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さすらいの諸国漫遊記57-6日目 [汽車旅2004]

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・さすらいの諸国漫遊記57-初日~5日目
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-06-08

2004年8月24日(火曜日)、同一宿3連泊なので、諸国漫遊では珍しく、ゆっくり寝ることができた。平日で8時頃まで寝るなんて、失業時代以来ではないだろうか。当時の私は休日でさえも、ゆとりが失われている。

この日も台風16号の不安を感じながら、宿を出る。

コンビニのローソンでミルクティーを購入するが、UCCの霧の紅茶がなんと500ミリリットル缶でありながら、84円で販売していたので、迷わず購入。トクした気分になる。

宿の最寄り駅、美栄橋からゆいレールに乗って、終点那覇空港へ。まずは那覇空港を下見する。今回はヒコーキで帰京するので、しっかり予習しておきたかった。そして、おみやげ屋へ行き、じっくり見る。どれを購入するか、考えておきたかった。

いくつか候補を見つけ、那覇空港を離れ、赤嶺方面へ歩くが、タクシーがものすごい行列を作って、お客様を待っている。

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那覇空港周辺に止まっているタクシーの数は100台以上で、半分以上は専用駐車場で待機していた。こんなに沢山のタクシーを見るのは初めてで、東京駅でもタクシーが待機しているのは、那覇空港の半分以下だ。

琉球のタクシーは、『ちゅらさん』シリーズの古波蔵恵文のように、サボって昼寝をしているイメージがあるものの、実際もそのようである。ヒマをもてあそんでいるかのような感じで、睡眠するドライバーもいた。ゆいレールの開業で、タクシー利用客が減っているように思えるが、乗車時間が長い観光客には定額料金にしてもいいだろう。渋滞に引っかからなければ、クルマのほうが機動力では上なのだから。

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さて、私が向かったのは、ゆいレール本社である。

本社は入口で、諸手続きをキッチリやっておかないと入れないイメージを持つが、ここに関してはスンナリ入れた。玄関にはシーサーがいるから、言わば門番とガードマンの役割をしている。鉄道会社といえども、ゆいレールの職員はマイカー通勤が主流のようだ。

あまりにもカンタンに入れたので、職員に見つかったら、注意されるのかなとヒヤヒヤしながら歩く。警備がユルユルなので、気になってしょうがない。殺伐とした東京の生活になれている者にとって、琉球との“温度差”を感じる。

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本社内に、ゆいレール展示館がある。2004年8月10日(火曜日)にオープンしたばかりで、タダで入れる。出入口付近には、モノレールの台車を展示している。上屋を設けるか、アクリルの箱に入れて、保存状態をキッチリしたほうがいいのではないかと思うものの、この台車は東京モノレールから取り寄せたらしく、中古品のようだ。

ゆいレール展示館に入ると、女性職員がにこやかに迎える。来客名簿を記入する決まりになっているが、1日10人前後しか入ってこない。今後は多くの人々に見てもらうよう、大々的な宣伝をしたらどうだろう。タダで入れるのが魅力なのだから。

入って目につくのは、ゆいレール工事のVTR。全駅、身障者でも利用できるよう、万全の設備を備えているが、エスカレーターはあらかじめ骨組みを作っており、それをくっつけることに驚いた。てっきり、徐々につないでから、やるものだと思っていた。

ゆいレールの工事により、一部の道路は車線変更を余儀なくされたようだが、順調にことが運び、当初は2003年12月の開業を4か月早めた。観光客がもっとも多くやって来るシーズンの真っ只中に開業し、ウチナンチュはなれない鉄道の利用に戸惑っていたそうだが、観光客は普通に乗っていたようだ。ちなみに、開業から1年間の利用客は1102萬3921人で、1日平均3萬120人。目標数を少し下回ったという(琉球新報ホームページによる)。ウチナンチュのマイカー社会が依存しているのは仕方のないことだが、新規開業で赤字に悩まされているところに比べれば、健闘しているほうだろう。

