わってくるものの、それはほかに何人いたのだろうか?

「10センチ、下がろうな」

中にはそう言う駅員もいた。口調はおだやかで、情けをかけようと“交通整理”に励む。

隣りの17番線へ移動するが、16番線の先頭では『祝 東北新幹線大宮開業25周年 記念列車出発式』が行なわれているものの、意外にも式典の先では撮影することができた。以前、臨時〈想い出のあおば〉仙台行きでは式典がクスダマを用意するほど、規模が大きかったため、そこから先に入ることはできなかったが、今回は1日駅長と駅長がタッグを組んだ簡素なもの。クスダマはすでにコンコースで使ったため、わざわざ1日2回用意する気はなかったのだろう。1日駅長と駅長のうしろにはボーイスカウトがいる。

 

10時30分、定刻通りに臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが発車!! 小山、宇都宮、那須塩原、新白河、郡山、福島、仙台、一ノ関に停まり、13時18分に終点盛岡へ着くことになっている。おそらく、200系リニューアル車の復刻カラーは2007年11月15日(木曜日)、臨時〈あさひx号(上越新幹線大宮開業25周年記念号)〉新潟行きとして、走る可能性があるとにらんでいる。そして、昭和57年(1982年)11月15日(月曜日)生まれの女性が1日駅長になるだろう。

臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが発車したあとも、駅長と1日駅長のツーショット撮影会となり、続いてボーイスカウト。緊張からか、顔がひきつっている子供が多い。

「1+1はぁー?」

と突然、背広のJR東日本社員が言うと、子供たちの顔が緊迫した表情が崩れて、なごやかになる。もし、こういう時に「1-1はぁー?」、「1×1はぁー?」、「1÷1はぁー?」と言ったら、どう反応するんだろうね。書いているうちに「1-1=菊川玲」という、漫才ネタ(?!)を思いついてしまった。

 

ホームの下でも駅長と1日駅長、最後のツーショット撮影会となり、レールファンにはかなりの人気。記念撮影を快諾し、この日の讀賣新聞夕刊で掲載していた。

下車すると、式典会場では大宮区民ふれあいコンサートが行なわれ、西口では“ミニ新幹線乗車会”が行なわれており、普段は大宮総合車両センターのイベントでしか動かない、“子供向けE4系”が出向。小さな子供と親が喜んで乗車。ビックリしたことに“子供向けE4系”には車番があった。

ミニ新幹線乗車会E4系編成表
方向車両番号禁煙備考
大宮駅西口E453302なし
 E458304なし
 E458303なし
派出所E453301なし

今回の経路は派出所から西口までの往復1回乗車だが、途中でLUMINEの入口があるため、“特設の踏切”を作って、ちょっと本格的な鉄道の旅になったようである。また、西口で止まると、運転士が笛を吹き、最後部に乗っている運転士がスイッチバックするという趣向だった。

徒歩で大宮総合車両センターを越えて、埼玉新都市交通伊奈線大成へ。ここは2007年10月14日(日曜日・鉄道の日)に開幕する鉄道博物館の最寄り駅で、ただいま改修工事中。ホームやコンコースの拡幅、エレベーター、エスカレーター、トイレを設置する。また、自動改札はすでにSuicaとPASMOが使えるようになっているが、自社のプリペイドカード、フレッシュカードはフォーエヴァー。また、ICカード定期券の販売を検討しているという。

鉄道博物館はまだ工事中で、展示車両の多くはまだ搬入されていない模様。上屋の下には国鉄気動車、別の場所には455系2両、ガラス張りの建物には京浜東北線103系ハーフカットがすでに搬入されている。また、駐車場は3ブロックに分かれており、バイクは無料である。

その先には2007年5月31日(木曜日)で、極楽湯大成店を閉店させ、2007年10月14日(日曜日・鉄道の日)に大宮大成鉄道村として、新たなスタートを切る。レストラン、温浴、宿泊施設を備えたところになるという。

締めくくりは伊奈線“ニューシャトル”の大宮行き(ワンマン)へ。9年ぶり2回目の利用だが、車両のリニューアルが完了したようである。伊奈線は新交通システムだが、運転士が乗務して、実際に運転する珍しいタイプである。

車窓は大宮総合車両センターとなり、301系の先頭車が留置されていた。ひょっとして、鉄道博物館に展示されるのだろうか?

