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『波瀾万丈の車両』、2018年9月7日(金曜日)発売!!

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観客動員数292萬人突破!! [波瀾万丈伝]

観客動員数292萬人突破!!.JPG

毎度、御利用いただきまして、ありがとうございます。

2005年11月11日(金曜日)に開幕したRailway Blogは、2010年9月12日(日曜日)に観客動員数292萬人を突破しました。どうもありがとうございます。

◆ここまでの「2009年の汽車旅4」シリーズ

・2009年の汽車旅4-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-07

・2009年の汽車旅4-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-13

・2009年の汽車旅4-3
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17

・2009年の汽車旅4-4
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-01

・2009年の汽車旅4-5
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-06

・2009年の汽車旅4-6
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-10

・2009年の汽車旅4-7
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-11

・2009年の汽車旅4-8
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-13

・2009年の汽車旅4-9
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16

・2009年の汽車旅4-10
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-04-23

・2009年の汽車旅4-11(四国の鉄道完全制覇達成!!) 
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-04-30

昨年夏の旅ですが、大幅に遅れており、“回復運転”も不可能な状況です。最後まで、お付き合いいただければ、さいわいです。

◆2010年8月3日(火曜日)から、9月12日(日曜日)までのmixi日記

■8月3日(火曜日)
東武鉄道20050系の異変

東武鉄道20050系は平成4年(1992年)に入団した当初、一部のドア上に当時としては珍しいLCDを装備していた。しかし、LCDは“時期尚早”だったようで、劣化により撤去され、10年も持たなかった。

2010年に入ると、日比谷線直通車は号車及び点字つきドアステッカーを貼りつけたが、このほど20050系は、一部のドア上に50000系シリーズや、10000系修繕車と同じタイプの情報案内装置(3色LED式)を取りつけた。ちなみに5ドア車は5つ、3ドア車は3つある。

今後はドアチャイムや自動放送装置すらない20000系にも、情報案内装置(3色LED式)を取りつけるかが注目されるだろう。20000系は入団から22年が経過しており、東武“お得意”の修繕工事で水準を合わせる可能性もあるだろう。

■8月6日(金曜日)
視聴者に苦言を呈す


●原爆式典、途中で「ゲゲゲ」に… NHK苦情殺到
(読売新聞 - 08月06日 13:08)

『ゲゲゲの女房』で式典中継が中断され、NHKに抗議した視聴者がいたという。残念だ。視聴者は「式典」しか頭にないのだから。式典会場以外のところを見てこそ、“8月6日の広島”なのだ。私は2006年に行ったが、平和に慢心している自分の姿を大いに恥じた。

今回の式典では、初めてアメリカが“非”を認めた。画期的な1日だっただろう。大量殺人をしてまで、原爆を投下する必要があったのか。アメリカ人よ、よく考えてほしい。来年こそは、バラク・オバマ大統領に“8月6日の広島、8月9日の長崎”をじかにみていただくことを願っている。

私は「6月23日の糸満」、「8月9日の長崎」に行きたい。報道では式典しか伝えていないことが多く、“真の式典の模様”をお伝えする必要がある。しかし、私の意志を買っていただける出版社がなく、残念だ。「鉄道」しか書けない人間と思われているようだ。これは立派な“偏見”だよ。

■8月8日(日曜日)
311系、321系の異変

JR東海311系は現在、運行番号表示器の撤去が進んでいる。

運行番号表示器は「C0401」「1M」などを表示するが、311系は211系も、いつのまにか「311 2(311系第2編成のこと)」など、編成番号を表示するようになった。JR東海は基本的に列車番号を表示する習慣がない模様で、117系の運行番号表示器は編成番号となっている。

311系の撤去は見事に奇麗で、黒いパネルを交換したのかもしれない。ちなみに“イーハー東武”を外れた東武鉄道30000系は、かぶせている。

居住性に難があるJR西日本321系は、優先座席ではないほうのシートモケットを抹茶っぽいグリーンに変えていた。すべての編成ではないが、たった5年でシートモケットを変える理由は、なんだろうか?

321系は通勤形電車としては駄作で、居心地が悪い。ロングシートの背もたれが膨れて硬いからだ。207系は柔らか過ぎて、隣に人が坐ると、沈んでしまう難点がある。転換クロスシートのノウハウを活かせないものだろうか?