琉球は“バス王国”だが、中古バスを購入しているため、近代化が遅れているのは明らかで、当面はゆいレールとバスの連携プレーで模索しながら、新規路線の開拓をする可能性があるだろう。できれば、プロ野球のキャンプ地を鉄道で結べば、革命的な所要時間の短縮が実現するが、定期的な利用客がいなければ、赤字となり、路線の存続があやぶまれる。

実はゆいレールが開業するまで、鉄道は存在していたが、第2次世界大戦で焼失。戦後27年間はアメリカと化したためか、鉄道の再建を断念し、バスへ移行した。しかし、道路渋滞の慢性化により、日本復帰後、ゆいレールの建設が決定したワケである。

さて、2階には鉄道のコレクションが集結。エッセイストで元東京高等裁判所長官、ゆたかはじめ氏のコレクションが数多く展示されている。おエライさんがカンタンに手に入らないグッズをGETして、展示できるのは人脈の広さを物語る。ちなみに退官後、琉球に移住しているが、“里帰り”ではないとのこと。年齢は76歳(当時)だというが、現地ではまだ“若い”そうだ。さすがは長寿国、琉球。

興味深いのは『マイ ゆいレール・デザイナー』で、オリジナルデコレーションのゆいレールが作れるというもの。ペーパークラフトなので、機械で色をつけてもらったあとは自分で作らなければならないが、子供の頃からプラモデル等を組み立てたことがなく、とりあえずデコレーションだけはしてみる。

車体のカラーは数種類用意されており、私の好みの図柄を選び、「日本完全制覇達成-2004.8.22-」の文字を入れる。「来訪記念」とかが一般的なのかもしれないが、私にとっては思いもよらぬ“歴史的快挙”なので、最初からそう決めていたし、ほかに思いつく言葉もなかった。

2種類製作し、クリアフォルダに入れる。海外旅行のH.I.S.とかが、まれに街頭配布しているので、ものすごく重宝する。紙がシワクチャになって、折り曲げることもないから、保管状態も万全。諸国漫遊では欠かせない重要なアイテムである。

ほかに『ゆいレールデジタル図鑑』というのも目につき、タッチパネル式の画面に指タッチすれば、いろんなことが学べるというもの。クイズに挑戦したが、上級編はサッパリ当たらず、これからの人生も勉強は続く。

ゆいレール展示館は自社の紹介はもちろん、ウチナンチュにヤマトンチュが利用する鉄道を知ってもらい、親しんでもらいたい意図があるのだろう。スペースはこぢんまりとしているが、中身はギッシリ。おそらく、鉄道の好きな人や、そうでない人でも楽しめるだろう。

ゆいレール展示館の開館時間は9時30分から16時30分までで、土休と年末年始は休みだが、休館日を見直す必要があるだろう。ちなみに団体利用の場合は事前に電話連絡してから“めんそーれ”とのこと。

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ゆいレール展示館を出る。本社と車両基地を兼ねているところなので、検査中の車両を眺めることができたが、付近には新品のタイヤが何本も置いていた。モノレールはタイヤで動くという意外なのりものである。ゆいレールなだけに、地元出身のタレント、上原多香子がCM出演していたデジタイヤを使っているのだろうか?

那覇空港駅に戻り、ゆいレールへ。

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展望席で“空中散歩”を楽しんでいたら、優先席で耳の不自由な女性とサラリーマンがケンカをしていた。ケンカの原因はわからないが、サラリーマンはなにを言いたいのか、わからない様子。耳を澄まして聞いてみると、サラリーマンは女性のサイフをスリしようとしていたらしい。本当かどうか?

車内は空席が目立ってきたので、怒鳴り声がよく聞こえるが、車掌が乗務していないため、運転士が仲裁をするワケにはいかず、業務に専念せざるを得ない。

ケンカの収拾がつかぬうちに、私は市立病院前で下車。体調が悪くて直行したワケではなく、旅行貯金をするために降りた。その前に琉球へ渡ってから、ゆいレールの駅や派出所などで目につくポスターを紹介したい。

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それは『ちゅらうちなー安全なまちづくり条例』というポスターで、2004年4月1日(木曜日)に施行。「県・事業者・県民が横の連携を強化し、安全なまちづくりに関する取組を促進して、犯罪のない安全・安心な沖縄県を目指します」とPRしている。1つの都道府県で、こういった人間一体の活動は画期的なことである。