終点大宮に到着したものの、中間駅のような雰囲気がある。

それもそのはず、伊奈線は“Uの字運転”を行なっており、内宿で折り返すことになっている。

余談だが、この日は沖縄戦終結62年を迎えた「慰霊の日」だった。毎年6月23日は東北新幹線開業の喜ばしい日、「慰霊の日」という悲しい日が重なり合う。

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!

②フリー百科事典『Wikipedia「新幹線200系電車」』はこちらにクリック!!

③埼玉新都市交通ホームページはこちらにクリック!!

④鉄道博物館ホームページはこちらにクリック!!

⑤岸田法眼のRailway Blog.「東北新幹線開業20周年」はこちらにクリック!!

にほんブログ村 鉄道ブログへ

★お知らせ

『Yahoo! セカンドライフ「世界遺産にしたい車両-JR東日本・JR西日本583系-」』 もぜひ御覧下さい(「おすすめする」にクリックしていただければ、さいわいです)。御意見、御感想はこちらにお願いします

②『Yahoo! セカンドライフ』のコラム一覧はこちらにクリック!!

③2007年6月23日(土曜日)で観客動員数13萬7000人を突破いたしました。どうもありがとうございます。

④2007年6月23日(土曜日)の観客動員数は838人、6月24日(日曜日)は史上最多の897人でした。どうもありがとうございます。


nice!(4)  コメント(16)  トラックバック(9) 
共通テーマ:地域

nice! 4

コメント 16

オーミヤ

トラックバックありがとうございます。

私も行きたかったところではありましたが、色々な事情によって行くことはできませんでしたがご様子を写真で拝見することができ良かったです。誠にありがとうございます。このK47編成は後で元のリニューアル塗装に戻されてしまいますが、懐かしき原色塗装が復刻されたのは喜ばしいことですね。
by オーミヤ (2007-06-23 20:50) 

岸田法眼

オーミヤさんのブログは国鉄懐古話が多いので、喜んでいただき、よかったです。

復刻カラーは次の検査までには待てないのですね。上越新幹線25周年でも使って欲しいのですが、厳しいでしょうかね。

私は200系オリジナルカラーに乗ったことがなく、リニューアル車しか乗っておりません。オリジナルカラーは簡易リクライニングシートで、3人掛けは向きが変わらないため、“当たらなきゃいいなぁー”と思ったものです。JR東日本なってから、リニューアル以前の一部の車両は3人掛けでも回転できるようになりましたけどね。
by 岸田法眼 (2007-06-23 22:16) 

UZ

取材お疲れさまでした。いつも楽しく拝見しています。
東北新幹線が開業して25年ですか。私も年をとりました。

最初に乗車したのは12年前の9月に北海道旅行から戻ってくるときでした。盛岡でそばを食べてから乗車しました。そのときは200系で一部が2階建て車両になったものでした。盛岡から結構速く飛ばしていました。東京へ近づくたびに胸躍らせていたことが思い出されます。私はリクライニングシートでした。ただし3人がけでして、両端の肘掛けが固定されているものでした。

現在新青森まで建設が進んでいて300km/hを出す新幹線の開発も進んでいます。最初に利用した時と比べると夢のようです。

遅くなりましたが、RSS登録させてもらいました。今後とも宜しくお願いします。
by UZ (2007-06-23 23:06) 

岸田法眼

UZさん、どうもありがとうございます。

初めて東北新幹線に乗ったのは10年前ですね。「長野新幹線」こと、北陸新幹線が開業した初日、〈あさま〉で東京-大宮間を利用しました。そして、大宮から先の東北新幹線利用は2000年5月です。

200系は2回しか乗っておりませんね。いずれもリニューアル車ですが、E4系はまだ乗ったことがありません。

新青森延伸は2010年説があるようですね。この時期になると、青春18きっぷユーザーの“イジメ”が勃発することでしょう。なんらかの対策をお願いしたいものです。

こちらこそ、今後とも、よろしくお願いします。
by 岸田法眼 (2007-06-23 23:41) 