ロングシートは中央線E233系が1番いい。京急のロングシートもどっしりした感じがする。これは701系もそうで、同じ時期に量産された京浜東北線209系よりもいい。

321系はステンレスの光沢と上部に丸みがあり、外観(車体側面)だけは優秀なので、惜しい車両である。

■8月12日(木曜日)
波田陽区の出番ですよ!!

●あなたの「残念な人度」を判定、残念な人.comで「残念な人」の募集も。
(mixiニュースより)

最近、残念な人度診断(
http://www.zannennahito.com/)をしたところ、こんな結果が出ました。

・残念な人度50% 残念な人だと思われているかもしれません。周囲に残念な人しかいないのは、あなたが紛れもなく残念な人だからかもしれませんよ。

私は昔から「厳しい」といわれる。会社勤務の頃、初対面の人はまったく信用せず、常に疑いの目を持って接していた。人の短所を見つけては、ミスをすると激しく叱責するのが人付き合いの“ウラパターン”である。実は今も変わらないのだが、私とウマが合う人というのは、初対面をまったく覚えていない人だ。

「性格が悪い」と思われるかもしれないが、人見知りが激しい、完ペキ主義、ほとんど妥協しないといった職人気質である。また、そういう目を持つことで、“人を見る目”が養われ、ダメ人間はひと目で見抜ける。

残念な人度50%では、結婚は難しいのかなぁー? 診断結果にへこんだ。まるで波田陽区に「ざんねぇーん」と突きつけられたかのように。

■8月13日(金曜日)
内閣総理大臣在任期間5年

●太田総理が退陣 その舞台裏
(mixiニュースより)
 

『太田光の私が総理大臣になったら… 秘書田中。』が終了し、mixiにアクセスしたら、なんと、その番組が2010年9月で打ち切るという。最近は“手を変え、品を変え”という状況が続いていたのが気になっていたが、打ち切りは残念だ。  

この番組は2005年10月に深夜番組として、数回放送したのが始まりで、爆笑問題の太田光が内閣総理大臣に就任。2006年1月に正月特番でゴールデンタイムに進出し、4月からレギュラー化した。  

この番組はマニフェストを発表し、可決したものをホンモノの国会に陳情するというもので、“政治不信”のスキにつけこんだような番組。日頃から私も言っていることだが、国会の場に国民を参加させ、激論をかわすべきではないかと考えている。小さな国会は、いちおー実現したことになる。私も著名人、文化人として君臨することになったら、この番組に出て、マニフェストをぶちまけたい夢を持っていた。  

この番組で、太田光に対する見方が変わった人も多いだろう。漫才師という目でしか見ていなかった視聴者は、政治を語る際の豹変ぶりに驚いた方も多いと思う。逆に言えば、多彩な能力を持っている。私はビートたけしや太田光と同じような立場を目指しているのも、多彩な分野で活躍したいからだ。そのため、出版社で「好きな作家やライターは誰ですか?」といわれても、「いません」と答えた。

理由は2つあり、1つ目はモノ書きが同じワクにとらわれることに疑問を持ったこと。2つ目は好きな作家やライターを素直に答えると、“その人の二番煎じにしかなれない”と思われることを予想したからである(そう言われることを非常に嫌っている)。

私はRailway Blogで、鉄道紀行の世界にアドリブやギャグを入れて、たぶん一部の人から支持を得たと思う(シモネタを入れれば完璧だろう)。そうでなれば、5年近くで観客動員数281萬人を突破することはなかっただろうし、“モノ書き”という立場に就くこともなかっただろう。残念ながら、雑誌などの商品にアドリブやギャグを入れることが許されないようだが、多くは“優等生”を目指しているので、今は起用していただいている版元さんなどに感謝する立場である。私は一生、“雇われの身”なのだから。

太田総理は5年で退陣をすることになるが、ほかの内閣総理大臣に比べれば、明らかに長い。おそらく、多くの視聴者は、その栄誉をたたえていることだろう。できれば、長く続けてほしかったが……

※『太田光の私が総理大臣になったら… 秘書田中。』は、2010年8月27日(金曜日)で、レギュラー放送が終了。今後は不定期放送になる模様です。

■8月18日(水曜日)
日清ラ王フォーエヴァー  


2010年8月17日(火曜日)、19時頃にスーパーマーケットへ。晩メシをどうするか悩んでいたところ、カップラーメンに目がいく。そこには先月で生産を打ち切った日清ラ王を販売しているのだ。“在庫限りになるだろう”と思い、しょうゆ味を買うことにした。税込み198円はちょっと高いが……  