『ちゅらうちなー安全なまちづくり条例』の概要は次の通り。

①推進会議を設置して、この条例を推進する。

②道路・公園・駐車場・共同生活の防犯性の向上をはかる。

③学校や通学路等での安全対策を促進する。

④観光客の安全対策を促進する。

⑤犯罪被害者等が平穏生活できるように支援する。

また、『ちゅらうちなー安全なまちづくり条例』と併せて、『ちゅらさん運動』も推進しており、次はスローガンを紹介しよう。

①ちゅらびとづくり

これは地域防犯リーダーの育成、地域あいさつ運動の励行、少年の健全育成、少年が被害に遭わないための活動、少年の居場所づくりを推進。琉球の将来を担う、子供たちの健全な育成をはかることが目的である。

②ちゅらまちづくり

学校、通学路、道路、公園、駐車場、共同住宅、特定小売店舗における防犯対策を強化し、安全・安心な環境を確保するのが目的。

③ちゅらゆいづくり

推進体制の整備、犯罪情報の提供、安全マップの作成、防犯パトロールの実施、犯罪被害者等に対する支援をはかり、地域の連帯とユイマールを取り戻すのが目的。ちなみに「ユイマール」の意味は“人々の結びつき”である。

全盛期の『暴れん坊将軍』は、江戸庶民のユイマールが描かれているように思う。今の時代、私もそうだが、近所付き合いが消滅の方向に向かっており、犯罪の凶悪化や未成年者の逮捕増加などで、危機感を感じているのだろう。

沖縄県教育委員会のホームページによると、『ちゅらうちなー安全なまちづくり条例』、『ちゅらさん運動』の一環として、2004年9月3日(金曜日)、琉球すべての小学校において、“親子ふれあい下校”を実施。世に言う“集団下校”の1種だと思うが(その現場に立ち会っていないので、推測せざるを得ない)、“子供を守るのは大人の務め”ということを再認識する意味でやったものと私は受け止めている。

残念なことに2005年1月10日(月曜日・成人の日)、新成人が大暴れして警察ザタになってしまい、数日後には子供の虐待で母親がパクられる出来事があった。浸透するまで、まだまだ時間がかかりそうであるが、私はこの取り組みに賛同し、応援してゆきたい。もし、私が居住地の自治会長に就任したら、この運動を呼びかけ、浸透させるよう、努力する。

余談だが、『ちゅらうちなー安全なまちづくり条例』のポスターには国仲涼子、ボブ・サップ、BEGINを起用していた。

さて、市立病院前を下車した私は駅の地図で郵便局を見つけ、道路の坂を下るが、そのぶん、ゆいレールがどんどんどんどん高くなってゆく。

下から見るゆいレールは、スーッと鳥が飛んでいるような感じだが、タイヤが丸見えなので、それを使って走っていることがよーくわかる。モノレールは鉄道なのに車輪ではなく、タイヤで走るとは本当に不思議なのりものである。



市民病院前から徒歩4分の首里末吉郵便局で、この日最初の旅行貯金。そのあと、市民病院前駅に戻るが、あまりの勾配で階段を登る気がせず、エレベーターを使った。



ゆいレール首里行きに乗り、次の儀保で下車。徒歩5分のところにある首里平良郵便局で旅行貯金。すでに正午をまわっているため、おなかがすいているが、前日と同様、コンビニで“旅人の昼食”、菓子パンを買う気はなく、ガマン。この日はゴーヤーチャンプルーを食べたい。

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ゆいレールに戻り、ホームに立つと、すっげぇー高い。前日、立ち寄った首里城公園が見えるし、那覇空港寄りは遠くにオーシャンが見える。

実は今回の旅、琉球のシンボルとも言える、マリンブルーオーシャンを見ることはなかったが、泳ぎが苦手なので、次回来訪の時は白い砂浜を歩いてみたいと思う。

ゆいレールは終点首里に到着。前日も立ち寄ってはいるが、16時を過ぎていたことや、ほかに立ち寄りたいところがあるため、2日連続の来訪となった。



まずは首里駅から徒歩3分のところにある首里汀良郵便局(Shuri-Tera Postoffice)で旅行貯金。ゆいレールのホーム先端からよーく見えるので、わかりやすい位置にある。また、ゆいレールのレールは、ホームをはみ出し、首里汀良郵便局付近で途切れているが、将来は沖縄自動車道西原インターまで路線を延ばす計画があるという(2005年1月の琉球新報ホームページによる)。