実はJR東日本所属の新幹線で実物を見たことがあるのは
長野新幹線のE2系と秋田新幹線、山形新幹線のE3系しか
なくて、200系の原色はピンと来ないんです。

E2系を間近で見たとき、これの兄弟的存在が
東京~八戸を走っているんだなぁって思えました。
昔は夜行列車でしか行けない距離だったのに、時の流れは
早いですよね。
by (2007-06-24 08:12) 

岸田法眼

Sanohpyさん、どうもありがとうございます。

今やJR東日本所属の新幹線は自社産が主力ですからね。200系はまだまだ走っているとはいえ、21世紀に入ってから、原色を見た記憶がほとんどありません。「♪古いアルバムめくりー♪」の歌詞通りにいかないと思い出せないかもしれません。

東北新幹線が新青森まで延びると、〈あけぼの〉がヤバそうですね。
by 岸田法眼 (2007-06-24 11:19) 

住吉人

岸田法眼様、こんばんは。
22日の架線切断事故は、全国ニュースになっていました。
さて、東北新幹線を実際に見ましたのが、まだ大宮が起点の時でした。
リニューアル車とはいえ、原色のカラーの200系はいいですね。
by 住吉人 (2007-06-24 21:25) 

龍太丸

Dear Mr Kishida,

Nice to meet you & Thank you for your trackback to my blog.
今週末は「鉄」な週末でした。=今日は会津鉄道経由で磐越西線に行ってきたのです。

 ブログをご覧いただければ分かると思いますが、右手にヨーロッパの鉄道も入れてありますので合わせてご覧ください。

 あと鉄道博物館の影響でスーパー銭湯「極楽湯」がクローズしてさびしい思いをしたのですが、復活するとのことで非常に嬉しいです。
 また大宮にお越しください。
 
by 龍太丸 (2007-06-24 21:41) 

岸田法眼

住吉人さん、こんばんは。どうもありがとうございます。

架線切断事故は夕刊でも1面トップで、『報道ステーション』でもトップニュースとして報じておりました。天候がよくないこともあり、車内に閉じ込められた人々にとっては苦痛だったでしょうね。

東北新幹線の実物を見たのは東京に延びてからですね。当時は1面2線でやりくりしており、ホームに入ったのは長野新幹線開業日が最初ですね。

JR東日本の新幹線に乗る機会は少ないのですが、原色の200系は1度も乗ることはありませんでした。すでにJR東日本産の新幹線が走り始め、200系より興味がありましたからね。

国鉄カラーに復刻された200系を見ましたけど、新鮮でしたね。今でも通用するような気がしました。ちなみにJR東日本新幹線のラインカラーは今も緑です。
by 岸田法眼 (2007-06-24 21:50) 

岸田法眼

龍太丸さん、どうもありがとうございます。

鉄道博物館を取り上げたのは、“臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きのあとにそこへ行ったことを取り上げるブログはないだろう”と思ったからです。

当日は予想通り、レールファンが多かったですね。さて、鉄道博物館及び大宮大成鉄道村の開幕戦は徹夜組のレールファンがいるかどうかが注目されますが、住宅地(特に反対側は団地)のため、警備員が阻止する可能性はあると思います。もちろん、私は開幕戦に行くかどうかは未定で、徹夜するつもりもありません。
by 岸田法眼 (2007-06-24 21:56) 

mattoh

 こんばんは。TBありがとうございます。

 前日の大騒ぎから一転、好天にも恵まれて絶好のイベント日和となた昨日ですが、私の方は時刻をすっかり失念してしまい、大宮駅に到着したときにはすでに記念列車は行ってしまった後でした(^_^;)。以前は当たり前のように見ることが出来た200系ですが、今では数えるくらいになってしまい、貴重な存在ですね。

 新幹線の話題から離れて、大成駅近くの極楽湯が閉店してたんですね。私も何度か利用したことがあるんですが、温泉がないこともあって、近隣にオープンした温泉施設の方に足が向いてしまいました。しかし、リニューアルし新たな施設ができるとのことで、今から楽しみです。それでは。
by mattoh (2007-06-24 22:14) 