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帰宅して、やかんに湯をわかす。カップの中を見ると、焼きそばの湯切り口、密封された麺が目立つ。作り方を見ると、手間がかかることに驚いた。 熱湯をかけて1分後、湯切り口に湯を捨てる。そのあと、再びやかんに湯を沸かす。そのあいだに粉末と液体のスープを入れ、再び熱湯を容器に入れて、かきまぜたあと、できあがり。普通のカップメンに比べ、2分余計にかかるだろうか。

いざ食べると、うまい。生麺ならではのコシのよさが際立つ。スープが濃過ぎる気がするものの、おいしゅうございます。

■8月22日(日曜日)
レイルウェイ・ライターの疑問  

この世界に入る前から1つの疑問があった。  

それは、「紀行作家」、「鉄道ジャーナリスト」、「鉄道ライター」、「トラベルライター」、「フォトライター」などは複数いるのに、「レイルウェイ・ライター」は1人しかいないことだ。あの「三遊亭圓楽」だって、今まで6人が襲名しているのだから。

「レイルウェイ・ライター」が1人しかいないのは、釈然としない。もし、「レイルウェイ・ライター」が特許や商標登録をしているのならば、話はわかる。また、「鉄道ライター」という肩書きの人は、「レイルウェイ・ライター」を名乗ることを躊躇かつ、遠慮しているようにも思える。  

私は、「レイルウェイ・ライター」と名乗る気はなかったが、出版社などは、「さすらいのライター」という肩書きに違和感を持っているようだ。それを象徴するかのように、昨年12月発売の『プレジデント フィフティ・プラス「鉄道と旅入門」』(プレジデント社刊行)では、「Train Writer」。今年から参加している『鉄道のテクノロジー』(三栄書房刊行)では、「レールウェイライター」という肩書きをそれぞれつけている。私は“大げさだなぁー”と思いつつ、そういうふうに思われていることが嬉しかった。その名に恥じないよう、いつも気を引き締めているが、逆に責任が重くのしかかり、先月から心療内科で治療を受けるハメになった。  

責任が重くのしかかる1つの理由に、国会図書館の存在がある。実はエロ本、週刊誌など、すべての書籍、雑誌、ムックを入荷しており、書庫に収めているのだ。当然のことながら、私の執筆記事がすべて収められているわけで、会社員以上に恥ずかしい生き様を見せるわけにはいかなくなってきた。当然、どんな小さな罪でも逮捕されれば、報道されてしまう立場にある。出版社も即販売を中止し、自主回収をすることになるだろう。

■8月24日(火曜日)
祇園で芸者遊びだゾ!!  


祇園の夜。いいねぇー。「どすえ」「ありんす」といった京言葉があちこちで聞こえてくる。あー、誘惑に負けそう。現地では、そういう人たちを“甘えん坊将軍”と言っているらしいですよ。⇒http://bit.ly/bWXEmv

■8月28日(土曜日)
世の中は右利き社会


●あなたの利き手はどっち? 左利きの人に聞いた“左利きで不便なこと”
(mixiニュースより)
 

私は右利きだが、親兄弟はまったく思っていない。利き腕というのは、ボールを投げる手で決まるもの。私は右投げだから、当然、右利きのはずなのだが……  

実を言うと、幼少の頃は、なぜか左でモノを持つことが多かった。箸やスプーン、鉛筆、はさみは左手で持っていた。小学生にあがる前、親は急に厳しくなり、はさみ以外は右に矯正されてしまった。ただし、その当時、野球嫌いだったため、ボールをどこの手で投げていたのかが、まったく記憶にない。  

小学校に入ると、ドッジボールという、幼稚園ですらやったことのない遊びをやるハメになった。投げ方がよくわからなかったみたいで、クラスメートに指導されてしまい、そこから右で投げるようになり、右利きを確立した。ちなみにバッターボックスは、左右どちらとも立ったことがある。それはどっちがいいのか、よくわからなかったからだが、松井秀喜選手が巨人軍に入ったことで、高校2年生から左打ちに固定した。つまり、「右投げ左打ち」という、よくあるパターンだ(ゴルフは右だけど)。  

小学校3年生になると、うんざりして箸以外は元に戻したが、今度は「左利きなの?」と周囲からきかれるようになった。その言葉にうんざりして、中学3年生の2学期から、鉛筆やスプーンを右に変え、現在に至っている。  