「ここにハンコ、押しましょうね」

と貯金手続きをしているあいだ、窓口で応対する女性局員がおばぁーに言った。このしゃべり口調、『ちゅらさん』シリーズと変わらない。“『ちゅらさん』シリーズは、琉球文化を忠実に描いていたんだなぁー”と実感する。



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お次は首里城公園へ向かう時に見つけた首里当蔵郵便局で旅行貯金。首里駅から徒歩8分のところにあり、立ち寄った大半の郵便局は『ちゅらさん』の再放送ポスターと共に、ゴーヤーマンファミリーを使ってNHK受信料の自動払い込みを案内している。ちなみに、私は『ちゅらさん』、大相撲、『NHK紅白歌合戦』以外、NHKの番組を見ることはほとんどなく、巨人戦を中継しても、音声はニッポン放送(またはラジオ日本)を選んでいる。

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ガイドブックに従って、道を進むと、『瑞泉』という泡盛業者を見つけ、そこへ入る。首里第2の目的は泡盛で、ゲコの私でも胃に収めたい。

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この『瑞泉』はタダで泡盛見学ができるというので、大いなる興味があった。時間等はガイドブックに書かれていなかったが、女性従業員によると、30分おきにやるとのこと。しばらくのあいだ、待つことにする。すると、女性従業員は四角形のコーヒーカップを持ってきた。当然、中には泡盛ではなく、コーヒーが入っており、ミルクを入れて飲む(コーヒーはミルクを入れないと飲めない)。

女性従業員は“待たせているお客に不快感を与えない”とビデオ上映。待つことにはなれているので(銀行のATMや郵便局の窓口で待たされていることが多い)、そこまで気をつかわれると恐縮するが、泡盛の作業工程を紹介。ビデオ上映中に男子中学生2人組や中年の夫婦が現れた。こうして13時30分、私を含めた5人で泡盛見学が始まる。

まず入ると、ツーンと米のニオイがジューマンする。泡盛はタイ米を使用しており、日本の米ではダメだという。ちなみに平成5年(1993年)、異常気象による米の不作で、急きょ、タイ米などが緊急輸入されたが、普通に炊いて食べると、本当にまずかったことを思い出す。パエリアといった“味つけライス”でないと、おいしく食べられないかもしれない。

泡盛は素焼きのカメに入れて保存する。見学コースのしょっぱなから素焼きのカメが大量に置いてある。通気性がいいため、泡盛の味を保ち、それを向上させるには、これが1番なのだという。また、3年以上ねかせたものを「クースー(古酒)」というが、これは親酒を準備し、年代順に2~5番酒と新酒をそろえる。そして、親酒から汲み出した量を2番酒で補い、“2番酒は3番酒から”というふうに順次補うという。それを聞いていると、テレビで見た記憶があるラーメン屋のスープやカレー屋と同じようなやり方を思い出す。

2階へ上がり、ここからはビデオ鑑賞となる。

「先ほどと同じビデオですけど、いいですか?」

と女性従業員は私にそっと耳打ちをするかのように言った。周囲のお客を配慮してのことだろう。私はもう1度見たかったので、問題はないが、これほど繊細に気をつかう姿勢には恐縮する。

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ビデオが終了し、受付に戻り、泡盛の試飲。但し、未成年とドライバーは飲酒禁止となっており、男子中学生2人組と中年夫婦の御亭主は、残念ながら舐めることもできない。

外国人女性の従業員に試飲の泡盛を入れてもらう。ほんの少しだけで、「ケチ」と言いたくなる人もいるだろうが、タダで飲ましてくれるのだから、ありがたく思うべきだろう。ちなみに試飲は、私と中年夫婦の御婦人だけ。