岸田法眼

mattohさん、こんばんは。どうもありがとうございます。

あの架線事故にはビックリしましたが、この日はアクシデントもなくてよかったですね。

時刻は『えきネット』にありました。適当に「東北新幹線」という検索ワードを打ったのですが、JR東日本のホームページでは見つからなかったですねぇー。トップページから“詰め込み過ぎ”だからでしょうか。

極楽湯については適当に歩道橋を渡ったら、紙がありまして、初めて知りました。川越線からでもバッチリ見えるのですが、まったく気がつかなかったですね。

イメージイラストによると、現在、建設している部分はSLのカタチになる模様です。“増築による改称”というふうな見方もできますね。
by 岸田法眼 (2007-06-24 22:27) 

MAKIKYU

こんにちは。

先日の架線事故は影響が甚大で、都心の反対側で振替輸送を請け負った路線にまで遅延が波及した様ですので、こんな事は2度と起こして欲しくないものですが、東北新幹線大宮-東京間を振替輸送の対象として、自由席特急券なしで乗れるようにしたとは初耳で、これは確かに評価できる話ですね。

またこの記事で触れているJR某社は確かに格子定規的な部分が様々な面で見られ、振替輸送に限らず中国への新幹線輸出に至るまで色々あった様(台湾島は新線を走り車両も輸入なのに対し、大陸本土は既存路線運行&ノックダウン生産という事に難色を示し、後者は結局E2系ベースの車両を導入)ですが、もう少し柔軟さがあっても良い気がします。
by MAKIKYU (2007-06-25 11:24) 

岸田法眼

MAKIKYUさん、どうもありがとうございます。

東北新幹線の振替輸送は『報道ステーション』で知りました。事前に作っていたようで、フレキシブルですね。もしかしたら、大宮-那須塩原間の各駅と上越新幹線熊谷・高崎も同様のことをしたかもしれませんね。

「JR某社」と書かれていますが、本文ではハッキリと述べているので、気をつかわなくてもいいですよ。

JR東日本に何度か意見や要望をしたことがあり、文末は「愛されるJR東日本を…」と書いております。今後も“お客様本位”でお願いしたいものですが、転換クロスシートを投入してくれないのが残念なところです。2003年に要望したことがあるのですが、座席に関する要望は多いようです。ほかに新潟県中越地震の際、急行〈能登〉と寝台特急〈北陸〉を北越急行経由での運行を要望したところ、そういった意見が多かったと思いますが、臨時急行〈能登X号〉として、通りました。但し、週末だけの運行でしたけどね。ちなみに苦情は1回もありません。
by 岸田法眼 (2007-06-25 19:57) 

liu-gotoo。

始めまして!!
TBありがとうございます。
東北新幹線開業25周年の記事を読ませていただきました。

開業当時の200系は、今ではほとんど姿を見ないので
この開業記念の日の列車はかなりレアですね。
200系は、3年ほど前に新潟駅で見たのを覚えていますが
あれ以来、さらになくなってしまったようで、何か寂しいです。

22日の架線事故は、私の帰宅の足にも影響しましたが
新幹線で振り替え輸送…という手段を聞いて驚きました。
そこまでやるんだ!!というのが正直な感想でした。
by liu-gotoo。 (2007-06-27 23:57) 

岸田法眼

Iiu-gotooさん、どうもありがとうございます。

現存する200系はすべてリニューアル車で、このうちの1本を復刻版としたわけですね。

東北新幹線振替輸送は事前に用意しており、ビックリしました。以前、『旅と鉄道』という雑誌で、青春18きっぷの振替輸送をおこなったという記事がありました。人身事故なら、認められないでしょうが、今回のように長時間にわたり、ストップしたのですから、平常運行の新幹線で振替輸送に対応したJR東日本の英断を高く評価していいでしょう。

後編の記事を楽しみにしております。
by 岸田法眼 (2007-06-28 00:04) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 9

ブロガーの皆様、御登録をお待ちしております。