現在、公的な場では右で字を書き、スプーンやはさみを持っているが、私的な場は、その逆である。旅先では左右どちらでも書いているが、お店で食事をとる場合、スプーンは右手で持つ。ちなみに自動改札機は、最初から右手を使っているが、1度だけきっぷを左手で入れたことがある。それは、ある女優さんと握手をした右手の余韻が強く残り、浮かれていたからである。きっぷは入れづらかったが。  

機械などは基本的に“右利き仕様”で、左利き用は“オーダーメイド”になってしまうため、肩身が狭い思いをする。時々、左手を使って、自動改札機を通過する人を見かけるが、使いづらそうだ。ちなみに左利きは、右利きに比べ、寿命が短いらしい。  

同じ右利きでも、元阪神タイガースの掛布雅之氏は、箸やスプーンは左で使っている。また、プロ野球の左利き選手は、右手で握手をしている。  

余談だが、蹴るときはなぜか左足が多く、相撲でも千代の富士の影響なのか、左からの上手投げで勝ったことがあり、右では力が発揮できなかった。

■8月30日(月曜日)
平成口ゲンカ王の審判


●“鬼軍曹”逝く 元プロレスラーの山本小鉄さんが死去
(mixiニュースより)  


2010年8月28日(土曜日)6時42分、元プロレスラーの山本小鉄さんが低酸素性脳症のため、68歳で天に召された。68歳で天に召されるのは、早過ぎるような気がしてならない。  

私は山本さんのプロレス選手時代を知らない。引退後に料理番組に出演していた記憶があるが、鮮明ではない。  

鮮明に覚えているのは、日本テレビで放送された『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で、平成口ゲンカ王の審判を務めていたことである。これは口達者な参加者を募集し、口論するというもので、白熱した展開でも顔色1つ変えず、冷静なジャッジを下した。番組10周年記念のCDにも口ゲンカ王たちの曲が収録されており、「はじめっ!!」という声を聞くことができる。  

その後、訃報を耳にするまで、テレビに出る姿をまったく見る機会がなかった。「鬼軍曹」というのだから、黙々とプロレス選手の育成に力を注いでいたのだろう。  

謹んで、御冥福をお祈りいたします。

■9月7日(火曜日)
さぁー、みんなで見てみよう!!

●みんなが選んだ好きな夏ドラマ第1位は……、『ホタルノヒカリ2』!
(mixiニュースより)

『ホタルノヒカリ2』は、前作の『ホタルノヒカリ』を見ていたので、楽しみにしていました。キャスティングが大幅に変わっていたので、見る前は不安があったけど、それを吹き飛ばす面白さがありますね。

明日は放送日。さぁー、みんなで『ホタルノヒカリ2』を見てみよう!!

■9月10日(金曜日)
いいんじゃない

●大阪都構想で橋下知事が挑発、平松市長が応酬
(読売新聞 - 09月09日 14:20)

橋下大阪府知事が、すごい構想を出した。「府」を「都」に変えることである。確かに大阪府は“都会”というイメージが色濃いところなので、「大阪都」に依存はない。実を言うと、私は神奈川知事選挙の出馬を考えていたことがあり、神奈川県を「横浜都」にして、茅ヶ崎市、平塚市、藤沢市を「湘南市」にする構想を持っていた。

神奈川県民の中には、“港北区ではないのに、なぜ「港北ニュータウン」が都筑区にあるの?”と思う人が多いと思う。それは昔、港北ニュータウンは港北区と緑区にまたがっており、人口増加による行政再編成で、両区の一部を都筑区と青葉区に分割したからである。また、第3京浜の港北インターは、旧港北区に存在する(現在は都筑区)。

大阪府の「都」構想はどうなるのだろうか? 橋下知事の大バクチが吉と出るか、凶と出るかが気になる。

■9月12日(日曜日)
鉄道居酒屋キハ2010-3

2010年8月30日(月曜日)18時06分、東急2000系の各駅停車清澄白河行きは、半ZONE門線水天宮前へ。地上は相変わらず蒸し暑く、バテバテ。ロレツが回らないほどフラフラしているが、救急車に運ばれるほど悪くない。単純な夏バテだろう。

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18時27分、玄関前をパワーアップした鉄道居酒屋キハへ。弱冷房車的な温度だが、少しシャキーンとしてきた。 車内は男性が1人いて、増員した女性車掌と顔をあわせる。彼女は2週間後、32歳になるという。