まずは25度の泡盛を試飲。うん、うまい。そして、43度の泡盛を飲むと、すぐさま衝撃が走った。

口にしたとたん、脳が一気に“洗浄”された。43度のアルコールなんか、今まで口にしたことがなく、普段から寝不足に悩まされている私は、目が覚めたのだ。煙が出そうな感じだが、このくらいの量なら、朝、起きた時に“気つけ薬”として飲んでみたい。

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脳が“大炎上”している私は、もろみ酢を試飲。しょうゆ系の色と味で、すっぱく、ツンとくる味だ。酢ではあるが、飲料にもなるので、スーパーマーケットでも売られており、健康にもいいという。

私は泡盛1本を購入し、実家へのおみやげとする(見学しておきながら、買わないのは失礼にあたる)。と言うより、私がじきじきに戻って、親と共に飲んだ。さすがにストレートはキツイので、水割りで飲んだが、サイダー割りでもいけそうな気がする。

『瑞泉』を出て、前日、道を間違えて裏口にたどり着いてしまった首里高校へ。今回は行きたかった正門へ行くものの、意外と距離があって、時間がかかった。

首里高校は『ちゅらさん』で、“那覇北高校”のロケ地に使われたところ。古波蔵恵里は卒業したものの、古波蔵恵達は中退して、ロックミュージシャンを目指すこととなる。その引き金を作る女子生徒役を演じたのは、なんとベッキーだった。『ちゅらさん』はいろんな芸能人が出演しており、ほかにBEGIN、桜金造、佐藤江梨子など。

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校門はレンガ作りで、建物へはゆるやかなカーブ坂を登ってゆく。学校関係者ではないので、そこまでは行かなかったが、校舎を出たらすぐ道路になるため、撮影も大変だっただろう。ちなみに、那覇北高校(首里高校)から古波蔵邸までは、裏門を出たほうがはるかに近く、“てーげー精神”はここでも健在なり!!

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首里高校の近くに水の自販機があり、『パイウォーター』というミネラルウォーターとみていいだろう。

残念ながら、パイウォーターの購入者をみかけることはなかったが、大型のボトルを持参して、“給水”するのであろう。長寿の水であることを私は信じているが、海が綺麗なところでも、水道の水はアテにならないことを知った思いがする。ミネラルウォーターは全国区になっているのだ。

ゆいレール首里駅に戻り、牧志まで利用。次は国際通りを起点から終点まで歩きたい。前日はちょこっとだけの“顔見せ”程度だった。

時刻は15時30分近くとなり、まだ昼メシをとっていない。第1牧志公設市場2階にある食堂で、ゴーヤーチャンプルーを食べたい野望があるものの、国際通りの牧志駅近くにある、なか家安里店に「ごはん・味噌汁つき」と書いてあったので、たまらず入る。ちなみに、ゴーヤーチャンプルーは単品のため、ごはんと味噌汁は別注文扱いのお店が多く、見つけた私は運がよかった。

さっそく、ゴーヤーチャンプルーを注文。

「ゴーヤーは苦い、まずい」

という周囲の意見をまったく気にせず注文したが、ごはんと味噌汁に市販のふりかけがついていたことには驚いた。

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ゴーヤーチャンプルーはゴーヤー、卵、豆腐のいためもの。食べてみると、苦さはほとんど感じず、ごはんによく合うおかずの1品。意外とボリュームがあって、満足した。ほかにもソーミンチャンプルーなどがあるけど、それはまたの機会にしよう。

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食後、国際通りの起点を見つけた。安里2丁目にある突き当たりの交差点で、15時58分にスタート!!

起点の交通量は思ったほど多くないものの、安里2丁目から県庁方面の7時から9時までは、クルマの通行を禁止(タクシー、指定車、許可車は除く)され、バス専用となる(土休と1月2・3日を除く)。また、県庁から安里2丁目方面も17時30分から19時30分までは、バス専用(タクシー、指定車、許可車は除く)となる。琉球のバス王国時代はまだまだ続く。

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牧志駅の交差点を渡り、『ちゅらさん』のロケに使われた本屋、球陽堂書店を見つけるも、すでに移転していた。また、国際通り沿いには、ゴーヤーマンの販売ロケに使われたお店の情報を入手しているので、どこにあるのか、目をこらしてみよう。

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牧志駅の交差点あたりから、クルマの量が増えてきた。交通標識を見ると、国際通りは最高速度30㎞/hで、追い越し禁止の一般道路にしては低い数字。しかし、日々、慢性的に混んでいるので、30㎞/h以上のスピードが出せない。

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クルマも増えりゃー、歩行者も増えた。人ごみをかきわけるほどではないが、国際通りを東京にたとえると、原宿の竹下通りというような感じだろう。んまぁー、人の数は原宿が多いんだけども。

三越デパートに入ってみるが、ほとんど婦人服しか置いておらず、すぐさま退散。東京みたいに品物の数は豊富ではなく、平日で、なおかつ、多くの一般企業の翌日は、給料日になるせいなのか、にぎわっていない。

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国際通りに戻り、県庁方面へ歩くと、ポンコツの路線バスがゆっくりと進んでいる。昭和50年代(1975年~1984年)に製造されたような感じの古びたバスで、おそらく、大都市から譲渡されたのだろう。事故防止のためか、明るいこの時間帯でも前照灯とフォグランプを点灯させている。

そういえば、平成に入ってから、終日前照灯を点灯させる電車が増えてきた。事故防止の一環といえども、東京の中央線は前照灯つけっぱなしでも人身事故があとを絶たないので、役に立っているとは言いがたい。電車なら電気代、クルマだったらバッテリーがあがるので、エネルギーを浪費して、地球温暖化にひと役買っているのではないだろうか?

「国際通り」という名は当時、道路沿いにあった国際劇場(別名、「アニー・パイル劇場」)の名にちなんだもので、戦後、急速に発展したところから、「奇跡の1マイル」と呼ばれた。但し、戦後といえども、昭和47年(1972年)5月14日(日曜日)までは、“「アメリカ」という名の外国”だったから、ウチナンチューは本土復帰を必死の思いで願っていたに違いない。だから、わずか1600メートルの道を急速に発展させて、琉球のメインストリートに成長したのであろう。

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ちょっと寄り道をしたが、16時38分、県庁の交差点に到着し、国際通りを全線完歩した。その近くの反対側に金環堂という店があり、『ちゅらさん』で古波蔵恵尚考案のゴーヤーマンを最初に売り出したところで、早い話がロケ地である。

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“当然、ゴーヤーマンを売っているはずだ”と確信し、お店に入ってみたら、ありました。思ったより、少し高い感じだが、前々から欲しかった“琉球みやげの1品”なので、迷わず購入。

『ちゅらさん』のストーリーでは、平成2年(1990年)にゴーヤーマンの発売を開始。当初は売れず、考案者の古波蔵恵尚が失踪(?!)する始末だったが、古波蔵恵達がバンドの小道具として何気なく身につけたら、たちまち人気沸騰で完売したということになっている。ちなみに、発売が現実になったゴーヤーマンは、飛ぶように売れたという。

その後、ゴーヤーマンハニー、ゴーヤーマンベイビーを開発。このうち、ゴーヤーマンベイビーは『ちゅらさん2』で開発され、ある事情により、発売が中止になったという話になっているが、実際は店頭に置いてあり、買える。そのあと、“NTTドコモと提携して、「ゴーヤーマンフォン」という携帯電話が出たらいいなぁー”と勝手に期待している。

余談だが、ゴーヤーマンシリーズを購入したのは、おみやげにしたかったのが理由である。私は男なので、それをどこかに身につけるのは恥ずかしい。

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金環堂近辺はにぎやか。ベンチにはマクドナルドのイメージキャラクター、ドナルドが坐っているものの、肝心のお店は道路を横断したところにあり、仕事をサボッている?!

隣にはケンタッキーフライドチキンのイメージキャラクター、カーネル・サンダースが、なぜか他店のエプロンをつけて、右手には他店の紙袋を持っている。おまけにサングラスをかけており、自分の店は従業員に任せっきりで、他店の集客に一生けんめい?!