19時頃、25年前の野田聖子参議院議員みたいな顔立ちをした女性が現れた。この人もニューフェイス車掌だが、相当な餃子好きらしく、「ギョーザ」という言葉を推定100回以上も発した。

ある飲み屋の店長のオヤジさんがキハに入ってきた。その方とはウマがあい、死や普天間基地の問題などを熱く語り合った。

助役によると、mixiをやめるには、存命しているあいだにやらなければならないらしい。特に管理人を務めるコミュニティは死ぬ前に譲渡しないと、永遠に残ってしまうとか。今でも鬼籍に入った方とマイミクになっているが、外すつもりはない。

そのマイミクさんは昨年、旅立ってしまった。私がお目にかかったのは、1度だけ。キハの2周年パーティーの席上だった。小倉沙耶さんとともにパーティー会場に入ったことをよく覚えている。小倉さんは入店時、私に会釈したことが忘れられない。イベントなどで多くのレールファンと接しているのに、私を覚えているのが“奇跡”とはいっては失礼だが、嬉しかった。

そのマイミクさんは大企業に勤めていた。そして、私のRailway Blogをこよなく愛し、ブルートレインなどの話をして、“いつかごいっしょにお仕事をしましょう”と互いに言って、別れた。しかし、再び会うことなく、天に召されてしまった。晩年は入退院を繰り返していたらしい。私はその方の熱い思いを励みにしているし、天国で私の掲載誌を愛読していると確信している。これからもいい仕事をして、いい記事を書き、喜ばせたい。キャンディーズではないが、“普通の男の子”には戻れないのだから。

そうそう、助役がある芸人さんの名刺を見せた。その芸人さんは自宅住所を公表しており、「大丈夫なの?」と私が言うと、別の男性客がこう言った。


「昔は本でも住所を載せていましたよ」

そういえば、昭和50年代の鉄道書籍は、保育社のカラーブックスの奥付で、著者の住所を記しているところがあった。その男性によると、宮脇俊三氏も自宅住所を公表していたという。最近だと、種村直樹氏も自宅住所を公表していたが、今の時代、個人情報保護法というのがあり、基本的に載せない方向でいる。果たして、自宅住所を公表した著者宅へ行った読者がいたのかどうかはわからないが……

1号車のカウンターに案の定、『鉄道ひとり旅ふたり旅№3』が置いてあった。キハが紹介されているからである。私も本誌に寄稿しており、嬉しい。2人の車掌に「どこに私の記事があるのでしょうか?」を出題したところ、1人は一発で当て、もう1人はギブアップだった。

20時45分、キハをあとにする。一部の客から、“あがるにしては早い”と指摘(?!)されてしまったが、貧乏ヒマなしの生活が続いているため、キハでちょっと息抜きをしたかった。

今も頭が混乱する日々を過ごしているが、やらなければ生活ができないので、私自身を落ち着かせるしかない。

◆観客動員数291萬人から292萬人までのあしあと

・2010年9月10日(金曜日)…291萬1000人突破

・2010年9月10日(金曜日)…291萬2000人突破

・2010年9月10日(金曜日)…291萬3000人突破

・2010年9月11日(土曜日)…291萬4000人突破

・2010年9月11日(土曜日)…291萬5000人突破

・2010年9月11日(土曜日)…291萬6000人突破

・2010年9月11日(土曜日)…291萬7000人突破

・2010年9月12日(日曜日)…291萬8000人突破

・2010年9月12日(日曜日)…291萬9000人突破

・2010年9月12日(日曜日)…292萬人突破!!

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コメント 2

UZ

お疲れ様です。

広島の8月6日、糸満の6月23日に続いては樺太や全千島列島の8月8日も大事な日ですね。この日はソ連が日ソ中立条約を破って戦争に踏み切った日です。

樺太や千島戦線の悲惨さは沖縄や満州に匹敵します。真岡郵便電信局事件はこの戦争の悲劇の1つです。

by UZ (2010-09-21 01:36) 

岸田法眼

UZさん、どうもありがとうございます。

第2次世界大戦は根が深いことを物語っておりますが、報道では御存知のように、日本を主観的にしか伝えていません。日本人だから、それは当然なのですが、“客観的に見つめることも必用ではないか?”と考えることがあります。

戦争の悲惨さは、我々が後世に語り継がなければならなくなりますが、その歴史を記すものを作りたいと考えています。もっと勉強して、誰もが納得ができるものを書きたいですね。
by 岸田法眼 (2010-09-21 02:12) 

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