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このほか、ファミリーマートには麦わら帽子をかぶった梅宮辰夫人形が笑顔の直立。あと、雑貨屋に鉄腕アトムと、薬局に佐藤製薬のサトちゃんがいるなど、“オールスターそろい踏み”という感じで、さすが国際通りだ。

ゆいレールに乗って、那覇中央郵便局へ。前日、旅行貯金をしているが、持ち合わせが不足する誤算が発生したため、おろすことになった。こんなことは初めてであるが、銀行の場合、その地に支店はなく、おカネの出し入れができない難点があるので、全国共通の郵便局はありがたい存在だ。加えて、「中央郵便局」というのは18時まで貯金や振替ができる(窓口の場合)。

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那覇中央郵便局近辺にある国場川は、今回の旅で1番印象に残る。東シナ海に直結していることもあって、潮の香りがするし、歩行者しか通れないワリには、幅がメチャンコ広い北明治橋を渡ってみる。2003年に架けた橋だが、平日ということもあるのか、渡る人はほとんど見かけない。んで、スナップ撮影をしたあと、すぐに戻って、安里へ向かった。

次の目的地は農連市場で、少々時間がかかった。

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農連市場は『ちゅらさん』シリーズのロケに使われているところで、古波蔵勝子の勤務地だ。私がやって来た時間は夕方だったため、すでに店じまいをしていた。ここは昭和28年(1953年)に開設され、50年以上の歴史を持つ。

地図を見たら、近くに第1牧志公設市場があることがわかり、歩いて向かう。ゆいレールで農連市場へ向かうには、美栄橋で下車したほうがよかったのかもしれないが、まぁーいいや。

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商店街の中に第1牧志公設市場があり、寄ってみる。晩メシどきということもあってか、にぎわっているものの、2階の食堂は思ったより値段が高い。汁モノでも1,000円前後はするのだから、いい食材を使っているのだろう。

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1階には豚の顔の皮を展示しており、観光客のド肝をぬく。売りモノではないため、下に氷を敷いて、鮮度を保っている。ウチナンチュかヤマトンチュかはわからないが、男子高校生たちはポークフェイスをさわって興奮気味。

鮮魚コーナーもイキのイイ魚がせいぞろい。ちなみに、どちらもここで食材を購入すれば、2階の食堂で調理費を払えば調理してくれるという。味は格別であることに“間っ違いない!!”だろう。

第1牧志公設市場をあとにして、商店街内のお店で琉球の定番お菓子、サーターアンダギー2個を購入(1個50円)。さらにコンビニでマツタケ入りのおにぎりを買って、宿に戻る。昼メシはかなりボリュームがあったので、晩メシは少量で充分なのだ。

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宿泊部屋のテレビをつけると、NHK総合テレビでは、アテネオリンピックで、長嶋JAPANはオーストラリアと戦っている。画面上段では台風情報がスクロール式でくり返し流しており、どちらも緊迫した雰囲気だ。

試合は阪神タイガースに在籍していたジェフ・ウィリアムス投手にキリキリ舞いされ、まさかの敗北。その後、3位決定戦で銅メダルを獲得し、プロ野球軍団のメンツは保たれた。

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野球観戦中、晩メシを食し、サーターアンダギーを食べる。「サーター」は砂糖、「アンダギー」はあげものという意味で、おにぎりのような丸っこいお菓子である。これはどこの御家庭でもカンタンに作れるとのことで、“1番ウマイのは自分ちのヤツだ”というのが一般的らしい。

食後、宿のコインランドリーで洗濯。洗濯は30分で済んでも、乾燥機は3時間かかっても乾き切らず、やむなく、宿泊部屋で冷房つけっぱなしにして干した(そのほうが快眠できるという)。

翌日、いよいよ帰京。日本完全制覇の旅は終わりが近づいている。

★備考

①今回の記事は2004年12月及び、2005年1月に執筆したもので、一部、加筆・修正しています。

沖縄都市モノレールホームページ 

③沖縄都市モノレールは、2011年4月26日(火曜日)に乗客1億人を達成しました。 

④ジェフ・ウィリアムス投手は、2003年から2009年まで、阪神タイガースで活躍していました。

⑤岸田法眼のRailway Blog.
「2004年の汽車旅5-4」

★おまけ

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